▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『願い、空の彼方に -Over there- 』
ノエミ・ファレール2829

聖都・エルザードの評判の店、と言えば、このアルマ通りにある白山羊亭が必ず挙がる。
雑貨屋の店主から勧められ、ノエミは元気の良い声が響く白山羊亭のドアをくぐった。
「いらっしゃいませ!お食事ですか?」
夕闇の押し迫った時間のせいなのか、店は食事を楽しむ人々で賑わっていた。
空いている席を探し、店内を見回していたノエミにいち早く気づき、多くの料理をお盆に乗せたウェイトレスが声をかけた。
慣れた手つきで料理を各テーブルに置くと、オレンジ色の三つ編みを揺らし、にこにこと笑いかけてくるウェイトレスの勢いに圧倒され、ノエミは一瞬言葉に詰まりながら小さくうなずいた。
「食事もですが、できれば部屋を貸していただきたいのですが……」
「お泊りですね?承知しました。それではお部屋にご案内しますね。」
「……先に食事されるか、聞かなきゃいけないだろ?ルディア。」
ノエミの返答を聞くよりも先に2階の部屋へ案内しようとするウェイトレスを店主が呆れた声で制した。
ルディアと呼ばれたウェイトレスはしまったという表情を浮かべると同時に、ルディアらしい、と常連客らしき人々からどっと笑い声が上がった。


「先ほどは失礼しました、ノエミさん。」
「いいえ、気になさらないでください。私も言わなかったのがいけなかったのですから…」
普段なら何室か空き部屋がある白山羊亭も今日はほぼ満室に近かったが、何とかノエミは泊まることはできた。
部屋に荷物を置き、食堂に下りてきたノエミがテーブルにつくと先ほどのウェイトレス・ルディアが水の入ったコップを出しながら、深々と頭を下げた。
別に謝られることではない。自分が一言言えば済んでいた話だ。
何か祭りでもあるのか、今日はどこの宿も満室。
やっと泊まれる場所があっただけよかったというもの。むしろ感謝したいくらいだ。
「ところで今日は何かあるのですか?どこも繁盛しているようですが……」
「はいっ!今日は流星雨が見られるんですよ!!」
「流星雨?」
怪訝な表情を浮かべるノエミに満面の笑みを浮かべてルディアは語りだした。
流星雨に願い事をかけると、必ずその願いは叶うと昔からの言い伝えがあり、それを信じて、この時期になると各地から人々が聖都を訪れるのだ。
今年は聖都からほんの少し離れた小高い丘で良く見られるというので、いつにない賑わいを見せているということだ。
お願いしたいことがたくさんあるから、今から悩んでるんですよ〜と笑うルディアにノエミは相槌を打ちながら、『流星雨は願いを叶える』という言葉に故郷・イングガルド王国を思い出す。
異世界でありながら、星に願いを託すのはどこも同じなのか、と思うと不思議な気持ちになる。
「そうだ!!ノエミさんも一緒に行きませんか?ルディアも行こうと思っていたんですよ。今からいけばちょうど見頃です!」
これを見逃したら絶対後悔しますから、と力説するルディアにノエミは苦笑しつつも、食事を済ませてしまえば何もすることがなく、断る理由もなかった。
「私でよろしければご一緒させていただきます、ルディアさん。」
快く承諾するノエミにルディアはありがとうございます、と言いながら抱きついた。


普段は静寂に包まれるエルザードの丘も今夜ばかりは流星雨を見物しようとする人々で賑っていた。
その平穏な人々の光景にノエミの心に暖かいものが流れ込むが、与えられた任務を遂行するためにはこれを絶望で満たさなくてはならなくていけない。
ノエミの願いと人々の願いは似て否なるもの。
それを思うと気が重くなっていく。
そんなノエミとは対照的にルディアは持ち前の明るさで元気良くいろいろと話してくれた。
今まで店を訪れてくれた客や常連となっている医者や戦士、薬草屋のこと。個性的だが皆、楽しい人だ、と。
自分のことをこれほどまでに楽しそうに話せるルディアがノエミにはうらやましいかぎりだった。
「そういえば、ノエミさんってどこから来られたんですか?」
「えっ……どうしてですか?」
一瞬、何か気づかれたか、と戸惑うノエミに変な質問したのかな、とルディアは首をかしげる。
「他意はないですよ。ただ、女騎士さま、なんて珍しいな〜って思っただけですけど。」
「騎士……といっても、私は修行中の身なんです。故郷から離れて、多くの土地を旅し、騎士として多くを学ばなくてはいけないんです。」
「へぇ〜騎士も大変なんですね。」
尊敬のまなざしでルディアに見上げられ、ノエミは視線をそらした。
自分はそんな目で見られるほど優れたものではない。
自らの世界の糧を得るためにソーンに混沌をもたらす使者なのだ。
今ここに集った人々の笑顔を踏みにじらなくてはならない。
それを思うと、明るいルディアをまともに見ることができなかった。
「あっそういえば、ノエミさん、チキンステーキの添え付けにお出ししたスパイシーポテト。全然口にしていなかったみたいですけど、お口に合いませんでしたか?」
ノエミの悩みに気づいていないのか、ルディアは突然思い出したように手を叩く。
何を言っているのか、と思ったが、口の中に広がったあの味を思い出し、ノエミは口元を引きつらせる。
「うちの人気商品で、残す人って珍しいんですよ?常連のお客さんなんかも『このスパイスが絶品だ』っていうくらい」
「すみません。実は私……辛いもの、駄目なんです。」
「……辛いって、添えつけのポテト……小さいお子さん向けの味付けにしてあったんですけど。」
半泣きに近い声で訴えるノエミにルディアはやや声を引きつらせながら、慎重に言葉を選ぶが、ノエミは小さく首を横に振り、消え去りそうな声で答えた。
「辛いものはとにかく駄目なんです……甘口のカレーライスでも食べられないくらい辛いのは苦手で……」
意外な弱点に言葉を詰まらせ、不自然に目を泳がせるノエミにルディアは返す言葉が見つからなかった。
誰でも苦手なものはある。
ノエミも何度かチャレンジしたが、どうしても身体が受け付けない。
夕食のポテトにしても、辛いと思わず口にし、脱力してしまったくらいだ。
デザートに出された白山羊亭特製パッションフルーツ・ポンチがなかったら、流星雨見物なんてできなかった。


一筋の光が夜空を駆け抜け、それが呼び水となって夜空に銀の矢がいくつも流れていく。
瞬く間に流れて消えていく流星雨の美しさにノエミとルディアはしばし見とれた。
「あっ!大変、大変!!願い事しなくっちゃ!!……ノエミさんは何をお願いします?」
(私の願いは、女王様の願いを叶えること…。でも、それはこの世界にとっては…)
慌てた様子で訊いて来るルディアにノエミの脳裏にすぐに浮かんだのは、女王と使命のこと。
けれどそれとは裏腹に別にある思いにとらわれる。
この世界での使命は不足しがちな負の感情を得るために混沌を蒔くこと。
だが、もしイングガルドの住人が魔族ではなかったら?魔族の糧が負の感情ではなかったら?
そうであれば、こんなに悩むことはない。
けれど、魔族が負の感情を糧とするように、人々もまた他の動植物の命を糧として生きている。
己の命を繋ぐ為、他のものを奪う。そこに大きな違いはない。
人が他の命を奪うことを止められないように、魔族も負の感情を取ることを止めることができない。
それはどんなに願おうともそれは変えることのできない事実。
思い悩むノエミにルディアは少し表情を曇らせ、笑顔をこぼす。
「そんなに悩まないでください、ノエミさん。答えたくないなら答えなくていいです……というか、願い事は秘密にしておきたいですものね。」
ねっ、と明るい声で同意を求められ、その優しさを嬉しく思い、ノエミは小さく微笑み、夜空を流れる流星を見上げた。
心に浮かぶのは旅の途中で出会った人々の顔。
どんな困難に合おうとも、笑顔を失わず生きようとする人々。それはイングガルドに住まうものたちも同じこと。
だから願わずにいられなかった。
(こんな願いが、この世界に望まれないのは分かっています…)
流れ行く星々にノエミは語りかけるように思いを託す。
自分の願いは与えれられた使命を果たし、イングガルド王国の人々が生きていけること。
そのためにはこの世界に混沌をもたらさなくてはならない。
決して許されるものではない、と分かっていてもノエミは願わずにいられなかった。
(でも…、もし許されるなら、女王様と、女王様の愛する民の願いを…叶えてください。平和の中では生きることができない方々も、また存在しているのです…)

消え行く銀の光にどれだけの願いが託されたのだろう。
流星雨にかけた願いが必ず叶うかは誰にも分からない。
けれど叶うものならば、全ての願いが叶えられるよう、この夜空を彩る雨に祈ろう。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
緒方 智 クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2005年08月11日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.