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『おかいもの 』
パシール・レギスタン2731)&フィルフェンルイン・ムエルト(2638)

「いやぁ、フェンフェンに付き合うてもろて嬉しいわ。一人で買い物するちゅうのも寂しいし、フェンフェンは髪の色が赤いからちょうどええねんな。こないだ会うためっちゃかわええ娘に似合いそーなもん買うてやりたいねん♪張り切って回ったるで〜」
 月に1度の大きな市で、にこにこと笑う青年の隣には、見るからに機嫌の悪そうな青年がいる。すぐ近くを通り過ぎる人々が何故かその青年の周りを遠回りして行くのを見れば、皆気付いているのだろうが。
「あ〜あ、何で俺がパシリになんか付き合ってやらなきゃならないんだろ」
 そんな周囲の視線はあまり気にした様子も無く、不機嫌顔のまま青年が溜息を付いた。

*****

 パシール・レギスタンがフィルフェンルイン・ムエルトを誘ったのは今朝早くの事。
 何故だかにこにこと上機嫌のパシールに早朝から叩き起こされたフィルフェンルインは、最初にべもなく断わるつもりだったのだが、
「そっかぁ、残念やな。それやったらあの子でも誘っ」
「しょうがない。行くぞ」
 誰を誘うつもりなのかは分からないが、自分の大切な人が誘われたらと言う思考が駆け巡ったらしい。
 気がつけば、パシールと2人、市場への道を歩いていた。
「健気でええ娘でな〜」
 パシールは、フィルフェンルインが話を聞いているかどうかさえ頓着した様子は無く、ぺらぺらと上機嫌で話し、笑い、1人ボケツッコミを行い、その合い間に市場で見かけた品を激しい勢いで値切っている。
「………俺のいる意味って無いよな」
 その隣でフィルフェンルインがぽそりと呟いては、ちらとアクセサリーや小物の類を広げている店を見つけると、その時だけは熱心に品定めを繰り返していた。
 そんな時、ちょろろろ、とその足元で蠢く影があり、目を落とすと丁度上を見上げていたチビと目が合う。
「きゅむ?」
 かくん、と何か訊ねるように首をかしげた小動物にじぃと目を注ぎはしたものの、その表情のままふいと顔を上げて、手乗りサイズの、動物の姿を模した小物をひとつふたつ手に取る。何となく「きゅむぅ…」と残念そうな声が聞こえた気がしたがその辺は無視。
「あーチビ駄目やって。果物は高価いんやから、いくら好きやからっていつもいつも買うわけにはいかんやろ?」
「きゅむー」
「そっちも同じやっちゅーの。あっちで鳩餌のパン屑売ってるからそれにし」
「きゅむぅぅぅぅ!」
 ――足元から離れた後、向こうで何か激しく抗議しているらしいチビと、「冗談やて。そない怒るなやー」と笑いながら言うパシールの声を背中に聞きながら、
「これはいくら?」
 親猫にじゃれる仔猫が小物入れの蓋の上で立体的に彫られた品を手に取るフィルフェンルインに、商人が嬉しそうに値段を告げた。ちゃんとした店で買えば倍は取られそうな売値に、これでいいか、と値切りもせずに金を払って箱に入れてもらったそれを受け取る。
「ああ、なんやフェンフェン、値切りもせんと買おて。こういうのはねぎらなあかんで、でないと立派な商人にはなれへんで?」
 その肩越しにいきなりにゅっと顔を出したパシールがそんな事を言う。
「……そっちは決まったのか?」
「ああっ、駄目やな、そこは『俺は商人やないー』ゆうてツッコむところやろ。もぅフェンフェンてばいけずー」
「決 ま っ た の か と 聞 い て い る」
 くねっと体をくねらせたパシールに、ずいと顔を寄せたフィルフェンルインが一言一言区切りながら言い放つ。
「ようやっと半分ちゅうところかな。探しモンしながら仕入れしとるし、ちょお時間かかるんや。すまんなぁ、相手できへんで」
「相手されてなくても別に全然構わないよ。というか本当に俺をここに連れて来なくても良かったんじゃないか?」
 質問には割と素直に答えたパシールが、フィルフェンルインの言葉ににこりと笑いかけると、
「まあまあそう言わんと。ほんま、来てくれて感謝してるんやから」
 ぽんぽんとその肩を叩き――その足でするっと人ごみを縫って別のテントの下へ行く。
「…絶対口先だけだ」
 ぽつんと取り残されたフィルフェンルインが、そう呟いた。

*****

 市場の中心から少し離れた場所にわだかまる、小さなテント群の前にフィルフェンルインは立っていた。並べているものはいずれも出所定かではない品や、本物だったとしたら最低でも数百倍は値が違うだろうと思われる『特価品』の前で、見るからに冷やかしの風情で品をちらちらと眺め回す。
「…お客さーん。買わないのかい?」
「んー。見てるだけだよ。もっと『面白そう』なモノがあればいいんだけどねー」
 ほんのちょっぴり言葉に力を入れて、気の無い素振りをする彼に、商人の1人がにやりと笑い、
「あるよ。見てみるかい」
 そういってごそごそと自分の後ろから大事そうにひとつの箱を取り出した。中をちらと見せたところでは、ただの煙草のように見えるものや、どこかで見たような紋章が付いたペンダント、それに何か液体が入った小瓶などが詰まっている。
「おっとここまで。あんまり表立って見せられるものじゃないんでね」
「ふーん?でも客は『善意の第三者』なんだろ?」
「第三者もなにも、ここじゃまっとうなものしか扱ってないよ。この箱の中身はちょっとばかり特別なだけ。どうする?」
 食いつきの悪い青年に、意味ありげな笑みを浮かべる商人。
「そうだなぁ」
 少し考え込むふりをしたフィルフェンルインだったが、
「やっぱりいいや。特別な品よりはありきたりなもののほうがいい」
 そう言って別の方向へ目を向ける。
「なんだ、やっぱり冷やかしかい。ちぇ、さ、帰った帰った」
 しっしっと手で追い払おうとする商人に一旦背を向けた後、何か思い出したようにくるりと振り返り、
「そうだ、ちょっと聞きたい事があったんだ。あのさ」
 そこに並べられている品のひとつをひょいと手に取り、値段を確かめて懐を探りながら、
「おじさんなら知ってるかな。合法的に人を『処分』する方法が無いか探してるんだけど」
「…合法的?そりゃまた随分妙な事を聞くね」
 財布を取り出して中身を確かめている姿を見ながら、商人が目を細める。
「まあ理由はともかく。誰でもいいってんなら、基本は処刑人になる事だろ。そうすりゃたまに重罪人が出た時にゃ堂々とヤれるさ。そう言うのが聞きたいんじゃないんだったら」
 買うかい?と商人がフィルフェンルインが手にしている品をじろじろと見る。
「買ってもいいけど。お金を払って知りませんじゃ話にならないよ?」
「…ったあく。そこで太っ腹な所を見せりゃいいのに」
 じゃあもう少しな、と心持ち青年へ体を寄せながら、
「堂々とだとすりゃそのくらい。後は公国みたいにお偉いさんになって強権発動すりゃいいんだが、それじゃ恨みを買うだけで意味はねえな。他には病気になってもらったり魔法でどうにかするっていうのもあるね。まあ究極は見つからなきゃ合法も何もないんだが」
「まあね。例えば触っただけでどうにかしてしまったりね」
「あーそりゃそうだな。面白い事言うね」
 フィルフェンルインの言葉を冗談と受け取った男が笑い、
「でどうだ?続き、聞きたいだろ?」
 ちらちらと意味ありげな視線を手に持つ品へと注ぐ。
「興味はあるよ。でもいいや」
 だが、フィルフェンルインはそこで薄く笑うとぽいとその品を投げ出して別の場所へとあっさり立ち去って行った。
「…何だ、ありゃ」
 文句を言う事も忘れ、さっさと立ち去って行った方向へ、商人はぽかんとした顔を見せ。
「いたいたフェンフェン」
 その直後、フィルフェンルインが満面の笑みを浮かべたパシールに文字通りがっしりと掴まれた。
「見つかったか」
 ちぃっと小さく舌打ちしたフィルフェンルインには構わず、ぐいぐいと市場の中を引き回すパシール。やがて小さなアクセサリ屋の前まで来ると、
「そこに立っとって」
「…おいこら」
 アクセサリをひとつひとつフィルフェンルインの髪の近くまで持って行くパシール。
「やっぱり赤系は地色に負けるなぁ…他の色にしといた方が良さそうや」
 いやまて、髪に付ける場合はそれでもええけど、首や耳に付けるんやったら同色も捨て難い…そんな事を呟きながら、結構真剣に品定めをしている横で立ち尽くすフィルフェンルイン。
 ――ほんの少しずつだが、ぴくぴくとこめかみに血管が浮き上がっていく。
「銀もええ色やしなぁ。けど指輪はいくらなんでも直球過ぎやし。第一サイズもわからへん」
 ぶつぶつ。
「パシリ。おい」
「ああもう黙っとって!考えまとまらんやんか」
「……………」
 ぴきりとフィルフェンルインの表情が固まる。それに気付いた様子は無く、
「ほなら無難にピアスでいこかな…耳飾りやったらいくつあっても困る事はないやろし。よし、フェンフェンあとちょっとや」
 これかなこれかな、と今度はピアスをフィルフェンルインの耳の辺りに当て、または彼に持たせて少し下がり、様子を見るパシール。…フィルフェンルインの手がぷるぷると震えているのにどうして気付かないのか、とはらはら様子を見守っている店主以下数人の様子にも、浮かれきったパシールは気付かない。
「ようしこれや!」
 そして十数回そうやって候補の品を試したパシールが、選んだのはひとつの品。
 クロス…銀の十字の形をしているが、その先は少し尖っており、剣のようにも見える。その中に赤い石が十字に散りばめられた一対のアクセサリを選んでにこにこと笑みを浮かべるパシール。
「そうか決まったか」
 そして、何故かにこやかな笑顔をパシールに向けるフィルフェンルイン。
 その直後振り上げられた拳は、内心の叫びを現すように硬く硬く握り締められていた。

 べきばきばしん。どかどかどかどか。ふみふみ。

「…きゅ〜」
 最後に背中を踏みにじられながらも、手にしたアクセサリは決して落とす事無く、這いずったまま店主の元へ移動するパシール。
「だ、大丈夫ですか」
「へーきへーき」
 でも立ち上がる事が出来ないまま、がさこそ懐を探って財布を取り出すと、決して安くは無いその品を買い上げて、
「リボンある?」
 腹ばいになったまま、顔だけは上げてにこりと笑いかけた。
「きゅむきゅむ」
「あー何やチビ。…後にして後に。食いたいのは分かったから。今大事なトコなんや」
「きゅむーっ」

 がぶり。

「うわ顔は駄目や顔はっっ!せめて手にしときっ」
 丁度良い位置にあったパシールが間一髪顔をずらしたお陰で直撃は免れたものの、耳にしっかりと噛み付いたままのチビをぶら下げながら、ぴょこんとパシールが跳ね起きる。
「…パシリ。お前ここ来てから自分の買い物ばっかりでソレに何も買ってやってないんじゃないのか?」
「―――――――おお」
 ぽむ、とパシールが手を打ち鳴らし、
「流石はフェンフェンやね、そう言えばそうやったわー」
 ぷらーんとチビをまだ耳からピアスのようにぶら下げながら、パシールが笑い、それを見下ろしながらフィルフェンルインが呆れたように溜息を付いた。

*****

「いやぁ、ホンマ助かったわー」
 ほくほく顔で鞄をぽんぽんと叩くパシール。
「やっぱり同じ色の見本があるとないとでは全然違うからなぁ。気に入ってくれるとええんやけど」
「その押しの強さで行けば大丈夫だと思うけど」
 同じように、他の人のために買った品が喜んでもらえるかどうか少し気になっているフィルフェンルインが、少しばかりフォローするような事を言う。
「そやなぁ…」
 その言葉に嬉しそうな顔を見せつつ、
「今度紹介したるわ。ホンマめっちゃかわええ娘なんやって。でなー」
 よほどその少女か女性かが気に入っているらしく、着た時と同じように上機嫌でぺらぺら喋り出すパシールの声を遮断しつつ、フィルフェンルインは手に持つ小箱へと静かに視線を注いだのだった。


-END-
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
間垣久実 クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2005年09月20日

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