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『遡りの月 』
モーリス・ラジアル2318)&アドニス・キャロル(4480)



 忘れかけた刻を遡り
 記憶の中に沈み込んだ貴方の痕跡を探り当てる



 庭園でいつものように植物の手入れをしていたモーリス・ラジアルが見上げた空には月明かりはなく、ただ静かに星のみが夜空を覆っていた。新月である今日は星達が際だって見える。
 水を与えたばかりの苔は漸く潤いを取り戻し、水分を失い縮れていた部分が徐々に元の青さを取り戻してきた。目を細めその様子を見つめていたモーリスは、苔の上に出来た水滴を軽く指で弾く。パッと散った透明な雫は苔の上に煌めき落ちた。それは夜空に散った星のようにも見え、モーリスは口元に笑みを浮かべる。
「星だけというのも悪くありませんね」
 もう一度いつもより光量の少ない空を見上げ、モーリスは静かに庭園を後にした。庭園内の植物たちも今日は穏やかな時間を過ごしているようだった。モーリスの手を借りなければならないものも居ない。そうなればあとはモーリスの時間だった。

「行くあてなどありませんが‥‥」
 構わないでしょう、とモーリスは車に乗り込んだ。目的地のないドライブもなかなかのものだ。それに長い時間を生きているモーリスにとっては、目的地のない旅などはいつものことで気にとめるような事でもない。モーリスの人生は永い時間を漂い、泳ぎ続けているようなものだ。
 スムーズな発進でモーリスを乗せた車は動き出す。
 車窓から見える景色は静けさに満ちており平穏そのものだった。星空は相変わらず美しかったし、風に撫でられ時たま煌めく海面もなかなかだった。
 暗闇の中、車を走らせることで満たされる何かがあるのだろうか。通り過ぎていく景色はその手に捕らえる事も出来ず、どんどんと遠ざかっていく。
 普段見慣れているその景色も、車を走らせていくに従ってゆっくりと姿を変えていき、やがてモーリスの走らせる車は山道を走っていた。

 辺りは鬱蒼とした木々に囲まれ、星明かりも木々の間から時たま見える程になり、辺りを照らすのはモーリスの走らせる車のヘッドライトだけ。あちこちに家はあるものの灯りのついた民家は一軒もない。ほとんどが崩れ落ちてしまっている。民家の他にはたまに別荘に使っていると思われるロッジがあるだけだった。
「何かが出てきそうな雰囲気の場所ですね」
 本当に何か出てきたら面白いのですけれど、とモーリスは悪戯な笑みを浮かべるがその視線が一点を見つめる。ヘッドライトが照らし出す先に一軒の家が見えたのだ。しかしそれは民家ではないようだった。
「あれは‥‥教会?」
 モーリスはその教会の前まで行くと車を止める。
 以前は教会にも通う者がたくさん居たのだろう。かなり大きい教会だった。しかし廃村にでもなり必要とされなくなったのか、人の手を離れて大分経つようだ。老朽化が進んでおり、あちこちの窓硝子が割れ壁が崩れ落ちていた。
 その時、地に落ちた煙草の吸い殻がモーリスの目に入る。それはつい最近のもののようだ。よくよく見てみれば、廃教会だと思われたそこは誰かが出入りしている形跡があちこちにあった。
「面白そうですね」
 今も誰か居るのでしょうか、とモーリスは口元に笑みを浮かべて廃教会へと一歩近づく。
 扉の前にある足跡。その大きさからいって男のものだろう。
 探検者気分でモーリスはその扉に手をかける。見かけより丈夫に出来ているのか、その扉は重い。ゆっくりと開いて中に入ると床には埃が3センチ程積もっている。その埃の上に足跡がついており、それは一直線に何処かへ続いていた。
 教会内を見渡すと、内装装飾からその教会が当時かなりの金額をかけて作られたのかが分かる。
 この山奥にすごいですね、とモーリスは呟きながら床についた足跡を辿って歩き出した。歩く度に軽く埃が舞うが、気になる程ではない。
 歩いていく途中、普通は左右対称に置かれているはずの長椅子が一つ足りない事に気付いたが、モーリスは老朽化している教会なのだからと気にとめることなく歩を進めた。
 足跡は天井裏へと続いているようだったが、モーリスの場所からは天井裏を覗く事は出来ない。ただ煙草の匂いで人がそこにいるのには気付いていた。他人が勝手にテリトリー内に入ってきているのに何も仕掛けてこないのは、モーリスを敵だと思っていないのかそれともただ単に様子を見ているだけなのか。
 モーリスは、誰が居るのか見てみるのもいいでしょう、と天井裏へと続く階段を昇った。


「面白い話し相手が来たな」
 長椅子に腰をかけ、煙草を銜えやってきたモーリスに笑みを向けているのは銀髪の青年、アドニス・キャロルだった。アドニスが長い足を組んで座っているのは、先ほどモーリスが足りないと思った教会の長椅子だ。
 紫煙を燻らせるアドニスに全く警戒心は見られず、逆に久々の来客を歓迎しているようだった。
「いつから此処に?」
「さぁ? 何時からだったか。住み心地は悪くない」
 言われてモーリスは天井裏を見渡した。そこからは教会の祭壇等が一望できるようになっていた。きっとモーリスが教会に入ってきた時からアドニスはずっと様子を窺っていたのだろう。これならば侵入した相手に気付かれることなく観察する事が出来る。
「悪趣味ですね」
「そんなことは無いと思うけど」
 他人の家に入り込むのは悪趣味じゃないのかな?、とアドニスはモーリスに切り返した。これにはモーリスも苦笑するしかない。
「お互い様といった所ですか‥‥」
「そんなとこかな」
 アドニスに微笑み返しながら、モーリスは先ほど視界の端に映った木のベッドへと視線を移す。そして、くすり、と意味深な笑みを浮かべ、これ以上ここでは話す事などないと言うようにアドニスをベッドへと誘った。
 驚くアドニスの胸元に煌めく十字架を指で弄びながらモーリスは、ベッドの中でも話は出来ますよ、と軽く後ろでまとめていたアドニスの髪を解く。そしてアドニスの口元に銜えられた煙草も消してしまった。
 モーリスの行動に呆気にとられたアドニスだったが、今日は新月。気分も乗っているし、男同士でこういった行為をすることにも抵抗はない。モーリスももちろんアドニスの性癖を無意識のうちに感じ取っての誘いなのだろう。
 誘われるがままに二人は場所をベッドへと移動する。
 軽く振り返ったモーリスの目にアドニスの背後にある十字架が見えた。

 廃れた教会にも神はいるのだろうか。
 朽ちた十字架を背に教会の片隅で行われる背徳的な行為も面白い。

 まぁこれはこれでいいか、とアドニスは引き寄せたモーリスの後ろで一つに束ねた髪に指を滑らせ、自分がされたようにリボンをするりと外してしまう。
 さらさらと肩口に金色の髪がこぼれ落ちた。
 アドニスはその髪を一房取り軽くキスを落とすと、二人はそのままベッドへと沈み込んだ。


 軽く掠めるようなキスをしながら、モーリスがふと遠い目をしてアドニスに告げる。
「以前、一度何処かでお会いしましたよね」
「そうだったか?」

 遡る記憶。
 共に永い刻を生き続けたせいで出会った記憶を探るだけでも一苦労だ。なんせ数世紀も前の事だ。それでも確かに会った事があるという気がするのだ。
 記憶の中に残る、目の前の人物の痕跡を探る。
 ゆっくりと深い湖の底に沈み込んだ宝石を探るかのように。
 新月を現す朔とは遡りを意味するのだという。
 今日は新月で記憶を辿るには丁度良いのかもしれない、とモーリスは思う。
 月と共に遡って、埋もれた記憶を呼び起こすのだ。

 そして見つけた記憶の中のアドニスとの記憶はとても小さなものだった。
 しかし出会っていた事には変わりはない。むしろそれを覚えていた事の方が奇跡だった。
「えぇ、随分と昔に」
 モーリスは思い出した記憶をアドニスに語り始める。
「社交界のパーティーでのことですよ」
「それはまた随分と前の話だな。社交界のパーティーといったら俺が狩人時代の頃か」
 アドニスは世紀を超えて会っているというモーリスに職のことを隠し事をしても無駄だと思ったのか、さらりとそう告げる。無理に隠す必要もないと思うとほんの少し気が楽だった。
 隣にある金色の髪をアドニスは指先で遊びながらモーリスに先を促すよう告げる。
「でも直接言葉を交わした事はなかったはずです」
「そうだろうな。俺も直接色々と言葉を交わしていたら気付いてるはずだ」
 その時、ちらり、とアドニスの脳裏を掠める記憶。そこに目の前の人物の顔があったような気がしてアドニスはモーリスをまじまじと見つめた。
 その視線を受け軽く首を傾げて見せながらモーリスは、何か思い出しましたか?、と微笑む。その笑みと記憶の笑みが重なり合う。
「‥‥‥確かワインを飲んでいたか」
「あぁ、どうやら同じ記憶のようですね」
 遡った記憶は二人を同じ刻へと運んだようだ。
「そうですよ。ワインを酌み交わしていた際、たまたま擦れ違った時にワイングラスが掠って」
「失礼、と互いに謝罪し一言二言交わしただけか」
 はい、とモーリスは頷きアドニスが銜えた煙草に手を伸ばし火を付けてやる。
 がしがしと頭を掻きながらアドニスが、懐かしいな、と紫煙を吐き出した。
「本当ですね。あの場所から遠く離れたこの場所で、またお会いすることがあるとは‥‥」
「でも会った早々誘われてこんなことしてるけどな」
 寝乱れたシーツを指差しつつ、アドニスは薄く笑った。
「そうですね、‥‥今の方が魅力的だからじゃないですか?」
「キミのその笑みは当時と変わらないのにな」
 良いじゃないですか、とモーリスは笑う。そして、ワインで再会を祝いませんか?、と目の前のテーブルに乗せられたワインボトルを指差した。アドニスは苦笑気味に、鼻が良いんだか、と言いつつ立ち上がる。
「それじゃとっておきのを出してきてやるよ」
 二人の再会を祝してな、とヒラヒラと手を振りアドニスはワインを取りに天井裏を降りていった。
 その背を見つめながら、新月に良いものを見つけました、とモーリスは妖艶ともいえる笑みを浮かべる。

 星明かりの中に朽ちた教会が佇む。
 数世紀を越えた再会を祝し、その中で静かにワイングラスの重なる音が響き渡った。
 遡った刻と内に眠っていた互いの痕跡と共に二人はグラスの中の液体をゆっくりと飲み干した。
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紫月サクヤ クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年08月19日

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