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『フロムラヂオ 』
飯合・さねと2867


 三、二、一、キュー。
 プロデューサーの合図によって、飯合・さねと(めしあい さねと)は一つ頷き、元気よく「こんばんわー」とマイクに向かって挨拶する。イントネーションが関西弁なのは、彼女特有の喋り方の所為である。
 ただ、それはさねとが関西出身だからではなく、幼馴染達でもあるバンドメンバーから、キャラの弱さを補う意味で関西弁を話せ、というありがたいアドバイスがあったからである。
 アドバイスなのか命令なのか、未だに不明ではあるが。
「さーさー、今日もスティルインラヴがお送りします『Be Still!』が始まりました。てな事で、最初のコーナーは勿論!私、飯合・さねとの『さねとの怪談ばなし』」
 どろどろどろーという、妖しげな音がバックで流れる。思わずさねとはぷっと吹き出し、マイクに向かって「いややなぁ」と言う。
「こないな音楽流しても、別段怖あらへんよなぁ?」
 スタッフ一同から笑いが起きる。楽しそうな雰囲気を出す為には、音で表現するしかないラジオ番組にとって、スタッフのざわめきも大事な演出効果だ。
 さねとは「こほん」と一つ咳払いをし、にやりと笑う。
「怪談なんて、皆そんなに無い、思うてるやろ?違うねん。意外と、身近に転がってるもんなんやで?」
 さねとの言葉には重みがある。それは、今まで仕事を共にしてきたスタッフが、身に染みて感じている。
「コーナーとして成り立ってるんやから、話さなあかんな?……ま、ただの怪談話やから」
 さねとはそう言い、一つ息を吐いた。
 ふう、と一つ。
 まるで、今から始まる怪談話に対して、心を落ち着かせるように。


「一週間前の話や」
 さねとはそう言い、小さく「ついこの間やな」と付け加える。
「私、たまたまとある病院の前を通る機会があってな。……いややろ?このシチュエーション。でも、まだ大丈夫やで」
 さねとはそう言い、くすくすと笑った。この話を聞いているスタッフは、固唾を飲んでしんと静まり返っている。恐らく、ラジオの向こうのリスナー達も同じような行動をしているのかもしれない。
 怖いから聞きたくない。だけど、聞いてしまう。この繰り返しのジレンマに、苦しんでしまっているのかもしれない。
 だけど、一度話し始めたのだ。いきなり止める訳には行かない。
 止める訳には、いかないのだ。
「病院内は、ごった返しとった。この世に人間がおる限り、病院が静まり返る事は夜以外にあらへん。そこで、私は手を見たんや。誰かが私を手招いとった」
 さねとはそこで、一旦口を紡ぐ。喉が渇いたから、用意されているペットボトルの水を一口飲んだのだ。
「私は手に導かれるように、歩いていったんや。そうしたら、辿り着いたのは一つの病室や。そこには、女の子が一人ベッドに座っとった。彼女、左腕があらへんねん」
 ごくり、と誰かが喉を鳴らす。いよいよ来るか、という不安と期待を込めて。
「話を聞くと、彼女はまだ女子高生やった。しかも、ヴァイオリンを弾いていたんやて。そりゃ、勿体無いなって思うたわ。だって、そうやろ?片手でヴァイオリンは弾けんやん」
 さねとの言葉に反応し、バックにヴァイオリンのもの悲しい音が流れた。その演出に、リスナーたちは多少びくりとしたかもしれない。
 近付いてくる恐怖の瞬間に、思いを寄せている事だろう。
「彼女には、どうしても負けたくないライバルがおったそうや。でも、コンクールではいつも勝てへん。どんどんストレスも溜まっていく。それで、たまらんくなって呪いを実行したそうや」
 バックのヴァイオリンが、もの悲しく鳴り響く。
「呪い言うても、本屋で簡単に手に入る気休め程度の呪いや。それをやって、多少なりともストレスを解消できたらと、思うたんやて」
 カン、カン。何かを打つような音が、ヴァイオリンの音色に混じる。
 呪いといえば五寸釘のイメージなのかもしれないが、それだけではないのだとさねとは苦笑する。
「どんな呪いかは言わへんけど、少しだけ準備と手間のかかる呪いなんやて。せやから、じっくり時間をかけて彼女は呪いの準備をしよった。……と、その時やった」
 ヴァイオリンと何かを打つような音が止む。
「ライバルと会う機会があったんや。感じのいい人で、お互いに頑張ろうと優しく声をかけてきた。また、彼女をライバルだと思っていて、少しでも手を抜くと追い越されるとも思っている事を彼女に言うたんや」
 再びヴァイオリンの音がする。先ほどまでとは違った、更にもの悲しいメロディだ。
「彼女は途端、自分を恥じた。当然やな。相手は自分を正当に評価した上で、互いに頑張ろう何て言うてきたんや。そんな相手を呪うなんて、正々堂々としていないと感じたんや」
 ごくり、と再びさねとは水を飲む。
「彼女は、突如呪いの道具を全て捨ててしまったんや。神社や寺に奉納したんやないで?勝手に、ゴミの日に出してしもうたんや。……ばれたらあかんって思ったんやろうけど、それは危険なことなんや」
 再びヴァイオリンの音が止む。今度は、カンカンという音だけが響く。雅楽も遠くから聞こえてくるようだ。
「簡単な、気休め程度の呪いとはいっても、呪いは呪いや。中途半端に築いていた上、手順を踏まずに捨てたらあかん。そうしたら、行き場を失った呪いは、呪い手に戻ってくるんや」
 がんっ!
 強い音が響く。恐怖の演出に、加速がつく。
「死に至る事はあらへんかったけど、彼女の左腕はきっちり持っていきよった。表向きは交通事故や。突然左腕が消えたんやない。せやけど、彼女は突如赤信号なのに左腕を前に差し出しながら道路に飛び出していったんやて。まるで、その左腕を引っ張られているかのように」
 キキキー、という、車が急ブレーキを踏む音が響く。その次に、キャア、という女性の悲鳴も。
「切断するしかないくらい、彼女の左腕はめちゃめちゃになってたんやて。彼女は左腕を失ったんや。同時に、ヴァイオリンを弾く事も奪われた」
 しんと静まり返った後に、また再びヴァイオリンの音色。哀しいメロディだ。
「悲観した彼女は、一命を取り留めたにも関わらず、自殺したんやて。……もう、分かるな?私を手招き、病室に案内し、事の成り行きを全て話してくれた彼女は、この世にはおらん人やった」
 再び音が止む。どのような音を流したとしても、さねと自身の言葉以外に恐怖を加速するものはない。
「上に行く事をすすめたんやけど、彼女にはまだやりたい事があるんやて」
 ごくり、と皆が固唾を飲んで見守る。
 おおよその話はスタッフも聞いていたが、最後までは聞いていないのだ。それを知っているのは、今やさねとただ一人。
「左腕、探してるんやて。……皆、気をつけてや。左腕を求められても、絶対に断らなあかん」
 さねとは少しだけ笑む。声に、悪戯っぽさが入ったのだ。冗談交じりの言い方に、リスナーたちはさぞほっとしている事だろう。
「でもな、彼女は左腕を探す必要なんてあらへんねや。何でか、分かるか?」
 さねとは突如、リスナーたちに問い掛ける。スタッフの間でも、ざわめきが起こった。さねとはそれを見て、くすくすと笑う。
「ほな、これは来週までの宿題にしような」
 さねとのこの言葉によって「さねとの怪談ばなし」コーナーは一応の終わりを見せた。来週までの宿題を残して。


 収録を終えた後、スタッフの一人が「お疲れ様でした」と言いながらさねとに近付いた。
「あの……怪談話のクイズなんですけど」
「ああ、あれな。分かったか?」
「いいえ。分からないのが何だか歯痒いので、教えて貰おうと思って」
 スタッフの言葉にさねとは「あー」と言って、ぼそりと呟くように声をひそめる。
「言うてもええけど、公にせえへんって約束してくれるか?」
「何故です?」
「まだ、心の準備が出来てないんやと思う。今聞いたって、信じてくれへんからな。一週間あれば、心も落ち着いて聞いてくれるやろ」
「……誰が、ですか?」
「せやから、その女子高生や。私のラジオ聞いてって頼んだから、多分聞いてくれてるんちがうかな?」
 ぞくり、とスタッフの背筋が凍る。何でも無いようにいうさねとの言葉が、妙にリアルだ。
「そ、それで答えは……?」
 恐る恐る尋ねるスタッフに、さねとは「ああ」と言って小さく笑う。
「私を手招いとった手、左腕やったんや」
 スタッフはぞくりとし、思わず自らの左腕を見た。さねとはそれを見てそっと笑い、人差し指を口元に当てて「内緒な?」と言い、スタジオを後にする。
 さねとの出した宿題の答えが、ファックスやメールによって番組に寄せられていく。様々な意見、感想、そして答え。中には正解もあった。
 やがて、スタッフも一人残らずそのスタジオを後にしたが、回答は途切れる事なくたくさん寄せられていく。その中に一つだけ、白紙のファックスがあった。
 送信先が病院となった、白紙のファックスが。

<一週間後の答えを心待ちにし・了>
PCシチュエーションノベル(シングル) -
霜月玲守 クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年09月22日

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