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『【小春の遺跡発掘レポート――東北の或る村にて】 』
藤河・小春1691

 ――今年も日本の彼方此方で遺跡調査が行われています。
 文化庁の統計によると、日本全国の遺跡の数は44万ヵ所とされているってご存知ですか?
 現在も全国で7千件を数える埋蔵文化財発掘調査が行われており、膨大な数の遺跡や遺物が出土しているんです。
 私――藤河小春――も、大学の考古学部に所属しており、遺跡発掘の一端を担っていたりします。
 今回赴く先は岩手県の或る小さな村です。
 どんなものが発掘されるのか、今から考えるだけでワクワクします☆

 ガタゴトと揺れる車内の中、小春は、ぽやんとした表情のまま小刻みにハンドルを切っていた。整備されていない山道らしく、鈍い音が時折響き、シートに激しい衝撃を与える。舌を噛まぬよう注意しているのか、この道に入ってからは、考古学部のメンバー達も静かだ。そんな中、隣のシートで地図を広げている初老の男が振動に震える口を開く。
「それにしても、キミが車の運転を出来て助かったよ、藤河クン」
「お役に立てて嬉しいです。他にも大型免許や二輪免許も持っているんですよ♪ でも、自動車免許を持っていない方が多いとは意外でした」
 肩幅位まで伸びたセミロングの銀髪が跳ねる中、若干垂れ目の穏やかそうな青い大きな瞳を流し、若い娘は微笑んだ。すると、後部座席のメンバー達が応える。
「俺達だって二輪は持ってるさ。大抵は車よりバイクの方が奥まで行けるしね」
「それに、いつも運転する奴は決まっていたし‥‥風邪だって?」
「まぁ、彼を当てにしてた訳でもないけど、小春さんの隣の教授だって免許持ってますわよね?」
 初老の男は後部座席からの悪戯っぽい視線を感じ、慌てて広げた地図で顔を隠した。小春はきょとんとした表情を浮かべ、小首を傾げて見せる。
「ほへ? そうなんですか?」
「‥‥いや、運転は得意ではないのでね。いや〜、助かったよ、藤河クン」
 苦笑交じりに教授が笑い出すと、再びメンバー達が口を開いた。
「教授も教授だけど、藤河さんも彼女らしいよなぁ。今まで気付かなかったなんてさ」
「そうよねぇ、この可愛らしい隙だらけの顔そのままの天然系よね☆」
「あぁー、隙だらけって酷すぎると思います。私、天然じゃありませんからぁ」
 バックミラー越しに頬を膨らます小春を余所に、ワインレッドのオフロードカーは、楽しげな笑い声を響かせながら奥へと走ってゆく。
 紅葉が彩る山道を抜けた山裾に、小さな村が浮かび上がっていた――――。


 ――村は本当に小さなものでした。
 若者は殆ど村を出た後であり、おじいさん、おばあさんばかりが目に止まります。そんな一郭に数台のショベルカーと土を積んだままのトラックが沈黙していました。村のご老人達はもの珍しそうに掘った後の光景を眺めて行かれます。再開発が進む中、この村で遺跡が発掘されたのです――――。

「縄文時代の集団墓地の跡でしょうか?」
 発掘された遺跡を見つめながら、小春は隣で顎に手を当てる教授へと訊ねた。初老の男は腕を組むと、「ふむ」と一言洩らして続ける。
「祭祀や儀式を行ったとも考えられるね。見たまえ、環状列石は大小さまざまな石を円形に並べてあるが、あの辺りから出土した石柱の左右には、板状の石が規則正しく置いてある」
「なるほどー」
 コクコクと頷きながら、小春は教授の動かす指先を追い、ペンを走らせた。いずれにしろ、今後発掘される出土品で歴史は紐解かれてゆくだろう。遺跡は地域固有の歴史を綴る語り部であり、次第に浮かび上がる事実に浪漫が満ち溢れているからこそ、彼女の好奇心を刺激して止まないのだ。
 手を胸元で組み、小春は瞳を閉じる。吹き抜ける風に銀髪を揺れ、心地良い気持ちが広がってゆく。
 しかし、これから発掘作業に携わるのだが、不可思議な出来事に遭遇する事を、未だ知る由も無かった。
「ほへ? 鏡かな? だとすると弥生時代? あ、浅鉢形土器? 教授ー!」
 シャベルで発掘作業を続けていた小春は、初老の男を呼んだ。彼は、「何事かね」と言いながら若い娘の傍に駆けつけた。瞳に映るは、浅鉢形土器を二つに組み合わせたようなものだ。顎に手を当てる教授に顔を向け、青い瞳を流す。
「こんなものも見つかったのです。割れておりますけど、鏡ですよね?」
「ふむ、鏡なら死者を鎮める為に置いたとも聞くが‥‥この土器は蓋の役目を果たしておるのか?」
 ――ピシッ☆
 刹那、浅鉢形土器に罅が疾り、音もなく崩れた。中には土に埋もれた石器らしきものが覗える。それはまるで牙か角のようにも見えた。
「‥‥石器、ですよね? どうして‥‥? 教授?」
 顔を覗き込むと、肩膝をついたまま初老の男は、瞳を閉じて固まっていた。小春が揺り動かしてもピクリとも反応しない。戸惑いながら腰を上げ、メンバーに呼び掛ける。
「あの、教授が‥‥ほへ? ‥‥眠っているのかしら?」
 小春は呆然と立ち尽くした。発掘現場にいる者全てが固まっていたのだ。「皆、疲れてしまったのでしょうか?」なんて天然ぽい思考が働いたか定かでないが、明らかに異常な状況である。
『きさま、にんげんではないな?』
 刹那、響き渡ったのは野太い地響きの如き声だ。
「足元から? きゃんッ!」
 肩を跳ね上げ、短い悲鳴をあげると同時、激しい揺れと共に姿を見せたのは、大男のようなシルエット。‥‥否、頭部に覗えるのは二本の突起物。その一つは発掘された石器に似ていた。
「まさか、‥‥鬼?」
 小春は瞳を研ぎ澄まし、歩幅を広げて身構える。
『われのつのをふうじたつみをゆるさんぞ! あのときのようにあばれまわってやるわ!』
「あの時? (そう言えば、岩手山が噴火した時に、鬼の手形がついた岩が降って来たって‥‥でも、あれって伝説じゃ‥‥それに約3500年前の遺跡から現れるなんて‥‥)ま、待って下さい!」
 鬼は娘の声に眼下を見下ろす。小春は右手を胸元に当て、口を開く。
「‥‥そのまま帰る訳にはいかないのですか!?」
『ゆるさぬといったはずだぞ! きさまらもちのそこにおとしてやるわ!!』
「でしたら! ‥‥でしたら、私と闘って、勝てたら好きにして下さい!」
『ほお? きさまがわれにかてると?』
 鬼のようなシルエットが高らかに笑うに合わせ、大地が揺れる。
『きさまをくらえばちからがてにはいるやもしれぬ。おもしろい!』
 ――銀龍刃もって来れば良かったかもしれませんね‥‥。
 かくして、誰も知らない状況の中、村の‥‥否、日本の存亡を賭けて、静かなる闘いが繰り広げられようとしていた。小春のあどけなさの残る風貌は青い瞳を研ぎ澄まし、鬼へと吠える。
「こちらから参りますよ!」
 地を蹴ると共に、小春は非常識なほどの跳躍力で肉迫した。腰溜めにした拳を連続で叩き込み、腰を捻って廻し蹴りを薙ぎ放つ。しかし、障壁か肉体が頑丈なのか、娘のしなやかな足は弾き飛ばされ、反動のままに落下する。耳に乾いた音が響いたが、この際、聞かなかった事にしよう。
「(相手は鬼‥‥。多分、突きや蹴りじゃダメージを重ねるのは私ですね。ならば!)来なさい!」
 大きな青い瞳に、豪腕を振り被る鬼が迫る。
 ――貴重な土器が眠っていないように☆
 繰り出された右の豪腕が娘に炸裂しようとした刹那、左足を斜め前方に踏み込むと同時、軸足として小春は身体を捻り、背中を向け躱した。銀髪が豪腕の擦り抜ける突風に揺れる中、彼女の視界に叩き込まれた右腕が映る。
 ――今です! 豪は柔で!
「制しますッ!!」
 一瞬の間に小春は放たれた豪腕を抱え込み、一気に全体重を預けて腰を跳ね上げた。鬼の巨体が宙を舞い、次の瞬間には地面に叩き伏せられていた。土煙が舞う中、鬼は何が起きたのか理解できず、呆然としているようだ。
「一本ですね♪」
 パンパンと手を払い、銀髪の娘がにっこりと微笑む。勝負は一瞬の内に決したのだ。体格の差で油断した事もあるだろうが、小春は格闘技にも精通していたのである。それに彼女は――――。

「‥‥ん? 私は何を‥‥?」
 ――程なくして教授を始めとする皆は元に戻りました。
 誰もが半信半疑で目元を押したり、首を傾げたり、腕を組んだりして困惑の色を浮かべていました――――。
「藤河クン‥‥私を呼んでいなかったかね?」
「ほへ? 別に呼んでいませんよ。疲れておられるんじゃないですか? 教授」
「うーん、運転もしていないし‥‥疲れては‥‥‥‥?」
 頭を振り、目頭を抑えた初老の男は、大きく瞳を見開く。
「な、なんだね!? この大きな窪みは? あぁッ! 出土品が割れているではないかッ!」
 ――狼狽する教授に私は苦笑するしかありません。
 まさか、教授が意識を失わされている間に鬼が出現して、私が放り投げてやっつけたんです。なんて言っても、夢を見ていたと思われるだけですから。
 それにしても、あの鬼は遺跡と関係があったのでしょうか? もし、実在している存在だとしたら、約3500年前にも住んでいたのかもしれません。いいえ、鬼と決め付けるのは間違いですね。だって、私達に分かる事は、遺跡から発掘される道具から推測それる生活風景であり、過去の全てを検証できる訳ではないのですから――――。

「藤河クン、どうやらあの遺跡は縄文時代の集団墓地の跡で、祭祀や儀式も行われたと検証されたよ。まだまだ発掘調査は続行されるらしい。うんうん、直ぐに埋められないのは良い事だね♪」
 大学の廊下で満面の笑みを浮かべる教授は何度も頷いていた。大抵は出土品による検証が終わると、大きな発見でない限り、埋められて再開発が実施されるのだ。
「何の儀式をしていたのでしょうね? 鬼なんか奉っていたりして」
「それは面白い! 正に鬼住村の遺跡だね。これで角の生えた土偶でも発見されたら凄い事になるよ」
 初老の男は高らかに笑い声を響かせる。
「ほへ? あの村って鬼住村って名前だったのですか?」
 なるほど、天然ぽいと言われるだけはある‥‥。
 ――私は苦笑いする教授に「ほへ?」と小首を傾げて微笑むしかできませんでした。
 どうやら、鬼住村で発掘された出土品について全てをレポートに記す事はできないようです。
 日本にはまだまだ知らない歴史が遺跡の中に眠っているのかもしれません。
 だから私は、これからも発掘に飛び回ります――――。


<ライター通信>
 この度は発注ありがとうございました☆
 はじめまして♪ 切磋巧実です。
 いかがでしたでしょうか? 今回は小春さんの設定を演出して構成させて頂きました。さて、何と闘わせようかと(笑)。竜の因子の共鳴により、恐竜でも出そうかと思ったのですが、それじゃ、遺跡発掘じゃなくて、恐竜の化石発掘だと(笑)。岩手の鬼の手形伝説をアレンジして、鬼らしきものと格闘させた次第です。非常に遺跡発掘的ノリとはベクトルと違うような気もしますが、楽しんで頂けたら幸いです。
 因みにタイトルで『鬼住村の遺跡』としちゃうと読む前に展開が見えちゃうので、意図して濁しています事を御了承下さい。‥‥天然の域を越えてしまっていますが‥‥(汗)許して小春ちゃん。
 よかったら感想お聞かせ下さいね。
 それでは、また出会える事を祈って☆
PCシチュエーションノベル(シングル) -
切磋巧実 クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年09月29日

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