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『例え全てが偽りでも 』
草摩・色2675)&皇帝(NPC0870)


『やあ、そこの少年。お暇だったらちょっと付き合ってもらえないかな?』
『――俺?』
『そうだよ。暇でしょ?』
『……まあ否定はしないけど。付き合うって何に?』
『ショッピング』

 ――何でこういう事になったのだろう、と何度思い返してみても流れは変わりはしない。
 まあ暇だから良いか等と軽く考えたのが間違いだったのだろうか。
 草摩・色は優雅な足取りで前を行く男を見ながら、小さく嘆息した。
 相手が男なのだからナンパという可能性は薄いし、何より自分に声を掛けた男の人となりに興味を持った。物怖じしないなんてものでは無い。この人は【面白い】と第六感が告げるのもあって、二つ返事でOKした。
 ――確かに面白い。
「ふふん、見たまえ。私の美しさに皆振り返っていくよ」
「……そうだな」
 まず言動がおかしい。完全なナルシチズムの持ち主。
 確かに目を見張る程美しいのだ。骨格から造形に至るまで世界に股を掛けて五指に入りそうな程。白い肌はきめが細かくて、そういう事にまだ興味が薄い色でさえドキっとしてしまう。長い指に色気を感じてしまうし、細く波打つ金髪は触ると柔らかそうだ。その上宵闇の紫の瞳は妖しくて綺麗。
 着込んだ白のスーツの大きく開いた胸元に薔薇の刺青が彫ってあって、それさえもが男の美しさを引き立てる。
 目を奪われたが最後、忘れられない美しさがそこにはある。
「世界の愛を独りじめとは、罪な事だ」
 うっとりと恍惚に瞳を濡らして、漏れる吐息すら甘美。
「はいはい」
 不機嫌に相槌を打つと、彼――皇帝と名乗った男は小首を傾げた。
「何を怒ってるんだい?」
「別に」
 心底不思議でしょうがないといった体の男に、怒りたくもなるわっと心中で毒づく。
 皇帝はそんな色を見てしばし沈黙した後。
「――嫉妬かい?」
「誰がじゃー!!」
思わず変な言葉遣いが飛び出る。
「違うのかい?」
「違うわ!!ボケェ――ッ!」
 頭をがしがしと掻きまわしたい衝動に駆られたが、生憎両手が塞がっているので、色は地団駄を踏む事で憤りを表現した。
「俺はあんたの荷物持ちかってーの!!?」
「……名誉だよ?」
「ふ・ざ・け・んなーっ!!!!」
猫の様に威嚇音を発しながら、それでも律儀に両手の荷物は放さない。皇帝の買い物に付き合うと承諾したものの、荷物持ちまで許可した覚えは無い。少しぐらいは持ってやる気概はあっても、持ち主が手ぶらなのだからキレたくもなる。
 しかも買い物の内容が有り得ない。
 赤坂・青山・代官山――色が入った事も無い高級感溢れる店へと入って、まるで女の買い物の様。服だけを大量に買い込む、買い込む。
「大体こんなにどうするんだよ、あんた!!」
 大量の紙袋を持ち上げて色が言うと、皇帝は眉間に皺を寄せた。
「着るんだけど?」
「そんなんわかってるっつうの!!!一気に買う量かよ!」
「一月分だよ」
「――は?」
 信じられない言葉に色の方が色を失った声を上げる。
「一日一着。同じ物は着ない主義でね、私は。私の美しさにすぐに色褪せてしまうのだから仕方が無いだろう」
「あ?」
 するってーと何だ!?
 さも当然と言う皇帝の顔をまじまじと見ながら、色は混乱する頭に落ち着けと指示する。
 つまり何だ。
 一日一着一月分。同じものは着ない。一回きりの服――一着うん十万円。――まだ着れる。
「んっだ、そりゃー!!」
 ゆうに数分悶えた後、色の大声が街中に響くと、二人の漫才に耳を傾けていた者もただ通り過ぎようとした者も、一瞬で足を止めた。
 視線が集まり、皇帝の顔を凝視したり荷物持ちと化した色の顔を眺めたり、あるいは二人の関係にまで矛を変える者。
「なんつう、勿体無い……」
「え、そう?」
「……で。その後どうすんの、服。着た後……」
脱力した様に色がしゃがみ込むと、頭上からはもっと信じられない言葉。
「逆月ちゃんが雑巾にしてたけど」
「○×△△○………!!」
声にならない声を上げて色が再び顔を上げる。その目に映る皇帝は変わらない。
「ほら、良いから立ったらどうだい?恥ずかしいよ?」
「誰のセイだ、ボケー!!!」
 半泣きになりながら叫んだ色に忍び笑いが漏れる。
 そこで色は初めて、自分等に向けられる視線に気付いてはっとした。凄い。話相手が美貌の主だからこそ尚更だ。
 色は慌てて立ち上がると、皇帝の手を引いて走り出した。
 そんな色に追い討ちをかけるように、皇帝。
「さしずめ愛の逃避行、かな?」


◆◇◆


 その後も、皇帝の言動は色を苦しめた。
 まあ色も色でその度に突っ込むものだから皇帝は自身の相手をしてくれる存在に喜色満面であったし、道行く者達を楽しい気分にもさせる事が出来た。
 反対に色はといえば、疲れ切った顔。
 何とか買い物を終えて満足した皇帝がお礼に色を送ると言い出して、彼の駐輪した車に否もなく乗り込んで。
 以外にもまともな運転を見せてくれるので安心だ。
 そんな色に皇帝は何か言っているが、色は右から左へと聞き流していた。
「今日は助かったよ。そうしてとても有意義だった」
「そう」
 しかし彼の声音が変わった事によって、色は何とはなしに彼を見た。
 皇帝は笑って居なかった。
 真剣な瞳で見つめてくる皇帝に瞬間粟立つ。
 ――この人……!!
 妖しく光る瞳が、僅かな虹彩を持っている。この人も、瞳に力を持つものだと感じ、ぞくりと背筋に汗が伝った。
「キミは不思議だった」
 気付けば車は大通りを抜け、人通りの、否――誰も誰も居ない街中を走っている。今まで反対車線に走っていた車の姿も消え、街々のビルにも人の気配は無い。それに信号の色が変わらない。青を示してばかりで止まる事も無い。
 奇妙な程静まり返った街――誰も居ない街。
「私が君を見つけたのは――」
言い淀んで皇帝は、また続ける。
「偶然では無いよ」
「……何…?」
「私は君を見つけた。必然を伴って。私は君を捉えた。運命の連鎖によって」
 奇妙な事を紡ぐ。歌う様に笑う。その美しい顔が何よりも邪悪に見えた。
「君は人間じゃない」
「……あ?」
 ぽかんと口を開けた色を真っ直ぐに見据え、皇帝は真摯に言い募った。
「人の営みから外れてしまった存在。人の腹から生まれた、異形」
「何、を言いやがる………?」
 皇帝の奇妙さがいよいよ浮き彫りになる。
 胸に浸透するような声に、体が震えた。
「私の目をごまかす事は何人にも不可能なのだ、悲しい事ではあるけれど」
「俺が、人間じゃ……ないって……?そんな、馬鹿な……事……」
「嘘では無いよ。異世界よりいでし者……それが君だ。君は、【母】の胎内に宿った赤子を喰らって、その姿を模倣しているに過ぎない」
 それが存在条件であり存在証明であると続けて、皇帝は口を閉ざした。まるで、自分の役目は終わったとでも言いたげに。
 ふざけるな、と喉元まででかかった声は何かに引っかかって言葉にする事が出来ない。何故偶然街中であっただけの男にそんな事を言われなければならないのか。
 そう思うのに、ストンと染込んでいくのだからどうしようも無い。
「けれど悲しきかな、君は人間の生を生きるだけ」


 自分は何なのだろう。
 そう思ってた。
 この力は何なのだろう。
 そう思ってた。
 知りたかった。分かりたかった。そうしてその理由を。
 ただ、理由を。
 わかればこの胸の痛みは消えるだろうか。疼く思いは消せるだろうか。
 自分という異形の真実に救われるだろうか。
 そう思ってた。
 ただ理由を。
 その理由を。
 生まれ生きる理由を。
 存在理由を。
 ここに居て良いという理由を。
 ただ欲して欲して。
 ――ただ、欲して――。


「人間であり、人間じゃない……。異形であり異形でない……それが、答えか?」
「そうだとも」
頷いて皇帝は、変わらずに車を走らせる。
 それが草摩・色という命の全て。
「我々異能者は常に、そういう存在なのだろう」
 

 欲した答えは、存在の証明。
 求めた真実は、存在の条件。

 草摩・色として生きていく為の、生きていける理由。


「……そうか……」


 窓の外の誰も居ない風景を見つめながら、色は小さく呟いた。




END



PCシチュエーションノベル(シングル) -
ハイジ クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年09月29日

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