『『ダバダバダ 男と女』 』

オーマ・シュヴァルツ（1953）＆シェラ・シュヴァルツ（2080）

＜　１　＞

「男っていうのはさあ。まったく」
　キッチンのダイニング・テーブルに肘を付いて、妻のシェラ・シュヴァルツは聞こえよがしに呟く。マスカラに縁取られたくっきりした瞳が、いつもの倍の眼力でオーマを睨み付けた。
「えーと、そろそろ目玉焼きはいいかな」
　厨房に立つオーマは、聞こえない振りをしてフライパンの蓋の中を覗き込んだ。ベーコンエッグの油っぽさが、うっと二日酔いの胃にボディ・ブローを食らわした。だが、出来具合は上々だ。
「いったい、いつまで待たせるのさっ」
　シェラは、両手に握ったナイフとフォークをこちらへ向けて構える。オーマは「じゃすとあもーめんと！熱血とろ〜りのマッスルモーニングの出来上がりだ！」と、慌てて皿を用意した。シェラは、『振り』なんてしない、ナイフもフォークも本当に容赦無く投げて来るだろう。しかも正確に喉を狙って。
「モーニングも無いもんだよ。もう正午近いんだけどね？」
「あれ？へえ。もうそんな時間かあ？」
　オーマはとぼける。昨夜は人面草や霊魂と飲み屋で騒ぎ、いい足取りで帰宅したのは夜明け頃。それだけでもシェラの怒りは相当であるが。その日黒山羊亭での依頼で稼いだ金は、人面草達へのふるまい酒で消えていた。おまけに、オーマの起床が遅く、朝食がこんな時刻になった。空腹は怒りを増長させる。
「おまたせ」とテーブルに皿を滑らせ、オーマも椅子に座る。錦の着流しの上にさらに羽織ったエプロンをはぎ取り、真面目な顔を作ってみせる。
「だって、たまには人面草たちも外へ出たいだろ？」
　シェラは、ベーコンにかぶりつくのに忙しくてレスしないが、目の強い光が『だからって飲み屋へ連れていく必要は無い』と語っていた。『行きたかったのはオーマだろう』、とも。

「あいつらと居て、ワリカンってわけには行かない。男が立たねえだろ？」
　シェラはオーマの男気を理解しない。散々『男はいいよねえ』とか『“男”だからで済まされてもねえ』などと言い散らかしながら、二日酔いの頭痛と吐き気をこらえてオーマが作った朝食をぺろりと胃に流し込んだ。
　昨夜の人面草たちの顔を思い出す。彼らの笑顔や昨日の楽しい時間までを否定されると、やはりカチンと来る。
「そんなに男がよけりゃ、男になってみちゃどうだい？」

　そして、シェラは出かけて行った。オーマが教えた、魔法使いの家へ。その館には『魔の地のペティナイフ』がある。それで剥いた林檎を食べると性別が転換し、夜明けまで戻らない。シェラは『男になりに』行ったのだ。

　厭味で言ったものの、まさか妻が実行するとは思わず、オーマは慌てた。だが、言い出して辞める女でもなかった。
　オーマは、仔犬大の獅子に変身し、こっそりと後を付けた。


＜　２　＞

「あのイロモノ医師に、こんな綺麗な奥方がいたとはねえ」
　件の魔法使いは、そのナイフで剥いた林檎を皿に乗せるとシェラに勧めた。礼を述べながら、ソファから腰を浮かして林檎を手に取る。ゆるい袖が手首にかかり、片方の手でたくし上げる。
　用意のいいシェラは、男物のスーツを着込み、靴まで準備していた。大きめサイズではあるが、長身できりりとした美女のシェラには女性のままでも十分似合っていた。
　シャリシャリと林檎を齧りながら、「それって由来のあるナイフなのかい？」と尋ねる。老婆はにやりと笑った。
「どこかに、女性だけの村がある。暴力も殺戮も無く、権力の駆使も横暴も無い、平和な村だ。このナイフを使って、子孫を作るというわけさ。男は朝には女に戻る。男がいなければ平和は保てるという考えだ」
「だって、産まれたのが男だったら？」
「・・・。」
「もしかして、処分されるのかい？」
「おとぎ話だよ。・・・お、もう効いてきたようだね」
　シェラの肩幅が広がり、喉も太く変わる。喉仏が目立ってきた。エラが張って顔もごつく変化する。強い顎と高い鼻。
　シェラの視点からも、手が大きくなり指の節が太くなったのがわかった。袖の長さも丁度よくなった。足も、今までは靴の中で泳いでいたが、フィット感がある。
「ありがとう」と立ち上がると、喉から低い声が飛び出し、シェラは苦笑した。
「おっと、そのまま出て行く気かい？」と、老婆は手鏡を差し出す。
　シェラは今度は声をたてて笑った。真紅の口紅が、前より大きく開いた口を縁取っていた。
「洗面所を貸しておくれ。これじゃオカマだ」

『なんだよ、ちくしょう。俺よりハートにずっきゅんないい男じゃねえか』
　魔女の家から出てきた青年のスーツの背を、ぱたぱたと翼をはためかせ、白い仔犬もどきが追って行く。時々物陰に隠れ、様子を伺いながら。

　シェラは、女が歩くのは危険と言われるベルファ通りを闊歩する。男一人でも堅気では危ない。怪しい目付きのゴロツキどもが、シェラを獲物を追う笑いで眺めるが、手の大鎌に気付くと舌打ちして離れていく。
　途中、絡まれている若い娘を見た。籠に野菜を抱えているのは、配達の途中で道に迷ったのか。
「うっとおしい男達だ」
　シェラは大鎌を一振りして、不心得者等を薙ぎ払った。
「ありがとうございます！」
「安全な通りまで送るよ」
　娘は、もう、目がハート。

　大通りに出るまでに、ひったくりの男を張り倒して女性のバッグを取り返し、しつこいナンパ集団を斬りまくって（一応峰打ち）娘達を助けた。雑貨店の前で、店員の婦人に難癖をつけるヤクザ者の襟首を掴み、オス犬に追い立てられた女の子を抱っこして・・・。

『やってることは、女の時と同じだな』
　樽などの後ろに隠れつつ、オーマは姿を追う。ただ、美青年だと女性がわらわらと付いて来てしまうということだ。今、シェラは１０人ほどの娘たちを引き連れて、白山羊亭へと向かっていた。
　急に、赤い髪が振り返った。
「そこの犬もどき！バレてないとお思いかい？
　いつまで付いて来る？それとも、ミルクでも恵んで欲しいのかい？」
　慌てて近くの壁に張り付いた仔犬オーマを見たのか、シェラは笑いながら白山羊亭に入っていった。


＜　３　＞

「へええ。あんたもオーマで。いつものアレもオーマかい？
　長く生きると、面白いものを見れるねえ」
　魔法使いは、プラチナブロンドの青年に林檎を一切れ差し出した。
　半端な変装ではバレる。青年姿に戻って、それから性別を転換すれば、さすがのシェラも気付くまい。
「服は、あたしの若い頃のが着られるかね。ローブだからサイズは大丈夫だと思う」
「すまんな」
「いやあ、何年たっても夫婦でらぶらぶ、スペシャルでぇと★だなんて羨ましいコトじゃよ」
　ちょっと違うが、面倒なので訂正しなかった。

　白山羊亭の扉を開けて、迫力の美女が入って来た。
　背を屈めないと枠にぶつかりそうな、２ｍを超える長身だ。銀髪のショートカットは、すっきりした頬のラインの美しさを際立たせた。瞼のラメやら紫やらは美女の表情を宇宙的に見せた。まだ若い娘だが、大人の女のような黒に似た茶の口紅も似合っている。
　何よりそのボディは強烈だ。スパンコールのローズ色のローブ、体でゆるく踊る布の上からでも豊満な胸の形が見て取れた。
　カウンターに向かってそろりと歩く、その揺れで、布の影がバストトップの高さを見せつける。
　男達は釘付けだった。一人は口をぽかんと開け、一人は生唾を飲み込む。
　オーマ自身だって予想外だった。筋肉男なので巨乳女に変化してしまったのだ。
　奥の大テーブルにシェラ達が見えた。ソファに深く座った美青年のまわりを、女性達がきゃぴきゃぴと取り囲んでいる。
　オーマは、そのテーブルが見える椅子に座り、ビールを注文した。
「おいおい、俺に奢らせてくれ」
「いや、奢るのは俺だ」
　男達が群がる。
　こんな風に簡単に人に奢っては、確かに女房は怒るだろうと、男達の顔をまじまじと見つめた。
「お、ねえちゃん、俺に惚れたかい？」
　酔った男が濁った目を細めてにやにや笑う。
『男って・・・確かにバカだ』

　シェラの肩にもたれかかる娘が、甘えた声でねだる。ブロンドの髪を腰まで伸ばした、露出度の高い服を来た娘だった。
「ねえ、カクテル、お替りしていいかしら？」
「自分の酔い加減と、自分の財布、家族の厳しさをそれぞれ考慮に入れて、自分で判断して飲んだらいいじゃないか」
　シェラが考えを述べると、娘はえっ？と目を見開く。
「自分の財布？これ、あなたの奢りじゃないの？」
「奢るなんて一言も言ってないけど？」
「・・・。」
　娘達は、慌てて自分のバッグから財布を取り出し、中身を確認し始めた。数人はあからさまに不快な表情をして、席を立って出て行った。
『女って・・・バカかも』

「ちょっと放っておいてくれない？俺・・・あたしは、ここへ一人で飲みに来たんだから！」
　カウンター席に、酔客達に絡まれた若い娘が見えた。この娘もバカだ。自分の美貌や体をわかっているだろうに、一人で、しかも薄いローブだけまとって飲み屋へ来るなんて。
「お嬢さんが嫌がっているじゃないか」
　シェラは酔っぱらいの一人の肩をぐいと掴む。
『うげ、ヤバっ』
　オーマは、顔を見られないよう下を向いた。
「白山羊の常連さんだろ？マスターに出禁にされても知らないよ？」
　シェラがカウンターの中を親指で差す。酔っぱらい達は、マスターと目が合い、すごすごと自分の席に戻った。

「で、あんたは、助けて貰って礼も言えないのかい？」
「・・・あ、ありがとうございますぅ」
　俯いたまま、小声で礼を述べる。
「でかい図体のわりに、蚊の鳴くような声だねえ」
　男になってもシェラは女言葉のままだ。オーマは吹きそうになって腹筋に力を込めた。
「あんたもいけないね、そんなカッコで」と、青年はひょいとオーマのローブの衿を引くと、中を覗き込んだ。マスターも店員も客も、ぎょっとして動きを停めた。
「やっぱり、下着を付けてない。こんな乳牛みたいな胸をブラブラさせてりゃ、男達だって目のやり場に困るよ。
　確かに露出すれば喜ぶ男もいるが。自分を安売りしちゃいけない。
　選んでやるから、下着を買いに行こう？」

　オーマは、今ここでこの青年に抱きついて思いきりキスしたい衝動に駆られたが。彼は、女性だからと言って容赦はしないだろう、大鎌でぶった斬られそうなので、やめた。
「いえ。家にはあるので」と大嘘をついて、ビール代のコインを置くと急いで店を出た。

　とりあえず魔女の家に匿って貰い、元に戻れる夜明けを待つことにするか。
『また朝帰りになるのか』
　シェラの大鎌が派手に宙を切りそうである。オーマはやれやれと肩をすくめる。
　首がギシギシと鳴った。胸が重いと肩がこる。『確かに女は大変だ』と、さらに肩をぐるぐる回し、通行人から変な目で見られるオーマだった。


＜　ＥＮＤ　＞

PCシチュエーションノベル（ツイン）

福娘紅子

聖獣界ソーン

2005年09月05日