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『■■ぷち☆りぞぉとうぉっちんぐ■■■ 』
鈴森・鎮2320


 夏と言えば、夏休み!サマーバケーション!
リゾート避暑地のプライベートビーチや別荘で、世俗からはなれてまったりどっきりv
さんさんと降り注ぎ突き刺さる真夏の黄色い太陽も、はねっかえすビーチパラソル☆

―――なんてのは、ほんのごく一部一握りのお金持ちの人々の話。

 ここ東京の庶民の町に住む者にとっては、縁遠い世界の話だった。
しかし、そんな町の一角にある一般的な民家の庭先に、
その場にはかなり不釣合いな、ビーチパラソルの花が咲いて塀越しに頭を覗かせている。
道を通る者達は、なんなんだろうと首をかしげるものの、
人様の家(うち)を覗き込むわけにもいかず、そのまま通り過ぎて行くのだった。
 そこはご近所でもちょっと有名な三兄弟の住む鈴森家。
和風ちっくな庭先に咲くパラソルの花の下には、大きく広がる海!や、きらめく巨大なプール!
…が、広がっているわけなどなく、子供のいるご家庭には一個はあるであろう、
どこにでもある、空気を入れて膨らませるタイプの市販の小さなプールが置いてあった。
「う〜ん、夏だねぇ…」
 そのプールの水面に、ふよふよと漂う小さなフロートマット。
見た目こそ、その辺の市民プールにでも行けば若いおねーさんが寝転んでいそうなマットだが、
その大きさたるや、小さい。とっても小さい。なんせ子供用プールに入る大きさだ。
まるでマットの上に寝転ぶ小さなイタチに合わせて誂えたようなマットだった。
「夏の日差しがまぶしいゼ☆」
 イタチがごろんとマットの上に仰向けになる。
どこから持ってきたのか、サングラスをかけて、ニヤリと口元に笑みを浮かべた。
その隣には、さらに小さなサイズのマットが並んでいる。
 こちらにはまるで大人の手の平のようなフロートマットの上に、イヅナが寝転んでいる。
隣のイタチとお揃いのサングラス着用で、だ。
「やっぱ夏はリゾートだぜ、リッゾ〜〜〜ト!」
 そしてイタチの言葉に合わせるように、その体を揺らして楽しんでいた。
そう、さきほどから喋っているのがマット上のイタチ。
知らぬ人が見たら腰を抜かして驚きそうな風景かもしれないのだが、
このイタチこそ、この鈴森家の三兄弟の末っ子である鎮の姿だったりする。
 世間一般での夏休み、どこにも行けない事で兄弟げんかしたばかりだったのだが、
黙って我慢しているような性格ではないのが、鎮。
 屋根裏に押し込んでいた子供用プールを引っ張り出し、パラソルも引きずりだし、
お風呂で遊ぶありとあらゆるおもちゃを持ち出し、庭先に小さなリゾート地を作り出したのだ。
かなり見た目にも規模的にも地味ではあるが細かいことは気にしない。
「真夏の太陽どんとこーい!!」
 とか言いつつ、しっかりパラソルの影に入っているというツッコミは置いといて、
鎮は真夏のミニリゾートを実に楽しんで過ごしていた。
ただ、楽しみながらも…一つ、頭に浮かぶことがあったりする。
「………プールも良し、パラソルも良し…だけどやっぱ俺、アレが欲しいなぁ…」
 鎮の脳裏に浮かび上がるのは、ホームセンターのペットコーナーで見かけた、
『高級ひんやりジェルマット(ペット用)』
 わんちゃんねこちゃんの為に、犬小屋等に敷いてあげると喜ばれますvと言うアレである。
その中でも特に高級の、ひんやり時間も長持ちなジェルタイプのマット。
 一目見た時から鎮の心はそのマットの虜になってしまったのだが、
いかんせん、高級だけあって…お値段はそれなりに、いや、かなりお高い。
とてもじゃないが鎮のお小遣いで買えるような値段ではないし、兄に頼みこんで買ってくれそうな値段でもない。
さらに、実家の親におねだりしたって買ってくれる値段なんかでもない。
というより値段に関係なく買ってくれるわけ無いのだが。
「ひんやりマット…ほしいなぁ…」
 鎮は右手を水につけて、すいっとひとかきしながらぼそりと呟く。
視線はサングラス越しにどこか天空を見上げて、ひたすらマットへの思いを馳せている。
「アレがあったら昼寝ももっと楽だし…夜も寝苦しくないだろうなぁ」
 想像力をフル回転させて、マットの上に寝転んでいる自分の姿を思い浮かべる鎮。
プールの上のマットなんか比べ物にならないほどのひんやりとした感覚と、
ジェルの柔らかな感触が優しく鎮の体を包み込む…
「うああぁぁあ!!考えれば考えるほど欲し―――!!」
 鎮は思わず身体をくねらせて、じたばたじたばたとマットの上で暴れまくる。
隣でまったりしていたイヅナがびくっと起き上がり、そして「あっ」と言う動きを見せる。
「をうっ!?」
 と、同時に鎮の視界がぐりんと回転する。
そりゃあ、水の上に浮かんでいるマットの上で暴れたら当たり前だろう。
ばっっしゃーん!
「ごばぶっ!?」
 ド派手な水しぶきをあげて、鎮の体はマットに…いや、プールの中に沈む。
プールの中には色々なおもちゃを放り込んでいる上に、突然の出来事で不意打ちを喰らい、
鎮はそう深いプールではないのだけれど、なかなか浮かんでこれずじたばたともがく。
「びぶっ!(死ぬっ!)ばぶべべっ!(助けてっ!)」
 水泡がいくつも出来上がり、おもちゃがぶつかり合い、鎮はなんとなく洗濯機の中の洗濯物の思いを知った気がした。
なんて、悠長なことを言っているところじゃない。
「ぷっはああぁぁっ!!」
 なんとか両足をふんばって立ち上がり、ざばーっと洗濯機地獄の中から脱出する。
「はーっはーっ…し、死ぬかと思ったっ…」
 全身ずぶ濡れで、頭のてっぺんからダラダラと水を滴り落としながら大きく肩で息をする鎮。
愛しのイヅナが小さなマットの上で心配そうにそんな鎮を見上げる。
「あ、だ、大丈夫!大丈夫だから!ほらっ、生きてる生きてる!」
 小さな瞳をうるませて、心配そうに見つめられると鎮はとっても弱い。
思わずイヅナをきゅーっと抱きしめながら、鎮はほほをスリスリと摺り寄せたのだった。



「いっやー、やぁあっぱ夏はリゾートだよなぁ♪またやろーっ!」
 数日後、鎮はニコニコと笑いながら、イヅナを肩に乗せて自分の部屋へと向かう。
その途中でとある部屋の前を通りかかったのだが、中に人の気配は無い。
部屋の住人は今日もまた仕事で残業なのだろうと、鎮は特に気にすることもなく通り過ぎようとしたのだが、
ふいにイヅナがちょこちょこと僅かにあいた入り口の隙間から中へと入っていく。
「あっ!こらっ!勝手に入ると怒られるだろーっ!」
 鎮が慌ててその後を追いかけ室内に入ると、無人ではあるがひんやりと涼しい風が肌にあたる。
パソコンを置いてある部屋なので、夏場は不在でもクーラー入れっぱなしらしい。
「くっそー、俺の部屋にはクーラー無いのにいいよなー!」
 ぶちぶちと文句を言いながら、鎮はイヅナを探して部屋をきょろきょろ見渡す。
そしてふと、テレビに目を向けるとビデオデッキの上に『ペットの面白投稿ビデオ』と見出しに書かれたテープが一本。
「あれー?確かコレ、こないだやってたペット番組の録画ぁ?」
 何故そんなものがあるのか鎮は謎だったが、まあ詮索するのも悪いしと見なかったことにする。
テレビの周辺から視線をうつし、ベッドの方へと顔を向けると、足元付近に寝転ぶ愛しいイヅナの姿。
そのイヅナが気持ち良さそうに眠っている体の下には…『高級ひんやりジェルマット』
しかし、マットの上にはタオルを敷いているために、鎮はその存在には気づいていなかった。
「涼しい部屋にいたい気持ちは俺も同じだけど、部屋に戻ろ〜!」
 長居をしたら部屋の住人に怒られると、鎮はそれが怖くてイヅナを抱き上げいそいそと部屋を出て行く。
もし鎮が、ビデオデッキの上にあるビデオを再生していたら…
もしマットの上にタオルを敷いていなかったら…
おそらく今宵、この部屋で小さなバトルが繰り広げられていた事であろう。
しかし幸いにもそんな事はなく、鎮がこの部屋に入る事はもう当分しばらくは無いのだった。







■おわり■
PCシチュエーションノベル(シングル) -
安曇あずみ クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年09月05日

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