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『Happy Birthday to... 』
藤野 羽月1989)&高遠 聖(1711)&リラ・サファト(1879)

「そう言えば…そろそろですね」
 その言葉が、全ての始まりだった。

「そろそろ?」
 高遠聖の何気ない言葉に、藤野羽月が聞き返す。
「リラの誕生日ですよ。まさか……忘れたなんて言わないでしょうね?」
 ちろりと涼しげな視線を向ける聖に、
「っ!――わっ、忘れる筈が無いではないか」
 急に、ライラック色の髪をした少女、リラ・サファトの事を話題にされてかぁっと顔を赤くした羽月が言い、聖を睨み付ける。
 ――みーんみんみんみん――
 ひんやりした空気の教会の中に、外から賑やかな蝉の声が聞こえる。
 そう。今はまだ、真夏。
 9月18日の誕生日まではまだ1ヶ月以上も先の事だった。
「そうでしょうか?準備に余念の無い方などは、1年も前から準備を始めると聞いた事がありますが」
「………それは流石にやり過ぎと思うがどうか」
 くす、と聖が微笑んで、
「それで、どうしますか羽月さん?」
 悪戯っぽい目で羽月を見た――それから、約1ヶ月考えに考えた末のある日。
「こんにちは。…おや、リラは?」
「ああ、たった今出かけたところだ。丁度良い」
 新たな人形の大まかな形を削っていた羽月が、仕事を中断して聖を手招きする。
「リラさんの誕生日の事だが、今年は彼女の好きな菓子作りに挑もうと思ってな――それで、頼みがある」
 洋菓子を作ろうと、リラの居ない合い間に色々調べ物をしていた羽月が、
「当日の朝から作業に入る予定だが、その…」
 一瞬言いよどみ、薄らと顔を染める。
「お。驚かせたいのだ」
「それもそうですね。じゃあ僕はリラを連れ出しましょう♪」
「すまぬな」
「いいんですよ。その代わり、羽月さんに彼女を返すまでは、2人きりで彼女の誕生日を楽しませてもらいますからね」
「……………、わ、わかった。よろしく頼む」
 一瞬思い切り顔を歪めた後で、聖のからかいと分かってどうにか表情を元に戻し、ぺこりと頭を下げた。

*****

「…あら?」
 片手に買い物籠を下げ、楽しそうに笑顔を浮かべながら買い物に出ていたリラが、思いがけない所で羽月の姿を見つけて、小さく首を傾げた。
 少し離れた所にいる羽月は、近所のどっしりとした存在感を持つおばさんに笑われながらばしばしと背中を叩かれ、困ったように頭を掻いている。
「どうしたんでしょう?」
 とことこと軽い足取りで2人の側へ近づきながら、小声で自問自答するリラ。当然答えが返って来る筈は無く、更に首を傾げる。
 そんな斜め顔の姿に先に気付いたのは、おばさんの方で。にこにこと満面の笑みを浮かべながらリラへ手を振った。それに気付いた羽月がちょっと慌てた風で、またおばさんに笑われている。
「なにか、あったんでしょうか?」
 そんな2人へとことこ近寄って行ったリラが不思議そうに訊ねると、
「なんにもないよ。まだね」
 にっこりと笑って、愛娘を見るような優しい眼差しでリラを見、
「――そうだ。いいものがあるんだよ」
 ぱちん、とまるまるした手を叩き合わせて、家の中に戻り、すぐに戻ってくると、
「ついさっきだけどね、出来たてのバターが届いたんだ。少し持っていきな」
 陶器の壷に入ったずしりと重いそれを、有無を言わさず羽月の手に押し付ける。
「し、しかし」
「いいからいいから。――ね、リラちゃん。あんただって美味しいものは大好きだろう?」
「はい、大好きですっ」
 にっこりと、美味しいものを前にしているかのような笑顔にあはは、とおばさんが笑い、
「そうそう。若い子はそのくらい素直じゃなくっちゃね。それじゃあまた明後日おいで、頼んでおいてあげるからね」
 何だか恐縮している様子の羽月に不思議そうな目を向けるリラ。やがて女性と別れて家へ戻りながら、今日の買い物の成果を報告したリラが、
「何かあの方にお願いしたんですか?」
 つやつやのバターに嬉しそうに目を細めながら聞く。すると、ああ、と頷いた羽月が、
「あの人の親戚が牛を飼っている、と聞いていたんでな。牛乳を少し分けてもらおうと思って、頼んできた」
 そう言った。
「まあ」
 ぱちん、とさっきの女性の真似をするように手を打ち鳴らしたリラが微笑み、
「新鮮なミルクも美味しいですね」
 嬉しい、と両頬を押さえながら言うと、次にぱあっと顔を輝かせて、
「あの――羽月さん、そのミルクが届いたら、パンケーキを焼きませんか?」
「そうだな。…一緒にやるか?」
「はいっ」
 優しい目で自分を見る羽月にこっくりと頷いた。

*****

「いい天気ですね」
「そうね。でも…一緒に来れれば良かったのに」
 そして、ミルクが届けられ、羽月が用意したらしい卵も入れてほくほくのパンケーキを焼いたその日の朝。
 いつものように聖が羽月の所にやって来たそのすぐ後で、
「そうだ。悪いのだが、2人とも――」
 ある場所に行って、用意されたものを受け取って来て欲しい、と、羽月が済まなそうにお使いを頼み。いいですよ、と快く聖が引き受けたその横で、リラも真剣な顔できゅ、と両の拳を握り締めてこっくりと頷いた。
 …そんな事があって、のんびりと道を行く2人が、晴れ渡った空を眺めながら、つまらなさそうに言うリラ。
「羽月さんは急な仕事が入ってしまったようですから、仕方ありませんよ」
 にこりと笑う聖に、でもでも、とほんのちょっぴり寂しそうな表情を浮かべるリラ。
「僕は明日も暇ですから、今日羽月さんの仕事が終わっていましたら、一緒にどこか行きましょうか?」
 けれど――そんな憂いを帯びた表情も、聖の提案によってあっさりと塗り替えられた。
「行きましょう♪お弁当もいっぱい用意して、涼しくって気持ちの良い所に」
 何が良い?何が食べたい?そんな質問を次々と浴びせ掛けるリラに、聖はひとつひとつ答えつつ、時間稼ぎと称したデートへリラを連れて行く。
 ――ちょうど、その頃。
「ええと…これが、粉をこのくらい、と…バターに、卵に…」
 2人が家を出て行ってからすぐに本業を放り出して、『仕事』に精を出す羽月の姿があった。和装にたすきをかけ、渋い色の前掛けを締めた姿で。
 手元には羽月の几帳面な字で書かれたレシピが何枚も広げられている。本で調べた事と、近所のお菓子作りが上手な人たちに聞きまわった成果がそこにはあった。
 ――聞いた人のほとんどが理由を聞きたがり、リラのためと知った途端散々からかわれたりはしたが。
 一昨日、リラが見かけた女性もその1人。特にその女性は近所でも評判の腕前で、リラとも顔見知りとあって全面的な協力を申し出てくれたのだった。
 即ち、上質な材料の確保と、足らなかった場合の火床の提供を。
 作成の手伝いだけは、自分でやらなければならないからときっぱり断りはしたものの、その他の好意には甘えさせてもらう事にして、羽月がせっせといくつかの作業をこなしていた。
 作るものはパイとタルト、そしてクッキー。パイは大きなものをひとつ作るから良いとしても、余った生地でリーフパイを作ったり、タルトは手のひらサイズのものをいくつも作ったりする予定なので、とにかく時間はいくらあっても足らなかった。
 パイ生地を休ませる時間を考慮しても、昼までにはなんとか作り上げたいのだが…。
 オーブンを温めながら、流れるような動きで家の中を移動する羽月。
 元々器用な方なので、手順に間違いはないのだが、細かな作業が多く、それを大量に作らなくてはならないため、目が回るほど忙しかった。

「あ…もう金木犀の匂いがするのね」
「花が咲いているみたいですね。見ていきましょう」
 そんな羽月とは対照的に、のんびりと歩いている2人。子どもたちの歓声に誘われるように公園に入って行くと、その奥に何本か植えられている木が、鮮やかなオレンジ色の化粧を施していた。そこから漂う香りに、リラが嬉しそうに微笑む。
「あのお花を少し分けてもらって、ポプリにしようかな」
 秋が深まればあっという間に散ってしまう小さな花々にそっと顔を寄せながら、どうかな?と聖に訊ねる。
「そうですね…良いと思います。いい香りですしね」
「そうよね?」
 余っている端切れを使って、綿を入れて、と目を輝かせて考えていたリラが、暫く金木犀の木の前で佇み――そして、はっと我に返る。
「そうだわ、羽月さんのお使いに行かないとっ」
 リラにとっては何よりも大切な人からの、滅多にない頼まれごと。だからこそ張り切って家を出て来たのに、と籠をしっかり持ち直しながら歩き出す。
「…思ったより時間が稼げませんでしたね。さて次はと」
 そんな彼女の後ろに付いて歩きながら、聖はぽつりと呟いていた。

*****

 足音のほとんどしない室内だが、目で見れば羽月が動き回っているのが見える。
 羽月は、自分でも意識しないうちに、足捌きや体重移動などの動きが戦う時のそれになっていた。目付きも自分では気付かないだろうが鋭さを増し、闘気とも殺気ともつかないものが室内に充満している。
 その分手の動きも早く、必要最小限の動きで次々と作業をこなして行くのが分かる。
 ――やがて、生地そのものは出来、それを休ませる段階に入って、ようやく羽月の動きが一旦止んだ。
 ふう、と溜息を付いて、
「生業にしている者は毎日これを繰り返しているのか…尊敬に値するな」
 今度はトッピング用の具材を作り始めながら、羽月はそんな事を呟いていた。

「はい、どうぞ」
「わぁ、ありがとう」
 店先で焼きたてのパンを販売している店で、ほかほかと温かな小ぶりのパンを手渡されて、にこにこしながら受け取ったリラが口を開けて――そして、そのままちろりと聖を見る。
「聖、何か隠してるみたい」
 お使いの途中だと言うのに、寄り道はここで3つ目。公園を出てから、生まれたばかりの仔猫たちを見に行ってそのじゃれる様をじっくり観察し「茶虎もこんなだったの?」「そうですよ。生まれたばかりは皆こんな姿です」、そこから聖が美味しいパン屋があるとぐるりと回って来たのがここで。
「そんな事ありませんよ?」
 にっこりと笑いながら、自分も上機嫌でひとくち大に千切ったパンを口に運ぶ聖の様子を見て、リラもはむっとパンを口に咥えて、口の中に広がる香りにほわりと表情を綻ばせた。
「食べ歩きは御行儀が良くないですからね。――ああ、あそこにベンチがあります。そこでいただきましょう」
 温かいうちが1番美味しいですよ?と言われたリラがあっさり陥落してベンチに大人しく腰掛け、ぱくぱくと無心に頬張る様子を見つつ、今ごろは悪戦苦闘しているだろうと羽月の事を思う。
 目的地はもう少し先の鍛冶屋。そう言えば一体何を受け取りに行くんでしょうね、と、自分も聞かされていなかった事に軽く首を傾げながら。
「ねえねえ聖、帰りにもう一度ここに寄っていい?」
 くいくい、と服の裾を軽く引かれて、
「いいですけど、足らなかったですか?」
 それなら、ともう一度店先に行きそうな聖をリラが慌てて止め、ぷるぷると首を振る。
「そうじゃなくて。羽月さんに、おみやげを買っていきたいの」
 出来たてを羽月さんに持って帰りたいから、と真っ直ぐな目で見るリラに、
「そうですか。分かりました、…それなら彼も喜びますよ」
 先程の笑顔とはどこか違う、柔らかな笑みを浮かべた。

*****

「すまないな。今磨きをかけているところなんだ。もう少し待っていてくれ」
「それは構いませんよ。僕たちの用事は、羽月さんの頼まれ物を受け取りに来ただけですから」
 とんてんかんてん、と奥で金属を叩く音が響く中、店の主人らしい大柄な男が申し訳なさそうに言うと、奥へ引っ込んで行く。
「…そう言う訳ですから、少し待ちましょうか」
「うん。――ちょっと、覗いてていい?」
「危ないですから、遠い所からなら良いですよ」
 何かを作り出す事、その作業の工程が気になるらしく、ととと、と移動しては興味深そうにじぃっと工房を眺めるリラ。そんな彼女の目線に気付いているのかいないのか、真剣な顔で作業をする男たちの周りで、火花が散っている。
「凄いのね」
「とても熱い火じゃないと、金属を鍛える事は出来ませんから」
「剣もそうなの?」
「そうですよ。それに、槍だって斧だって…あの兵士が着ている大きな鎧も、こういう場所で作られているんですよ」
「…そうなの…」
 目をきらきらさせながら、夢中でその工房を離れた場所から眺めるリラ。ようやくその熱い視線に気付いた作業員たちが、リラの方へ顔を上げて照れたように笑った。
「よーし、出来たぜ。金はもう受け取ってあるから持って行くだけだ。大事に使ってくれよ」
 木箱に入れられた物と、麻袋に入れて縄で縛られた物と、2つの品を嬉しそうに手渡してくれた男に、
「はい、大事に使わせてもらいます」
 きゅ、と小さい方の荷物、木箱を受け取ったリラが大事そうに箱を抱きしめてこっくりと頷いた。
「それでは、帰りましょうか」
 最後の場所での時間経過を考え、そろそろかなとこっそり計算した聖がリラへ話し掛ける。リラは聖に頷いて、木箱を籠の中に入れて歩き出した。
「うーん。この形だと、あれでしょうか」
 袋の外から見えるのは、その大まかな形状。大きな深皿のようなものに平べったい棒が付いている――となると、答えはひとつしか思いつかず。
「フライパンよね、この形は」
 リラも袋の上からきゅっきゅっと手であちこち握りながら、このくらいの?と中くらいのサイズを手で示しながら言う。
「そうですね…フライパンですか。これが今日仕上がる事になっていたんですね」
 鉄で丁寧に作られているのか、ずしりと重い。と言っても運ぶのに苦労するような重さではなく、調理もしやすいだろうと思わせるもの。
 だが…何故今日、これを取りに行かせたのだろうか、と聖が不思議そうに首をかしげる。それに、リラの籠の中に入っている木箱の中身もまだ謎のままだった。
「聖、パンを買って帰ろうね?」
 リラの方は、お使いが出来ただけで嬉しいらしく、籠の中身が何であるのかは考えてもいないようだったが。

*****

「ただいま戻りました」
 家の前で、戸を開ける前にわざと声を上げて、中へ合図する。これだけの時間をかければ大丈夫とは思ったが、まだ支度が済んでいなければどうしようかと考えながら。
 けれど、
「ああ、おかえり」
 中から聞こえた声は穏やかで、その声にほっとした顔をしつつ、聖が戸を開けた。途端、中からふわっと漂って来た香りにリラが目をまん丸にし、そしてその香りが家の中からと言う事が信じられないらしく、きょろきょろと辺りを見回す。
「…どうした?」
 そこへ、ぷんと全身から甘い香りを漂わせた羽月が、照れ隠しのつもりか口をきゅっと結んだ姿で現れる。
「さあ、玄関でぼうっと立っていないで、中に入りましょう、さ、さ」
「あう、聖、何するの〜」
 その匂いにくんくんと鼻を寄せていたリラが、聖に背中から押されてずいずいと中へ入っていった。

 そして。

「…え?」
 テーブルに所狭しと並べられたお菓子の数々に、リラがびっくりした顔をして、羽月とテーブルを何度も見た。
「誕生日おめでとう」
「おめでとうございます」
 目を細めながら言った羽月と、その言葉を待ってようやく口にした聖がぱちぱちと拍手しながら告げる。
「え、ええっと…ええと、――今日…でした?」
「はい、今日ですよ。忘れていたんですか?」
 くすくすと笑う聖。
「そろそろかな、と思っていたんですけど…2人とも何も言わないから、まだかなぁって。びっくりしました…」
 自分の胸を押さえながら、ぱちぱちと瞬きを繰り返すリラ。
「さあ、早速食べようか。お茶の用意も出来ているのだ」
 大きなアップルパイに刃を入れようとナイフを持ち出しながら、リンゴの皮から煮出したアップルティーを3人分カップに入れて、運ぶ羽月。そして、リラへ椅子を引いてにこりと笑いながら座らせる聖。
 リラが目を輝かせる、大きなお皿に山と詰まれたクッキーにリーフパイ、色とりどりの果物や栗などを載せたひとくちサイズのタルト。羽月が切り分けたアップルパイには、そろそろ出回り始めた小ぶりのリンゴがぎっしりと詰まっている。
「こんなに――こんなにしてもらって。…嬉しい」
 頬を両手で押さえるリラが、羽月と、彼に協力したらしい聖の2人を交互に眺め、
「また忘れられない誕生日になりました、有り難う」
 つと椅子から立ち上がって、まだ椅子に付く前の2人に、ぎゅ、ぎゅっ、と一度ずつ抱きついた。2人とも微笑みながら、ぽんぽんとその背を軽く叩く。
「どういたしまして。それじゃあ僕からもプレゼントを」
「ええっ、まだあるの?」
 はい、と微笑みながら手渡したのは小さな包み。開けると、ばら色のレースで出来たリボンがリラの手の中で踊り、わあっ…、とリラが嬉しそうな声を上げる。
「リラの髪に似合うと思いまして。どうでしょうか?」
「…何故私に聞く?」
 だって髪型を整えるのはそちらの役目でしょう、と聖が意味ありげな含み笑いをし、
「わ、悪くは無いな」
 顔を赤らめた羽月が、リラの髪に付いたリボンを想像したか、軽く聖を睨みながらも同意した。
「あ――そうそう。そう言えばこの荷物はどうしたんですか?」
「む」
 そうだった、と聖とリラからひとつずつ受け取って、
「これもプレゼント――というか、その、な。リラさんの手に合わせて作ってもらったんだ」
 中を開けてみれば、ひとつは想像したとおりの中くらいのフライパン。確かに持ち手も小ぶりだし、フライパンとして見てみれば小さい方かもしれない。
 そして、もう1つは、これも柄がやや小さく感じられる1本の包丁だった。シンプル、と言えば聞こえは良いが、無骨そのもののつくり。だが、丈夫そうな形をしており、羽月から手渡されて試しに握ってみたリラが、その使いやすさに目を丸くする。
「気の利いた贈り物が思いつかなくて、こんなもので悪いが」
 ううん――と、リラが呟いてゆっくり首を左右に振る。
「お菓子も、リボンも、そしてこの2つも――全部、最高の贈り物です。私のために、こんな事までしてもらって」
 木箱にそっと仕舞うと、目を細めてからにっこりと笑い、
「本当――嬉しい」
 お茶をリラの元へ運ぶために近寄って来た羽月を見上げた。

*****

 その日、食べきれないくらい夢中でお菓子を食べたリラでさえ音を上げたその残りは、いくつかに分けてお裾分けをすることになった。
 運び先は、羽月が秘蔵のレシピを教えてもらった人たちの元。当然、材料を分けて貰った近所のおばさんにも、訳を聞いたリラが自らお皿に乗せて運んだ。帰って来たリラは、何故かそのお皿の上に今晩のおかずを山盛りにしていたと言う一幕があったりしたが。
 そして――それでも余った、多少日持ちのするクッキーやリーフパイは、家に残す分を除いて聖に持って帰って貰う事にした。
「いいんですか?全部残してリラが食べてもいいんですけど」
「いいの。…だって、幸せでおなかもいっぱいなんだもの。分けてあげて」
 聖の教会へ礼拝に来る人々、特に子どもたちへとのリラの言葉を受けて、聖がにこりと笑って受け取り、
「ありがとうございます。何だか得した気分ですね。リラにこんなに喜んでもらえた上に、御土産まで貰ってしまって」
 まだほのかに温かい気がするそれを、大事そうに腕の中に抱えて帰って行った。
「あ…でも、ごめんなさい。せっかく作ってくれたのに、いっぱい配ったり、聖に持って帰ってもらったりして」
「うん?そんな事は気に病む必要は無い。あれは全部リラさんへの贈り物なのだから…それに、皆とても喜んでいた。リラさんが行った所もそうだっただろう?」
 2人きりになった家の中で、リラが急にしょんぼりしたのを見て、くすっと羽月が笑ってフォローを入れる。途端、ぱっと顔を輝かせたリラがこくこくと力いっぱい頷いた。
「だから、良い事をしたと思うよ」
「…羽月さんがそう言ってくれるなら、それで羽月さんが喜んでくれるなら、それが1番嬉しいです」
 私、生まれて来て、今日まで生きて来て、本当に良かった――そう言ったリラが、ふわりと笑みを浮かべて、そっと羽月に寄り添った。


-END-
PCシチュエーションノベル(グループ3) -
間垣久実 クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2005年09月20日

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