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『黄金の光 』
藤野 羽月1989)&リラ・サファト(1879)


 うさぎ、うさぎ。何見て跳ねる?十五夜お月さん、見て跳ねる。

 縁側に出てきた藤野・羽月(とうの うづき)は、空にぽっかりと浮かぶ月を見て目を細めた。
「今日は、満月か」
 羽月は呟き、そっと微笑む。ぽっかりと浮かぶ月は、完全な丸の形をしており、いつもよりも一層大きく見える。うさぎのような模様まで、ばっちりと見えるのだ。
「うさぎ、うさぎ。何見て跳ねる」
 月を見つめ、思わず口を開く。いつしか聞いた、単純だが心に残るメロディ。
「十五夜お月さん、見て跳ねる……」
「うさぎさん、ですか?」
 羽月の口ずさんでいた歌を聞き、リラ・サファトがひょっこりと顔を覗かせた。ふわり、とライラックの髪が揺れる。羽月はそっと微笑み、手をひらひらして「おいでおいで」をする。リラはそれに従い、ちょこんと羽月の隣に座った。
「リラさん、ほら」
「まあ、満月ですね」
 羽月の指差す先にある真ん丸の月に、リラは両手を合わせて微笑んだ。目をキラキラと輝かせ、嬉しそうに月を見つめている。
「あの月には、うさぎさんがいるんですか?」
「さっき歌っていた、歌の事?」
 羽月が尋ねると、リラはにっこりと笑って頷く。
「あれはお月見の歌で……」
「お月見、ですか?」
 リラがきょとんとして小首をかしげるのを見、羽月は「そうだ」と呟く。
「リラさん、お月見をしよう。お団子を作って、ススキを飾って、月を愛でよう」
 羽月の提案に、リラは「はい」と頷く。それを見て羽月はにっこりと笑う。
「じゃあ、すぐに取り掛かりましょうか」
 リラはそう言ってぱたぱたと小走りにエプロンを取りに行く。羽月もそれに続いて台所へと向かい、リラが取って来たエプロンの一つを受けとってつけた。お揃いで、色違いのエプロンである。
「白玉粉に、少しずつ水を混ぜながらこねるんですよね」
 リラはそう言って、粉をボウルに入れた。羽月は「うん」と言って頷き、カップに水を量って用意する。最初はリラがこね、羽月が少しずつ水を加えていく。
 とは言え、団子をこねるのも力が要る。だんだん形が出来ていったものの、リラの額にじわりと汗が浮かんできた。
「リラさん、代わろう」
 羽月はそう言ってリラの手についている粉をそっと自らの手で取り、ボウルを自分の前に引き寄せた。リラは手を軽く洗って残っていた粉を流し、先ほど羽月が手にしていたカップを手に取る。
「それじゃあ、再開しよう」
 羽月はそう言って、粉をこね始める。リラが頑張っていたお陰で大分形が出来ていたが、羽月はリラには無かった力強さでこねていく。
「やっぱり、羽月さんは力がありますね」
 リラが尊敬の念を込めて羽月に言うと、羽月は少しだけ頬を染めながらぐいっと力強くこねる。
「さっきまで、リラさんが頑張っていてくれたお陰だ」
 羽月がそう言うと、リラは頬を赤らめて「そんな事」と言って照れる。その仕草が何とも愛らしく、羽月はより一層の力を込めて団子をこねるのだった。
 大きな一つの塊が出来た所で、二人は小さく千切って丸めていく。全て丸め終わったら、大きな鍋に湯を沸かして中に入れる。たくさん作ったため、大きな鍋一杯にお団子が沈んでいった。
「これが浮いてきたら、引き上げていい目安になるんですよね?」
 リラが確認のように言うと、羽月はこっくりと頷き、ザルを用意する。ゆで上がった団子を受ける為に。
「お団子、つける味は何が良いでしょうか?」
「そうだな。黒蜜と、餡子と……」
 上品な甘味の黒蜜に、定番ともいえる餡子。これは外せない。
「きなこも、いいですよね。蜂蜜も美味しそうですし」
 ふわりとした甘さが広がるきなこに、とろりと甘い蜂蜜。
「砂糖醤油をつけて、やいてもいいな。みたらし風の味がするだろうし」
 磯辺焼風、とも言うかもしれない。
「バニラアイスにも合うかもしれませんね」
「それは気をつけないと、団子が固くなるけどね」
 二人は次々に浮かんでくる団子の味に、顔を見合わせて笑った。どれもが美味しそうであり、どれもを試したい衝動に駆られる。
「あ、リラさん。浮かんできた」
「本当ですね!じゃあ、ザルにあげないと……」
 リラが鍋つかみを取る前に、羽月が先に手ぬぐいを使って鍋を掴んだ。鍋が重そうなのが見て分かった為である。その重い鍋をザルの所へと持っていき、一気に団子をあげていく。
「リラさん、流水流水」
「あ、はい!」
「熱いから、気をつけて」
 羽月の言葉に頷き、リラは注意しながらゆで上がった団子を水で晒す。湯気の出ていた団子が、冷たい流水によってつやつやと輝いていく。
「リラさん、じゃあ俺はススキ……は無かったと思うから、季節の花でも探しに行ってくるよ」
「それなら私が……」
 リラがそう言いかけたのを、羽月は真剣な顔で首を振る。
「もう夜なんだから、駄目だよ」
「でも」
 尚も何か言おうとするリラを、羽月はそっと微笑んで制する。
「リラさんに何かがあったら、私は大泣きしてしまう」
 羽月の言葉に、リラは耳まで顔を赤くして「それじゃあ」と答える。
「一緒に行きませんか?」
「え?」
 きょとんとする羽月に、リラは顔を真っ赤にしたまま続ける。
「羽月さんと一緒なら、大丈夫です」
 今度は逆に、羽月の頬が赤くなる。羽月は顔を赤くしたまま「うん」と頷く。
「それじゃあ、先に団子につける味の用意をしておきましょうね」
「では、私は戸締りをしておこう」
 羽月はエプロンを外しながらそう言い、外へと出ていった。リラは団子を並べながら先ほどの羽月の言葉を思い出し、再び顔を赤く染めるのだった。


 月の下で花を探すのは、思ったよりも難しくなかった。満月の為、星の光は見えなかった代わりに、夜道を明るく照らしていたのである。
「幻想的ですね」
 柔らかな光の下で、リラはそう言って微笑んだ。
「ああ。リラさんの髪に、よく映えて……」
「え?」
 羽月の言葉に、リラはきょとんとしながら羽月を覗き込む。羽月は顔を赤らめ、慌てたように「いやいや」と手を振る。
「あ、ほら。リラさん、あの花なんて綺麗だ」
 話題を逸らすようにそう言い、羽月は咲いている花の方へ小走りに行ってしゃがみ込む。リラはきょとんとしたまま、再び尋ねる。
「羽月さん、さっきは何を?」
「これくらいでいいか?よ、よし」
「羽月さんってば」
 尚も尋ねるリラに、羽月は花を切って取り、ゆっくりと立ち上がりながら羽月は口を開く。
「綺麗だと、思ったんだ」
「……え?」
 ぽつりと呟くように言う羽月の言葉に、思わずリラは尋ね返す。心なしか、また頬が赤くなっていく。
「月の光の下で、リラさんの髪がとてもよく映えていて……リラさんが、とても綺麗だと思ったんだ」
「羽月さん……」
 羽月はゆっくりと振り返り、片手に花を持ち、開いているもう片方の手をすっとリラの前に差し出す。リラはそれを見て、手を差し出して握り返す。
「花もあったし、帰ってお月見をしよう」
「はい」
 リラは温かな体温を感じ、ぎゅっと手を握った。羽月もそれを感じ取り、同じようにぎゅっと手を握り返した。優しく、そして力強く。


 家に帰ってくると、リラは団子と一緒に花瓶を縁側に持っていく。透明感のある薄い青紫色をした磁器の花瓶である。それに羽月が花をいけ、縁側に飾った。その隣に団子を置き、リラはにっこりと笑った。
「これで、準備万端ですね」
「あと一つ、残っている」
「え?」
 きょとんとするリラに、羽月は浴衣を差し出した。リラはそれを受け取り、そっと微笑んだ。羽月も微笑んで自らの浴衣も取り出すと、二人で浴衣に着替えた。
「よし、これで準備万端だ」
 びしっと浴衣の帯を締め、羽月は微笑んだ。リラも「はい」と言って浴衣の裾を持ちながら縁側へと向かった。
 改めて縁側に座り、羽月の取って来た花を見、空に浮かぶ月を見た。相変わらずぽっかりと丸い月が浮かんでいる。
「ほら、リラさん。あの月の影が、うさぎが餅をついているように見えないか?」
「え?」
「逆向になっているから、見えにくいかな?」
 リラは羽月に言われ、一生懸命に目を凝らす。言われればそう見えるかもしれない、という程度ではあったが。
「……ああ!」
 リラは突如ぽん、と手を打った。羽月は突然の事に、思わずきょとんとしてリラを見つめた。リラはにっこりと笑う。
「だから、うさぎさんなんですね」
「え?」
「だから、羽月さんが歌っていた、あの歌です」
 羽月は「ああ」と頷いて微笑んだ。リラが嬉しそうに、誇らしそうに微笑むから。
 二人が見つめ合っていると、後ろから「にゃあ」という鳴き声がした。振り返ると、そこにはペットである茶虎縞の猫、茶虎がちょこんと座っていた。
「一緒にお月見をしましょうか」
 リラが言うと、茶虎は「にゃあ」と返事をしながら寄って来た。それを見計らったように、庭から蛙のエリザベスがやってくる。
「大人数になってきたな」
「大人数の方が、楽しいですものね」
 リラはそう言って茶虎を優しく撫でた。羽月は「そうだ」と言って立ち上がり、金魚鉢を持ってくる。アクアーネ村で買ってきた、金魚たちである。
「折角だから、皆でお月見をしよう」
 羽月はそう言って、金魚鉢をお団子と花の隣に置いた。心なしか、金魚たちも嬉しそうだ。
「お団子、食べましょうか」
 リラはそう言って、箸を羽月に渡す。黒蜜や餡子、きな粉に蜂蜜など様々なものが並んでいる。
「結構一杯あるんだな」
 山になっている団子を見て、羽月が微笑んだ。リラは「はい」と言いながら、黒蜜をつけて口に運んだ。もちもちとした団子の食感と、上品な甘味のある黒蜜、それにほのかに感じる団子そのものの味がバランスよく口一杯に広がっていく。
「おいしいです」
「うん、おいしいな」
 羽月はきな粉を団子にまぶしながら口に放り込んだ。ふわりとした甘味が、広がっていく。
「そうだ、羽月さん。あの歌を教えて下さい」
「うさぎうさぎっていう、歌?」
 羽月の言葉に、リラはにっこりと笑って頷いた。羽月は歌を口ずさむ。簡単な歌詞とメロディの為、二度目ですぐに覚えてしまった。リラは羽月の声にあわせて歌う。うさぎうさぎ、と。時折、団子を口に入れながら。
 羽月はそれを愛しそうに見つめていたが、ふと何かに気付いてぷっと小さく吹き出した。リラがそれに気付いて「何ですか?」と尋ねながら小首を傾げた。羽月はそれに答える事なく、そっと唇をリラの頬に近づけた。
 突然の出来事に、リラは思わず顔を真っ赤に染める。
「……餡子、ついていたから」
 羽月はそう言い、そっと微笑んだ。リラもそれを聞き、唇の触れた頬をそっと触って微笑んだ。顔は相変わらず真っ赤で、触れられた頬がとても熱かったけれども。
「いい、お月様ですね」
 リラは口元が緩んだまま、空を見上げた。それにつられたように、羽月も空を見上げて「ああ」と頷いた。
 相変わらず、真ん丸の月は二人を優しく照らしているのだった。

<黄金の光は優しく降り注ぎ・了>
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
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2005年09月20日

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