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『KISSからはじまる? 』
山崎・健二(w3d139)&ベルティア(w3d139)


「健二さん…」
 彼女が、彼の耳元でそっと甘く呟いた。
 甘く心に届くその響は、彼女が何を望んでいるのか如実に表している。
 見下ろせば、しゃなりと身を寄せてくる彼女。柔らかい感触、甘い香り、上気した頬――それに突き動かされない男はいない。
 上目遣いで見つめる彼女の頬に、そっと手を添える。ただそれだけで、彼女は小さく声を上げた。
 これからの彼の行動に思いを寄せ、彼女はゆっくりと目を閉じる。そんな彼女の唇へ、自然と彼の唇が近づいていく。
(…あれ?)
 そんなとき、なんとも絶妙なタイミングで彼――山崎健二はふと我に帰った。
 一度動きを止め、目を閉じた彼女を凝視する。

 健二は三年前に結婚した。紆余曲折あった中、大恋愛の末皆に祝福されながら。
 今彼の目の前にある髪は、何時も見る色とは違う銀。月の光が反射され、綺麗に輝いていた。その顔が小さく笑う。
「えーと」
 それはすなわち、彼の逢魔ベルティアだった。





「ちょっとまてー!?」
 ムニムニっとした感触を実はちょっと楽しみながら、しかしそれはいかんと健二の叫び声がこだまする。勢いよく起きたその場所は、漆黒の闇に包まれていた。
「…夢か?」
 その事実を確認し、健二は一人深い溜息を漏らす。流石に正妻が眠っているすぐ隣で、そんな夢を見てしまったというのはばつが悪い。
「…あれ、いない?」
 しかし、叫び声に起きるであろうその姿はそこになく。変わりに何かの感触が彼の腕に当たる。ムニッと。
「…あ、起きちゃった」
 言うまでもなく、ベルティアだった。
 それを確認して、健二は無言で立ち上がった。そして、そのままその首根っこを持って持ち上げる。
「あれ、あれれ?」
 驚きながらもされるがままの彼女を、やはり無言のまま持ちながら健二は戸を目指す。そして、
『ゲシッ!』(お尻を蹴られた)
「いたぁ!」(悲鳴が上がった)
『バンッ!』(戸が勢いよく閉められた)
 流れるような動きでベルティアが部屋から追い出されていた。当然戸は硬く閉ざされている。
「むー…」
 もう入れそうにないことを確認して、不機嫌そうな声を上げながらベルティアは自分の部屋へと戻っていった。



* * *



 既に時間は深夜と呼ぶべき時間だったが、先ほどのこともあってからベルティアは寝付けずにいた。しょうがなく、そこに置いてある漫画を手に取り読み始める。
 あからさまな少女漫画だったが、中々面白いため彼女の手はどんどんすすんでいく。
 そんな時、彼女の手が止まった。場面は、いかにもありがちなラブラブな雰囲気でキスを交わすシーン。それを見て、ほぅっと小さくベルティアは溜息を漏らす。
「…健二さんとキスしたいなぁ」
 何気なくとんでもないことを言う彼女だが、それは彼女にとって当たり前のこと。ベルティアは健二のことが好きで仕方がないのだから。
「だからって絶対許してくれないしなぁ…」
 彼とて正妻がいる身、当然許してくれるはずもない。
「…しかーし。泣かぬなら泣かしてやるぜホトトギスな心情が今の私!」
 使うところが違う上に漢字が違ってしまっているものだからえらく物騒な言葉になってしまっていることに、しかし彼女は全く気付かない。
「奪う」
 小さく呟いた短い言葉は、ある意味で健二にとっては死刑宣告かもしれなかった。





○a usurper(簒奪者=奪うもの)



 その日、健二は朝から妙な胸騒ぎに襲われていた。
 やることは悉く手につかず、どこでも見られているような感じに常に身構えてしまう。
 そんな様子を自分自身おかしくも思うのだが、それが何なのか自分自身全く分からないためどうしようもない。
 そして、そんな彼を物陰からじっと見つめる影。言うまでもなくベルティアである。
 その瞳、まるで獲物を狙う肉食動物の如く。はっきり言ってストーカー寸前なのだが、魔のものは治外法権とばかりにそんなことは無視。ひたすら監視を続ける。迷惑もいいところである。

「…なんかおかしいなぁ…?」
 呟きながら、健二は朝食を食べて外へとでる。朝は随分と夏の空気もなくなりすごしやすくなっていた。
 少し冷たく新鮮な空気を思いっきり吸い込み、健二は一人声にならない声を上げながら背を伸ばした。
(チャーンス…♪)
 そこに、他の者の姿はない。その隙に、機を逃してはならぬとばかりにベルティアが背後から飛び出した!
『キュピピーン!』
 しかし、健二も神魔戦争を生き抜いてきた男。どこぞの誰かの如く頭に白い稲妻を走らせ、その気を察知する。
「当たるかよっ!!」
 何に当たるのかは知らないが、兎にも角にも身を翻した健二を捕まえられず、ベルティアはそのまま境内の石畳へと顔面を打ちつけた。
「いったぁぁ…」
「やっぱりティアか、ったく!」
 顔面をおさえるベルティアを見ながら、健二はその場にいては危ないと走り出した。
「むー…絶対に逃がさないんだから!」
 そんな彼を、当然の如くベルティアも追いかけ始めた。



「はぁはぁ…ったく、よくもまぁ毎日諦めずにやれるもんだな…」
 決して初めてではないその攻撃を、健二は何時しか予想できるようにまでなっていた。恐るべきは学習能力といったところか。
「いい加減諦めてくれたらいいのに……なっ!」
 言うと同時に健二の身が翻る。それと同時に、目の前から飛び出してくるベルティアの体。完全に不意を突いたはずのそれは、しかし見事的中した予想により軽く避けられていた。
「きゃぁ!?」
 そして、ドシンという鈍い音とともに響く悲鳴。今度は柱にしこたま顔面を打ち付けていた。
「うぅぅぅ…」
「…よくそれで鼻血がでねぇよな」
「だって毎日ぶつかってたら嫌でも丈夫になるよー」
「ならいい加減諦めろよ」
「健二さんが私のものになったら諦めるよー!」
 無茶苦茶なことを言うベルティアに、付き合っていられないとばかりに健二はさっさと走り出した。



 健二がベルティアのことを予想出来るのならば、その逆はどうか?
 その答えは、ずばり予想できるのである。
(健二さんはきっとここに来る…)
 何時の間にか先回りをしたベルティアは、母屋のある一室に潜んでいた。
「はー…ったくもう」
 そこに、健二がのこのことやってきた。見事に行動パターンを見抜いている。
 ガチャリとドアの開く音、ニコリと笑うベルティア。つられて笑う健二。一瞬止まる刻。
 ダッダッダッダッ!!
 健二は、無言で逃げ出した。
「あ、まてー!」
 待てと言われて止まれないのは、きっと人としての本能だろう。
「まてって…」
 それを追いかけていくベルティアだが、しかし速さでは流石に叶わない。そこで彼女は、
「言ってるでしょー!!」
「うげぇ!?」
 言うが早いか、自分に付き従ってくれる鳥型魔獣殻ストラを刃へと変化させ、それを健二に向かって放り投げた!
 …当たれば死が確実だということは、多分彼女には分かっていない。
 ベルティアの投げたそれは、本来持つ鋭さに加えベルティアの逢魔としての実力が重なり途方もない破壊力を秘めていた。具体的には、母屋の壁を軽々と斬り裂き、そのまま止まることなく母屋の外へと飛んでいってしまった。
「止まらないとー…」
「まてまてまて!?」
 もう一つの刃を振り構える彼女を見て、健二はたまらず母屋の外へと飛び出した。

 健二が振り向くと、そこには追いかけてきているはずのベルティアの姿はなかった。それを見て、諦めたかなどと少しホッと息をつく。
 しかし、そうは問屋が卸さなかった。
「捕まえたー♪」
「何ー!?」
 健二の行動を、やはり予想してベルティアは窓から飛び出して先回りしていたのだ。
 いきなりのことに、健二はその勢いを殺すことが出来ない。そして、ばっと広がるベルティアの両腕。
「えぇいままよ!」
 しかし、意地でも捕まるわけにはいかない健二は、その勢いのまま手のひらを広げて突き出した。
「シャイニング…じゃない、それはグレゴールで俺は魔皇だから…あぁもうなんでもいいやフィンガー!!」
「え、えぇー!?」
 要するに、ただ手を突き出しただけなのだが、勢いが勢いだけにその威力は凄まじい。ベルティアは避けることも出来ずに、それを顔面に受けてぶっ飛んでいくのだった。



* * *



 その後もベルティアの攻撃は続いた。
 トイレの中に潜んだり、食事中のところを襲って食器を滅茶苦茶にしてしまったり、今度は逢魔の短剣をナイフ代わりにしてまた社に傷をつけたり…おかげで神社の境内はボロボロである。
 しかし、健二はそれを全て寸でのところで避けきっていた。あぁありがとう戦いの日々よ、おかげでボクは今日も元気です。





 そして、夕刻。散々続いた戦いは、漸く終わりを迎えようとしていた。
「もーなんでキスさせてくれないのー!?」
 何をやろうと決して隙を見せなかった健二に、遂にベルティアが根を上げてしまったのだ。
 まるで子供の如く喚き散らす彼女に、健二は少しばつの悪そうな表情を浮かべる。しかし、そんな彼のことなど知ったことではないとばかりにベルティアの癇癪は勢いを増していく。
「なぁティア、分かってくれよ…俺はあいつのことが好きだからあいつと結婚したんだ。浮気なんて出来るはずねぇだろ?」
「キスするだけなら別に浮気じゃないじゃなーい!」
「無茶苦茶言うなー!」
 思わず叫んだ健二に、ベルティアの癇癪が止まった。そして、次の瞬間に光るものが一筋流れる。
「あっ、いやその、あのだなぁ…」
 これには流石に悪いと思ったのか、健二のトーンが途端に落ちる。と、その瞬間、
『チュッ☆』
 軽い音が柔らかい感触とともに小さく、しかし確かに彼の耳に響いた。
「へへっ、隙ありー♪」
 健二の動きが止まったその一瞬、ベルティアがその隙を突いて健二の唇へとキスしていたのだった。
「ちょっ、ティア!」
「えへへっ、このことは秘密ね♪」
 怒鳴り声を上げる健二に、しかしそれには耳を貸さずに、ベルティアは上機嫌に空へと飛び立った。

「あいつは…ったく」
 それを見送り、健二は一人深い溜息をついた。まぁ、しばらくはあの脅威がなくなると思えばやすいものか?
 しかし、やはり世の中そんなには甘くなかった。
「……」
 ふと、冷静になってみる。それから、周りの状況を確認してみた。
 境内はボロボロだ。母屋も酷い。中なんてここからじゃ見えないが凄惨な状況だ。
 そして、今この場にベルティアはいない。状況証拠が全てだ。
 さて、ならどうなるだろう?
「……」
 健二は一人、無言でがくりと肩を落とした。

 その世、当然のように彼は境内の修復を命じられた。拒否権など、ありはしない。
「なんでこうなるんだ、チクショー!!」
 彼の叫び声が、虚しく神社に響き渡った。

「んむ…健二さぁん…」
 そんなことは知らず、ベルティアは一人、甘い夢の中で大好きなあの人との一時を楽しんでいた。
 まぁ、ベルティアは幸せな様子だし、一件落着?

「んなわけねぇーーーーーーーーー!?」
 叫び声を、しかし聞き入れてくれるものはいない。
 どっとはらい。





<END>
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神魔創世記 アクスディアEXceed
2005年09月01日

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