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『【彼女への頼みと彼の意外な一面】 』
田中・裕介1098)&綾和泉・汐耶(1449)

 ――いつものように彼女は呼び出された。
 颯爽と足早に街を歩いてゆくのは、紺のジャケットとパンツルックに身を包む背の高い女だ。スレンダーなスタイルにシャギーの入ったショートヘアの綾和泉汐耶は、中性的な魅力を漂わせていた。
(まったく、今日は何の用かしら?)
 銀縁眼鏡の奥に映る青い瞳はナイフの如く鋭い。彼女は通い慣れた路上を歩き、一件の喫茶店へと入って行く。
(‥‥やっぱり来てないじゃない)
 ウェイトレスが明るい声をあげる中、汐耶はテーブルへと腰を下ろすと、メニューも確認せずコップを差し出す娘に注文を告げる。
「いつもの珈琲お願い」
 明るい声が返るのを耳に流しながら、彼女は文庫サイズの本を読み始めた。いつも待たされ、その間に書物に目を通す。本好きの活字中毒者である汐耶の、相変わらずの待ち時間だ。
 しかし、今日は何故か小さな胸騒ぎを覚えて止まない。
「すみません、また待たせてしまいましたね」
 程なくして落ち着いた声と共に、待ち人が向かいの席に腰を下ろした。青い瞳に映るのは、腰ほどの黒い長髪を一本に結い、肩から胸元に流した端整な風貌の少年だ。汐耶は呆れた調子で返す。
「いいえ、いつもの事だから気にしていないわよ。それで用件は何かしら?」
 氷のナイフと思わせる青い瞳が田中裕介を射抜く。少年はテーブルの上で両手を組み、ズイッと真顔を近付けた。
「今度の衣装会のモデルになってくれませんか?」
 ――なんですって?
 裕介の頼み事に、汐耶の細い片眉がピクッと跳ね上がる。彼女は徐に腰を上げ、「ご馳走様、勘定いいかしら?」と白い紙をウェイトレスに差し出す。慌てたのは少年だ。
「ま、待って下さい! 話を聞いて下さいよ!」
「‥‥いやよ」
 肩越しに向けられた汐耶の視線を冷たかった。店内を静寂が包み込む。ウェイトレスの娘は注文表を持って困惑気味だ。
 ――衣装会のモデルですって?
 きっとメイド服とか着せるつもりなんでしょ――――。
 裕介の趣味は衣装集めである。
 それだけなら個人の趣味で文句を言う必要はない。
 しかし、相手にシーツを被せ、取り去ると同時に服装を変えるという特技(能力)を持っており、その大半はメイド服である。彼のメイド好きは知れようというものだ。ここは断固として退く事は出来ない。
 膠着状態は長く続いた。既にウェイトレスは他の客の注文取りに忙しそうだ。
「‥‥どうしても駄目ですか?」
「‥‥ええ、駄目よ」
 視線が交差する中、少年の頬を汗が伝う。汐耶の瞳は相変わらず冷たい視線を流すのみ。このままでは凍りつきそうだ。裕介は必死に食い下がった。
「汐耶さんはデザイナーの卵達にチャンスを与えてくれないのですか! 月に一度の衣装作成会を楽しみにしている彼女達を哀しませるつもりですか!」
 ――はぁ?
「‥‥ま、待って頂戴‥‥キミの衣装コレクションの生贄じゃないってこと?」
「‥‥なんですか? その生贄って‥‥」
 ――どうやら勘違いしていたのかしら?
 汐耶は向き直ると、真剣に力説する少年に苦笑を浮かべる。彼女のこんな崩れた表情はなかなか見れるものではないだろう。裕介は思わず表情を和らげた。
「衣装作成会の場所をお見せしましょう」

 衣装作成会は裕介が経営している洋服屋『めいどあいらんど』の二階――多目的ルームで行われているそうだ。室内に入ると、そこそこの広さに、汐耶は目を丸くした。
「多目的ルームって意外と広いのね」
「そうでもありませんよ」
 裕介は微笑んで黒い瞳を流すと、先を続ける。
「普段は着替えるのに場所を取るドレスの着替え室や、ポスター広告用の写真を撮る撮影ルームになっているんです。いかがです? モデルを引き受ける気になって頂けましたか?」
 汐耶は腕を組むと同時に小さな溜息を吐く。
「仕方ないわね。その代わり、休日と仕事が終わった後だけよ」
「助かりますよ。これで彼女達が楽しみにしている作成会に穴を明けなくて済みます」
 そう、裕介は説得する度に「彼女達が楽しみにしている作成会」と口にしていた。期間は1、2週間位で衣装作成から試着までを行い、評価し合うとの事だ。彼の趣味が前面に出される様子もないし、何より、貴重な時間を割いて集まる少女達の可能性を無碍には出来ない。好きなことを仕事とし、都立図書館司書を務めている汐耶は、多少なりとも少女達の夢を応援したいと思った。

●衣装作成会の日々の中で
「「「「「よろしくお願いします!」」」」」
 汐耶をモデルとした作成会初日。彼女はデザイナーの卵達と対面した訳だが、その人数に呆然とした。知り合いのデザイナーのお弟子さんやデザイナーの卵達――十代後半から二十代前半の女性達は結構な人数が集まっているのだ。皆、希望に満ちた表情を輝かせており、見ているだけでコチラにも微笑みが浮かぶ。
「‥‥こちらこそ、よろしくね」
「それでは始めましょう」
 一通り挨拶を済ますと、裕介は落ち着いた調子で口を開く。交渉時の慌てようとは天と地の差だ。
「先ずはモデルを観察しながら、基本である色などのイメージを考えて、具体的なデザイン画を作成します。基本的にトーンで色をイメージしますが、必要な道具は俺が用意したものを自由に使って下さい」
 一斉に数十人の瞳が汐耶へと注がれた。その真剣な眼差しに彼女は威圧され、ピンと背筋を張って息を呑む。
(皆、凄い視線ね。本当に私で良かったのかしら? モデルに不満持っている娘もきっといるわよね‥‥)
 チラリと視線を裕介へと流す。壁に背を預けた少年は肩を震わせ、笑うのを堪えているようだ。自然と青い瞳が切れ味を増してゆく。
(笑ってる? キミ、私を見て笑っている訳〜?)
 静寂の中、鉛筆の疾る音だけが室内に響き渡った――――。
「お疲れサマです☆ お飲み物買って来ますけど、綾和泉さん何が良いですか?」
 休憩時間になると、少女達は表情も柔らかく、汐耶に話し掛けて来た。デザイン画作成の緊張感が多少抜け、彼女も微笑み、掌を左右に振る。
「あ、気にしなくて良いのよ? 彼に頼むから。キミ達の分も買って来てもらいましょうか?」
 声は穏やかだが、裕介を射抜く視線は研ぎ澄まされたものだ。
「遠慮しないで下さい。それに、田中さんには感謝しているんです。私達にステキな場所と時間を与えてくれているんですから」
 ――へぇ〜、キミの趣味も役立っているのね。
「そうね、じゃあ珈琲お願い出来るかしら?」
「はい☆ コーヒーですね♪」
 嬉しそうに顔をほころばせ、少女達は部屋を飛び出して行く。汐耶は微笑んで見送ると、裕介が傍に寄る。
「いい娘達でしょう? 好きな事に情熱を燃やす瞳って綺麗ですよね。俺のコレクションも霞んで見えますよ」
「ま、キミのコレクションはどうでも良いけど。こんな事をしていたなんて正直、意外だったわ」
 フッと微笑む汐耶。
「そうですか。あと少しですから頑張って下さい。後は、スローパーを元にパターンを作成、テキスタイル、トワルチェック、仮縫い、本縫いと進行させて頂きます」
「‥‥お任せするけど、分かり易く言ってくれると助かるわ」
 少年はスムーズに説明してゆくが、仮縫いと本縫いは理解できるものの、専門用語はよく分からなかった。要は採寸や型作り等の設計図作成工程との事だ。
 一日目はデザイン画作成で終わったが、汐耶の多忙な日々は始まったばかりであった――――。
 ――二日目。
「綾和泉さんって、背が高くて羨ましいなぁ☆」
「普段もパンツルックなんですか?」
「ワンピースとかスカートとか履かないんですか?」
「バスト計らせて頂きますね。あ、腕をもう少しあげて下さいます?」
「あ、じゃあアタシは腕の方を計りますね☆」
 身体の寸法を計る位になると、デザイナー志望の娘達と汐耶の間で会話が多くなり、次第に打ち解け始めていた。
「私は見ての通りだから、スカートは滅多に履かないわね。以前、男性と間違えられた事もあったのよ。キミ達も女らしいモデルの方が良かったんじゃない?」
「そんな事ありませんよ!」
「そうだよ。綾和泉さん魅力的だし、衣装はモデルさんに合わせて作るんだから、私達はモデルさんが喜んでくれる服を作るのが目的であり、幸せなんです!」
「楽しみにしてて下さいね! あたし達、頑張りますから!」
 ズイッと一斉に身を乗り出し、汐耶をキラキラとした瞳が射抜く。誰の眼差しにも一点の曇りすら見えなかった。
 ――夢見る瞳には誰も勝てないって本当ね。
「ええ、楽しみにしているわ♪」
 それから日々を重ね、交流は更に深まってゆく。
「このデザインで作ろうと思うけど、いかがですか?」
「そうね、ステキだと思うわ。このポケットはもっと上にあった方が良いかしら?」
「汐耶さん、眼鏡って外してくれます?」
「構わないわよ」
 この場所で無意識に封印してしまうとしたら邪なオーラを漂わすメイド服位だろう。汐耶が伊達眼鏡を外すと、青い瞳が一層鋭利に輝く。娘達が一斉に感嘆の声をあげた。
「わぁ☆ なんか荒っぽい敏腕女刑事って感じですね♪」
「よーし、衣装のテーマはサスライの女刑事・激情編でいこうっと♪」
「えー、それダサくない?」
 ――いい雰囲気だね‥‥。
 裕介が腕を組んで静かに見守る中、モデルである汐耶を交えての技術交換や世間話の声が室内に響き渡っていた。

●小さなファッションショーの中で
 ――衣装作成会最終日。
「それでは、皆さんが作った衣装を汐耶さんに着て頂き、発表会を兼ねた批評会を行います。と言っても採点する訳ではありません。モデルの纏った衣装のどこが良かったかをお互いに話し合うのが目的であり、互いの良い部分を吸収し、今後に役立てて頂ければと思います」
 小さなステージが用意され、デザイナー志望の娘達の盛大な拍手と共に、着飾った長身の女が姿を見せる。
 薄手の白いカットソーにブラウンのパンツルック、プリントシャツにミネラルレッドのジャケットを羽織ったジーンズ、黒いTシャツにブラウンツイードジャケットを羽織ったダークチョコレート色のパンツ、オリーブカラーのキャミソールに同色のカーディガンにブラウンのパンツと、スポーティーな作品が続いた。
「やはり汐耶さんにはパンツやジーンズか。‥‥ん?」
 裕介の瞳に映し出された汐耶は、ボルドー色に彩られたフレアスタイルのカットスカートや、クラシックブラックのエレガントなワンピースに、ダークセージのコットンシャツワンピース等を身に包んでゆく。中にはワインレッドのイブニングドレスも見掛けられた。
「これはなかなか見られない恰好だ。おぉッ、これはチャイナドレスか! スリットが大胆だ。ほぅ、カプリパンツとは面白い! なんとッ! ピンクのシャツに白いサーキュラースカートとはッ! フレアが凄い事になっているな。おぉッ!」
 落ち着け少年。クールなイメージが崩壊するぞ。
 前半が大人っぽいイメージの衣装が続いただけに、後半の奇抜なチャレンジ精神溢れる衣装に、裕介は拳を握りハイテンションだ。
 残念ながら(?)メイド服らしき衣装は無かったものの、なかなか興味深い発表会となった――――。

「皆さん、お疲れ様でした。乾杯!」
「「「お疲れサマでしたぁ!」」」
「「「「かんぱ〜い☆(♪)」」」」
 観客は裕介とデザイナー志望の娘達という、それぞの作品発表会は無事幕を閉じ、そのまま労いと共に批評会が始まる。と、言っても堅苦しい雰囲気は微塵もない。テーブルにはジュースやビール、様々なスナック菓子が並べられ、和気藹々とした情景だ。
「汐耶さん、お疲れ様でしたぁ☆」
「お疲れ様、皆、頑張ったわね」
 早速、娘達は群がるのはモデルだった彼女の元だ。軽く皆とグラスを合わせ、互いの健闘を称え合う。
「それで、着心地とかいかがでした?」
「どのデザインが好みでしたか?」
「着たくない服って、ありました?」
 次々に質問を受ける汐耶。流石に同時に答える事は出来ず、苦笑したが、一つ一つに率直な感想を述べてゆく。
「そうね、やっぱり普段から着慣れているパンツ系は着心地が良かったわ。けれど、慣れているってだけで、どれも良かったわよ。デザインもそれぞれ個性があって良いと思うの。ほら、本だって面白さや読後感は違っても、読んで良かったと思える作品があるでしょ? そうね、着たくない服は無かったけど、個人的に言えば、フレアスカートや蛍光色は‥‥私には若過ぎるかもしれないわ。チャイナドレスも恥かしかったわね」
 コクッと一口グラスのビールを煽る。
「ほら、チャイナドレスは色っぽくて、胸があって腰が細くてお尻が大きい方が似合うじゃない?」
 苦笑すると汐耶は再びグラスを口にした。そんな彼女に顔を寄せて娘達が力説する。
「それは固定観念ですよ! 汐耶さんは大人っぽいし、あたしは魅力が一層引き立つようにと」
「そうですね〜。チャイナドレスは兎も角〜汐耶さんはもっと服装で冒険するべきです〜」
「あ、それ言えてる! 魅力あるんですからファイトです!」
「田中さんだって、汐耶さんの魅力に気付いているからモデルを頼んだんじゃないですかぁ?」
「あ、そうよぉ☆ もっと刺激的な衣装を作りましょうかぁ?」
「大人の魅力です♪ 大人の魅力♪ きっとイチコロですよ☆」
 忽ち話題は主催者とモデルの関係に移行したが、汐耶は肩を震わせて笑った。どうやら友達以上恋人未満とでも思われているらしい。
「彼とはキミ達が想像しているような関係じゃないわ。メイド服崇拝者が彼氏だなんてゴメンよ」
「‥‥メイド服、ですか?」
「田中さんって所謂、萌え〜とかってタイプなの!?」
「あんなにクールな感じでぇ?」
「そう言えば下のお店の名前って‥‥」
 一斉に娘達の視線が裕介に注がれた。その瞳は羨望の眼差しとは程遠い、ジットリとした視線だ。
「!? ‥‥どうかしましたか?」
 彼女達は視線を逸らすと、ヒソヒソと話し出す。当然、彼に聞える筈もない。もし聞えていたら熱くメイド服について語り出したであろうか。ともあれ、穏やかに楽しい時間は瞬く間に過ぎて行った――――。
「田中さん、今月もありがとうございました☆ 来月も参加させて頂きますので、宜しくお願いします♪」
「「「「「宜しくお願いします☆」」」」」
「はい、こちらこそ是非いらして下さい。楽しみにしていますよ」
 夜の帳も降り、デザイナー志望の卵達は頭を下げ、暫しの別れを告げた。裕介が微笑みで応える中、彼女達の瞳が汐耶へと向けられる。
「汐耶さん! またモデルやって下さいね☆」
「ありがとう。そうね、彼次第ってなるかしら?」
 悪戯っぽい視線を裕介に流すと、彼は面白いように娘達に詰め寄られていた。流石に少年は困惑の色を見せ、タジタジだ。汐耶がクスクスと笑う中、暫らくすると彼女達は終電がどうとかで慌てて帰って行った――――。
「いかがでした? またお願いしたらやってくれますか?」
 ワインを汐耶のグラスに注ぎながら、裕介が感想を促がす。テーブルにビールの空き缶が並ぶ中、彼女は注がれた赤い液体を煽った。
「そうね、メイド衣装抜きなら考えておくわ♪」
 ほんのりと頬を桜色に染めて微笑む汐耶。しかし、アルコールに強い彼女の夜はまだまだ続きそうだ――――。


<ライター通信>
 この度は発注ありがとうございました☆
 はじめまして♪ 切磋巧実です。
 納品ノベルをお読み頂き嬉しく思います。
 さて、いかがでしたか? 正直、難しかったです。でも、色々と調べたりと、貴重な知識を蓄える切っ掛けにもなり、感謝しています。ほのぼの的日常もあまり描きませんしね(笑)。
 今回の衣装作成会ですが、リアル路線なのか、ハチャメチャな衣装のノリなのか、お望みのものが汲み取れず、前半リアル系、後半は多少コスプレ系で演出させて頂きました。
 後はデザイナーの卵達との会話ですが、名も無い複数NPCとの会話って、一つ一つに答えるとテンポが乱れるし、NPCだけに台詞を与えて説明だと会話しているように見えないしと、なかなか難しいものでした。髪型の違いで演出もアリですが、それも微妙かなと。口調に特徴を持たせましたが、読み難くなければ幸いです。
 裕介さんの台詞は会話は「です、ます」調で、独り言はクールな感じにと意図して分けています事を御了承下さい。
 ほのぼのな座談会は永遠とお喋りが終わらなくなりそうで、焦ったのはヒミツです(笑)。真剣さとほのぼの感が伝われば何よりの悦びですね。
 楽しんで頂ければ幸いです。よかったら感想お聞かせ下さいね。
 それでは、また出会える事を祈って☆
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
切磋巧実 クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年09月14日

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