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『飛行機墜ちて 』
本郷・源1108

「ぶはッ!」
 水面に顔を出して、源は辺りを見回した。近くには飛行機の残骸と見られる金属片が浮かんでいる。
 飛行機から落ちる前に、何とか脱出出来て良かった。あのまま飛行機の中に居たらこの残骸と一緒にバラバラになっていたに違いない。
 同乗していた二人の男性の姿が見当たらないが、そんな事より自分の身に今まさに襲いかかろうとしている災厄から逃れる方が先決だ。
 金属片の隙間を縫って、水面から出た何やら三角のものがこちらに向かっていた。
「い、厭な予感が」
 次の瞬間、バックリ口を開けた鮫が源を頭から飲み込もうと躍りかかって来た。
「いきなりそう来るかあッ!」
 源は猛然と泳ぎ出す。しかし鮫の方が早い。悲鳴を上げながら逃げ回る内、源はいつの間にか水面を走っていた。
「片足が沈む前にもう片方の足を出せば水面を走れるって本当だったんじゃなお父さーん!」
 誰に向かってお父さんと呼びかけたのか知らないが、源は水面を走るスキルを手に入れた。レベルが1上がった。
 源のダッシュに流石の鮫も追い付けず、気が付いた時にはもうその姿は見えなくなっていた。代わりに、前方に島らしきものが見える。
「た、助かった」
 島に辿り着いた源は、ヘロヘロになって砂浜に倒れ込んだ。
 と、その頭を小突くものがある。重たい頭を上げると、そこには大きな亀が居た。
「ようこそ無人島へおいで下さいました」
「何じゃ、亀か」
 亀が喋った事など軽やかにスルーして、源は再び砂に突っ伏す。しかし亀もお構い無しだ。
「記念に遺跡見学ツアーに御招待します」
 源の首根っこを咥えて、亀はずるずると源を引きずって行く。こうして問答無用に遺跡見学ツアーは始まった。
「ええ、こちらに見えますのが亀宮城址でございます。今は石垣しか残っていませんが、その昔ここには絵にも表せない程美しい亀が住んでいたと伝えられています」
「きぐうじょう。どこかで似た話を聴いた事がある様な……」
 絵にも表せない程美しい亀を、源はどうしても想像出来ない。石垣は見事な亀甲模様だった。
 と、不意に亀が息を呑んで振り返る。
「彼等がやって来ます。ではツアーはこれまで。ごきげんよう!」
 亀はそれだけ云って、亀のくせに脱兎の如く源を置いて立ち去った。
「え、ちょっと。って速! 本当に亀かあやつ」
 ぽかんと立ち尽くす源を、羽飾り等を無駄に飾り付けたものが数人取り囲んだ。おそらく人間だろう。人間であって欲しい。
「お前は誰だ!」
 中の一人に問われて、源は眉を寄せる。
「お主等こそ誰じゃ! 自己紹介はまず自分からと学校で教わらなんだか!」
「学校など無い!」
「そうか。なら仕方無い」
 問題はそこだろうか。
「さてはお前侵入者だな! 者共、かかれいッ!」
 問わなくても侵入者なのではと突っ込む暇も与えずに、彼等は源に襲いかかる。源はまたも逃げ回る羽目になった。
「一体何なのじゃこの島はあッ! と云うか何故今回こんなに展開が速い!」
 尤もな疑問を口にしつつ何とか追っ手を撒いた源は、ほっとして歩を止める。それは大きな間違いだった。
 ずぶりと足が沈む。見ると、そこはどうやら沼だった。
「これはもしや、底無し沼」
 水面を走るスキルは一度足を止めると効果が無くなる。もがけばもがく程ずぶずぶ深みにはまって、いつの間にやら源は胸まで沼に沈んでいた。
「ああ、短い生涯じゃった。まだ見ぬお父さんに、一度で良いから逢いたかったな」
 呟いた源は、早々と観念して目を閉じる。

 次に目を開けた時、何故だか源は洞穴に居た。
「お、目が覚めたか」
 声のした方を見ると、一人の日本人らしい男が座っている。源は起き上がった。
「お主が助けてくれたのか」
「ん、ああ。俺は沼から引き上げただけだ。本当の意味で助けてくれたのはそいつだよ」
 男は源の足元を指差す。そこには掌に載る程の大きさの人間の形をしたものが居た。
「回復呪文でHPは回復したよ。そして願い事も叶えてあげたよ。じゃ」
 何やら訳の解らない事を云って、それは忽然と姿を消した。
「妖精が現れたのは運が良かった。でなきゃお前は死んでたかもな」
「あれは妖精じゃったのか。この島は何なのじゃ。あ、いや失礼。わしは本郷源。日本で小学一年生その他諸々をしておる」
「本郷源?」
 男は名前を聴いて、まじまじと源を見る。何か可笑しな事を云ったかと源が思っていると、男は微笑んだ。
「この島は無人島と云われてた島だが、原住民のマテ族が居る実は有人島なんだ。他にも喋る動物や妖精や得体の知れないものが沢山生息してる。俺はその調査ついでにここに住んでるんだ。そして、源。俺はお前の父親だ」
「……は?」
 突然の告白に、源は目を丸くするしかなかった。
「えっと、それはつまり」
「俺がお前の父親だって事だ」
 全く説明になってはいないが、源は何故だか目の前のこの男が自分の父親だと信じずには居られなかった。きっと妖精が願いを叶えてくれたのだ。
「お父さんッ」
「源ッ。逢いたかったぞ」
「わしも、ずっと逢いたかった!」
 親子はひしと抱き合う。その横で、咳払いが聴こえた。
「おほん。ええ、マテ族の頭領から侵入者を島外に出すには野球で勝てとの伝言です」
 黒ヤギさんだった。伝言を読み上げると、黒ヤギさんはそれをムシャムシャ食べて立ち去った。

 そして9回裏である。2アウト満塁、源チームは3点差で負けていた。もう後が無い。
 バッターボックスに立つのは本郷源。
「これを決めて、あやかし荘に帰る!」
 ビシッと場外ホームランを宣言して、源はピッチャーを睨んだ。ピッチャーはにやりと笑って振りかぶる。その手からボールが離れた。
 源は狙いを定めてバットを振る。手応えがあった。ボールは物凄い勢いでかっ飛ぶ。そしてどこかに消えて見えなくなった。
『ホームラン! 逆転サヨナラホームランです!』
 観衆が歓喜に沸く。
 その様子をマテ族の人々は悔しそうに見、そして源チームの監督をしていた源の父親に詰め寄った。
「お前、娘と一緒に居たいから試合は俺達が負けてやるとか云ってなかったか?」
「何で勝ってるんだよ。これじゃあ娘日本に帰っちゃうじゃないか」
「だって、あの状況で源が場外ホームランを出したのは、やっぱりあの娘が帰りたかったからだろう。俺にはそれを止める事は出来ないよ」
「何云ってんだ格好つけやがって!」
 源の父親はマテ族にボコボコにされる。
「だ、大丈夫かお父さん」
「俺は大丈夫だからお前は行け。日本はあっちだ」
 父親の指差した方向をしっかり確認して、源は頷く。
「解った。お父さん、元気でな」
「ああ、お前もな」
 父親は既にボロボロで元気ではないが、最期の気力を振り絞って娘に笑顔を送った。
 海岸まで辿り着いた源は、影も形も見えない日本の方角を見詰める。そしてとても爽やかな表情で云った。
「帰ろう!」
 泳いで。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
やまかわくみ クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年09月26日

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