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『■真夏の夜に、永遠(とわ)の誓いを■ 』
暁・水命1572)&諏訪・海月(3604)

 祭囃子が、わいわいとした人ごみと共に心地よく耳に入ってくる。
 ただこの日、暁・水命はいつもより緊張していた。
 いつもより───そう、今一緒に浴衣を着て手を繋いで歩いている諏訪・海月と二人きり、ということが一番の原因だった。
 元から、海月と話すだけでまともな言動が取れなくなる水命である。
 二人きりになるのは初めてだから、当然と言えば当然のことだった。
 しかし海月のほうは、いつもとそう変わった言動を取っているわけでもない。
 手をこうして繋いでいるのも、人ごみに流されたら大変だからと、それだけの理由である。

(それでも)

 水命は、ドキドキし続けていながらも、ぽうっと胸が暖かくなるのを確かに感じ取りながら、幸せな気分になる。
 それでも───大好きな人と、こうして一緒にいられるということは、なんて幸せなことだろう。
 なんて───贅沢なことだろう。
 水命の過去が過去だから、自分でそんなふうに思ってしまう。
 ふと、その海月の足が止まった。
「……? どうかなさったのですか、海月さん」
 すると海月は振り向いていつものようにぽんぽんと頭を撫でてから、
「ちょっと待ってろ」
 と言い置き、なるべく人が少ないところを選んで水命を待たせておき、どこかの屋台に入っていった。
 こうして見てみると、みんななんて楽しそうだろう。
 家族連れ、友達連れ、そしてカップル。
 自分と海月とは、皆には一体どんな目で見られているのだろう。
 そんなことを考えてしまって赤くなっている水命のところへ、海月は戻ってきた。
「ほら」
「え……?」
 差し出されたものは、ひとつのシルバーの指輪。
「こんなもの……こんな素敵なもの、お祭りの屋台でも売ってるんですか……?」
 よく見ると、水命の細い指にもあうような細い銀の指輪なのに、細かく、剣の上に小さなハートのシンボル、その剣の両側に羽が刻まれている。
「売っていたんじゃない。あそこで射撃の屋台があって、最高得点の景品がこれだったんだ」
 海月は何事でもない、というふうに言う。
 わたしなんかにもったいない、といつまでも受け取らない水命の手をとり、左手の薬指にはめさせる。
「あ」
 射撃なんて、海月にはお茶の子さいさい、という感じだっただろう。でも水命が感激していたのはそんなことではなかった。自分のために……こんな自分のために、海月が景品を取ってきてくれたことが純粋に嬉しかった。
 たとえ景品を取れなくても、そんな行動を取ってくれただけでも充分に嬉しい。
「あの、そこは」
 左手の薬指って───特別な場所なのですけど───。
 そう続けようとした水命の気持ちを知ってか知らずか、海月は「さ、次の屋台にいくぞ。早くしないと花火の時間に間に合わなくなる」とまた手を引っ張ったので、ついに水命は言えなかった。



 人ごみに流されそうになったら抱き寄せてくれたり、そんなことも海月はさらりとやってしまう。
 水命はそのたびに、ドキドキがひどくなって真っ赤になってしまうというのに。
(誰に対しても、……こんなふうなのでしょうか)
 海月さん、という人は。
 とっても優しい人、というのは分かっている。見た目はコワかったり無愛想でも、本当には優しい。
 だから、そんなふうに水命も思ってしまうのだ。
「痛っ」
 水命は誰かに下駄の足を踏まれ、反射的に海月の手を振り解く形になってしまった。
 この人ごみである───当然のように、そのまま人の波に流され、海月とはぐれてしまった。
 ちょっと離れたところに木陰があったので、水命は少しそこで休むことにした。近くには美しく流れる川があり、蛍が見たいなと水命は少し思いを馳せた。
「おっと……こんなトコに一人で大丈夫?」
 突然の声にびくっとした水命は、振り返ったそこにいつの間にか、三人組の、いかにもヤンキーといった感じの男子達がにやにやと立っているのを認めた。
「あ、あの……わたし」
「よく見たらさっき射撃でオレ達を負かしてくれやがった銀髪野郎の連れの子じゃん」
 その言葉に、水命は今度こそ、ひやりとしたものを背中に感じる。
 元から、自分はナンパはされやすいほうだ。自覚はないが、「ヘンな人によく声をかけられる」という認識はある。
 逃げようとしたところへ、浴衣の袖を掴まれた。
「はっ……離してください、わたし、」
「オレらもオトコだけでつまんねぇ思いしてたんだよな。オマケに狙ってた景品も奪われちまうし。あんたあいつの恋人だろ? 憂さ晴らしにはつきあってもらわねぇとなあ」
 もはや水命は震えて声も出なくなった。
 ぽちゃん、と、自分で買った水風船が川に転げ落ちていくことにすら、気づかなかった。

 ぱさ、

 ふと背後で、衣擦れの音がした。
 男子達の気もそっちに一瞬向かれ、水命もまた振り返った。

 ───海月が、いた。

 海月は何事もなかったかのように浴衣を上半身脱ぎ、川に入って水風船を拾い上げ───ぽんぽん、とそれを少し手で弄んでからこちらを向いた。
「こんな人気のない場所にいたら、危険だろ」
 そう言ってゆっくり近づいてきた海月は、そしてなんの前触れもなく水命の浴衣の袖を掴んでいる男の顔面を殴りつけた。
「!」
 後ろに佇んでいた木にぶつかり、立ち上がれなくなってしまった仲間を見て、他の二人は怯んだが、海月は容赦しなかった。
「海月さん、海月さん───!」
 気がつくと、水命が自分の腰に腕を回し、必死に止めていた。
 震えながら───ああ、ここまでするつもりはなかったのに。
 そう思いながら海月がやっと拳を止めると、男子達はよろよろと捨て台詞もなく逃げていった。
「すまない」
 ただ一言、そう言う。水命が震えている───こんな自分を見て、かえってコワがらせてしまっただろうか。
「すまない───独りにして」
「いいんです……海月さんが無事でいてくれたから……もう、喧嘩なんてしないでください」
 わたしなんかのために───。
 そう続けた水命に、海月は何かを言おうとしてやはりやめ、かわりに水風船を差し出す。
 こんな時、気の利いた台詞も浮かばない自分が腹立たしかった。あんな男達に自分のせいで絡まれて、コワかったはずなのに、水命のほうが気遣ってぎこちなくはあっても微笑みを浮かべている。
「ありがとうございます───」
 水命はそして、息を呑んだ。
 海月に、抱きしめられていたのだ。
「『なんか』とか、言うな」
 長い銀髪を、今日は一纏めにしてはあっても、水が水命の浴衣に滴り落ちてくる。
「ほうっておけないんだ」

 ───え───?

 こんなに驚いたのは、家族がいなくなったその日以来かもしれない。水命は顔を上げ、海月を見た。いつもと変わらないクールな表情───否、少しだけ目を細めていた。
 何度もその形のいい唇が開きかけては閉じる。
 その代わりに、とでもいうかのように、海月は自分の左手を水命の目線のところまで持ち上げてみせた。
「あ…………」
 水命は目を疑った。
 その海月の薬指には、先ほど自分に彼がはめさせたのとまったく同じ銀色の指輪がはめてあったのだ。
「景品は」
 海月が、言う。
「ペアリングだったんだ。どうしても、取りたかった。自分でも知らないうちに……馬鹿だと思うか?」
 だから。
 だから───水命にも、彼は薬指にはめさせたのだ。
 それは───それは、もしかして。
 もしかして───。
 気がつくと、水命は我知らず口をついて言葉を出していた。
「大好き、です……」
 聞こえるか聞こえないか、という小さな、か細い声ではあったけれど。
 海月には充分に、聞こえた。
 そしてようやく笑顔になり───それは、水命が初めて見る彼の「笑顔」だった───海月なりの、心からの言葉をはっきりと言ったのだった。
「俺も好きだ」
 信じられない、といったふうに水命の瞳が海月を見上げたまま固定される。

 パァン……───

 花火が上がり始め、川が色彩を放って二人の今の心をも映し出すかのように、仄かな、だが永遠に続く恋の灯火のように輝いた。

 もう、二人とも───「独り」じゃない。

 水命の瞳から涙が零れ落ちる直前に、ゆっくりと海月が彼女の顎を持ち上げ、そっと優しいキスを贈った。
 それはもう、夢でもなんでもない。
 真夏の夜に、ついに叶えられた───結ばれた、小さく強い恋の誓約。
 そして、二人の「これから」が、
          ようやく始まるのだった。





《END》
**********************ライターより**********************
こんにちは、ご発注有り難うございますv 今回「真夏の夜に、永遠(とわ)の誓いを」を書かせて頂きました、ライターの東圭真喜愛です。タイトルは「真夏の夜の夢」とよく世間では言うので、それを覆すようなものを、というのも含めてこんなタイトルになりました。
もう少し祭りの屋台の部分など、詳しく書きたかったのですが本題がそこにはないので、あえて射撃の屋台だけにとどめさせて頂きました。
景品のペアリングですが、お二人に大事にして頂けたら、そして愛情をゆっくりと育んでいってくだされば、と思いますv

ともあれ、ライターとしてはとても楽しんで、書かせて頂きました。本当に有難うございます。
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。これからも魂を込めて書いていこうと思いますので、宜しくお願い致します<(_ _)>
それでは☆

【執筆者:東圭真喜愛】
2005/08/10 Makito Touko
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
東圭真喜愛 クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年08月11日

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