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『友の紡ぐ夢 』
草壁・鞍馬1717)&陵・彬(1712)&陵・楓(1737)



 窓から見上げた空は高く蒼く、その空の下での杞憂など何一つ無いように思えた。
 しかし実際には帰省するに辺りいくつも鬱々としたものを抱えており、東京に出てきてほんの少しだけ軽くなった荷が再び二人のその肩に重くのし掛かる。
 互いの故郷である山奥の村に戻れば、草壁鞍馬と陵彬には『守人』と『月の精霊』の役が周りの人々からそれは至極当たり前に科せられるのだ。そこに本人達の意志など意味はなく、因習に囚われた村ではそれが当たり前だった。
 彬が神秘的なアルビノの容姿と神官家の子息であるという本人にはどうする事も出来ない理由で『月の精霊』と呼ばれ、神子として村人から敬われてきた姿を鞍馬はずっと幼い頃から見てきた。そしてそのことにずっと彬が苦悩してきた事も知っている。東京に出てきた彬は役を捨て、やっと本当の自分の生を営んでいるように思え、鞍馬はそんな彬を見ている事が至極嬉しかった。アパートの隣同士でたわいのない会話をして暮らす事に安らぎを覚える。
 自分自身が『守人』として共にあったということもあるが、そんな周りから与えられた役としてではなく、唯一無二の者として彬とそして彬の妹で楓と共に在りたいと鞍馬は思っていた。
「さってと、行くとするか」
 グルグルと巡る思考を止め、鞍馬は昨晩のうちに用意しておいた荷物を背負い、東京での自分の家を見渡す。気が重くはあるが彬の夏休みを利用して帰省する事を二人で決めたのだから、ここは大人しく腹をくくるしかない。
 ゴミはきちんと捨ててある。再びここに戻ってくる時にはまた同じ姿を見る事が出来るだろう。
「いってきまーす、ってな」
 軽い音を立てて扉が閉まる。鍵をかけて隣の彬のドアを叩こうとするその手が止まった。静かに内側から開けられた扉。
「おはよう」
「おー、呼ぶ前に出てくるなんて感心感心。おはよーさん」
 ニッ、と鞍馬は鞍馬と同じように荷物を背負った彬に笑いかけた。帰省する事に少々気乗りしない部分があることはおくびにも出さない。
「んじゃ、東京と暫くおさらばして夕闇にくれる山の中に帰るとするか」
「……鴉が山に帰るみたいな言い方をするな」
 いいから気にすんなって、と鞍馬は鍵をかけている彬を軽く手招きし歩き出す。
 軽い溜息を吐きながら彬も鞍馬の後に続いて歩き出した。
 アパートを出て見上げた早朝の空は相変わらず高く青く。
「良い天気だなー」
「本当だ」
 何本も電車を乗り継いで向かう故郷の空のことを思う。色は同じでも雰囲気がまるで違う故郷の空。
 あそこは息苦しい程の人々の期待に包まれている事だけは間違いないだろうけどな、と鞍馬は胸の内で舌打ちしつつ、ぼうっと空を見上げる彬の名を呼ぶ。
「彬、追いてくぞー」
 電車来ちまう、と叫ぶと彬も慌てて駆けてきた。電車を乗り継いでの旅行は時間との戦いでもある。乗り遅れようものなら一時間、二時間待ちなどざらにある。しかも二人が向かうのは山奥で、乗り遅れたら最後、そこでの待ち時間は数時間に一本の割合でしかないという超がつくほどの田舎なのだ。乗り遅れたら今日中に実家にたどり着けるか怪しい。
 時間に追われるように二人は駅へと吸い込まれていった。


 鞍馬は車窓から流れる景色を見つめていたが、鞍馬と同じように外の景色を眺めている彬へと視線を向けた。
 その横顔は東京に出てきた時よりも少し大人びて見える。相変わらず世間知らずの感は否めないが、前よりも頼もしく見えるような気がした。
 鞍馬の視線に気付いた彬が、どうした?、というように視線を鞍馬へと移す。
 彬を見ていて知らずに浮かんでいた小さな笑みに自分でも気づき、鞍馬は照れ隠しのように更に深い笑みを浮かべ言った。
「こうやってのんびりと彬と電車に乗んの久々だって思ってさ」
「あぁ、そうだな」
 この前は何時だったろう、と思いを巡らせれば東京へ出てきた時以来ではないかと気付き鞍馬は苦笑する。
「まっ、たまにはいいな」
 頷く彬に、そうそう、と思いついた言葉を紡ぐ鞍馬。
「駅まで楓が迎えに来てくれるって?」
「あぁ、そう言ってたな」
 和らいだ表情で彬が告げる。
 今日一つだけ嬉しいと思えるのは楓が迎えに来てくれるということだろうか。たまに彬を心配して上京してくることはあるが、学校もありそう簡単には来れない。久々に会える事を鞍馬も彬も楽しみにしていた。
 今回に関しては鞍馬は楓に怒鳴られたり詰られたりすることはないだろうと思われた。楓は彬第一主義者の為、彬に何かがあったりした場合、確実に鞍馬に雷が落ちてくるのだ。そして鞍馬への嫉妬と共に、彬と日頃一緒に居られない鬱憤を晴らすように投げかけられる言葉の数々。兄、彬の事となると楓の暴走は止まらない。
 そんな処も含め、鞍馬は楓が可愛いと思っていた。早く会いたい、と思いながら時計を眺めた鞍馬は再会がまだ少し遠い未来に在る事に気づき、がっくりと肩を落とす。
「その駅まであと何時間あんだよ……うわっ、6時間以上」
「その位かかるな」
 どんだけ田舎に住んでたんだ、と嘆く鞍馬を呆れたように見つめ、彬は駅弁を鞍馬に渡す。その駅弁は乗り遅れそうになりながら鞍馬が買ったものだった。
「……とりあえず食べたらどうだ?」
「もちろん食う。そっか、腹減ってるからマイナス思考になるんだな」
 それは別物じゃないか、という言葉を彬は飲み込み、自分も弁当を開け食べ始める。
 なんとなく実家に戻る事に対し足取りが重かった彬だったが、互いの日々の事などを話しているだけで気分が少し高揚してくるのが不思議だ。それはアルバイトやバンド活動など彬の知らない世界の事を楽しそうに話す鞍馬が、彬の知識欲を満たしてくれるからなのかもしれないし、それと幼い頃から隣にあった変わらない笑顔を見る事が出来てただ純粋に嬉しかったからなのかもしれない。
 彬がそんな事を思っているとは知らない鞍馬が幸せそうに笑いながら告げた言葉に、彬は一瞬言葉を失う。追い打ちをかけられた気分だった。
「乗ってる時間長いけどさ、今日は彬と列車の旅がメインだから楽しみだったんだ」
 楓と会うのも久々だけどこんなにゆっくり彬と話せるの久々だし、と更に笑顔のおまけ付き。
「…………そうかもしれない」
 漸くその言葉だけ紡ぎ出して彬はすっと視線を外へと向ける。その頬に朱が指しているように見えるのは鞍馬の気のせいではないだろう。学生の彬とバンドマンでバイトの鞍馬ではどうしても時間が擦れ違ってしまう事が多い。隣同士であっても、長時間顔を合わせるなんてことは余り無いのだ。だからといってその信頼関係などが壊れてしまうことは無かったが。


 田舎に向かうにつれ乗客はどんどん少なくなっていく。
 何度も電車を乗り継いで、二人は大分故郷へと近づいてきていた。
 二人は同じ車両に乗り合わせた老女に貰ったみかんを手に、降りていく老女へと手を振る。
 そして二人の乗った車両には二人だけが取り残された。
「ものの見事に全員消えたな」
「……あぁ」
 じゃあいいか、と鞍馬はガタガタと鳴る窓を開けた。
 そこから流れ込んでくる空気は熱風で一気に車内の温度が上がったように思えた。しかしそれは一瞬の事で、心地よい風が二人を包む。
「懐かしー香り」
 都会と田舎では空気が違う。香りもだが清涼感もまた違う。
 空気を吸い込む事で、故郷に近づいた、戻ってきたという実感が湧く。
 次の駅で二人は降りる。そしてそこでは楓がまだかまだかと首を長くして待っている姿が見れるだろう。その姿を想像してくつくつと笑い出す鞍馬。
「どうした?」
「いや、彬にべったりと張り付く楓の姿が見れるなと思ったら笑えてきた」
「…………」
 その鞍馬の想像が嘘ではなく真実を述べているので彬は反論できない。
 黙りこくった彬の頭を鞍馬は、ぽんぽん、と叩く。
「そう不機嫌な顔すんなよな。楓の怒りの矛先が俺に向く」
 流れる景色がゆっくりになる。電車が速度を落とし始めたのに気付いて、鞍馬は彬を促して降りる準備を始めた。
 完全に動きを止めた電車から二人が降りると、案の定楓が待ちかまえていて駅に降り立った彬に抱きついた。
 腰まである楓の黒髪が緩やかに揺れ、鞍馬の視界を横切る。
 映画だったらここは感動の場面の一つだろう。
「おかえりなさいっ、あに様」
 優しく抱きとめられ、至福の笑みを浮かべる楓。
「感動の再会は俺も一緒なんだけどな、楓」
「あに様、道中何かなかった? もう心配で心配で生きた心地がしなかったからここで朝から待ってたの」
「あぁ、大丈夫だが……朝から?」
「えぇ、朝からずっとよ」
「おーい、俺はー?」
 完全に彬と自分の世界に入ってしまった楓に必死に気付いて貰えるように声をかける鞍馬だったが、楓は気付く気がないのかそれとも完全に鞍馬の事は忘却の彼方なのか、目の前にいる彬だけを見つめている。
 流石に憐れだと思った彬は楓に告げる。
「おい、鞍馬の話も少しは……」
「今日はあに様の為に一生懸命夕飯作るから楽しみにしていてね」
「楓、鞍馬に挨拶は?」
 ぴしゃり、と言われ漸く気付きましたという表情で鞍馬を振り返る。
「鞍馬もおかえりなさい」
 ただいま、と告げる前に、くるり、と反転し彬を見つめる楓。
 本当におまけのような挨拶に鞍馬は一人哀しみに暮れるしかない。悪いな、という表情を浮かべる彬に、いいって、と軽く手を振る事で応えて鞍馬は大きく伸びをした。そして時計を見て慌てて二人に声をかける。
「やべっ、お前らバスに乗り遅れるぞっ。これ逃したら明日になるんじゃねェか、確か。あと一分後にバス停に……!」
 バスが来る、と行ってる傍からエンジン音が聞こえてくる。一分どころか数秒で着くに違いない。
 これにはさすがの楓も慌てて彬から離れると駆けだした。
 三人は全力疾走の末、無事にバスに乗る事が出来た。
 肩で息をしながら一番後ろの座席へと向かう。乗客は三人の他に誰も居なかった。
 どっかりと腰を下ろした鞍馬の隣に彬が座り、その隣に楓が腰掛ける。
「なんか前にもこんな事無かったか?」
「……隣町であった夏祭りの日……か?」
「私はしっかり覚えてるわよ。でもあれは今日とは逆で村から出かける時だったでしょ?」
 ぽん、と手を叩いて鞍馬が頷く。
「そうだ、そうだ。確か楓の支度に時間がかかって……」
「そういう余計な事は覚えて無くていいの。あの時、あに様に新しい浴衣見て貰いたかったんだもの」
「あぁ、あれは可愛かったな」
 さらりと告げられた褒め言葉に楓は頬を赤らめた。自分の一番大好きな人物に褒められたら誰だって嬉しいに決まっている。たとえそれが秘めなければならない恋心だとしても。
「あの時も本当に走ったよなー。楓は偉かったと思うぞ。なんたって浴衣で全力疾走してたからな」
「当たり前でしょ。私のせいで行けなかったら嫌だもの」
 あに様と、と小声で続いていたのに彬も鞍馬も気付かない。
「懐かしいな」
 遠い昔を思い浮かべ、目を細める彬。村を出たからといって過去が消える訳ではない。反発していたとしても過去を捨て去る事など出来はしなかった。悪い思い出ばかりでは無かったから。
「彬と射的でどれだけ多く景品を取れるか勝負したよな。で、俺の惨敗」
「当たり前じゃない。あに様に撃たせたら百発百中よ」
「鞍馬に金魚すくいでは勝てなかった」
「でも一匹掬って私にくれたわ。凄く嬉しかった」
 きゅっ、と思いを押さえ込むように両手を握りしめる楓。
 あの時楓は、勝負だ勝負だー、と燃える二人の間に入り込めず、ただ横でそれを眺めているだけだったのだ。そこには楓の入り込めない空気が流れていて、とても悔しかったのを覚えている。そしてそれは今も変わらず彬と鞍馬の間には流れていて楓は悔しくてたまらない。傍にいるのに鞍馬と居る時の彬は何時でも遠かった。
「あとさー、あの時迷子になったよな、楓」
「あれは………」
 楓は口籠もる。本当はちょっと迷ったフリをしただけだった。彬に貰ったのが嬉しくて手にした金魚を見つめていたら、いつの間にか今まで隣にいた彬が居なかった。その時、このまま自分が居ない事に気付いたら彬が必死に探してくれるのではないか、と幼い頭で考えたのだ。鞍馬よりも自分と一緒にいてくれるのではないかと。もう一度辺りを見渡してみれば、彬の姿は遠くに見えていた。だから本当に迷ってしまった訳ではなかった。
「あの時は焦った」
 楓が馬鹿な事はやめよう、と彬の元へ向かおうとした時、楓が居ない事に気付いた彬が鞍馬を呼び止め大慌てで探し始めたのだ。それを見て楓はなんて馬鹿な事を考えたのだろう、と泣きながら声の限りに、あに様ー、と叫んだ。しかし彬達からは楓の姿は人々に隠され声は聞こえても姿は見えず。楓は泣きじゃくりながら人々の隙間をくぐって微かに見える兄の元へと走ったのだ。あたかもやっと見つけた、という様子で。
「ごめんなさい。もう迷子になんてならないから。しっかりと掴んでおくし」
「いや、今はいいから」
 バスの中だし、と彬はやんわりと組まれた腕を外した。

 途中、反対車線を行くバスと擦れ違う。
「あのバスに俺達乗ってたんだよなー」
 茜色に染まった空にはねぐらへと急ぐ鳥たちの群れがあった。
 そしてその鳥たちと同じように育った村へと向かう三人。
 刻一刻と村に近づくに連れ、言葉少なくなっていく。
「……あに様……」
 心配そうに彬を見つめる楓はそっと彬の手に自分の手を重ねる。
 表情を失っていく彬の頭をぽんぽんと子供にするように撫でる鞍馬。
 大丈夫、と彬が小さく告げた時、バスが止まった。
 バス停には『芳養(はや)村』と書いてある。鬱蒼とした山奥の隠れ里にも見える芳養村は鞍馬と彬が出て行った時と全く変わった様子は無かった。
 空にはゆっくりと闇が降り初め、茜色を消していく黄昏時に二人は村へと帰ってきた。
 彬と鞍馬の胸に何とも言えない複雑な気持ちが沸き上がる。
 この村に一歩踏み入れれば捨て去ったはずの役が二人に科せられるのだ。その時から、草壁鞍馬は『守人』となり、陵彬は『月の精霊』へと変わる。
「あに様……行こう?」
 楓に促され彬が一歩進む。その後を鞍馬は進んだ。
 村の入り口では人々が鞍馬と彬の帰郷に喜び、声をあげて喜んでいた。
「いやー、よく帰ってきた。道中長かったから疲れたでしょう、ゆっくりお休み下さい」
「本当によく帰ってきてくれました。月の精霊と守人よ、ゆっくりとして下さいな」
 この声がいけない、この期待がいけない、と鞍馬はぐっ、と苛立った感情を抑え込み拳を握りしめる。
 過度の期待がどれほどの負担を彬に与えているのか、因習に囚われた村人達は誰一人分かっていない。それが重すぎて彬はこの村から逃げ出したというのに。
 同じように拳を握りしめている彬の肩を軽く叩き、自分だけは変わらぬ事を胸に誓い、大丈夫だ、と彬に微笑む。
 この村でも、この村の外でも自分は『鞍馬』として彬とそして楓に接しようと。誰がなんと言っても周りは関係がない。自分は自分でしかないのだから。そう思う事が出来たら彬も楽なのだろうが、それ以上に因習が浸透しているこの村での彬への扱いは特別すぎる。
 それを断ち切ってやりたい、と鞍馬は思う。
 彬が胸を張って好きな事をして平々凡々とした人生を歩めるようにと。何も特別なことがなくてもいい。ただ何処にいても、自分は自分だ、と言えるようにしてやりたいと。
 それが鞍馬の夢であり、彬の望むことだろう。

 一緒にいればいる程騒がれる二人だ。バラバラに帰った方が賢明だった。
「早く家に行った方がいい。家に着くまで地獄だろうけど気にすんな。ここら辺で後から出てきた奴らは惹きつけておく」
「あぁ、そっちも」
 それに余裕の笑みを見せた鞍馬は楓に、頼むな、と告げる。するとむっとしたように楓が言った。
「鞍馬に言われなくても、しっかりガッチリきっちり家に連れて帰るわよ。今日は一緒に居れなくて残念ね」
 はははー、と乾いた笑いを浮かべ鞍馬はひらりと手を振る。何時も一緒に居れて狡い、という楓の思いが込められて胸がずきりと痛んだ。しかしそう一緒にいる訳でもないのだが、隣の扉を開ければいつでも会えるという状況は楓にとって羨ましい事この上ないのだろう。
 去っていく二人の背を見送って、良く帰ってきた、と声をかけてくる村人に挨拶を返しながら、きりの良い所で鞍馬も実家へと足を向ける。
 良く帰ってきた、と出迎えてくれた両親の笑顔は温かかった。ほっ、とするのも確かだったが、この村全体の雰囲気が駄目だった。
 鞍馬は夕食を食べ、風呂に入ってから久しぶりに訪れた自室で転がる。
 きっと彬も同じようにくつろいでいるに違いない。……そう思いたかった。
 せめて寝る時だけは安らいだ時を過ごしてればいいと鞍馬は願う。
 瞳を閉じれば昔と同じように虫の啼く声が聞こえた。
 疲れた身体にそれは染みていくようで、鞍馬はそのまま眠りに落ちていった。
PCシチュエーションノベル(グループ3) -
紫月サクヤ クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年09月12日

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