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『同居人、見参 』
‐・焉5523)&藤宮・蓮(2359)

 ――6月。
 それはまだ気温が不安定で、1ヶ月を前後として季節を先取りしてみたり懐古主義に陥ってみたりと気分屋の空に振り回されていた時のこと。
 少年は、ある1人の少年と出会った。

*****

「やってらんねー」
 そろそろ7月の声が聞こえて来る、久しぶりに天気の良い日。
 屋上でごろりと床に横になって、サボリを満喫している1人の生徒がいた。
 彼の名は藤宮蓮。この高校に通っている生徒の1人…だったが、逆の意味で先生の覚え宜しい生徒の1人でもあった。
 そして今日は久しぶりの良い天気。
 ――3時限目までは我慢したんだ。
「あー、こんな日に外に出ないなんてもったいねーよ」
 でも町に出るわけではなく、学校の上でごろごろしているあたりがなんと言うか。
 そんな思考も、ぽかぽかと暖かい日差しの前では飴のように溶けて行く。溶けて、睡魔にバトンタッチした頃――。
 突如頭上に影が差した。雲が出て来たのか、と思う間も無く、

 ずどおん!

「っ!?うぐあ、は、って何だ!!?!」
 自分の腹の上に何かが落ちてきて、その反動で蓮が叫びながら起き上が――ろうとして、動けない事に気付く。
 腹の上に何か大きなものが乗っている。柔らかくて生暖かくて――ってこれはヒトか!?
「くあ〜〜〜」
 落ちても尚気持ち良さそーに眠っているのを無理やりぐいと引き剥がして、
「おいおまえ!何で上から落ちて来るんだよ!」
 怒りに任せて怒鳴りつけた。
「うう〜ん?」
 こしこし。
 自分と変わらない年に見える少年が、眠そうに目を擦り擦り起き上がってふわっと欠伸をし、
「あーごめん。この上で寝てたんだけど寝返り打った時に落ちたみたい〜」
 屋上の更に一段上。時計の仕掛けがあるらしい大きなでっぱりの上で、その少年は寝ていたようだった。それが、寝返りを打って落ちて来たものらしい――――――と分かった所で怒りが収まる筈は無く。
「おまえっ!そんな謝り方で許せるとでも思っ――」
「ふふ〜ん。ふん、ふん〜」
 いきなり鼻歌を歌いだした少年は、怒り心頭の蓮を放置し、さっさと出口へ向かっていた。
「お、おいっ!」
「いやあいいねえ、昼寝って♪」
 そうやってくるくると表情を変えつつ怒っている連が面白かったのか、その少年は扉から中へ入るまえに連を見てくすくすと笑い、そのままするりと中へ消えていく。
「……なんだあ?あいつ…」
 随分、いやかなり変わってるな、と思いながら昼寝し直そうとした蓮の背に、再び誰かが来た気配がし、振り返る。
「何だよ、戻って来たの――」
「ふぅじみぃやくぅ〜ん?」
 担任が。
 般若の笑みを見せつつ、背後に青白いオーラを浮かべてそこに立っていた。

*****

「うおおおっ、やってらんねええっっ!」
 翌日の、放課後。
 蓮はひとり、デッキモップを手に体操服姿で水を抜いたプールへと向かっていた。
『サボった罰にプールの掃除をすること。プール開きのために掃除しなきゃならなかったんだけど、授業よりも君は外にいる方が好きみたいだから丁度良いわよね?』
 ――そう言うなら授業中にやらせてくれた方がいいじゃないかよ。
 ぶつくさいいながら、プールサイドへ上がると、体操服の裾を何度か捲り返して健康的な脛を剥き出しにする。
 そして、やれやれと始める前から疲れを感じつつ、プールに下りようとして…そこで、1人ごしごしとプールの底を磨いている背中を発見した。
「る〜るるるる〜るる〜るらりら〜」
 何だか非常に楽しげに、鼻歌交じりでごしごしとプールの床を擦っている、恐らくは少年。もう夏だと言うのに上も下もジャージ姿のその声はどこか聞き覚えがあり…。
「ああっ!おまえか!!」
「る〜〜〜……ん?」
 上から見下ろす蓮と、下から見上げる少年。
「やあ♪」
 少しして、屈託の無い笑顔で少年が手を上げた。
「やあ、じゃねえよ。おまえも罰当番か」
「う〜ん。なんでだろうねえ。昨日ふらふらっと廊下を歩いていたら叱られてしまってね」
 それがどうして悪いことなのか、分からないと言うような罪の無い笑顔で少年は言い、
「旅は道連れって言うし。おいでよ、一緒にやろう」
 こいこい、と嬉しそうにプールの中から手招きした。
「ったく――」
 昨日サボリがばれたのも、こいつが上から落ちて来たせいだと渋い顔をしながら、それでも掃除をしなければ般若の笑顔が再び降臨して来ると分かっているから、やらざるを得ない。
「おまえはそっち半分をやれよ、俺はこっちだ」
 少年と離れた場所の梯子を伝って降りると、モップでざっと指差した。
「えー…」
 それを聞いて、つまらなさそうに唇を尖らせる少年。
「えーじゃない!早くやればそれだけ早く帰れるんだ、さっさとやっちまおう」
 そう言うなり、ごしごしと力いっぱい、そして急いで床を擦り出した。
 水が最近まで入っていたせいもあり、ぬるぬるしているが擦ればすぐに汚れは落ちる。ある程度まで擦って、プールの中に置いてあるホースの水をばしゃばしゃとかけると、自分が擦った場所から水色のプールの底が綺麗に顔を覗かせる。
「よしよし」
 この調子で行けばあっという間に――そう思ったその時。
「おおおおっ、滑る滑る〜〜〜〜〜♪」
 ざしゃああああっっ、と後ろから不吉な声と音が聞こえて来た――と思う間も無く、
 どおんっっ!
「うおあああっ!?」
 背中からぶつかられ、勢い余って転びそうになり受身を取った場所は――ぬめりのど真ん中。
 ぬちゃあっとひんやりしたゼリー状のモノに左腕と背中の半分が占拠され、きいっと少年を見上げる。
「ああ、ごめんごめーん」
 デッキブラシをしっかと握ったままの姿勢で、向こうから勢い良く滑ってきたらしい少年が、
「大丈夫かい?」
 と、手を差し出して来た。
「大丈夫――な、わけないだろっ!」
 相手の手を掴んですかさず引張る。すると、その勢いで相手の少年もプールの底にすってんころりと転がって、ジャージの上にどろどろの塊をこびりつけたままきょとんと座り込んだ。
 そして。
「おおー。楽しいねえ、これは。あはははははは、ひゃははははっっ」
 よーし負けないぞー、と言った少年が、ぴょこんと身軽に立ち上がってデッキブラシですざざざざっ、とアオミドロたちを大量に巻き込んだまま、蓮の方向へまっすぐ向かって来た。
「う、おっ、や、やめろそれはやめろっ!」
 自分でもどうやったのか分からないが、ぬめる床から跳ねるように飛び上がって、少年のブラシ攻撃を避ける。
 プールの床に綺麗に一本線を引いた少年がくるりと振り返ると、
「上手いねぇ、じゃあ鬼ごっこにしようか」
 言うなり、再び狙いを定めてざざざざっ、と蓮へ一直線に向かってくる。
「やめろっつってんだろーーーっ!」
 こうなったら、とどう言う思考回路でか、自分も同じようにモップを構えて、対角線上に両方の端から近寄り――。
 べしゃあっ、と互いのモップがぶつかった場所から盛大に吹き上げたソレを頭から被っていた。
「うわあ…どろどろだ」
 ぶるぶると首を振って払い落としながら、洗濯に出したら怒られそうだなと思ったその背に、
「あははははっ、今度は水攻撃だーーーーーっ」
 擦った場所を洗い落とすために、水を流したまま置いてあったホースを手に取った少年が、もう嬉しくてたまらないと言う満面の笑みで、じゃああああっ、と勢い良く蓮へと水を掛けまわして来た。
「うはっ!な、何だよ、今度は水か!?」
 ホースを握る少年と、逃げ惑う蓮。だが少年の狙いは驚く程的確で、逃げたつもりの頭上へと勢い良く水が降って来る。
「わぶ!」
「これはいいねぇ〜」
 上機嫌の少年。――だが、それが仇となったか、何度目かの追いかけっこで勢いをつけすぎて、
「あららららら?」
 すってーん、と今度は少年が回転しそうな勢いでぬめりの中に転んでしまった。
「っ!」
 すかさずホースを掴んで、少年へ向ける。
「こ、のお…くらいやがれっっ!」
 じゃあああああああ……。
「あは、あははははは、降参降参ーっ」
「降参じゃねえっ!もっと全身ずぶ濡れになるまでそこ動くなっ!」
 わいわいと、傍目には楽しそうに騒いでいる2人。

 ――プールサイドに到着した彼女の手は、ふるふると震えていた。

*****

「全くもう、あなた達というひとは!私は掃除をしなさいと言ったんです、誰が遊びなさいといいましたっ!?しかも、何これは!?半分も終わっていないじゃないの!!?!?」
 蓮の担任の声が次第に高くなり、高周波を発するんじゃないかと言うところまで来た所で、流石に声に疲れが出て、般若の顔も少し緩んでくる。
「いい、藤宮君も焉君も。このプールはあなたたちも使うのよ?アオミドロやコケが浮かんだままのプールで誰が泳ぎたいと思うの?」
「すいませーん」
「ごめんなさぁい」
 しゅーん、と音が聞こえそうなくらい肩を落とし、ぽたぽたと全身から雫を垂らす2人。そんな様子を上から下まで眺めた担任がふうっと息を吐いて、
「今日はもういいわ2人とも。そのままじゃ風邪を引いてしまうでしょ、さっさと着替えて帰りなさい。それから明日の放課後も続きをやる事。明日は水泳部の子達も手伝えるから、サボリは許さないわよ。それに遊ぶ事も」
 いくらなんでもその格好じゃ続けさせられないわ、先生はストリップの趣味は無いもの、と最後にはくすっと怒りを納めた顔になって、反省している様子の2人の肩をぽんぽんと叩く。
 その時、初めて蓮は、その少年の名が焉と言うのだと、名を聞かなかった事を思い出していた。

*****

 ――無事にプールが綺麗になって、数日後。
 朝から落ち着かなかった蓮が、空にぽっかりと浮かぶ満月に耐え切れず、いや――望んでその力を解放しながら、夜の闇の中をひょいひょいと、常人には及びも付かない身体の動きで屋根を跳び越え、壁をよじ登って行く。
 やがて、着いたのは学校の校舎。閉じた門に手を掛ける事無く悠々と飛び越え、1階から壁のでっぱりを伝い軽々と屋上へ昇って行く。
 そう――狼男の血が、変身する前もした後も、こうして時折衝動となって現れるのだ。
 したんっ、と足音も軽く屋上へ飛び上がった蓮が、興奮から来る呼吸の荒さを深呼吸で鎮めつつ、屋上を歩き回る。
 周辺にはあまり高い建物がないため、ここは絶好の月見ポイントだった。――広い空に浮かぶ月へ目をやりながら、うーんっ、と身体を伸ばして屋上へ寝転がった。

 ――まさかその上に、再びあの少年が落ちてくるなんて。

「!?!!!?!?!」
 今度は鳩尾にまともに落ちて来た少年の肘が入り、げほげほげほと屋上に膝を付いて咳き込む。
「あれ〜まただ、ごめんね」
「ご―――ごめんねじゃねえ、一体何度同じような事をしたら気が済むんだ!!!!」
 があああっ、と文字通り噛み付きそうな顔をして吼えた蓮を、屋上に座ったまま焉がじいっと見る。
「―――へえ。キミ『も』、か」
「――っ!?」
 その時、怒りで我を忘れていた蓮が、自分の今の格好を思い出してはっとした、が、目の前にいる焉は驚きも怖がりもせず、ただ――興味深そうに笑うばかりだった。
「それなら話は早いね。ねえ…ええと藤宮クン?僕もキミと同じなんだよ。…光よりも闇に生きた方が本当は相応しいかもしれない、ね」
 なんだか――目の前の少年が急に大きくなった気がして、蓮が思わず後ずさる。
「ふふふ、だーいじょうぶ。怖がる事はないさ」
 姿かたちはそのまま、でもその身体から噴出す雰囲気はたかだか十数年生きた者の気配では無い。
「怖いかい?」
「…まさか。変な奴がいるなと思っただけだ」
「良いね、実に良いねその反応。それに、単なる強がりだけじゃない何かも持ってるみたいだし――それから…ふんふん」
 きらーん、と目の前の少年の目が輝いたような気がするが、それは一瞬のこと。すぐに元に戻ると、少年は自分の事を簡単に語りだした。
 曰く、自分は学校と言うものの中を流れ行く存在だと。
「怪人赤マントの話を聞いた事がないかい?」
 ――それに類するものだよ――そう言って焉は薄らと笑う。酷薄な、それでいて極上の色気を醸し出した笑みは、それと知らぬ者ならその気に当てられてしまいそうな程で。
「で、どう?そういう人攫い怪人の事はどう思う?」
「いや、どうって言われても。…俺が攫われるのは嫌だけど」
「うんうん、それはそうだねぇ。みんなそう言うよ」
 くすくすくす、と楽しげに笑った焉がすっと立ち上がり、
「いやぁ実に面白い。面白いよ」
 嬉しそうににこにこ笑って、
「――それじゃ」
 一体どこをどう見れば「話が済んだ」と思うのだろうか、焉――怪人は、少年姿のまますたすたと屋上出口へと向かった。
「お、おい?」
「またね、蓮君」
 去り際に一言。
 そして、その少年は呆然と屋上に残る蓮を残し、その姿を消した。
「一体、なんだったんだ?」
 月の光が屋上を、蓮を照らす。
 答えは、どこにも存在しなかった。

*****

「ふう…ただいま」
 帰りは自室の窓から帰宅。
 学校から、またいくつかの回り道をして戻って来た蓮は、応えを期待する事なく呟いていた。これに応える者などいないだろうと思いながら、だが。
「あれ?思ったより早かったね」
「――――っっっっ!?!?」
 蓮の服を着、蓮の部屋の椅子に座ってのーんびりと本を読んでいた焉がにっこりと笑って、ぱたんと本を閉じる。
「な、ななな、何で――」
「え?そりゃあ。キミに興味が出て来たからさ。暫くやっかいになるよ」
「何だと!?断わる、さっさと出て行け!」
「ええ?そう言う事を言っていいのかな?正体をばらされたら困るのはキミだろう?」
 ひらりと。
 その手に、1人の少女がにっこりとファインダーに向かって笑っている写真を手に、焉がにんまりと笑う。
「おま――それ、どこで」
「キミの帰りを待つ間にね。探索はこういう時の嗜みだろ?」
「んなわけあるかっ!」
 ――とは言え。
 『切り札』を見せられ、しかも彼女が蓮の正体を知らない事さえ、焉は感づいているようで――そしてまた、その写真を見せられた蓮の顔色は何よりもそれを如実に現していて。
 そんな状態で、もう一度、『出て行け』と言い切れるだけの度胸は、蓮には無かった。
「わかった。わかったから――返せそれ。俺のだぞ」
 がっくりとうな垂れながら差し出した手に写真をぽんと乗せた焉が、
「そう言う訳で、これから宜しく頼むよ――蓮君」
 実に嬉しそうに、そう言って笑った。

 ――こうして。
 獣人と、妖の2人が出会い、奇妙な共同生活をはじめる事となるが――それはまた、別のお話。


-END-
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
間垣久実 クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年08月30日

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