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『凶狩り――辿る、跡 』
玖渚・士狼4146

 野犬騒ぎが起きていると聞いたのは何処でだったか。大学でか、バイト先でか。話の――噂の出元はあまり気にしていなかった。結局、慣れない会話をしなければならなかった、と言う苦労を思い出すだけ。そんな事はどうでも良い。ただ、肝心の情報さえ確り頭に入っていれば。
 …誰から得た情報であろうと、する事は変わらないのだから。
 野犬騒ぎ、そうは言っても保健所が出張って来るような話ではなく。凶暴な大型の犬の幽霊が徘徊している、そんな都市伝説めいた話が何処からか偶然聞こえて来たのが、切っ掛け。
 その凶暴な犬の幽霊とやらは――自分の狩っている『凶』に類するもの。そうなのだろうとすぐに判断出来た。それでいて野犬騒ぎなどと言う言い方も出て来る以上、被害もそれなりに出ている事は察しが付く。そしてその通りにそんな話も耳に入る。それなりの努力は必要だったが、講義の帰りにそれとなく聞き込みをした相手から、バイト先の客人の零す愚痴から、幾つかの証言は何とか得ていた。
 凶暴な大型の犬の幽霊。そんな姿の『凶』となれば、『狼』と連想出来るのは自分だけだろうか。こんな都会の街中で狼なんぞそうそう見掛けるものでもない。細かく見分けられる者が多いとも思えない。こんな場所では狼と犬の違い、その判断材料は少ない筈だ。
 …可能性は、高い。
 だからこそ今回は自分から動く気になった。兄の消息、その手掛かりが掴めるかもしれない。その為に裏側でしている仕事。凶狩り。二年前から。兄の情報を持つのは『凶』と呼ぶべき霊になる。情報を持つ、可能性。可能性――その程度のものでしかなくても、俺は他に方法を知らない。

 目撃証言が多かった場所を歩く。誰かから具体的に話が聞けた訳でもない。頼りになるものは噂の範疇の情報。大した事はない。…こんなあやふやな情報で、よく動く気になるものだなとさえ思う。
 噂の情報から導き出されたのは、それなりに人通りがあるとある街中の――その路地裏。表の通りとは違い、薄暗くあまり人通りが無い。お誂え向きと言えるだろうか。日本刀など持ち歩くのにはあまり人目に付かない方が良い。…それは堂々としてさえいれば、逆に気にされないものでもあるが。
 ふと、空を見上げた。風が変わっている…雨の匂いがする。
 じきに雨が、降って来る。
 空を見上げていた顔を下ろし、茫洋と前方を見る。
 不意に、凝る気の塊が感じられた。

 …そこに『凶』が、姿を見せていた。



 当たり。
 待ち侘びた、『凶』の匂いがそこにある。…思った通り、狼の。雨の匂いが濃くなるのとほぼ同時。気付けばアスファルトは次第に黒くなる。ぽつりぽつりと天から振る滴。愛刀を携える手も濡れている。
 別に空は見上げない。…意味も無い。
 降り頻る雨は『凶』の姿を浮かび上がらせる事はない。それでもそこに居るのはわかる。
 実体のないもの、それが――この。
 …自分のような者が、『凶』と呼んでいる存在。

 貴様ハ何者ダ、そう聞こえたのがまず初め。警戒し、威嚇混じりの唸り声と重ねるように発された声は『凶』のもの。相手は既に俺がここに来た理由――兄捜しではなく『凶』狩りの方――を察しているらしい。
 愛刀をすぐに抜けるように、だがまだ――別に構えるでもない形に持ち直す。鞘にすぐに左手を伸ばせる形、鯉口に指を当てて待つ。
「玖渚と名乗る男について、何か知らないか」
 答える代わりにおもむろに問う。玖渚と名乗る男、それはつまり自分と同じ血を継いだ男の事――兄の事を知らないかと。
 …『凶』は、答えない。
 唸り声だけが続いている。敵意は、消えない。
 当然か。…こちらもすぐに剥き出せる牙を用意している。『凶』とは言え、獣であるならばその『気』は察して然るべき。
「…玖渚だ。憶えは」
 畳み込んでも『凶』は何も答えない。
 ただ、気配が変わる。話をする態度では無くなっている。猶予は過ぎたと。敵意――殺意に満ちた。話し合いの余地などもう無いだろう。そもそも――この『凶』、兄の情報を持っているか否かの部分で判ずるなら、まったくそれらしい反応が無い。
 …そうなると今回もまた、骨折り損だったと言う訳か。
 思わず、内心で嘆息してしまう。…苦手と承知でこの件の情報収集――極力、様々な人と会話するよう努めたのに。
 その結果が、空振りとは。

 …求めている情報が何も無いならする事は一つ。
 ただ。
 手に馴染んだこの刀を。
 凝る気の塊へと、揮うだけ。



 …残滓はろくに残らない。
 切り裂かれた『凶』はすぐに四散する。
 実体が無い以上、斬ったとしても刀身は曇りはしない。だが、相手が生身で無くとも斬ったと言うその事実は――手応えは残る。当然、後味は良くは無い。
 それでも、止めるつもりは無い。
 これだけが、方法。
 手掛かりを得られる可能性。

 …兄の匂いは、辿れない。 
 どれだけ痕跡を探しても。
 見付からない。

 …次の『凶』は、何処に居る。
 気が付くと望んでいる自分がいる。

 但し、今回のように兄と何ら関りのない『凶』であるなら――出て来られても面倒なだけなのだが。

【了】
PCシチュエーションノベル(シングル) -
深海残月 クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年09月12日

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