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『□ 密やかなる夏の…… □ 』
守崎・北斗0568)&守崎・啓斗(0554)



 風情を感じさせる古き良き日本の木造建築。
 双子である、守崎啓斗と守崎北斗の住まいだ。
 丁寧に手入れされた生け垣は、まるで職人が手を入れたように綺麗な形を保っている。
 家庭菜園は随分と種類が多く、自給自足が出来るのでは無いかとうかがわせる。
 今は照りつける太陽に、草花もうなだれ気味だ。
 朝に撒いた水もすでに蒸発し、縁側に色濃く影を残すのみ。
 最高潮の気温が記録される時間帯であるから、仕方がないだろう。


 磨き抜かれた縁側で、啓斗はワイン色の珍しい粋な格子の浴衣、北斗はこうばい織りの濃紺の浴衣を纏い、団扇片手に非電源労力を使用し、パタパタと扇いでいる。
 遠くから見ることができれば、昔懐かしの涼しそうな日本の夏の過ごし方の見本のような光景だが、地球環境に優しくエコロジーライフといいたいところであったが、実際のところ、光熱費は出来るだけ削減というのが理由だ。
 エアコンも扇風機もあるにはあるのだが、日本古来の服装で暑さを乗り切ることができるだろうと、家に居る時にはここのところ浴衣愛好者の二人だ。
 推進するのは主に啓斗だが、北斗も浴衣には賛成だ。


 啓斗の場合は最近の浴衣の流行で、容易な価格で手に入れられるということが一番の理由なのだが、北斗は少し違うらしい。
 浴衣を手渡されたとき、素直な北斗に少しいぶかしげに思い、啓斗は聞いたのだが、曖昧に誤魔化されてしまった。
 いつもなら、同じデザインの色違いを手渡すというのに、今回は色もデザインも違う。
 啓斗はスーパーへと買い物に行った帰りに、出口付近の釣り広告スペースにバーゲンの告知が貼られており、デザインも良く何より値段が良かったので、買っても良いかと考えつつ、家路についた。
 夏もそろそろ残暑といっても構わない涼しい日も何日かあり、浴衣もそろそろ季節的に売れなくなり、来年に備えて掃いてしまおうという店側の思惑に乗ろうというわけだ。
 考えれば食事の用意をしなければならなかった啓斗は、帰宅すると北斗を呼び出し、必要な分の代金を手渡し、購入してくるようにいったのが、今着ている浴衣。
 浴衣をためしに着、どうだろうかと見て貰うと、北斗は得意げに微笑んだ。
 あれは、浴衣の代金を買い食いの代金にしなかったからという、笑みだろうか。
 にっこりと笑った顔が未だに思い出されるのだが。


 大っぴらにしてはいないが、というより大っぴらになってはいけないのだが。
 とまれ、忍者屋敷でもある守崎家は、うかつに触れると槍が降ってきたり、矢が何処からともなく飛んでくる仕掛けもされている。
 うっかり自分たちで仕掛けた罠に忘れたころに引っかかるのはお約束といえば、お約束か。
 主に引っかかるのは北斗で、解除、回収は説教の入った啓斗の役目だ。
 そんな縁側で二人は朝早くに収穫し、冷蔵庫で冷やしていた西瓜をお盆の上に乗せ、食べやすい大きさに切ったのを食べ終わったばかりだ。
 皮の量から換算すると、容易にその西瓜が一玉あったことが伺える。
 大皿に皮が積み上げられているのだが、明らかに量が違う。
 食べた量が多いのは勿論、北斗。
 啓斗が静かに食べている間に、隣では三倍速で西瓜が消費されていた。
 毎日かかる膨大な食費に頭を抱える啓斗だが、食べっぷりの良い北斗を見ていると安心するのは兄弟だからだろうか。
 半身であり、常に側にいる存在はこれ以上に求めるべくもない。
 喉元を過ぎる西瓜の冷たさは既に暑さの彼方へと消え、体温の下がった身体が再び体温上昇することで汗がぽつぽつと浮き上がり、肌を伝いはじめる。
 額に張り付いた前髪を、さらりと指でサイドへと流す北斗に啓斗は、
「北斗、前髪長くないか?」
「そうか?」
「あぁ、だって今も前髪、横へと流してたからな。俺が切ってやる」
「んじゃ、頼むかな」


 素直に啓斗に委ねた北斗は、「道具、俺が取ってくるわ」と北斗が髪を切る用意をする為に屋内へと入っていったのを目で追い、庭へと再び戻すが、外の景色から目を伏せ、視覚を遮断する。
 猛暑の時程ではないが、聞こえてくるのは蝉の鳴き声と、室内でごそごそと必要な物を取り出す北斗の出す音。
 ときおり啓斗はくすり、と自然に笑みを浮かべていた。
 途中、罠に引っかかったのか「うああああっ」とか、「ぎゃあああ」とか「うっうっ」とバリエーションに富んだ声が聞こえてきたが、命に関わるほどの罠ではないことは把握済だったので、良いBGMだとばかりに、しばらく北斗の災難を聞いていた。
 すっかり自分で設置した罠を忘れて引っかかってしまったものを、再び思い出しつつ、設置し直しているのに時間が掛かっているのか、なかなか戻ってこない。
 予想できる光景に、自然と口元に笑みが生まれる。
 やがて畳の上を走る北斗が、若干乱れた姿で戻ってくる。
「兄貴、何笑ってるんだ?」
 瞳を開け、縁側に立つ北斗を見上げる。
「いや?」
「今、笑ってたぜ?」
「……そうか」
 自分が笑みを浮かべていたのに気付いてなかったのか、意外だと思ったのだが、妙に納得する。
 心を許す存在なればこそだろう。
 何気ないちょっとした仕草が嬉しい北斗だ。
 ふいにドキリとする仕草は色気だろか。
 啓斗は下駄を履き、北斗の前に立つと、
「切る前に浴衣の着崩れを直してやる。今にもはだけそうだぞ」
 啓斗が立ち上がり、幾分背の高い北斗の浴衣の襟を正し、乱れている箇所を修正していく。
 流れるような美しい所作に、いつの間にか北斗の瞳が追っていた。
「出来た」
「さんきゅ、兄貴。んじゃ、頼むぜ」
 啓斗は髪が膝へと落ちないように布を乗せ、髪切り鋏を手にして、前髪を降ろした北斗の蒼い瞳を見ていう。
 啓斗が柘植櫛で北斗の前髪を揃え、切りすぎないようにと、鋏をそっと慎重に入れていく。
 前髪をあいだにして、北斗の蒼い瞳と啓斗の碧の瞳が見つめ合う。
 風の流れが止まった二人の間に流れる音は、蝉の鳴き声だけだ。
 髪を切る音が、二人の間に流れる。
 瞳に軽くかかる程度に、北斗の蒼い瞳が見えるようにと揃えていく。
 熱い息が触れる距離。
 視線を合わせ、言葉を交わさずとも分かり合う二人。
 時間が止まったような世界。
 啓斗は前髪を違和感の無いくらいに切りそろえ、鋏を縁側にかたりと音をたてて置く。
「これくらいだろう」
 啓斗は両手を腰にやり、北斗の前髪を歪んで切ってしまっていないか確認する。
 自分の腕に満足し、頷く。
 長年互いの髪を切ってきている二人だから、お互いが専属の美容師のようなものだ。
「どうだ?」
 雅な紋様に螺鈿の細工が施された古さの感じさせる親譲りの手鏡を手渡し、北斗に伺うような声音で聞く。
「うん、いい」
 北斗の卵形の美しい輪郭に違和感のないように鋏の入れられた前髪に頷いた。
「顔についてる髪落とすから、少し待て」
「あぁ」
 数本の髪が北斗の顔に落ちて居たのに気付き、指の腹ですっとあて、引っ掻かないように取り除いていく。
 そのあいだ、北斗は大人しく瞳を伏せる。
「出来た」
 啓斗は使った用具を片づけ、布の上に落ちた髪を固め、ゴミ箱へと落とす。


 室内へと入ろうと、下駄を脱ごうとしている啓斗の後ろ姿に、北斗は何事かいいかけようとしたが、かわりに出たのは別の言葉だった。
「兄貴、後ろの髪切った方が良くねぇ?」
「そんなに伸びているか?」
 啓斗は振り向き、北斗が見つめるのが気になったのか、手をうなじにやり、髪の長さを確認する。
「伸びては居ないけど、結構ばさばさだぜ」
「それでは、頼む」
 啓斗は大人しく再び縁側に座ると、北斗は浴衣の襟元に布を差し込み、浴衣の中に入り込まないように防止する。
 背を向けた啓斗に北斗は、後ろ髪に鋏を入れようとするが、実際にはあまり伸びてはおらず、切ってしまう程でもなかった。
 どの辺りに鋏を入れようと考えている内に、それなりの時間が過ぎていたのか、啓斗がいぶかしげに振り向く。
「どうした、北斗?」
 いきなり振り向いた啓斗に驚き、慌てる北斗。
「なななな、何、兄貴」
「早く切らないのか?」
「んー、兄貴、後髪伸ばした方がいいんじゃね?」
 北斗は別のことを想像しているのか、なかなか切るという動きにうつらない。
「切るんじゃなかったのか?」
 おかしなことをいう奴だと思いつつも、北斗の意見を素直に聞いているのが啓斗だ。
 悩みつつ、いったりきたりと逡巡していたが、やがて考えは固まったのか、
「やっぱ、揃えるくらいにするわ」
 そう決めた北斗は、啓斗の髪を揃え、元の長さを維持しつつ少しだけいじる。
「お前がそれがいいなら、俺は構わない」
 北斗の為すがままに任せ、啓斗は呟く。
 啓斗の言葉に内心、北斗はほっとしつつ、何とはなしに手入れの終わった髪に触れ、撫でる。
「終わったのか」
 啓斗は北斗の手の体温を微かに感じ、少しの間そのままでいた。


 夕焼けに空が茜色に染まり、顔に影を落とす。
 真新しい匂いのする畳の上で、二人は向かい合うようにして寝ころんでいる。
 すぐに手の届く距離。
 そばには陶製のピンク色の豚の形の中にある蚊取り線香の先が赤く灯り、そこから一条の煙が天井へとのぼり、途中で四散した。
「なぁ、兄貴」
 暑さでけだるさの残る身体が室内に入ることで冷えて、畳の上に転がって一気に疲労感がでたのか、心地よい疲れに身を任せ、とろんとした瞳で北斗が啓斗に声をかける。
「……どうかしたのか」
 瞳を伏せていた啓斗は、夢の中へと旅に出かけそうになっていたのか、声が少しかすれ瞳が潤んでいる。
 啓斗は生来の生真面目さか、しっかりと瞳を合わせて北斗を見る。
「なんでもない」
「そうか……」
 啓斗は再び瞳を閉じ、自然と手が北斗の腕に触れる。
 伝わり、共有する体温。
 浴衣が少し乱れ、あどけない表情で眠る啓斗を見つめていると、規則正しい呼吸の音に釣られたのか、やがて北斗も夢の中へと落ちていった……。
 繋いだ手を離さずに、夢の中で共有し、出会えるようにと。



Ende




PCシチュエーションノベル(ツイン) -
竜城英理 クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年08月30日

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