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『【帝都騒動――冥土魔仁奇談】 』
田中・裕介1098)&銀野・らせん(2066)&葉月・政人(1855)

 月明かりが照らす街並は、近代的な洋館が目立つ。
 漆黒の闇にポツリポツリとモダンな街燈が灯り、時折黒塗りの自家用車のライトが通り過ぎるのみ。
 完全に帝都は真夜中の眠りに落ちていた。
 ――きゃあぁぁぁぁッ!!
 静寂の中に甲高い女性の悲鳴が響き渡った刹那、一件の洋館が眠りから醒めた如く、次々と館内の明かりを灯す。階段を駆け上がる靴音が耳障りな程に鳴り響き、勢い良く一室のドアを開け放つ。
「大丈夫ですか!」
 一気に吹き込んだ風を腕で遮り、葉月政人は瞳を凝らす。洒落た調度品が並ぶ部屋の大きな硝子窓は開け放たれており、しゃがみ込んだ人影と、床に脱ぎ散らかした寝間着が浮かびあがる。男はゆっくりとランタンを向けた。
「いやッ、見ないで下さいッ!」
 政人は呆然と瞳を見開く。灯りに映し出されたのは、フリルやレースが至るところに施された白と黒を基調とした衣装――所謂『冥土服』と呼ばれるものに身を包んだ令嬢の姿だ。
「‥‥馬鹿な、誰一人として館に侵入できない筈なのに‥‥!!」
 もう一つの気配に、若い警部は灯りを向けると同時、闇に稲光が迸り、『奴』を照らし出す。タキシードに身を包む長身の男。否、男と断定は出来ない。何故なら奴は鼻から上をマスクで隠しているからだ。しかし、政人は奴の呼び名を知っていた。
「‥‥冥土魔仁!」
 警官達が一斉に拳銃を構える中、冥土魔仁は颯爽とマントを棚引かせ、悠然と佇むままだ。
『残念でしたね、葉月警部。また俺の勝ちです』
「それは逃げてから言う台詞です。冥土魔仁! 今宵こそ逮捕します!」
 向けられる拳銃に、タキシードの怪人紳士が口元を緩めた。
 ――笑ったのか?
 刹那、床を蹴ると冥土魔仁は背中から窓枠へと飛び込んでゆく。乾いた銃声が幾つも響く中、奴は窓から飛び降りたのだ。硝煙が発ち込める中、政人が窓へと駆け寄る。次の瞬間には血塗れで地面に叩き付けられた怪人紳士が映る筈。生きたまま逮捕できなかったのが心残りだが、これ以上被害を拡大する訳にもいかない。若い警部は三階の窓から外を見下ろす。
「‥‥いない!? そんな馬鹿な! 有り得ません! 早く下へ降りて死体を探して下さい。外の者は何をしているのですかッ!」
 苛立ちを露に、指示を放ったその時だ。まるで闇の中から響き渡るような、奴の笑い声が聞えた。不思議な事に笑い声は反響し、どこから発せられているのかすら見当もつかない。
「どこです! 冥土魔仁ッ!!」
『悔しいようですね♪ 葉月警部の整った顔が歪む様をまた見れて嬉しいですよ。次は俺を捕まえられますか? 期待していますよ、警視庁冥土魔仁担当警部★』
 渦を巻くような笑い声が止んだ頃には、再び静寂が真夜中を包み込んだ。
 両手で顔を覆い、すすり泣く令嬢にシーツを羽織り、政人はドアへと向かう。
「‥‥もう奴は現れないでしょう。申し訳ございませんでした。‥‥失礼します」
 ――冥土魔仁ッ! 今度こそ捕まえてやりますッ!

●新たな予告と令嬢探偵
「バカモノッ!!」
 机を叩く騒音と共に、大きな怒鳴り声が響き渡った。政人はただ直立し、俯いたまま罵声に奥歯を噛み締める。放たれる言葉は尤もだ。
「なぜ灯りを点けて犯人を狙わなかった!? それより、なぜ厳重な警戒を敷いていたにも拘らず、令嬢は襲われた!? それでも警視庁の冥土魔仁担当警部かね!?」
 ――いやッ、見ないで下さいッ!
 令嬢が冥土服に着替えさせられた姿を見られたくなかったから、なんて言い訳に過ぎない。
「‥‥仰る、通りです。次こそは必ずッ」
「次、次ッ、次ッ! キミの次は何時まで続くのかね、葉月警部。このままでは担当部署を変えなくてはならんよ。キミの出世にも響くし、警部を降ろされるかもしれん」
「ま、待って下さい! 奴を野放しにしたまま担当を降ろされるのだけはッ!」
 ――コンコン★
『葉月警部、来客が見えられていますが‥‥』
「後にして下さい! 今はそれ所では」
『銀野貿易商の御令嬢、らせん様ですが‥‥』
「らせんさん!? しかし今は」
 素っ頓狂な声を洩らしつつ、政人はドア越しに今すぐに行けない事を告げようとした時だ。
「行き給え、葉月警部」
「は? 何を、未だお話が」
「銀野貿易商にはお力になって頂いている。御令嬢を待たすんじゃない。葉月警部、次はもう無いと思うんだな。下がって結構だ」
 政人の曇った顔色は途端に明るさを取り戻す。
「それでは! ‥‥有り難うございます! では、失礼いたしますッ!」
 深々と頭を下げると、一室を後にした。刹那、響き渡ったのは駆け出した靴音だ。

 銀野らせんは応接室の椅子に腰を降ろし、彼が来るのを待っていた。
 白い襟の青いブラウスを身に纏う、白いスカートの少女は十六歳位だろうか。ボリュームのある茶色のカールが施された長髪は、首の後ろで一本の三つ編みにされており、円らで愛らしい黒い瞳には、上品な丸い眼鏡が掛けられている。端整で気品を感じさせる風貌は、令嬢と呼ばれるに相応しいものだ。ソーサーを左手に掲げ、右手のティカップを小さな口に運んで、こくんと喉を小さく鳴らして紅茶を飲む中、耳に聞き慣れた靴音が聞えて来た。靴音は途中でピタリと止まり、ゆっくりと刻まれる。らせんはクスリと微笑みを浮かべた。ドアがノックされ、男の声が飛び込む。
『‥‥葉月です』
「どうぞ♪」
 少女の瞳に、ドアを開けて姿を見せた待ち人が映る。短めの黒髪はウェーブを描いて流れており、役者に引けを取らない端整な顔立ちの青年だ。らせんが腰をあげて立ち迎えると、彼の百八十五cmの長身が一層際立つ。少女は顔をあげ、ニッコリと微笑んで小首を傾げて見せる。
「お久し振りだね、葉月警部☆」
「は、はぁ。それで御令嬢がどんな用で警視庁に来られたのですか?」
「そんな他人行儀な呼び方しなくて良いよ〜♪ はい☆」
 苦笑しながら少女は一枚の小さな厚紙を差し出す。どうやら名刺のようだ。訝しげに細い眉を跳ね上げながら、政人はしなやかな手から名刺を受け取る。
「‥‥少女探偵、銀野らせん? ‥‥探偵ッ!?」
 オーバーリアクション気味の青年に、らせんは腰の後ろで両手を組むと、微笑みながら小首を傾げる。どうやら予想通りの反応に満足そうだ。政人は動揺を押し殺しながら訊ねる。
「らせんさん、探偵って‥‥しかも少女探偵って‥‥」
「何となく効果的でしょ? 少女探偵って響き☆」
「え、えぇ、まぁ‥‥じゃなくて、危険過ぎますよ! ご家族は知っているのですか?」
「うん☆ 好きにしなさいって♪」
 きっと肝心な事は言っていないに違いない。または上機嫌な時に軽い感じで告げられたのならば、事の重大さを感じさせない事も不可能ではない。若い警部は深い溜息を吐いて少女の両肩に手を置く。
「世の中はお嬢様が考えているほど良くはないのですよ。外国との貿易により、近代化が進む時代ですが、阿片窟だって彼方此方にありますし、少女を食い物にする輩だっているのです。まして、らせんさんは御令嬢、ミイラ取りがミイラになるってご存知ですか?」
 諭すように語る政人に、流石のらせんも上目遣いで頬を膨らました。
「分かっているわよ〜、葉月警部、あたしを馬鹿にしてない?」
「ば、馬鹿だなんて、‥‥僕は、あなたを心配しているだけです。また何かあったら‥‥」
 少年のような瞳に見つめられ、少女は瞳を潤ませて頬を桜色に染めた。政人は顔馴染であり、らせんの憧れの男(ひと)でもあるのだ。見詰め合う中、静寂が室内を包み込む。このまま瞳を閉じて顔をあげたら、彼はどうするだろう? ‥‥否、今は本題に戻すのが先決だ。
「心配してくれて嬉しいよ☆ ねぇ、葉月警部さぁん、あたし、迷惑?」
 とびっきりの表情を浮かべて甘い声で訊ねると、青年は困惑の色を見せた。頬をポリポリと掻きながら、視線を泳がす。
「‥‥いえ、迷惑だなんて、ただ危険な事に手を出さなければ‥‥」
「冥土魔仁ってなぁーに?」
「夜な夜な帝都を騒がせる怪人紳士ですよ。予告を入れた屋敷に入り、狙った対象に冥土服を着せて去るという意味不明な事をしている愉快犯で‥‥って、ら、らせんさんッ!」
「えへ☆ 聞いちゃった♪ 大丈夫よ、誰にも言わないから安心して☆ それで、次の予告状は届いたの?」
 悪戯っぽく舌を出して微笑むと、青年はドカッと椅子に腰を降ろし溜息を吐いて応える。
「仕方ないですね。‥‥まだ届いていませんよ。いいですか? この件は命に危険はありませんが、僕の今後が懸かっているのですから、首を突っ込まないで」
「葉月警部! 予告状が造船会社の令嬢宅にッ!!」
 ドアを開けるなり放たれた声に、政人は額を押さえて溜息を吐く。対する少女は満面の笑みを浮かべていた。

●冥土魔仁とどりるがぁる!?
 夜の帳が降りた頃、洋館の周囲はパトカーのランプで時折赤く照らし出されていた。広大な敷地には幾人もの警官が配備され、屋敷内にも葉月警部を始めとした警官が配置に着く。万全の警戒網とはこの事を現わすのかもしれない。それでも、政人の表情は浮かないものだった。
 ――らせんさんなら幾らでも調べられるでしょう。忍び込んだりしないと良いのですが‥‥。
 待てよ、探偵だなんて言って既に館の主と話をつけていたら――――。
「葉月警部! 庭の方は異常ありません!」
「‥‥あ、あぁ、分かりました。引き続き警戒を怠らないで下さい」
 いかんいかん、もっと集中しなければ! 今回被害者が出てしまった場合は、もう後が無い。青年は両手で頬を叩き、不安を掻き消した。
「ご家族の方は?」
「はい、広間に集まって頂いておりますが‥‥皆さん気が立っておられるようで‥‥」
「なるほど。極度のストレスで苛立っている訳ですね」
 犯行予告があったものの、夜は長い。前回は寝室で眠りたいという令嬢の頼みを聞き入れた事が失敗の要因でもあった。例え無能と思われても、今は被害者を出さない事が先決だ。
「この警戒網なら忍び込むのは困難な筈です。このまま朝を迎えれば、予告状は失敗、プライドの高い奴には最大の屈辱となるでしょう。どうしますか、冥土魔仁!」
 警戒が続く中、数時間が経過した。時を刻む時計の音がやたらと遅く感じられる。静寂が包み込む夜は未だ明けようとはしない。
「もう我慢できませんわ!」
 静寂を打ち破ったのは少女の声だ。何事かと青年は灯りの洩れるドアへと急ぐと、広間から出ようとする令嬢を警官が必死に止めていた。
「わたくし汗を流して来ますわ。退いて下さいます? 女の方の警官を呼んで下さればよろしいのじゃなくて? 日本の警察は閉じ込めないと警護も出来ないのかしら?」
「葉月警部〜」
「‥‥分かりました。直ぐに婦人警官を呼んで来ますので、少々お待ち下さい。きみ、腕っ節の良い婦人警官を」
「は、はい〜」
 何度目かの溜息を若い警部は吐いた。どうしてこう令嬢は我侭なのだろうかと。婦人警官は直ぐに姿を見せた。元々、こんな事もあろうかと男では対応が困難の状況下を想定して配備したのである。

「宜しく頼みましたよ」
 葉月警部はそう告げて二人が廊下から闇に消えるまで見送った。小さなランタンを照らしながら、二つの影が風呂場へと歩いて行く。
「お風呂は毎日入られるのですか?」
「ええ、一日の汗を流さないと気持ち悪いですわ。家に帰ると予告状がどうとかって、広間に監禁されては息も詰まるというものですわ」
「そうですね。でも、汗は流せないですけど、衣服を着替えるだけでもよろしいのでは?」
「気休めにはなりますわね。でも、汗を流せるなら、それに越した事はありませんわ」
「‥‥いえ、貴女は汗を流せませんよ。代わりに――――」
 次の瞬間、女の声は涼しげな男のものへと変容した。
「俺が着替えて差し上げましょうッ!!」
「え? ひッ」
「そこまでよ! 怪人紳士『冥土魔仁』!!」
 マントを広げて令嬢に肉迫した刹那、響き渡ったのは高い少女の声だ。マスクの中で鋭い視線が声へと流させる。視界に浮かび上がったのは、右腕を螺旋状の巨大な突起で包み込んだ、シルエットだ。素顔は怪人紳士と同様に覆われ、何者かは判別できない。令嬢は安心感から一転恐怖に叩き落され、ぐったりと床で気を失っていた。冥土魔仁は突然現れた少女と対峙する。
「警官ではないようだな。俺の邪魔をするとは小賢しい小娘。冥土服の餌食になるがいいッ!!」
「小娘じゃないわ! あたしは、どりるがぁるよッ!」
 常人を遥かに凌駕する速度で接近した怪人紳士だったが、『どりるがぁる』と名乗った少女は、更に素早い動作で懐に飛び込んでいた。タキシードの男に螺旋の突起が迫る。
「馬鹿な、俺より速いだとッ! ちぃッ!」
 瞬時にマントを翻し身体を捻ると、冥土魔仁は宙に浮いたまま体勢を変え、螺旋の洗礼を間一髪で躱す。否、致命傷は避けたものの、衣服が渦に巻き込まれ薄皮が切れたのか、鮮血が滲んでいた。
 怪人紳士が脇腹に手をあてがう背後で、軽やかに着地した『どりるがぁる』が振り向く。
「まだやるかしら? 相手になるわよ!」
「フッ、どりるがぁる、か。その名前覚えておくぞ!」
 薄く笑った刹那、冥土魔仁は窓硝子を割って外へと飛び出した。乾いた音が響き渡る中、どりるがぁるが慌てて怪人紳士を追う。しかし、少女の黒い瞳に映ったのは巨大な気球だ。優雅な仕草で頭を下げると、口元に笑みを張り付け高らかに声を響かせる。
「今回は負けました。次は負けませんよ!」
「‥‥ッ! 冥土魔仁ッ!!」
 気球が突然出現すれば、硝子の割れた音に気付き、駆けつけようとした政人にも確認できるというもの。青年は近くの窓を開け放ち、窓枠に片足をあげて奴の名前を叫んだ。冥土魔仁は二本の指を立てて挨拶すると、不敵な笑みを浮かべたまま夜空へと舞い上がり、掻き消えた――――。

「ふーん、それで?」
 喫茶店のテーブルに頬杖を突き、らせんは瞳を爛々と輝かせて葉月警部に先を促がす。青年はカップを口元に運び、喉を潤して続けた。
「しかし、奴は何に負けたと言うのでしょう? 確かに警戒は厳重でした。しかし、窓硝子は外側へと破片が落ちていました‥‥つまり、屋敷の中から割られた事になります。令嬢は意識を失っていて、何が起きたのか分からないと言いますし‥‥婦人警官はいないし、正直、腑に落ちない事ばかりですね」
「でも、これで冥土魔仁事件から降ろされずに済んだんでしょ? 良かったじゃない♪」
「それはそうですけど‥‥」
 二人が事件のその後を話している席から離れたカウンターで、一人の少年が紅茶を飲んでいた。十八位の年齢だろうか。腰ほどあろうかと思われる長い黒髪を首の後ろで結い、胸元に垂らしており、一見、少女と見紛う美貌の持ち主だ。田中裕介は鋭い視線を前に向けたまま、聞き耳を立てていた。口元に不敵な笑みを浮かべながら――――。


<ライター通信>
 この度は発注ありがとうございました☆
 お久し振りです♪ 切磋巧実です。
 お名前を確認した時は、まさかグループ3で発注が届くとは思っておらず嬉しかったです。
 さて、いかがでしたでしょうか? どうやって潜入させようとか、色々と思考錯誤しましたが、やはり古き良き時代の怪人は変装が出来なくては(笑)と、巧みな変装で潜伏して、という展開を演出させて頂きました。立場上、恰好の良い所が無い警部殿が何ともアレですが、お約束という事で☆ 真面目な熱血漢の努力家は美少女に弱いのですよ(笑)。イメージ崩れていなければ何よりです。
 楽しんで頂けたら幸いです。よかったら感想お聞かせ下さいね。
 それでは、また出会える事を祈って☆
PCシチュエーションノベル(グループ3) -
切磋巧実 クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年10月11日

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