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『先へと続く道は未知なる徴。 』
李・曙紅3093)&田中・眞墨(3108)


 ――生きるか死ぬか。…もっと堕ちて、そこから這い上がりなさい……。

 つい、先ほどまでは。
 見上げる空一面、橙色が染まり夜の帳が降りようとしている合図を見せていたのに。
 空の機嫌というのは、移り変わりやすいものらしい。
 今はその鮮やかな色合いの空は灰色の雲に抱かれ、ちらりとも姿を見せようとはしない。
「…………雨…」
 止めを刺すかのように、空から舞い降りてきたのは冷たい雨。
 それを頬で受け止めた曙紅は、重い足どりながら小走りになり目先にあった公園へと駆け込んだ。
 雨は見る間に激しさを増していく。
「……………」
 視線を泳がせる限り、雨を凌げる様なものは見受けられない。
 仕方なく目に入ってきた躑躅の木へと駆けて行き、その下へと身を滑らせた。
 雨に当たったために、さらに体力を削られてしまったように思える。
 先日の男につけれた傷も完治しないうちに、今日また追っ手に遭遇した。明らかに格下に見えたその人物を、曙紅は躊躇いも無く切り倒した。あの男の言葉が、脳裏を横切ったから。その言葉をかき消したくて、八つ当たりのような感覚で目の前に現れた追っ手を消した。
「……忌々しい…」
 曙紅は吐き捨てるようにそう独り言を漏らす。知らずに手にしていた雑草を引き抜き、地へと叩きつけるようにして彼は深いため息を吐いた。
「――――」
 雨が、アスファルトを叩き付ける音の中で。
 ふいに、躑躅の木の向こう側で水の跳ねる音がした。
 公園なのだ、通りすがりの人物がいてもおかしくは無い。
 だが――。
 曙紅の嗅覚を掠めたのは、尋常ではないものだった。
 普通の人間であれば、気がつかないほどの微臭ではあるが間違いない。
 ――血の臭い。
「………、…っ」
 本能がそう認識した瞬間には、曙紅は自分の身体を投げ出すかのように躑躅の木から這い出ていた。
 そしてふらつく両足をなんとか地へ這わせ、気配を感じた方向へと歩みだす。
 目に付いたのは傘を差した一人の男の後姿。頭の奥で鳴るのは危険信号。
 曙紅は本能の命ずるままに、懐から取り出した鋼糸を男の背へと向けて投げ飛ばした。
 まるで生き物のように空を飛ぶ鋼糸。
 男の背に届くか届かないかの差のところで、それの動きは止められた。直後、足元に落ちたのは男が持っていた傘だ。
「………っ!」
 同時に曙紅へと振り返った男は、有無も言わさず彼へと向かい腕を振る。すると目に見えない空圧が生まれ、物凄い速さで曙紅のわき腹へと食い込み、そのまま薙ぎ払われるかのように雨に塗れたアスファルトの上に倒れこんだ。
「…、くっ……………」
 打ち付けられた衝撃で、曙紅はその直後に意識を手放してしまう。
 残されたのは激しい雨脚と、対峙した男のみ。
「……………」
 スーツ姿のその男は、自らが投げ出した傘を拾い上げてから曙紅を見下すようにして視線を投げかけた。
 冷たい印象を隠すことも無く、着用している眼鏡の位置を直す彼は、田中眞墨。見た目よりはずっと年齢を重ねている彼は、人間という存在を疎ましく思っている。
 むろん、曙紅も例外ではない。
 このまま捨て置き、何事も無かったかのように立ち去ろう。
 いつもの彼であれば、その考えを覆すことも無く雨の公園を後にするだろう。
 だが今日は何か思うところがあったのか、意識の無い曙紅を抱き上げると言葉無く帰路へと足先へと向ける。
 まるで荷物のように曙紅を抱え、眞墨は自分の住むマンションへと雨の中帰った。



 ――足掻く姿も、面白い。…もっと楽しませてください。期待してますから。

 いつまでもこびり付いて離れない男の声。
 吐き気がしそうなほどに、憎らしさが残る。
「………ん…」
 ぼんやりとした意識の中、ゆっくりと瞼を開けた曙紅は瞳に映し出された見慣れぬ明るさに弾かれるように身を起こした。
「……、っ…」
「――気がついたのか」
 飛び起きたその先には、先ほど対峙した男の姿。
 曙紅は頭の整理が出来ないまま、その男に向かって再び攻撃を仕掛けようと戦意をむき出しにする。
「……ぇ……!?」
 だが、それ以上の行動が侭ならず、彼は困惑した。
 身体が動かない。まるで金縛りにでもあったかのように。
「……冷静になることだな。取り敢えずは今のお前に危害は加えない」
 落ち着いたトーンの声。
 それが何故かじわりと曙紅の心に沁みた。
 自分の身体の自由を奪っているのは目の前の男だというのは解ってはいるが、反抗できずにいる。
 今まで体験したことの無いような、感覚だった。
「いいか、今から拘束を解く。無駄な動きは避けるんだな」
 男――眞墨にそう言われた曙紅は、黙って彼へと視線を送る。それが肯定の意味だ。
 身体の力を抜くと、張り詰めた糸が解れていくように自由が戻ってきた。
「……その、すみま、せん」
 搾り出すように喉の奥から呼び覚ます声。
 途切れがちにそれだけを言うと、曙紅は寝かされていた場から離れて立ち上がる。
「どこへ行く」
「人違い、した。……これ以上、迷惑かかる前、に此処出て行く」
 ふらり、と身体が傾いた。曙紅は傍にあった壁に手を置き自分の身体を受け止める。
 眞墨から受けた攻撃もあるが、それ以前に今まで受けた傷が癒えていない。身体に無理が掛かっているのだ。
 血臭がする者は、全て敵だと――追っ手の人間だと思っていた。だから眞墨にも攻撃を仕掛けてしまった。
 だがそれが間違いだったと気がついた以上は、相手を巻き込むわけには行かない。
 だから、出ていかなくては――いけないのに。
「――言ったはずだ、無駄な動きは避けろと。その身体ではのたれ死ぬぞ」
 傾いた身体を受け止めた眞墨の声が、妙に曙紅の心根を突いたように思えた。
 この人には逆らわないほうがいいのかもしれない、そんな思いまで自然に生まれてきてしまう。
「寝床は用意してある、怪我が完治するまでは絶対安静だ。……解るな?」
「…………」
 曙紅は眞墨の言葉に、黙ったままでこくりと頷いた。
 そこで完全に気が緩んだのか、わき腹からじわじわと生まれるのは鈍い痛み。
「無理に歩こうとするな。……手当てもしてやる。無駄な行動だけはしてくれるなよ」
 二の腕を捕まれた曙紅は眞墨の言うとおりに大人しくしていた。自分が思っていた以上に疲労感もあったのか、力を入れることすら出来ない。
「…………」
 広い部屋だった。
 自分を落ち着かせて初めて曙紅は眞墨の部屋の中をゆっくりと見回す。
 かつては自分も、こんな広い部屋で過ごしていた時期もあった。何もかもが幸せに包まれて、その状態がいつまでも続くと信じて疑わなかった、あの頃。
「……お前、何処にも行くところが無いんだろう。身なりを見ていれば解る。その上、立派に血臭まで沁み込ませているとはな」
 うっかり視界を潤ませてしまいそうになっていたところに、眞墨が静かに声をかけてきた。腕の傷や顔に残った傷、自分で気がつかない所など数箇所を手早く手当てしていく目の前の男。
 初めて出会い、しかも無差別に攻撃を仕掛けた自分に対してこの待遇は曙紅には余りにも斬新だった。それでも完全に彼を信用できてはいないので、胸中は動揺だらけだ。表情には出さずに努力しているがそれもいつ崩れてしまうか解らない。
「暫く此処にいるといい。広いだけが取り柄の部屋だが、好きに過ごせ」
「………、あり、…がとう」
 伏目がちに話す眞墨に、曙紅は途切れ途切れの言葉しか返せなかった。
 僅かながら、差し出している手も震えている。
「今は取り敢えず、休息をとることだな」
 最後にぎゅ、と巻きつけた包帯をきつく止めながら、眞墨はそう言うとゆっくりと立ち上がる。
 曙紅は思わず、彼を追うようにして顔を上げた。
「……なんだ?」
「…………あ、な、なんでも……」
 眞墨の声は決して温かいものではなかった。だがそれでも、曙紅には嫌な感じに取れなかった。
 それが何なのか、見当もつかない。

 以後、曙紅は眞墨の住むマンションに居候という形で身を落ち着かせることになる。
 彼と出会って生まれた不思議な感情。自身に問いかけても答えなど到底出るはずも無く。
 これから暫くは、このどうしようもない気持ちと向き合うことも出来ずに悶々とした日々を過ごすことになるのだが、それはまた――別の話。
 

 

 -了-



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李・曙紅さま&田中・眞墨さま

いつも有難うございます。ライターの朱園です。
依然書かせていただいたお話のその後、と言う事でご発注いただけたときは
とても嬉しかったです。
如何でしたでしょうか? 少しでも楽しんでいただけたでしょうか。
よろしければまた、ご感想などお聞かせくださいませ。

今回は本当に有難うございました。

朱園ハルヒ

※誤字脱字がありました場合、申し訳ありません。
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
朱園ハルヒ クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年10月05日

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