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『【或る日の朝――あいつの名は‥‥】 』
門屋・嬢0517)&ロック・スティル(0709)

 ――雨が降ると思い出す。
 何でかな? 今まで忘れていたのに‥‥。
「あぁんッ!」
 真っ赤な傘を奪い取られ、幼女は手を延ばした。瞳に映るのは、傘を取り返そうとする小さな手と赤い傘を持ち上げて歯を見せる少年だ。つまり、これは‥‥あたしの手? 多分あたしが泣きそうな声で叫ぶ。
「かえしてよぉ!」
 ピョンピョンと跳ねてみても、傘を持ち上げた少年に届かない。
「こじのくせに、なまいきだぞぉ!」
「そうだそうだ! このカサだってぬすんだんだろー?」
「やーい! どろぼうどろぼう」
 少年の周りから二人の男の子が視界に入って来た。憎たらしい顔でハシャいでやがる。あたしは悲痛な声で応えた。
「ちがうもん! あたしはぬすんでなんかないもん! かさはもらったんだもん!」
「うるさい! こじのくせに、なまいきなんだよ!」
 少年の掌があたしの胸を押し、視界がゆっくりと空を仰いだ。降り注ぐ雨が視界を曇らせる。んなろー、セクハラしやがんじゃねーぞ! 乙女の膨らみに気安く触るんじゃねー! ‥‥ま、声からして未だ膨らんじゃいないけどね。
 男の子たちが笑い出す。
「なんだこいつ〜よわいよわい! すぐにころびやがった!」
「けっ、おんなのくせにさからうなよなー」
「こんなもの、カワにながしてやるッ!」
 少年が赤い傘を放り投げた。次に響いたのは、多分あたしのあげた声と鈍い飛沫の音だ。
「あぁーっ!! あたしのかさ〜!!」
 このやろう! こんなガキは大きくなっても社会の害だぜ! 立ち上がれッあたし! 思いっきり脛に下段廻し蹴りを叩き込んでやれ! 
 男の子達の声が遠ざかる中、あたしの視界は濡れてゆく――――。

●嬢の軌跡と雨の日
「ちっくしょう! 寝覚めの悪い朝だぜ」
 門屋嬢は黒いショートヘアを掻きながら、廊下を歩く。今まで見なかった幼少の記憶という夢。弱い自分。ふと、耳に流れたのは雨音だ。少女は赤い瞳を見開き、立ち止まる。
 ――俺の親友であり、相棒だった奴が眠っている場所だ。
 俺がお前と初めて会った時‥‥相棒に会えたような気がした――――。
 男の言葉を思い出した嬢は、例えようのない胸の疼きを感じた。
 ――な、何だよ? どうして、あいつの事を‥‥。
 スッキリしない。少女は歩きながら豪快にシャツを脱ぎ、そのまま浴室へと入った。程なくして流れて来たのは水滴が弾く水音だ。
(ありえねぇよ。あたしが男の事を考えてるなんて‥‥しかも見た目だって親父と変わりないし‥‥見た目? そういや、あいつは幾つ位なんだろ? ――――!!)
 熱いシャワーを浴びる少女の身体は次第に火照り出すものの、顔が一気に紅潮した感覚に、閉じていた瞳をカッと開く。
「あーッ! ちがうちがうッ! だって、あたしは‥‥」
 ――だって、あたしは、男に対抗意識を燃やしているんだから。
「てぇいッ!」
 ランドセルを背負った少女は、背中の重みを利用して廻し蹴りを叩き込んだ。呻き声をあげて少年が崩れ蹲る。ザッと彼の傍で白い足が砂塵を鳴らす。涙目で顔をあげる瞳に映ったのは、勝ち誇る幼い少女の不敵な笑みだ。
「おとこのくせに、よわいじゃない! もうおわり?」
「‥‥ぱ、ぱんつみえてるぞ」
 ぷつんッと少女の中で何かが切れた。
 その後、少年の背中に連続で蹴りが繰り出されたのは言うまでもない。
 ――そうだよ、あたしは男になんか負けない! って誓ったんだ‥‥。
 親父にバレないよう必死に我流のトレーニングを続けた結果、あたしを苛めた男の子達に勝った。少し自信がついたあたしは、独学であらゆる格闘術とか武術とか学んだ‥‥。
 ――あれは中学の頃だっけ‥‥。
「門屋さん、僕と‥‥はぅわッ!」
「お嬢さ‥‥ぶほぉぅッ!」
「やあ、門屋クン、私と今度映画で‥‥どふぉぅッ!」
「良い筋をしているな。俺と勝負だ! はっ! ‥‥ぐぅはぁッ!」
 あの頃はあたしも男子に声を掛けられ捲ったよ。自分で言っちゃ何だけどさ、鍛えてても、出るとこは出てたし、引っ込むとこは引っ込んでたし、スタイルもルックスも悪くなかった筈さ。
「てめえか? 勝ったらあーんな事や、こーんな事をやらせてくれて、オマケに彼女になってくれるっつーのはよ!」
 或る日、セーラー服を可憐な靡かせるあたしに、この辺で名の知れた不良が声を掛けて来た。大きくて豚みたいな奴だったよ。あたしは豚を斜め45度で見上げ、微笑んで見せる。
「あんたさぁ、ふつう要望が逆じゃない? ま、どっちでもいいか‥‥。どーせ、倒しちゃうんだし♪」
 そう、あたしに勝ったら付き合うって約束していた。思い上がり? 違うね! あたしは絶対の自信があったのさ。
 誰にも負けない強さ、特に自分に負けない強さを手に入れる為に、あたしは我流の道を駆け抜けた――――。
「なのによぉ‥‥」
 ペタンと座り込む嬢。背中に熱いシャワーが降り注ぐ中、濡れた黒髪から覗く少女の表情は複雑な色を浮かび上がらせる。
「何であいつのことばかり考えているんだろう? ‥‥!!」
 ――きゅんッと胸を締め付ける感覚。
 鼓動が水音に負けじと高鳴り出し、嬢は四つん這いになって固まった。身体の芯が熱くなり、頬が戸惑いの中で桜色に染まる。
「‥‥まさか、これが『恋』ってヤツか!?」
 ――恋。なんて甘く切ない言葉なんだろう。
 あたしは恋をした? あいつに? ――ぐぅッ!
 放心状態と化した少女の口や鼻に水が流れ込み、嬢は病気を患う薄幸の娘の如く、盛大に咳き込む。
「ケフッ! ケフッ! じょ、冗談じゃない!」
 初対面でいきなり呼び捨てにされ、クールだけどぶっきらぼうな口調で見下されたような態度で接して来た男。
 ――風邪をひかれても寝覚めが悪いからな。
 ――構わんがな‥‥少しは人目を気にしたらどうだ。
 その中に時折感じる優しさは‥‥気のせい?
「う、んッ‥‥やばいな、のぼせてきたかも‥‥」
 ふらりと惚けた顔をあげ、シャワーのコックに手を延ばした。
「あぁん、もうッ! 何か間違ってねぇか?」
 ――誰だ? ‥‥変わった女だな、雨を浴びるのが趣味か?
「そうだよ! あいつは別人じゃないか!」
 本当に? あいつは彼じゃない? あたしは――――。

●迷わず行け! 行けば分かるさ!
「おーーッ!」
 拳を高らかとあげ、嬢はシューズの紐を引き締めると、いつもの早朝ランニングに駆け出した。
「シャワー浴びて、あたしは何やってたんだろねぇ」
 普段の時刻よりも遅い出発に、少女は苦笑する。火照った身体に風を受け、何とも心地良い。彼女はいつものコースを辿り、途中で進路を変えた。そう、あの外人墓地へ向かえと直感が誘う。
 ――またあの場所にいるんだろうか?
 ‥‥やだッ、落ち着け、あたしの心臓ッ!
 嬢が外人墓地に辿り着くと、一気に速度を緩めた。
 赤い瞳に映るのは、あの墓石の前に佇む男の背中だ。
 少女は息を呑み、豊かな胸元に手を添えた。普段は見せない不安を色濃く表情に浮かばせ、ゆっくりと歩み寄る。次第に近付く男のがっしりとした大きな背中。嬢は笑みを浮かべて声を掛けた。
「よう、相棒」
 男は背中を一瞬ピンと張り、ゆっくりと顔を向ける。紺色の帽子から覗く金髪とサングラス、小麦色の肌、肩で破れたような袖から延びる豪腕、以前と違う服装だが――――あの時の彼に間違いない。
「‥‥誰だ?」
 ――はぁ?
 少女は男の顔を覗き込み、素っ頓狂な声をあげる。
「ち、ちょっと! あんた、あたしの事を覚えていないの!? ほら、あの雨の日に‥‥」
「‥‥今度は食い下がったな、嬢」
 男のシャツを掴んだまま、少女は振り被った拳を握り締め、呆然と固まった。再び男が口を開く。
「‥‥それは、何のポーズだ?」
 何故か頬が熱くなるのを感じ、嬢はそのまま拳を叩き込んだ。

●二人の場所
 二人は雨の日と同じように、外人墓地の見える公園のベンチに腰掛けた。少女は膝の上でしなやかな腕をピンと張り、俯いたままだ。
「‥‥コーヒー、飲むか?」
「‥‥あ、あぁ」
 買って来る――――そう言い残して男は席を立つ。困惑したのは嬢だ。顔が紅潮し、胸の鼓動がヤケに耳に障る。
「(あたし、どうしちまったんだ!? 冗談だろ?)ひゃんッ!」
 不意に頬に冷たい感触が伝わり、思わず可愛らしく声をあげた。流した視線に映るは、どUPの缶コーヒーと、サングラスを掛けた無表情の男だ。
「‥‥な、な、なにしやがんだよッ!」
「‥‥元気じゃないか、いや‥‥すまん。俯いたままだったからな‥‥」
 ――きゅんッ☆
 まずいッ! 再び嬢は俯いた。顔が紅潮しているのが自分にもハッキリと分かる。「どうした? 顔が赤いぞ、熱でもあるのか」なんて言われたら、ぶん殴って逃げるように帰るしか思い当たらない。
 暫しの沈黙が流れた。
 彼は一言も話さず、少女も俯いたままだ。時々、コーヒーを口に含むタイミングが重なったが、笑う事すら忘れていた。
 ――あ、何だか落ち着いて来たかな?
 まさか、あいつはあたしが落ち着くまで!? あぁんッ、考えるな!
「‥‥あ、あんたさ」
「‥‥ロックだ」
 ――え?
 瞳を見開いて男に顔を向けると、再びぶっきらぼうに口を開く。
「‥‥俺の名はロック・スティルだ」
「‥‥ロック‥‥スティル」
 それが彼の名前だった――――。
 この進展が切っ掛けとなったか定かでないが、嬢は俯いたままとはいえ、会話のキャッチボールを続けてゆく。
「なぁ‥‥ロッ、ク」
「‥‥なんだ? 嬢」
「‥‥相棒ってさ‥‥どんな奴だったんだ?」
「‥‥そうだな‥‥未だ、教えられないな」
「そっか‥‥そうだよな。まだ、ゲームに参加しているのか?」
「‥‥偶にな。‥‥嬢は、どうなんだ?」
「‥‥偶にね。‥‥なぁ、あたしじゃ‥‥いや、なんでもない」
「‥‥そうか」
「‥‥なぁ、ロック」
「ん?」
 ――あたしにロックの事を教えてくれないか?
「‥‥そろそろ、帰ろう、かな?」
「‥‥そうだな。もう夕暮れだ、嬢の家は遠いのだろう‥‥車で送るか?」
 ――えっ?
 ふと顔をあげる少女。驚愕の表情が戸惑い、ゆっくりと微笑む。
「‥‥いいよ、走るのは、慣れてるから」
 嬢はベンチから腰をあげ、うんと背伸びして見せた。するとロックも立ち上がる。
「‥‥そうか、気をつけてな」
「あぁ‥‥またな! 相棒」
 少女は微笑み、駆け出しながら告げた。ロックの返事は聞えなかったが、まあ、彼らしいかもしれない。嬢は跳ねるように路上を掛け抜けてゆく――――。
 ロックは小さくなる影が見えなくなると、サングラスを外し、茜色の空を見上げた。
「‥‥相棒、俺の望みと、おまえの望みは‥‥同じか?」
 微笑む男の瞳は何処か寂しげだった――――。


<ライターより>
 この度は3度目の発注ありがとうございました☆
 お久し振りです♪ 切磋巧実です。
 そして、PC登録もありがとうございます☆ イラストまで発注して頂き、彼がロックかぁ、と色々と思い描いたりしたのはヒミツです(笑)。
 さて、今回の嬢さんはいかがでしたか?
 今回は変則的に過去を織り交ぜ、嬢さんのモノローグで演出させて頂きました。多少過大表現された過去ですが、笑って頂けると幸いです。中盤からは、やたら乙女チックな彼女ですが、戸惑いの表れと解釈して頂けると何よりです。
 それにしてもロックさん、現役のマフィアボスですか!? きっと危険なドラマが繰り広げられた事でしょう。アメリカ映画だと、ヒロインが主人公の過去に巻き込まれてアクション巨編となる訳ですが、さて、彼女の場合は如何なるものか?
 楽しんで頂ければ幸いです。よかったら感想お聞かせ下さいね。
 それでは、また出会える事を祈って☆
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
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PSYCHO MASTERS アナザー・レポート
2005年09月12日

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