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『【 いんでゅえんす・こんてすと 】 』
本郷・源1108


「…ってやかましいのじゃぁ!!!」

 目の前にちゃぶ台があればひっくり返していそうな勢いで、本郷 源は体を起こした。
今日も東京は午前中から気温はうなぎ上りで、道行く人が倒れそうな暑さの中、
比較的涼しい日陰になっているあやかし荘の縁側でうだうだごろごろしていたのだが、
それでも暑い気温と太陽光、とどめとばかりに庭木に止まっているセミの声がうるさいったら無い。
 ただでさえ、冬場の風物詩なおでん屋台を営む源にとってはとてつもなく憂鬱なこの季節なのに、
そこへ来て楽しげなセミの声が追い討ちをかけ、とうとう源の中で何かがプツンと切れたのだった。
「ええい!ここでうだうだ寝ておっても仕方ない!果報は寝て待っておっては来ぬのじゃ!」
「ほぉ…何か思いついたようぢゃな?」
「嬉璃殿!いつからそこに?!」
 背後からかかった嬉璃の声に源は驚いた顔で振り返るが、
実は嬉璃は源がここに来た最初からずっと障子越しの部屋にいたりする。
縁側で浴衣を着てだらーんと寝転んでいた源の様子をじっと観察していたのだ。
………なにか面白いことでも起こらないかと待ちながら。
ただ源は夏の憂鬱のとりこになってその事に気づいてなかっただけの話だ。
「嬉璃殿、実は…」
「おでん屋台の夏場対策ぢゃな?」
「その通りじゃ!さすが嬉璃殿!まったく世の素人どもはおでんの楽しみ方を知らぬ!
夏の熱い中、団扇を片手に食べながら冷たい酒でキューッとやってこそ本当のおでんと言うものじゃ!
しかーし嬉璃殿!転んでもタダで起きたらびんぼーにんなのじゃ!おでん業界にとっては逆境真っ只中の夏を逆に利用してやるのじゃ!!」
「して具体的になにを企んでおるのぢゃ?」
「―――それは………まだ秘密じゃ」
 源はニヤリと笑みを浮かべると、浴衣の腕をぐいっと捲り上げる。
照り付ける太陽を見上げて目を細めながら、右手で顔にひさしを作り…
「夏じゃのぉ…」
 先ほどの恨めしげな顔とは変わって、楽しげな顔を浮かべたのだった。



 それから3日の月日があっという間に流れ去り。
「な、なんですか…これ…?」
 あやかし荘の大広間の前で、管理人の少女が1人立ち尽くす。
そこは思い立ったら即行動の源によって、どこか間違った雅(みやび)な飾り付けが施されている上に、
締め切られた窓と襖、石油ファンヒーターと電気ストーブの相乗効果で、
入り口の前に立ち尽くしているだけでも額から汗が流れ落ちるほどだった。
「おお、ちょうど良いところに。おぬしも参加するかのぉ?」
「?!」
 少女は背後から声をかけられ、驚きながら慌てて後ずさり、声の主を確認する。
源が両手で大鍋を持ってにこやかに微笑んでいる。
こういう時の、源の笑顔と言うのは実におっそろしい。
この笑顔と関わり合いになってしまったら最後、
おでんのダシになるほど骨の髄まで茹でられ…いや、しゃぶられてしまうのだ。
「わ、私は遠慮しておきます!えっと、色々とやる事があるし…!」
「それは残念じゃ…せっかくの楽しい企画になると言うに」
 楽しい企画?と首を傾げた少女を見て、源はおでん鍋を下ろし、
着物の袂をさっと捲り上げながら、大広間にある宴会用ステージをびしっと指差した。
「第一回、夏本番…あやかし荘我慢大会…?」
「違うのじゃっ!正しくはこうじゃ!夏本番!ばんばばばば、ばばばばばん!
 第一回!ムッシュ(ピー※放送事故※ー)杯あやかし荘我慢大会っ!』」
 ぱふぱふどんどんプピー!…と、どこからともなく源の声にあわせて鳴り物が響く。
びくっと驚く少女の正面の障子がスパーンと勢い良く開いて、ぞろぞろと様々な人が歩いて来る。
その中に、見知った顔のあやかし荘の住人の姿が一人。
「み…源殿、これは一体どういうことぢゃ!?」
 白い顔を暑さで真っ赤にして、嬉璃がびしっと源へ指を向ける。
「嬉璃殿、人を指差してはいかんと言うではないか」
「それはすまぬ…ってそうぢゃない!おんし、わしに用があったのではなかったのか?!」
「もちろんじゃ!だからこうして嬉璃殿を招いておるのじゃ」
「こ、このような暑い時に暑い部屋になぞ…ん?」
 かなり文句をたれていた嬉璃だったが、ふと大広間にかかっている先ほどの横断幕と、
そしてその脇にある小さな垂れ幕に目が止まり表情が変わる。
「み、源殿…これは一体…」
「読んで字のごとしじゃ!あやかし荘我慢大会!勝者には屋台のおでん一年分を進呈じゃ!」
 源はふんぞりかえって大声を張り上げて高らかに宣言する。
いつの間に集まっていたのか、参加者以外の見物人ががやがやと部屋を囲んで盛り上がる。
先ほどの鳴り物部隊もしっかりと場を盛り上げていた。
「いったいこの人たちどこから…」
 あやかし荘の管理人である少女はぼそりと呟いたが、ここでそんな疑問を口にするのは愚問なのだった。
「皆の衆、よくぞ集まってくれた!これよりあやかし荘我慢大会の開催じゃ!!」
 どんどんどんぱふぱふぱふー!
「ルールはいたって簡単!熱々の夏には熱々のおでんを!をテーマに…
おぬしらにはこれから熱々のおでんを食べてもらう!しかし、時間ごとに重ね着してもらう!」
「源殿!?これ以上わしらに何かを着ろというのか?!」
「そのとーりじゃ!我慢大会にセーター、はんてん、マフラーに手袋は必須アイテム!カイロも用意しておるぞ♪」
 一体いつの間にどこから用意したのか冬場の防寒具一式をずらりと並べ、
家から呼び出した黒子部隊が参加者にあっという間に着せて行く。
それが終わると、すっかり着膨れた参加者の前にテーブルが置かれ、小皿が並べられた。
「屋台の雰囲気を出すためにおでんは一個ずつわしが選んでやるのじゃ」
「み、源殿…おんし…自分だけ半袖ミニ丈浴衣にクールパンチで身を固めるとは…」
「わしは運営者じゃからのぅ?ささっ、嬉璃殿、どれでも好きなおでんを申してくれ」
「う…うぬれ…ここで負けてはわしの名が廃る…!
 おでん一年分もおいしい話ぢゃっ…!よぉし源殿!どーんと来いぢゃ!!」
「それでこそ嬉璃殿!ベストを尽くすのじゃ!!」
 嬉璃が乗り気になると、源もテンションが上がる。
カーンと言うゴングが鳴ると同時に、源は手際よく参加者の皿におでんを乗せて行く。
室内の温度はもう45度をすでに越えている。
もちろん、飲むものといっても水ではなく熱い緑茶ゆえに、たまごを食べるとかなり苦しい。
ただひたすら我慢して食えばよいというような甘いものではなく、
バタリ、バタバタと次から次へと参加者はリタイアして倒れていく。
「嬉璃殿、無理は体によくないと思うがのぅ?」
「なにを言うか…まだまだうららかな春ぢゃ…」
 ダイコン、はんぺん、練り物数点、スジ肉、たまご…嬉璃は屋台にいるような感覚で箸を進める。
最終的にはその嬉璃を含めた三人が残り、三つ巴で勝負か?!と思われたのだが…

―――…ポーピーポーピーポー…

 遠くから鳴り響いて近づいてくる救急車の音が、あやかし荘の前で止まる。
なんじゃ?と思う源の耳に、どたばたと廊下を走る複数の人の足音が響いたかと思うと、
襖がスパン!と開かれて…タンカを担いだ男達がどかどかと乱入して来る。
「な、なんじゃおぬしら?!誰に断ってこのような狼藉を…!!」
「違うんです本郷さんっ!」
「なにが違うのじゃ?!まだ大会は終わっておらぬぞっ!?」
「だからあのっ…本郷さん!これ以上熱中症患者を出し続けるなら営業停止にしちゃうって…」
「な、なにっ?!そ、それは困る…!」
 ふと我に返ると確かに部屋中に魂の抜けた抜け殻たちが、口からエクトプラズムを発しながら倒れている。
もちろんその数たるや一人や二人などではない。
「責任者はどこですか―――ッ!?」
「ま、まづい!!逃げるのじゃ!」
「あっ…本郷さんっ!?」
 救急隊員や管理人の叫びもさらりと聞き流し、源は脱兎の如く部屋から逃げ去る。
しっかりと証拠隠滅の為におでん一式は持ち去ることはぬかりなし。
「良い案じゃと思ったのじゃが…これは地道に営業するほかないのぅ…」
 ふうっと残念そうに呟き、屋台へと向かう源の背後では、
真夏のあやかし荘に、救急車のサイレンの音が響き続けていたのだった。





【 終 】
PCシチュエーションノベル(シングル) -
安曇あずみ クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年08月29日

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