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『それが運命というなれば 』
蒼王・海浬4345)&泉・莎那(5673)


 ザザ、という波の音が良く聞こえてくる。髪を揺らすのは潮風で、日が落ちようとする空は見事な朱色に染まっている。
 雰囲気は抜群だし、最新機器による運転の為に、航海といえども世界が揺れる事はない。いわゆる、快適な空間が演出されているのだ。
 本来ならばそのような雰囲気を存分に味わい、移ろい行く風景と空を堪能しつつ過ごす筈であろうに、何故だかそれをする事は許されなかった。
「動くな!」
 蒼王・海浬(そうおう かいり)はそう言われ、溜息混じりに肩を竦めて見せる。なんと馬鹿馬鹿しいと、思いつつ。
 海浬の乗っている豪華客船は、今正にシージャックに遭っていた。


 事の起こりは、海浬の異父妹が豪華客船の処女航海に招待された事だった。東京港晴海ふ頭からカリブ・アラスカクルーズへ向けて出航する、この客船に。その為、異父妹のマネージャーをしている海浬も、自然の流れとして航海に臨む事となったのである。
 中は豪華客船という名称に相応しい内装をしていた。一人一人にあてがわれた部屋は全て異なっており、そしてまた備え付けのものはどれもが素晴らしい品であった。客船というよりも、高級ホテルなのではないかと思わせられるくらいだ。
 出航して間もなく、食事は甲板にて行うという知らせが届いた為、乗客は皆甲板にやってきたのである。中には部屋で休んでいる者もいるかもしれないが。
 そして甲板にて行われたのは、食事ではなくシージャック犯とのご対面であった。
(馬鹿馬鹿しい)
 海浬は心の中で呟き、あたりを見回す。シージャックを行っているのは、人間だ。異世界から訪れた太陽神である海浬にとって、いくらこの世界に於いて自由を保障する条件として本来の力の60%を封印されているからといっても、普通の人間など相手にもならない。そして当然の如く、異父妹に対しても心配する必要は無かった。
(軽く捻ってくれようか)
 海浬は考え、それは面倒だと思って溜息をつく。
「きゃっ」
 突如声がしたため、海浬は億劫そうにそちらを見る。
(なっ……!)
 声の主を見、海浬の思考と動きは完全に止まってしまった。
 数人の黒いスーツを着込んだ男たちに囲まれているのは、少女だった。雪の白を思わせられる、長い銀髪が目に飛び込んできた。次に飛び込んできたのは、凛とした意志を感じさせる金色の目。
(シャー……いや)
 海浬は頭をぶんぶんと横に振る。
(あれだけ探し、未だに見つかっていないんだ。ここで見つかる訳が無いし、こんなに近くにいて全く気付かなかったというのはおかしい)
 海浬がこの世界にやってきた理由である、愛しき主君とも言える女性。世界中の気配を探り続けたが見つからず、本当にこの世界にいるかどうかすら怪しいとまで思っていた。誰よりも大切にしている、敬愛する主。
 目の前にいる少女は、その人物に酷似していた。
「そこ、動くなっていっただろう?」
「そんな事を言っても、仕方が無いでしょう?紛れこんだ仔猫を抱き上げる事が、悪い事だなんて思えませんもの」
 少女は震える仔猫をぎゅっと抱き締める。乗客の誰かが持ち込んだらしく、甲板のどこかで「猫ちゃん!」と声がした。仔猫は、少女の腕の中で震えながら「にゃあ」とか細く鳴いた。
「大丈夫ですよ。わたくしが、ちゃんと守ってあげますから」
 優しく話し掛ける少女に答えるように、仔猫も「にゃあ」と鳴く。少女はそれを見て、ふふ、と笑いかける。
『大丈夫ですよ』
(大丈夫……?大丈夫であるものか)
 不意に捜し求める主君と重なった気がして、海浬は眉間に皺を寄せる。そして確かめる為に、シージャック犯に見つからないようにそっと少女の方へと近付いた。
(これは……!)
 少女の気配を探り、海浬は思わず絶句する。
 一緒なのだ。
 同一人物としか思えぬほど、捜し求める主君と少女の気配は同じだったのである。
(よく似た他人……ではない)
 一つの可能性を考え、すぐに却下する。他人ではなく、全く同じといってもいいくらいの気配なのである。ただ違うのは、少女に内在する力が、主君と比べて余りにも弱いと言う事だけで。
 思わず、海浬はじっと少女を見つめた。内在する力が弱いとはいえ、持っている気配は紛れも無くかつての主君と同じ物なのだから。
「あんまり、舐めるんじゃねぇぞ?」
 シージャック犯はそう言うと、パン、と発砲した。鈍い振動が、空気を震わせる。
(この中に、彼女を置いておく事は出来ない)
 ただでさえ、今にも溶けて消えてしまいそうな雰囲気を纏っている少女だった。ここでそのまま、消えていくのを見るのは耐えられないと判断したのだ。
 海浬は地を蹴り、一直線に少女の元へと向かった。シージャック犯は「動くな!」と言って何度も銃を連射してきたが、それに構う事なく進んでいく。更に少女へと近付くと、今度は黒いスーツを着込んだ男たちが阻もうと立ちふさがった。恐らくは、少女につけられた護衛であろう。
(構っていられるか)
 危険な状況下の中、そのような行く手を阻む存在達に構っている暇は無かった。阻もうとする存在を弾き飛ばし、海浬は少女を全身で庇いながら物陰へと連れて行った。少女の腕の中にいる猫が「にゃあ」と鳴くのも構う事なく。
 暫くすると、甲板の方から「うわっ!」というシージャック犯達の声が聞こえてきた。少女についていた護衛達が、シージャック犯達をどうにかしているのだろう。その間中、彼女に被害が無いように海浬は守り続けた。万が一、シージャック犯がやってきた時に備え、また乱発された弾がやってこないように。
 それらが全て収まったらしい事を確認し、海浬は改めて少女の方を振り返った。少女は猫を抱き締めたまま、じっと海理を見つめていた。
(気付いたのだろうか)
 海浬は少女を見つめながら考える。
(私だと、気付いて貰えたのだろうか)
 じっと見つめたままの海理に、少女はそっと口を開く。
「ありがとう」
 少女の表情は、哀しみで微かに曇っていた。だが、動揺や恐怖は全く無かった。全く。
 海浬は思わず、身を固めてしまった。
(何故、だ?)
 気付いていないとでも言うのだろうか、と海浬は思わず呆然とする。
(どうして、そのような他人行儀な事を言うのだ?)
 少女に現れなかった動揺が、海浬の全身に駆け巡っていた。前と変わらぬ姿で、変わらぬ声で、変わらぬ雰囲気で、こうして目の前にいるというのに。
「お嬢様!」
 甲板の方から、黒いスーツを着込んだ男たちがやってきた。明らかに海浬に対し、警戒心を抱いている。護衛をしている身ならば、主である少女を突如連れ去った男に対してそのように思うのは、至極当然の事である。
「大丈夫です」
 そのような護衛たちを少女は柔らかに制する。そして、少女はまっすぐに海浬を見詰めながら小さく微笑んだ。
「わたくしは、泉・莎那(いずみ さな)ですわ。お名前を教えていただけますか?」
 海浬は改めて呆然とした。莎那と名乗る少女は、どう考えてもそのような言葉が飛び出てくるような相手には見えなかったからだ。
 再会を思わせるような言葉は、何処にも無い。
 むしろ、初めて出会ったとしか思えぬ言葉だ。
(どう、解釈すればいいのか?)
 海浬は考える。場違いだ、と頭のどこかがずっと告げている。このような言葉は言われるべき言葉ではなく、場違いなのだと。
 目の前で、海浬の動揺も知らずに小さく微笑む莎那に、場違いだという意識は無さそうである。海浬は小さく溜息をついてから、そっと口を開く。
「……蒼王・海浬です。初めまして」
(初めまして、だと)
 大声で笑ってしまいたくなる衝動をぐっと押さえ、海浬はじっと莎那を見つめた。莎那はそんな海浬に気付く事は無く、改めて微笑んでから口を開いた。
「初めまして」
 当然のように紡がれた言葉を、海浬は何度も噛み締めた。何度も何度も、心の中で繰り返した。
「もう大丈夫そうですよ」
 莎那はそう言い、軽く頭を下げてから護衛と共に去って行った。甲板では、主催者が「もう大丈夫です。安心してください」と何度も繰り返している。ようやく、予定通りの食事が始まろうとしているのである。
「……大丈夫」
(大丈夫である訳が無い)
「安心してくれ」
(安心など、どうすれば出来ようか)
 海浬の問いかけに答える者は無い。誰一人として。
 唯一答える事が出来るであろう存在は、たった一人しかいないというのに……!
「それもまた、運命とでも言うのか?」
 皮肉めいた笑みを浮かべ、海浬は呟く。そして、ぐっと拳を握り締めて船の壁をがんと殴りつける。
(馬鹿馬鹿しい……!)
 どうしていいのか分からぬ喉の渇きを覚え、海浬は俯いた。顔を上げれば、かつての主と同じ存在の莎那がいる。確かに、存在をしているのだ。
 今までどれだけ探してきただろうか、どれだけ捜し求めてきただろうか。海浬の思いは尽きる事なく、疑問は止め処なく溢れてくる。
 海浬の視線に気付き、莎那が小さく頭を下げた。一瞬だけ、小さく。
(まあ、いい。今はともかく、彼女の無事を思わねば)
 海浬は渦巻く感情と思念を、そう言って押さえつけた。そしてゆっくりと甲板に向かって歩いていった。
 大丈夫だから安心して欲しい、と繰り返し言われている甲板へと。


 それが運命というなれば、いつしか辿り着けるだろうか。
 それが運命というなれば、いつしか全てを知りえるだろうか。
 それが運命というなれば……運命ならば。
 こうして抱きし思いをも、凌駕する時が来るのだろう。今はまだ、分からなくとも。

<運命という二文字を頭に浮かべ・了>
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
霜月玲守 クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年10月07日

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