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『薬草シチューの恐怖、再び 』
藍原・和馬1533)&黒澤・早百合(2098)

 このところ、黒澤早百合は以前にも増して、料理研究に熱心に打ち込んでいた。
 多忙な社長業の合間を縫って料理が出来るように、と、黒澤人材派遣の社長室を改造し、『さゆりのクッキング・スペース』を設けたほどである。このスペース――社長室がボタンひとつで厨房に早変わりするというびっくり設備であるが、これは一応、社員たちには秘密になっていた。秘密にはなっていたが、早百合が料理をはじめると正体不明の匂いや怪音、怪光などが発生するし、出来た料理を社員に分けたりもしているため、実際のところバレバレであった。
 それでも早百合は、クッキング・タイムには、社長室のドアの前に「入室禁止」の札を下げ、「経営のビジョンについてひとりでじっくり考えたいの」とすぐバレる……というより、最初から誰も騙せていないウソをつくのであった。
 その日、早百合は、社長室の革張りの椅子に坐って、女性雑誌の料理特集をめくっていた。秋冬シーズンを前に、誌面には「あったか煮込み料理で彼の胃袋わしづかみ」いう見出しが躍っている。
「煮込み料理はいいわよねぇ……、材料入れて煮るだけで出来るんですもの」
 そんなことを呟きながら。
「そろそろ朝晩は冷え込むようになってきたし……、寒い夜に残業中のあのヒトに、あたたかい煮込み料理なんか差し入れしたら……『温まりますね』『わたくしの気持ちの熱さです』『早百合さん!』『あ、そんな、いけませんわ、わたくし……』――なーんてことになったりしてね、おほほほほ。……これはもうレパートリィに加えるしかないわね」
 デスクのひきだしの中に、核ミサイルのそれよろしく隠されているスイッチを押す。
 社長室の壁が動いて、システムキッチンが姿をあらわした。
 そのときだ。
「――!」
 早百合がはっと振り返った方向は、背後の窓。
 窓の外に……男が、いた。
 ビルの窓拭き業者のジャンパーを、黒スーツの上からひっかけた、藍原和馬であった。
「……ど、ども……」
 掃除用具を手に、苦笑まじりに会釈の和馬――。
「見・た・わ・ね・?」
 早百合の顔に笑みが広がる。そのまま無言でスイッチ・オン。
「のわぁあーーーっ!!」
 もし、ビルの外から、外壁を見上げていたものがいたなら、ビルの壁から突如としてあらわれたマジックハンドが、窓掃除人をつかんで、ビルの中に連れ込んだのを見ることができただろう。無人になったゴンドラがむなしく揺れる。

「いらっしゃい」
「いやー、ここ黒澤さんの会社だったんスねー。はははー……じゃ、そーゆーことで」
「あーら、せっかく来たんだからゆっくりしていらっしゃいよ」
「お、俺、バイト中ッスから!」
「遠慮することなんてないのよ? いつもお世話になってるもの。そう……このあいだは、例のゲームの世界で大変だったわねェ」
 和馬の首ねっこを掴んでずるずると引きずっていく。
「『白銀の姫』ッスね、黒澤サンこそ大活躍で……。じゃ、そーゆーことで」
 するり、とジャンパーだけを残して、空蝉のように抜け出そうとするが……
「待ちなさいったら!」
「ぎゃいん!」
 かッ!と、早百合のヒールが突き刺さる。
「ふふふ、本来なら、この『さゆりのクッキング・スペース』の秘密を知ったからには、ただでは帰さないところだけれど、今はちょっと機嫌がいいから許してあげる。新しい料理に挑戦しようと思いついてわくわくしていたところなの」
「え」
「煮込み料理なんてどうかしらと思って。ああ、あなたの顔を見て思い出したわ。アスガルドで大好評だったシチューをつくってみましょ」
「ちょっと、待っ――あれはやば……」
 呪われたゲーム『白銀の姫』の中の世界アスガルドで、早百合が体得したという恐るべきメニュー・薬草シチュー。アスガルドで和馬を死の淵まで追い詰めた謎食物を思い出して、彼は青くなった。
「はいはい、出来るまで、静かにしていてね」
 手際よく、どこからか取り出した荒縄で和馬を縛り上げ、とどめに粘着テープで口を塞ぐ。
「んー!んー!」
「試食はさせてあげるから」
 胸元の「I Love Cookin'」の文字も誇らしげなエプロンをつけながら、早百合が言った。
「……!!(((((;゜Д゜)))))」

「――と、いうわけで、方々に手を尽くして、アスガルド産の薬草を入手したわ。やっぱり、これがないとあの味が出ないものね」
「んー!んー!(「あの味」が問題なんですけどー!!)」
 ジャガイモやニンジンなどに混じって、紫色の未知の植物が用意されていた。
「まず野菜の皮を剥いて……と。…………面倒くさいわね。……これってどうせじっくり煮込むんだから、いちいち剥かなくてもいいんじゃないかしら。……きっとそうよ。そのほうがずっと効率的じゃない?」
 と、勝手な理論で手順を大幅に省略する。
「んー!んー!(いや、剥かなきゃだめだろ、どう考えても)」
「じゃあ煮込むわよ。薬草は煮崩れするからあとで入れるわ」
「んー!んー!(ヘンなものは入れないでくれ!)」
 ずん胴鍋に火を入れる。
 ぐつぐつと煮えはじめると、なにやら独特の香りが漂いはじめた。
「んー!?(あやしい材料はまだ入れてないのに、何故ッ!?)」
 デミグラスソースを入れて、いよいよ紫色の植物を鍋へ。
 その途端、ぷしゅー、っと奇怪な蒸気が噴きあがった。
「さあ、あとは煮込むだけね」
 と、和馬を振り返った早百合。その肩ごしに――
「……!! んーっ! んーっ!(う、後ろ! 後ろ!)」
 なんということだろうか、シチュー(?)の鍋から、紫色の、手のようなものぞろりと伸びて、空を掴もうとしているではないか!
「え?」
 早百合が鍋を振り向くと、それはするりと中へと戻る。
「なによ、うるさいわねー」
 ぺり、と、口元の粘着テープを剥がす。
「ちょ、ちょっと待て、……いや、待ってください。それ絶対やばいってば……ッ!!」
「やばいくらい美味しそうで待てないのね。しようがないわねぇ。本当はもうすこしじっくり煮込んだほうがいいんだけど」
「人の話を聞いてくれー! 俺は見たんだ! 手が! 手が!」
 和馬が叫ぶそばから、再び手が伸びはじめる。
「手?」
 しかし、早百合が振り返ると、するっと姿を消すのである。どこかで見たコントのようであった。早百合がよそ見をした隙に、和馬は縛られたまま、しゃくとり虫の要領で逃亡を試みる。
「ちょっと待ちなさ――」
 和馬を引き止めようとした早百合の肩を、鍋から伸びた手が掴み、しかし、勢いづいた早百合の動きは止まることはなく、その拍子に――
「ぎゃーーーっ! 熱っ!!」
「あら、たいへん!」
 鍋は見事にひっくり返っていた。

「もう、勿体ない! 台無しじゃないの。貴重な薬草だったのよ!」
「……ス、スンマセン……」
 常人であれば入院ものの火傷にうめきながらも、内心では安堵している和馬。傷は急速に回復していく。
「っていうか、俺、バイト途中なんで……」
「あら、いいわよ、窓拭きなんて。それより、つくりなおすから食べてきなさいよ。こんなこともあろうかと(?)、もう一束、用意してあるのよね〜」
「……!! Σ(´д`)」
 その日……。
 黒澤人材派遣の社長室からは、絶え間ない、激しい爆音と悲鳴と怒号が聞こえていたというが、女社長がどのような「経営のビジョンをひとりでじっくり考えて」いたのかは、さだかではない。

(了)

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東京怪談
2005年09月30日

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