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『ハジマリの永く遠いユメ 』
物部・真言4441

 最近では珍しい黒く長い髪の着物の少女は何を言うでもなく、ただ泣いていた。
 泣いているだけで、ユメは終わる。
 ユメは正夢でも現実でもない。
 何かが俺自身に干渉して――そして見せている。
 それだけのこと、だ。

 寝覚めは悪く、クーラーをがんがんに掛けていたというのに俺は酷い寝汗を掻いていた。
「……夢、だよな、夢」
 言い聞かせるのは、或いは俺自身に向けてだったのかもしれない。

 日本の夏はほぼ例外なく暑い。ただ暑いだけならまだ構わないが、下手に湿気のある分には始末が悪い。始末が悪い、というか、最悪だ。じめじめとした空気は頬から汗の流れるのをよく感じさせ、シャツに染みを浮かばせていく。そこに重点的に扇風機に当てていると、ヒンヤリと冷たい感触が気持ちよく感じられる。
 どうにも気分が優れない。理由は数日に渡って見ている同じ夢のせいであるのだろうが、根本的な点については何も分かっていない。そもそも、同じ夢を何度も見るということが現実的に起こって然るべきものだろうか。確率論や統計論について真剣に取り組んだことも、ましてや夢について真剣に議論したことなんか一度もない。夢は夢。それ以上でも、それ以下でもない。
「物部……? どした?」
 声に我に返ると、今いるバイト先の店長が立っていた。バイト先とは言っても、知人のヘルプで一日だけ入ったバイトであるが。専門知識が一切必要ないからと押し切られたものの、イキナリぽんと投げ出されたこちらの身もどうかというものだ。
 物部真言は申し訳ない声を返すと、事務所から退室した。白いワイシャツに黒いネクタイ、黒いズボン。どこからどう見ても下手なホストの格好は、このアミューズメントパークの衣装だから仕方がない。ポケットから出した見取り図を見ながら足を進め、所定の位置へ配置した。ただ立っているだけの仕事。はっきり言えば、楽な仕事だ。その割に時給は良い。
 その間にも考えるのは、夢のことばかり。

 少女は、泣いていた。

 ……泣いていた。というと、哀しいからか、それとも怖いからか。嬉しいから? そういう顔には見えねえしな。
 ……泣き顔はどうだったっけ。仕事の邪魔にならない程度に目をつむり、記憶の片隅に無理矢理追いやっている少女を呼び起こす。少女の泣き顔は、確か、変、だったような気がする。
 顔を歪めるでもなく静かに泣く姿は、ある種の美しさを感じさせた。
 無表情のまま、涙だけが頬を伝う。
 拭うこともせず、泣くことを恥らうこともせず。
 ……それは、どんな気持ちなんだろう?

 数日後の夢の中で、俺は少女の口が何かをかたどっていることに気付いた。
 助けて、という懇願ではなく、何故、という疑問でもなく。
 着物の少女は泣きながら、音の出ない口を動かした。

 ゴメンナサイ

 どうして謝るのだと問おうとして、やはり俺も声の出ないことに気付いた。
 少女は謝り続け、泣き続けた。
 それでも俺の伸ばした手は少女の髪に触れ、少女は僅かに微笑んだように見えた。
 それだけ、だった。
 俄かに少女は姿を消し、細かいヒカリの粒子となる。初めは少女を模っていたが、次第に粒子は周囲へと広がって元の形が何であったか分からないものへとなっていく。それですら初めから存在しないかのように、どこかへと消え去った。

 ゴメンナサイ

 少女はユメの中で謝り続けた。その理由も、同じユメを見続けた理由も分からない。ただ一つ。少女は俺に、何かを伝えようとしていた。
 厭な感じは、どこかに消えていた。
 清々しい気持ちが残っている訳でもない。
 現実味のない、夢の中に佇む足場の悪さだけが残る。
 カタチのない後悔も、同時に残った。

 夏の暑さが終わるまでは、まだ長い。
 それまで、あと幾つのユメを見るだろうか。
 
 夜が明けるまでは暫しこの暗闇の中に留まって、意味の存在しないユメでも見ようか。



 ――それが、草間武彦に話した全て。
 彼は怠惰そうな返事をしながら、それでも瞳の中に好奇心の塊を抱えていた。

 俺の奇妙な物語は、此処から始まる。




【END】
PCシチュエーションノベル(シングル) -
千秋志庵 クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年08月22日

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