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『晩夏の悪い夢 』
梅・黒龍3506)&梅・蝶蘭(3505)&梅・成功(3507)


 ツクツクボウシの声の混じる蝉時雨と午後の陽光を浴びながら、一台の軽自動車が、都内から隣県へと通じる国道を走っていた。
 車の横腹には「白王社」の文字がある。社員がちょっとした取材に出る時などに使う社用車だ。そのハンドルを握っているのは、月刊アトラス編集員の三下・忠雄(みのした・ただお)である。
「本当に、ありがとうございます。心強いです」
 同乗者たちに、三下はぺこぺこと頭を下げた。信号待ちの度にやっているので、本日何回目やらわからない。
「いえ。夏休み中で時間のある身ですから、お気になさらないでください」
 助手席で苦笑した少女は、梅・蝶蘭(めい・でぃえらん)。触れればさらりと涼しい音がしそうなほど艶やかな漆黒の髪と、意志の強そうな目元が印象的だ。
「そうそう! 俺たちだって、丁度ヒマだったから編集部に顔出したんだし。タダで面白そうなとこに連れてってもらえるんだから、有り難いくらいだぜ」
 三下と蝶蘭の間に、梅・成功(めい・ちぇんごん)が後からにょこりと顔を出した。彼の人となりそのものを表現しているような、あちらこちらに飛び跳ねるくせっ毛の下で、黒い瞳が楽しそうに輝いている。
「……ヒマ、ね」
 成功の言葉に、後部座席でクリップ止めの資料を繰っていた梅・黒龍(めい・へいろん)が顔を上げた。
「そんなこと言ってていいのか? ボクと蝶蘭はともかく、成功は宿題まだだろ。全然」
 きらりと光った眼鏡の奥から、黒龍の眼差しが成功に向けられる。その目もきつければ、口調もきつい。しかし、そこは成功も慣れたもので、全く動じない。黒龍の隣に戻って言うことには、
「大丈夫だって。新学期まで、まだ一週間もあるんだぜ?」
 と余裕の笑顔だ。
「去年も一昨年も、同じ時期に同じ事を言っていた気がするが」
 黒龍が唇を尖らせて、
「成功が宿題を溜めているのは、今に始まったことではないですから。三下さんはお気になさらないでくださいね」
 蝶蘭が、気にする素振りを見せた三下にフォローを入れる。
 信号が青に変わった。
 ははは、と困ったような顔で笑いながら、三下はアクセルを踏み込んだ。
 容姿も性格も三人三様の彼らは、これでも同年同月同日に生まれた三つ子である。まだ中学生ながら、それぞれに異能を持つ梅家の三兄弟は、三下にとっては非常に頼りになる道連れだった。
 なにしろ月刊アトラスとは、知る人ぞ知るコアなオカルト雑誌である。当然、その取材先といえば、オカルト絡みの場所。
 噂の幽霊スポットを取材して来い!との命を三下が受けた時、たまたま彼らが居合わせたことは幸運だっただろう。敏腕編集長が嗅ぎ当てた情報は、本物、つまり正真正銘の不可思議現象――しかも危険な――である可能性が非常に高いのだ。三下は何度、それでひどい目にあったかわからない。
「誰も居ないのに聞こえる甲高い笑い声に、人魂か。心霊現象としては、なかなか古典的だな」
 資料をぱらぱらとめくりながら、黒龍が言った。
 A4サイズの紙にはびっしりと、読者からの投稿で寄せられた体験談や、インターネット上で囁かれる噂話が取りまとめられている。中には、携帯メールの添付で届けられたという写真まであった。小さい画像を引き伸ばしているので画質は悪いが、暗闇の中でぼんやりと薄緑色に光っているものが写っているのはわかる。
 黒龍よりも先に、蝶蘭はそれを一通り読んでいた。
「三下さん。音や光だけじゃなく、誰も居ないのに後ろから髪を引っ張られたり、スカートをめくられた、なんて証言もありましたけど」
「あ。はい。そうです」
 蝶蘭の問いに、三下は頷いた。
「でも、それ以上の……、怪我をするような危害を加えられたという話はないようです」
 噂の現場はデートスポットとしても有名な公園で、資料によると今のところ被害らしい被害といえば、驚いたカップルが逃げ帰ったというくらいのもの。
 しかしだからといって、絶対に安全であるとは限らない。
「ま、俺と黒龍で怪奇現象の正体をパパっと探してさ。もしタチの悪いやつだったら、蝶蘭がチャチャっとやっつけちまえば良いんだよな!」
「いや、あの、できれば、やっつける前に取材はさせてください……ね……?」
 パシ、と成功が拳で掌を打ったのがバックミラー越しに見えて、頼もしく思いながらも贅沢を言ってみる三下だった。


                   ++++++



 目的の公園に到着したのは、ちょうど黄昏時だった。
 西に夕焼けのオレンジ色を微かに残した紺色の空の下、辺りの光景は薄闇に染まっている。
 規模は大きめの、広い芝生を中心に散歩コースとベンチ、それからいくばくかの遊具のある、ごく普通の公園だ。
 緑が豊かで、ちょうど花盛りの夾竹桃(きょうちくとう)と百日紅(さるすべり)が美しいというのに、噂が広まったせいか人影はなかった。
「じゃあ、とりあえず写真を撮りますね」
 着いて早々事件が起こるわけもなく、梅兄弟はカメラと三脚を持った三下について回りながら、まずは周囲の気配を探る。
「風通しが良いな。澱んだ気配はない」
「黒龍もそう思う?」
「うん。俺も」
 囁きを交わす黒龍と蝶蘭に、成功が同意した。いわゆる幽霊スポットには地縛霊などが居ることが多く、その場合、場所全体の空気が濁る。しかし、ここにはそれがない。
 宵の口に独特の、冷たい風が吹き始めているのが心地よいくらいだった。悪いものが存在しているわけではなさそうだ。
「んー。何もなきゃないで、三下さん困るんじゃねーかなー」
 成功は一人ごちた。謎の光をきちんとした写真に収めるくらいの収穫がなければ月刊アトラスの編集長様は納得しないだろう。
 数歩先で植え込みの影にカメラを向けている三下に聞こえないように、黒龍と蝶蘭の顔を引き寄せた。
「な、もし今日何も起こらなかったらさ、いっそ、俺らがこっそりなんかやる?」
 その提案に、黒龍が思い切り眉間に皺を寄せた(耳打ちする時、屈みこまれて身長差を見せ付けられたのも気に入らなかったらしい)。
「バッ……カじゃないのか!?」
「私たちがやったんじゃ、捏造記事になってしまうでしょう」
 蝶蘭にも溜息を吐かれて、成功は肩を竦めた。
「そっか。面白いと思ったんだけどなあ。そりゃそうか。そうだよなー」
 次の場所に移動する三下について行く二人を見送りながら、成功は退屈そうに頭の上で腕を組んだ。その時だ。
「!」
 肘の先を何かが掠めたような気がした。例えるなら、蜻蛉(とんぼ)か何かの羽が触れたような、薄く軽いものの感触。
 成功は弾かれたようにそちらを振り向いた。何も居ない。
「何だ……?」
 何も居ない、が――何かの気配はあるのは、微かだが確かだった。
 気配は成功の周囲をあちらこちらに移動する。目で追おうにも、速くて捉えられない。
 右往左往している成功の耳元、すぐ近くで。
 くすくす、笑い声がした。
「何だよ」
 くすくす、きゃはは、と。子供の声をもっと甲高くしたような声が、右からしたかと思えば左から聞こえてきて、かと思えば背後から、振り返ればまた後ろから。
 こっち、こっち。あきらかにからかうような声音が、成功を誘う。
 こっちだよーぅ。
 すい、と声が遠ざかる。翻弄されて苛立った成功は、蝶蘭と黒龍を呼び戻すことを失念し、それを追った。走る間にも、あたりはどんどん暗くなる。頭上で、水銀灯が数回瞬いてから点灯した。
「……チッ、」
 駆けながら横薙ぎに腕を振ると、その手の中に真円が生まれ、水銀灯の光を反射した。鏡だ。
「とっ捕まえてやるぜ」
 彼の能力は、鏡に象徴される。様々な映像を映し出す他、霊的な存在を捕縛することも可能だ。
 ちらちらと光りながら宙を飛ぶものたちが、きゃっ、と悲鳴をあげた。噂の正体は、これに違いないかった。大きくはない。このサイズの鏡で充分だろう。
 手の中の鏡に、成功が意識を集中させた瞬間。
 顔の前で、何かが炸裂した。視界を塞いだのは、キラキラと光る粉だった。
 それを見たのを最後に、成功の意識は途切れた。



「成功ー!! ふざけているのならさっさと出てきて!」
 蝶蘭の声が、しんとした園内に響き渡った。
「ど、どこに行ってしまったんでしょう……」
 心霊スポットで、同行者が行方不明という事態に三下はもう泣きそうだ。
 成功の姿がないことに気付いた三人は、彼の行方を必死で探していた。
「蝶蘭。あっちだ!」
 黒龍の声に、蝶蘭は頭上を仰ぎ見た。黒龍の力の象徴は、玉。自らが作り出した玉の上に乗り、黒龍は宙に浮かんでいる。
「上から見ると、何かが光っていた。恐らく、資料の写真にあった光だ。行ってみよう」
 黒龍が指したのは、公園の境界線沿いに植えられた夾竹桃の方向だった。白い、星のような花の咲いた茂みの向こうに、ちらちらと薄緑色が覗いているのが、近付くにつれて地上からでも見えた。
「ひぇええええ……ひ、人魂……!」
 三下は何メートルも手前で、既に腰を抜かしている。
 低空飛行に切り替えた黒龍と並んで、蝶蘭は足音をひそめながらその木に身を寄せた。
「!!」
 幾重にも茂った梢の向こうを覗き込み、木陰に成功が倒れているのを発見して、二人は息を飲んだ。
 見たところ成功に怪我はないようだが、その周囲には明らかに霊的な力を帯びた、いくつもの光がまとわりついている。
 夾竹桃の枝から、蝶蘭は葉を何枚か手の中に摘み取った。
 蝶蘭の力の象徴は、剣。あらゆるものを剣に変えるのが彼女の能力だ。毒をもつ花木である夾竹桃の葉から作られた刃は、その性質を受け継いで毒を持つだろう。細く尖った葉に力を通わせれば、その一枚一枚が鋭い刃を持つ小刀になり、ふわりと蝶蘭の周囲に浮き上がる。
「待った!」
 先制攻撃の準備を整えて前に出ようとした蝶蘭を、黒龍の腕が押し止めた。
「…………ぐぅー……」
 大の字になった成功の胸は、規則的に上下している。薄く開いた口から盛れるのは、まごうことなき鼾(いびき)であった。表情は、安らかな寝顔だ。
「むにゃ……やったぜ、捕まえた……」
 寝言まで言っている成功にまとわりついている光は、よく見れば人魂ではない。目を凝らすと、それが一つ一つ、掌に乗るほどの小さな人間の形をしているのがわかった。
 くすくす、きゃっきゃ。楽しそうな笑い声が聞こえてくる。成功の髪を引っ張ってみたり、額の上に寝そべったり、胸の上で手を取り合ってくるくると踊っていたり。好きなように遊んでいる彼らの背中には、透ける羽が生えている。
 見たことのある姿だ。子供の頃、アニメや絵本で。
 蝶蘭が黒龍を見ると、黒龍も蝶蘭を見ていた。
 妖精?と、二人は同時に唇だけを動かす。
 ヨーロッパの伝承によく登場する妖精たちは、姿も性質も様々だが、おおむね悪い存在ではない。ただ、悪戯者なのだ。ここに居る彼らがどうやって日本に流れてきたのかはわからないが、緑の豊かなこの公園の居心地が良くて、住み着いてしまったのだろう。
「こら!」
 現れた蝶蘭を見て、妖精たちはキャアっと悲鳴を上げた。
「お前ら、うちの成功に何をした?」
 挟み撃ちをするように反対側に回り込んだ黒龍の声に、またキャアっと悲鳴が上がる。
 ――私たちを捕まえようとするから、眠りの粉を嗅がせただけだよう。
 剣と玉を従えた二人から逃げ出すことは叶わないと観念したのか、妖精たちは言った。口々に同じことを歌うような節回しであちこちから言うので、ちょっと耳が酔うような感じがする。
「眠りの粉? ……ちゃんと目は覚めるの?」
 ――覚めるよう。何日かすれば覚めますよう。もう悪戯しないから許して。
 ふわふわと飛び回りながら、妖精たちは蝶蘭に向かって両手を合わせる。
「成功が無事なら良い。どうせ、こいつが無茶な追い込みをしたんだろうしな」
 人が乗れるサイズの玉をもう一つ作って、黒龍は気持ち良さそうに眠っている成功をその上に掬い上げた。
 妖精たちをこのまま放っておいてもたいした害はないだろうと判断し、蝶蘭と黒龍は剣と玉を収める。
 口々に礼を言うピクシーたちの羽から、きらきらと鱗粉が舞って光った。


                   ++++++


 幽霊スポットに居たのはおどろおどろしい幽霊ではなかったのだが、撮った写真の中に妖精の姿が写っていたこともあり、三下の記事は珍しく碇編集長のお気に召したそうだ。
 成功は数日後元気に目覚め、めでたしめでたし――とは、行かなかった。
「うわーん、手伝ってくれよー!!」
 梅家宅のリビングにて、成功は泣きそうな声を上げている。本日、8月31日。言うまでもなく、夏休み最後の一日である。
 眠り続けて、貴重な一週間を無駄に過ごした結果、成功の目の前にはワークブックや自習帳で山ができていた。もちろん、どれもこれも中身は真っ白だ。読書感想文用の本も一度も開いていないし、もう何からどうすればよいのやら。
「自業自得だろう。嘆いているヒマがあればさっさと始めろよ」
 成功を横目に、黒龍は優雅にテレビに向かい、冷たいジャスミンティーなど飲んでいる。
「おに!! あくま!! 俺は自分の時間潰して、兄貴に泳ぎの特訓してやったのにー!!」
「……あー、暑い。鬱陶しい」
 大きな弟にへばりつかれて、黒龍は迷惑そうに顔を顰めた。しかしこの夏休み、成功にプールで(一応)世話になったことは(一応)確かなので、少しは手伝ってやっても良いかと思い直す。
「その本、ボクはもう読んだから、感想文が書ける程度のあらすじくらいは教えてやる」
「やったー! 兄貴やさしー! ついでに英語と数学と理科と社会の……」
「言っておくが丸写しは駄目だぞ。ためにならないからな」
 飛び上がって大喜びする弟をシッシと追い払い、黒龍はテレビの電源を切った。なんだかんだ言って本格的につきあってやる気のようだ。
「提出は二学期最初の授業だから、明日始業式の後もみっちり頑張れば、なんとかなるわよきっと」
 二人が机に向かった時、キッチンから蝶蘭が戻ってきた。手に持ったお皿には、真っ赤な西瓜(すいか)の愛しい半円形が乗っている。
 早くもそちらに気を取られる成功の首根っこを、黒龍が掴んで非情にも引き戻した。
 夏の終わりの光景である。
 ちりん、と窓辺の風鈴を鳴らしたのは、もう秋の風だった。


                                                  (了)










<ライターより>
 蝶蘭さんにはお久しぶりです、黒龍くんと成功くんには初めまして。
 担当させて頂きました、階アトリです。コミカルにということでしたので、幽霊スポットにいたのは幽霊ではなく……という展開にさせて頂きました。
 三人それぞれの個性を、イメージを崩すことなく出せていれば良いのですが……。
 では、ありがとうございました。またの機会がありましたら幸いです。
PCシチュエーションノベル(グループ3) -
階アトリ クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年09月05日

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