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『ようこそ、しめじ荘へ 』
黒曜・ブラッグァルド5635)&宗像・悠(5606)&水上・瑞穂(5227)

 それは、ある意味ではとても唐突だった。
「やっぱり、郷に入ったら郷に従うのは当然のことだと思わない?」
 にこりと笑って床から上半身だけ姿を見せて、水上瑞穂はそう告げた。
「ここにそんな決まりごとなんてあったか?」
 突如姿をあらわした幽霊に驚く気配はカケラもなく、この部屋の主である宗像悠は、淡々と返してタバコに火をつける。
 都内某所に建つ、たいしておおきくもないアパートしめじ荘。ここに、郷、なんぞと言えるほどの決まりごとなんてなかったはず。
 しかし悠のそんな疑問をからりと笑い飛ばして、瑞穂は床をすり抜け今度は体全部、部屋の中へと入ってくる。
「しめじ荘の歓迎の儀式よ、儀式!」
「……そんなもの、あったっけ?」
 考えることすら面倒そうに、悠はすぐさま問い返す。
 すると瑞穂はニッコニコとえらく楽しそうにピッと人差し指を立てた。
「私が、さっき、決めたのよ」
 宙に浮かんでいた瑞穂が、改めて悠の目線の高さへと降りてくる。ちょうど畳に座るような姿勢で悠を見つめて、告げた。
「でもあの子は悠のものでしょう? 一応、許可をとっておいた方が良いかなって」
「いいんじゃないか」
「あら、早いのね」
「ただしやるなら、徹底的にやれ」
「まああ。素敵!」
 淡々としたぶっきらぼうな答えに、瑞穂はぱあっと表情を輝かせた。


◆ ◆ ◆


 さて、瑞穂の呼ぶあの子――とは、最近しめじ荘に入居してきた黒曜・ブラッグァルドのことを指している。
 金で雇われれば殺しであろうとなんであろうと、どんな仕事であっても引き受ける、闇稼業の住人である。
 が。
 現在の彼女はといえば、悠に所有物と認識され、完全に悠の下僕と化していたりする。
 情けないと言えば情けないが、本人らが納得しているのなら、他人が口をだすべきところじゃないのだろう。
 まあ、なにはともあれブラッグァルドはつい最近、しめじ荘に越してきた。今は仕事に出ており、そろそろ帰ってくる時間だ。
「うふふふふー。さて、どうしようかな」
 しめじ荘の屋根から眺める景色にブラッグァルドの姿を見つけて、瑞穂は頬を緩ませた。
 ブラッグァルドはそんな瑞穂の悪企みになど気付くことなく、てくてくてくとしめじ荘へと近づいてくる。
 ちょうどしめじ荘の前に辿り着いたところで。
 バンッ! と大きな音をたてて小石が跳ねた。
「うわあっ!?」
 いくら優秀な裏稼業の住人といえど、完全に油断していたところで、普通なら起こるはずのない現象を目にしてさすがに驚いたらしい。
 今はもう動くことのない、先ほど、おもいっきり空中へと跳ねた石を凝視している。
 もちろんこれは瑞穂の仕業だ。
「なかなか素直な反応ねー」
 ブラッグァルドに声が聞こえないのを良いことに、瑞穂はクスクスと隠さぬ笑み声を零して次なる作戦を考える。
 こんなの序の口、まだまだ、儀式はこれからなのだ。


 次にブラッグァルドを襲ったのは、地面から生えた腕、であった。
 基本的にブラッグァルドは、第六感も含めた、感覚と瞬発力に優れた人間である。常であれば人の気配に気付かぬはずはない。
 その相手がたとえ人間ではなかったとしても、だ。
 しかし瑞穂はそんなブラッグァルドの能力をまたさらに凌駕するステルス能力――どんな能力者にも感知されない力を有していた。
 ゆえに。
 ブラッグァルドは、本当に、本当に驚いたのだ。
 気配もなにも感じさせずに現われた、その、腕に。
 どうにか小石の事件を無視して部屋に向かおうと歩き出したブラッグァルドの足を、唐突に地面から生えた腕が、掴んだ。
「……っ!!!???」
 がくりと自分の意思に反して止められた足に目をやれば、そこには明らかに自然の法則に反して現われた腕。
 驚きのあまり顔色を蒼白にして、空気のたりない魚のように、パクパクと口を動かす。
 しかしそれもほんの数秒。ブラッグァルドはすぐさま腕を振り払うべく暴れ出した。
 腕が離れてブラッグァルドがホッとした顔をしたのも束の間、瑞穂はブラッグァルドに休む暇を与えることなく、次々と新たな恐怖の種を放り投げる。

 例えば、人形がどこからともなく現われてニヤリと笑って飛びついてくるとか。
 例えば、誰もいないはずなのに耳元で女の囁く声がする、とか。
 とにかくもう、次から次へ。瑞穂は幽霊スキル総動員で、思いつく限りの方法で、ブラッグァルドを恐怖の底へと叩き落した。
 ちなみにその間、ブラッグァルドの所有者である悠は、ただただその様を傍観しているだけである。


「もう、やだーーーーっ!」
 しばらくはビクビクと怯えた様子でしめじ荘の廊下を歩いていたのだが、とうとう限界を越えたらしい。
 えらくゆっくりとしていた足が、突如ばたばたと響く音を気にせず駆け出した。
「なんか変なのがいるんだよ!!」
 悠の部屋へと戻ってきたその瞬間、ブラッグァルドは辺りを見まわすこともせず、一直線に悠の体へと飛び込んだ。
 勢いよく抱きついたその、瞬間。
「うわああああああああぁぁぁっ!!!!」
 これまでの驚きも恐怖も比ににならないくらいに。ブラッグァルドは、壮絶な悲鳴をあげて、部屋の外へと逃げ出した。
 ごろん、と床に転がる悠の頭を放置して。
 ……そう。
 飛びついたその瞬間、悠の首がもげたのだ。
「なんだよ、何がどうなってるんだよぉっ!!」
 半泣きどころか完全に大泣き状態でしめじ荘から一歩外にでたちょうどその時。
 鳴り響いた携帯音に、ブラッグァルドはビクリと大きく身を震わせて立ち止まる。
「な、なんだ……?」
 怖々と携帯の液晶画面を覗き込めば、そこには見知った文字――悠の名前が表示されていた。
 どうやらメールが届いたらしい。慌ててメールを開けてみれば、そこには簡潔な一文が表われた。
『煙草と酒買ってきて』
「……え?」
 さっきまでの現実感のない現実があっという間に遠くに去り、代わりに、いつもの現実が戻ってくる。
「え? でも、あれ?」
 首の落ちた悠の姿を思いだし、けれどこんなメールを寄越すくらいだ、あれは悠ではなかったのだろう。
 なんとなく理不尽なことを感じつつもそう納得し、ブラッグァルドは近くのコンビニへと足を向けた。


◆ ◆ ◆


 さて。
 律儀に煙草と酒を買って戻ってきたブラッグァルドへの悠の言葉はたった一言。
「ごくろう」
「あのー……さっきのは一体……」
「儀式だそうだ」
「……儀式?」
「気にするな」
 そう言われても、かなり無茶な要求のような気がするのは気のせいだろうか。
 しかし今のでわかったことがある。
 あの恐怖の出来事は、仕組まれたものであったということだ。
「……酷い……」
 呟いた言葉をきっかけに、ブラッグァルドは部屋の隅で背を丸め、号泣をはじめた。
 まるでしゅんと項垂れた犬の耳と尻尾が見えるようなその様子。けれど悠はこれといって慰めるようなことをするでもなく、さっさと寝る準備を始めてしまう。
 いよいよ悠が寝てしまうといった頃には、ブラッグァルドもいい加減泣き止んでいた。
「一緒に寝ていい?」
 ぽつん、と問うた言葉に、悠はこれといった感慨を抱くでもなく淡々と口を開く。
「好きにすれば?」
 聞きようによっては投げ遣りにも聞こえる台詞だが、少なくとも拒否されていないことは確か。
 さっきまで泣いていたのが嘘のような笑顔でブラッグァルドは頷いて、ごそごそと悠の隣に潜り込んだ。








 闇夜の中で、ブラッグァルドはなかなか眠れなかった。
 もうとうの昔に寝入ってしまっている悠を見つめて、しばし、考える。
 それから。
 静かに、悠の寝顔にキスをして。
 ブラッグァルドもやっと、眠りにつくことができたのだった。


◆ ◆ ◆


 翌朝には、ブラッグァルドの機嫌はすっかり直っていて、いつものように笑顔で悠に挨拶する。
 そんな様子をこっそりと上から眺めて、瑞穂は二人の微笑ましい仲の良さに笑みを零して呟いた。
「ようこそ、しめじ荘へ」
PCシチュエーションノベル(グループ3) -
日向葵 クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年09月21日

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