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『ワグネルの箱庭 』
ワグネル2787

「なんだ?これ」
白山羊亭の扉をくぐってすぐ、右のところに小さな箪笥がある。腰ぐらいの高さで引き出しの数は七つ、小さいところには筆記用具が入っており下の大きな引出しは掲示板関係で取引される金銭を入れるための金庫になっていた。
 だが、ワグネルが首を傾げたのは箪笥の上に載っている小さな箱についてだ。箱は蓋がなく、上から覗けるようになっており、見ると細かく仕切られた中に手の平サイズの家具や小物が配置されている。壁には、針の先で描いたような絵までかかっている。
「箱庭ですよ」
看板娘のルディア・カナーズが寄ってきて教えてくれた。今は昼下がりなので客もなく暇らしく、話をしたそうな顔つきである。
「なんだ、箱庭って」
訊ねると、ボールを投げられた犬のように飛びついてくる。
「はいです、箱庭というのは簡単に言うと手作りのお家です。粘土とか小枝とか、いろんなものを使って自分の好きなお家を建てるです。今、その職人さんがうちに泊まってるですよ」
せっかくなので作ってもらったですとルディア、つまりこれはルディアの好きな、住んでみたい家ということになるのか。言われてみると実に少女趣味というか、可愛らしい家具ばかり置かれている。
「俺だったら、こう・・・・・・」
ソファはもっと窓よりに、と箱庭に手を伸ばそうとしたらルディアに慌てて止められた。これはルディアのための家なのだから、手を出しては駄目なのだそうだ。
「ワグネルさんの理想のお家は、どんなですか?」
「俺の理想の家?」

 ワインを注文してから、ワグネルは奥のテーブルについた。聞きたがりのルディアは待ちきれないとばかりに樽の赤ワインをグラスへ注ぎ、自分のジュースとサービスのナッツをトレイに乗せて運ぶ。
「どうぞです。で、ワグネルさん。ワグネルさんはそもそもどんなところで生まれたですか?」
「俺が生まれたのはどこにでもある小さな村だよ。ここからちょっと南へ行った、一年中太陽の照りつける暑い村だ」
だから寒さには弱い、北のほうの仕事を受けないのはそのせいである。幼い頃から足が速く、村の屋根から屋根を飛び移って遊んではいつも叱られていた。
「生まれた家はそりゃ懐かしいけど、理想とはちょっと違うな」
ルディアの箱庭をちらりと見て
「俺だったらもっと家は小さくていい。家具もそんなにいらないな。その代わり庭を広くして、たっぷり木を植えるんだ」
泉も作って、動物が休めるような環境に作る。
「動物が好きなのですか?」
「ああ。中でも猫が好きだな」
ワグネルが家を建てたら間違いなく猫屋敷になる自信があった。ひょろ長い三階建てにして、一階部分を猫だけに開放するのもいい。吹き抜けのホールを作って、いつでも猫を見下ろせるようにするのだ。
「猫といえばこの間のお仕事、大変だったですね」
あれか、と思い出したのはとある屋敷の依頼調査であった。あの仕事を思い出すと、ワグネルのワインは苦くなる。
もう何年も、誰も住んでいないはずなのに最近やたら物音がして、猫の鳴き声が聞こえるのだという。ワグネルは二人の仲間と連れ立って出かけたのだが、屋敷に潜んでいた正体はなんと、ケチな盗賊であった。猫の鳴き声の正体は、周囲の住民を不安がらせるために数匹の猫を捕まえて檻に閉じ込め、鳴かせていたのである。
「あのとき結局、ワグネルさんは報酬を頂いてないのですよね」
貰いたくもなかった、と跳ねつけたのは建前で実際は怒りに任せて盗賊をぶちのめし、なおかつ屋敷を半壊させてしまったために修理代として消えたのだ。
「悪事に猫を使う奴は許せないんだ」
どんなに冷静を努めようとしても、猫が絡んでしまうと駄目だった。

 ワグネルの箱庭の話は続いた。テーブルの上にこぼれたワインで図を描き、こっちが玄関でこっちが寝室でと説明する。理想の家には玄関の前に広い花壇があって毎朝妻が水をやっている、自分はその音で目を覚ます。だんだん理想というか願望になってきたですね、とルディアの顔に苦笑いが浮かぶ。
「でもワグネルさん、いつもここで女の人に声かけてるですよね。女好きじゃお嫁さん泣くですよ」
「まさか」
大げさに手の平を振ってみせる。
「俺は結婚したら嫁さん一筋だ。ただしその相手にいつ出会えるかわからないから、機会があればもれなくかけておくだけだ」
しかしルディアにかけたことはないから、ワグネルにも選ぶ権利はあるらしい。
「あと、この辺に」
最後にワグネルは、家の裏に四角を描きながら
「小さい神殿を作る」
「神殿?」
ですか?ルディアが聞きなおす。ワグネルは大きく首を縦に動かす。聞き間違いではない。
 ワグネルには霊感とかそういう類はあまりないのだが、向こうのほうからなぜかやたら好かれているところがある。それもたちの悪いものばかりが寄ってくる。家でまでつきまとわれるのは御免だった。
「でも神殿にはご聖体置かなきゃですよ。どうするですか?」
「聖体?」
それはこいつでいい、と壁に立てかけた大刀の峰をぺちぺちと叩いた。
「元々こいつ、朽ちた神殿で見つけたんだ。なんの曰くがあるかは知らないんだが、あるべき場所に収まるなら文句もないだろ」
この刀を背負うようになってから、金縛りにあう回数も減った気がする。
とはいえ、悪霊の類は見えないところからちょっかいをかけてくるので性質が悪い。その思いが強すぎて、姿が見えるときに仕返ししてしまうのだけれど。どうも自分は不快を受けた相手に倍返ししてしまうところがあるので気をつけなくてはならない、ワグネルはいつも反省しているのだがなかなか直らない。

 小さいながらも清潔で明るい家と、それに付随する広い広い庭。芝生の上を猫が遊び、玄関脇の花壇には美しい花が咲いている。刀が聖体という珍しい神殿には、屋根の上に小鳥が巣を作っているだろう。そんな穏やかな暮らしが、ワグネルの理想だった。
「で、このお家どこに建てるですか?」
「ん?」
「一番重要なのは周囲の環境ですよ。神殿を作るなんて言いながら、隣にお墓があったりしたらとんでもないですよ」
ほとんど空になったジュースのグラスを手の中で回すルディア。話にのめりこむと、無意識に手遊びをはじめてしまう癖があった。
「確かに」
ナッツをつまみながらワグネルは笑う。黙って歩いているときの無愛想とは別人のようである。この笑い顔のほうが地なのだが、誤解されやすかった。
「俺の理想の家は・・・・・・そうだな。ルディア、お前の隣にでも建てておいてくれ」
「です?」
「宿屋に来てるんだろう?箱庭作りの職人がさ。そいつに頼んで俺の分も作ってもらって、お前の箱庭の隣に置いといてくれよ」
グラスに残ったワインをすべて飲み干すと、ワグネルは席を立った。夢物語は終わりだ、客らしき顔が店の外からこっちをうかがっている。今日はこの待ち合わせで来たのである。
「俺はまだまだ家を建てる金も暇も、嫁もない。それまで理想は理想だ」
きっとこいつも、神殿に収まってくれるほど腹が膨れてはいないだろう。ワグネルは大刀を背負うと、胸の前を斜めに走るベルトの緩みをぎゅっとひきしめた。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
明神公平 クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2005年08月31日

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