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『『雨の中で』 』
嵐・晃一郎5266)&シェラ・アルスター(5267)



 その日は、小雨が朝から降り続けていた。異世界からやってきてひょんな事から、敵組織であったシェラ・アルスター(しぇら・あるすたー)と共同生活する事になった嵐・晃一郎(あらし・こういちろう)は、朝早く起きて、いつも生活用品を拾っているゴミ捨て場に行こうと思っていた。だが、この雨でそれを断念し、朝食を作るにもまだ時間が早かった為に、倉庫を広くあけて作ったリビングルームのソファーに、一人で腰掛けていたのであった。
 天井をぼんやりと見つめていると、様々な事が頭に浮かんでは消えていった。最初に、元いた世界の事を思い出した。次に思い浮かんだのは、共同生活をしてもう何ヶ月になるだろうか。同居人のシェラの事であった。
「元気になって、良かったけどな」
 少し前、晃一郎はシェラに決闘を言い渡された。その闘いで、晃一郎はシェラに力の差を見せ付けたのであった。いや、決して余裕を感じた程の闘いではなかった。シェラも敵組織の一人であり、元いた世界の遺跡で、初めて彼女に出会った時に遭遇したゴーレムは、彼女の力無しでは倒す事は出来なかった。
 決闘の末、シェラは晃一郎の捕虜となった。捕虜であるから、いつか自分達の世界に帰った時も、シェラは自分の自由にする事が出来るのである。晃一郎にはその権利があるのだ。
 だからと言って、具体的に彼女をどうしようかなんて、深く考えていなかったが。
 その時、自分の方へ向かって近づいて来る足音が聞こえてきた。
「やっと起きたか。そろそろ、食事の支度しないとなー」
 晃一郎はそう呟き、ソファーから腰を上げた。
「寝ぼけてるのか、シェラは」
 どこか、頼りがなく、一定感のない乱れた足音であった。半分夢でも見ているんじゃないかと、晃一郎は自分からシェラの方へと歩いていった。
 これは夢じゃないぞ、頬でもつねってやろうか?とからかってやろうと思ったのだった。ところが、そのシェラの表情を見たとたん、そんなふざけた気持ちは一気に吹き飛んでしまった。
「どうか、したのか?」
 緊迫した中でも、どこかしらに余裕が持てる。それが晃一郎の性格であったが、この時ばかりは驚きの表情を隠す事が出来なかった。
 何故なら、シェラの顔は少しやつれ、青白く、唇は紫色に染まり見るからに不健康そのものであったが、目だけが爛々と怪しい輝きを見せていたからであった。
「具合が悪いんだな?」
 晃一郎は頭で考えるよりも先に、シェラに手を差し伸べた。
「近づくな!」
 シェラはそれだけ叫ぶと、その怪しい光を放ち続ける瞳で晃一郎の顔のあたりで視線を漂わし、朽ち果てた岩が崩れるように、その場に力なくへたり込んでしまった。
「近づくなだって?変な意地張って無理するな。どこか調子が悪いってことぐらい、誰にでもわかるぞ、今のお前は」
 晃一郎はシェラへ近寄り、その体を支えて、そばのソファーで休ませようとした。
 共同生活を続けているうちに、シェラの性格は何となくわかってきていた。今も、彼女が意地を張って自分の助けを拒んでいるのだと、思っていたのだ。
 ところが、シェラはそんな思いでいる晃一郎を手で撥ね退け、一切自分に触れないようにしているのだった。
 あまりにも拒み続けるシェラの態度に、晃一郎は眉をしかめ、何かを言い出しそうなシェラの言葉を、とにかく待つことにした。
「頼むから、近づかないでくれ。今、私に触れれば命の保証がないかもしれない」
 しばらく床にはいつくばるようにして動かなかったシェラが、ゆっくりと上半身を上げ、弱弱しい声で呟いた。
「どういうことだ?」
 晃一郎はそれだけ言い、シェラの返答を待った。シェラはぼんやりと、しかし妖しく光る瞳でもう一度、晃一郎を見つめた。
「私の本性は知っているだろう?」
 シェラが言う。
 彼女の本性については聞いた事はあった。シェラの本性がサキュバスである事を。ただ、だからと言ってシェラが何かをしたわけでもなく、あまり気にしてはいなかったのだが。
「そしてご覧の通り、こないだの大怪我のせいで精気不足もいいところだ。そんな私に接触すればどうなるか。私の理性は完全に消え、命が尽きるまで精気を吸い尽くすかもしれない」
 鈍い薄ら笑いを浮かべ、シェラが答える。その表情に、魅力的で妖しい妖女の笑みが見え隠れしている。
「それに、男とそういうことをするくらいならこのまま死んだ方がいい」
 それでもシェラは、自らの理性を保っていたのだろう。その姿は、痛々しくもあり、妖しくもあり、晃一郎はただ黙って彼女の言葉を聞く事しか出来なかった。
「だから、私に触るな、嵐」
 自嘲するように、シェラは薄く笑って見せた。その姿に驚いたとは言え、このままシェラを放っておけば、いつか彼女の生命は生気不足により消滅していくのだろう。だからと言って、彼女の本性を満足させる為に、彼女の体に触れていいものだろうか。
 晃一郎はため息をついた。シェラは自分を拒んでいるけれども、そのままにしてはおけなかった。晃一郎を見つめ、どこか恐ろしくもあるその瞳の輝きを感じた時、晃一郎は床に座り込んだシェラの体を抱えあげていた。
「な、何をするんだ!私に触れるといっただろう!?」
 シェラを抱える晃一郎の腕を引き剥がそうとして、彼女は抵抗を続けた。けれど、シェラが晃一郎の腕を振り解く事は決して出来ない。
 そのうちに、彼女は暴れる事をやめ、次第にその腕は晃一郎へと絡められていく。
 晃一郎はシェラを抱えたまま、彼女の寝室へと歩いていった。



 目を覚ましたシェラの耳に入って来たのは、まだ降り続ける雨の音であった。まるで、シェラ達を二人だけの世界に閉じ込めるかのように降り注ぐ雨の音を耳にしながら、シェラはぼんやりして真っ白くなっていた頭に、徐々に意識を取り戻していった。そして、記憶を辿り、愕然とした。
 シェラは自分の部屋のベッドの上にいた。同時に視線が自分のすぐ隣りへと動き、そこで寝ている晃一郎の姿を捉えた。
 シェラも晃一郎も、同じベットに裸で寝ていた。晃一郎は、静かな寝息を立てて、何事もなかったかのように眠っている。いや、少しやつれているようにも見える。
「痛っ…!」
 自分自身の体に残る鈍い痛みが、さらに記憶を掘り起こしていた。この場所で、自分と晃一郎との間で何が起こったかわかった。
 それより前にあるのは、晃一郎に抱きかかえあげられ、必死で抵抗している自分の記憶。彼の腕を振り解こうとすればするほど、その腕の力は強くなっていき…その後の記憶はなかった。頭の中が真っ白になっていくような記憶だけが残っている。
「私は、こいつと!」
 記憶を辿っていくうちに、シェラは晃一郎に怒りを感じてきた。
 シェラには痛々しい過去があった。かなり幼い頃だったとはいえ、その過去はいまでもシェラの心の傷となっていた。
 それ故に、シェラは大の男嫌いであった。サキュバスであるシェラであるけど、男嫌いのその性格から、食事の相手はいつも同じ女性であった。自分は決して、男を寄り付かせないと決めていた。
 眠っている晃一郎の顔を見つめ、怒りと恥しさでいっぱいになり、シェラの腕は晃一郎の首に伸びていた。今なら無防備である彼の首を、このまま締め殺そうと思った。
 自分の手が晃一郎の首に少しだけ触れた時、自分の手は止まった。晃一郎の少しやつれた顔を見ると、それ以上の事は何も出来なくなった。
 シェラは、自分の中に精気が溢れているのを感じた。晃一郎の精気を、シェラは吸い取ったのだ。ある意味で、晃一郎は自分の為に体を捧げてくれた。それを考えたら、晃一郎を絞め殺す事など出来なかった。
 聞こえるのは雨の音。シェラはベットの上に座ったまま、ただただ時間だけが静かに流れていった。



「んー、雨やんだのかー?」
 どれぐらい眠っていたのか良くわからないが、晃一郎が目を覚ました時には、窓から光が差し込み、雨はやんでいたようであった。
「おう、シェラ。元気になったみたいで」
 良かったじゃないか、と、ベットの横に立って自分を見つめているシェラに、そう続けようとした時、シェラはイタズラっぽくにっこりと笑うと、手を振り上げて自分の頬へ平手打ちフルスイングをかまして来たのであった。
「いきなり、何を!」
 その勢いで、晃一郎はベットの上へと轟沈した。ベットが派手にきしんで、晃一郎は倒れこんだまま、シェラの顔を捉える。
「これでも食べて寝てろ!」
 そう言い放ち、シェラはそばのテーブルにトーストとサラダを置くと、どこか恥しそうな、けれどもイタズラっ子のような笑顔を一瞬だけ見せて、逃げるようにして部屋から出て行ってしまった。
「食事を用意してくれるなんて、気が利くところもあるんだな〜」
 晃一郎はのほほんと笑うと、シェラの置いて行った食事を口にした。それはシェラが作ったいままでのどの料理よりも、一番美味しいように感じた。
 晃一郎はその時、自分とってシェラという存在は、敵組織の軍人ではなく、一緒に生活をするパートナーへと、変わりかけている様な気がしたのだった。(終)



◆ライター通信◇

 いつも有難うございます、ライターの朝霧青海です。
 今回のシチュノベは、急接近しているようなお2人の関係を書かせて頂きました。外の天気の事は特にご指定がなかったのですが、場面の演出として雨を描いてみました。なので、タイトルは雨の中で、となっております。
 それでは、どうも有り難うございました!
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
朝霧 青海 クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年08月26日

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