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『信心温度 』
伍宮・春華1892


 朝晩の風が、心なしか涼しいような気がしてきた。
「もう、夏休みも終わりだもんな」
 伍宮・春華(いつみや はるか)は小さく呟き、未だ鳴き続けている蝉の声に耳を澄ませた。夏休みも終盤に差し掛かっているこの時期、昼間は蝉が、夜は鈴虫が鳴くという不思議な音の調べとなっていた。
 そしてそれは、一般的には田舎に分類されるだろう土地柄にもよるかもしれない。
「そろそろ、東京にも帰るんだろうな」
 ぼんやりと春華はそう思い、それからこの田舎で過ごした日々を思い返した。今まで天狗というだけで忌み嫌われていた春華だったが、この土地の子ども達はそのままの春華を受け入れてくれたのだ。それが嬉しくて、毎日子ども達を遊びつづけていた。
 それも、もう終わりなのだ。
「はーるか!遊ぼうぜ」
 窓の外から、春華を呼ぶ声が聞こえて来た。いつも遊ぶ、子どもの声だ。
(考えてたって、仕方ねぇか)
 一生会えないわけでもないし、と春華は心の中で付け加えながら「おうよ」と返事をした。そしていつも通りの場所からサンダルを取り出し、窓の外へと飛び出した。既に、出入り口はドアではなく窓になってしまっている。いちいち玄関へと回るよりかは、簡単に出る事が出来るのだ。それに加え、春華を快く思っていない大人達の目に極力触れる事も無いとなれば、窓が出入り口となるのは当然ともいえよう。
「今日は何して遊ぶんだ?」
「そうだなー。だるまさんが転んだ、でもやろうかって言ってるんだ」
(面白そうだな)
 春華はにっこりと笑いながら「負けねぇぞ」と子どもに宣言する。子どもも「俺だって」と言いながら、春華に笑い返した。
 その時、びゅう、と強い風が吹いてきた。それに伴って、大きな看板が春華と子どもに向かってきた。春華は慌てて子どもを庇い、看板を蹴り飛ばした。ばきっという割れる音がし、看板は真っ二つになってしまった。
 ようやく風が過ぎ去り、春華は子どもに「大丈夫か?」と尋ねる。
「うん、平気。兄ちゃんは大丈夫かよ?」
「俺は大丈夫に決まってるじゃん」
「そっか。まー兄ちゃん強いしな」
「まあね」
 春華が得意そうに笑うと、子どももにっこりと笑った。だが、すぐに子どもは顔を曇らせる。
「最近、ああいう風がよく吹くんだ。山でも、変な風に枝が切れるてるし」
 春華が「ふむ」と言って考え込んでいると、子どもの保護者がもの凄い剣幕で現れた。子どもを強引に引き寄せ、青い顔をしたまま春華を睨みつける。
「天狗ね……!あんたを探していたところよ」
「へ?俺を探してたって」
 春華が小首を傾げながら尋ねると、相変わらず保護者は春華を睨みつけながら口を開く。
「いいから、さっさと帰りなさいよ!」
「おい、母さん!そういう言い方はねーだろ?」
 子どもはそう言って抗議したが、春華は苦笑するに留める。まだ偏見を持っている大人は多いのだ。
「じゃあ、俺行くわ。またやろうな」
 春華が手をひらひらと振りながら帰ろうとすると、後ろから子どもが「またな!」と叫んできた。保護者は必死に止めているようだったが。
 何故だか妙に嬉しくなり、春華は今一度手をひらひらと振るのであった。


 家に帰ると、春華は大人たちに取り囲まれてしまった。
「お前が原因に決まっている」
「お前意外に考えられない」
 そのような言葉を春華に浴びせながら、である。春華が「はぁ?」と眉間に皺を寄せつつ尋ねると、大人の一人を開いた。
「最近、町で不可解な風が突如起こって人が転んだり、山の枝が不自然に切られていたりしているんだ」
「ああ、そういやさっきもそう言うような事を聞いたな」
 春華はそう言い、ふと気付く。自分を取り囲んでいる大人たちを見回し、大きくカタを竦めながら口を開く。
「もしかして、俺の仕業とか思ってるわけ?」
 春華の問いに、大人たちは一様に頷いた。春華は思わず「はぁ?」と再び聞き返し、次の瞬間笑い出してしまった。
(馬鹿馬鹿しい)
 そもそも、春華はこの場所にいる間ずっと子ども達と遊ぶのに夢中だったのだ。そのような事を起こせる暇など全く無かった。それなのに、ろくな調査もせずに悪い事は全て春華へと押し付けているのである。
(本当に、弱いな)
 春華はくつくつと笑い、呆れたように大人たちを見つめた。大人たちは春華を拘束しようと、未だに春華を取り囲んだままだ。
「で、俺があんたらに拘束されたら騒ぎがなくなるとでも思ってるんだ?」
 春華の問いに、大人たちは顔を見合わせた後に頷いた。そして、あっという間に春華を全員で掴まえて部屋の一室へと無理矢理連れて行ってしまった。
「……大丈夫か?」
 部屋に連行された後、大人の一人が訪ねてきた。春華に対し、好意的に思っている数少ない一人だ。春華は「まあね」と答え、にかっと笑った。
「こういうのは、真犯人をとっ捕まえれば万事オーケーなんだよな」
「何をする気だ?」
「だからさ、俺が犯人を捕まえてくるって事。このまま濡れ衣を着せられたまま、黙ってられっかっつーの」
 春華はそう言うと、部屋の窓をがらりと開け、背から翼を生やした。心配そうな彼に対して「行ってくる」と明るく声をかけ、山へと向かって行くのだった。


 山に行くと確かに、子どもや大人たちが言っていたように、木の枝が変な風に切られている。
「こりゃまた……綺麗に切れてるな」
 切り口を見、春華は感心したように呟いた。鋭い刃物ですぱっと切ったように、綺麗な切り口をしているのである。
「大体、こういうのって……」
 春華がそう呟いたその瞬間、後ろから「兄ちゃん!」と声をかけられる。
「春華兄ちゃん、やっぱり抜け出したんだな」
「やっぱりとは何だよ、やっぱりって」
 春華がそう言いながら振り返ると、そこには遊び友達である子ども達が立っていた。悪戯っぽい笑みを、誰も彼もが浮かべている。
「だってさ、兄ちゃんの性格からして絶対抜け出してくると思ったんだよな」
「んで、真犯人を見つけると思ったんだよね」
「あ、俺の事疑ってないんだ?」
 春華が尋ねると、子ども達は一瞬顔を見合わせた後に大声で笑う。
「兄ちゃんなわけないって!あれだけ俺らと一緒に遊んでてさ、んな暇ないじゃん」
「大体、兄ちゃんがんな事するわけないし」
「お前ら……」
 春華の無罪を心から信じる子ども達に、春華はじんと感動する。そして胸が熱いまま、皆の先頭に立って「よっしゃ」と声をかける。
「それじゃあ、真犯人を見つけに行くぞ!」
「おー!」
 気合を入れ、春華たちは山の中を歩き始めた。
 大分夕暮れに差し掛かっているため、視界が悪くなり始めていた。早めに解決しなければ、もっと探しにくくなるだろう。
「兄ちゃんは、犯人の予想でもついてるの?」
「それがだなー、心当たりが無いわけじゃないんだけど……」
 春華の言葉に、子ども達は「なになに?」と身を乗り出す。そんな彼らに、春華はにやりと笑いながら「カマイタチかな」と答える。
「風に、刃物のような切り口。カマイタチの性質とよく似てるんだよ」
「カマイタチって、三兄弟の?」
「そうそう。長男が転ばせて、次男が切って、三男が薬を塗るってやつ」
 町では風が起こり、時折人を転ばせた。山では、刃物のような切り口の残る枝が切られていた。そう考えれば、町には長男が、山には次男がいるように思えてくる。
「じゃあ、三男は?三男は何処にいるの?」
「それなんだよなぁ」
 子どもの疑問に、春華は「うーん」と考え込む。と、その時だった。
 びゅう、と突風が吹いて周りの木の枝が切れ始めたのである。春華は意識を集中し、その突風に向かって風を起こして止める。
「あ、兄ちゃん!」
「……ビンゴだぜ」
 春華の風によって止められた風の中心には、鼬に良く似た生き物がころんと転がっていた。
「おーい、何でこんな事するんだ?」
 転がっているカマイタチに尋ねると、暫くぼんやりした後にはっとし、頭を下げる。
「じ、実はうちの弟が……その……行方不明でして。す、すいません!」
 頭を下げるカマイタチに、春華と子ども達は顔を見合わせる。そしてついつい笑い始めるのであった。


 その後、無事にカマイタチの三男は春華と子ども達、それに町の人々全員による人海戦術によって発見された。神社の境内の奥で、のんびりと居眠りをしていたのである。人騒がせなと長男は怒り、無事でよかったと次男は安心していた。
「にしても、あんなにあっさりとお咎めなしになると思わなかったぜ」
 春華は東京に向かう新幹線の中で、くすくすと笑う。子ども達の抗議と説得、それにカマイタチ直々の謝罪によって、誰にもお咎めはくだらなかった。勿論、春華にも。
(俺、結構信じて貰ってるんだな)
 今回痛感したのは、子ども達の心だった。真っ直ぐな目を持ち、周りに囚われる事なく春華と接してくれた子ども達。春華自身を見据え、信じてくれた子ども達。
(これだから、俺は……)
 春華はそっと考え、移り行く風景を見ながら微笑んだ。胸に宿る温かな温度を噛み締めて。

<信じられる心の温度を思い・了>
PCシチュエーションノベル(シングル) -
霜月玲守 クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年10月11日

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