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『闇色の誘い――ヤミイロノイザナイ―― 』
クラウレス・フィアート4984

―――リーン…ゴーン………リーン…ゴーン………
 鐘の音が村中に響き渡る。娘達は紗を肌に纏い、大きな輪を描きながら舞い踊る。
 男達はとりどりの楽器を手に歌い、その曲に合わせ躍る娘達もまた、男たちと同じメロディを唇に乗せる。
 森の中の小さな村の婚礼。幸せそうに見えるこの風景に、かつての惨劇の影はもう見えない。
 半年前、この集落を突然謎の伝染病が蔓延し始めた。原因もわからぬまま次々と、村人は病に伏し死んでゆき、大人だけがかかるその病に怯え、村を出ようとする者も現れた。
 人々の顔から微笑みが消え、誰もが未来に絶望を抱いていた。
 そう、ほんの一ヶ月前までは―――。


『本当に、あの子達を“祭壇”に?』
『だってもう他に道はないだろう?』
『そうだけど……可哀想じゃあないか。まだあんな幼いっていうのにさ…』
『なにを善人ぶって。どの道あの子らはあそこに行くんだから……ほんの少し早いか遅いかだけで、待ち受ける運命は同じだろう?』
『まあ、確かにそうではあるけどね…』
『同じならいっそ早いほうがいい。あの子達にとっても多分その方が…』
『そう……なのかねえ…』
『そういうものなのさ…』
『そう………そう…なのかもしれないね…』


「クラウレス!帰ってきていたのね…!!」
 踊りの輪の中心から美しい黒髪の少女が飛び出してくる。まだ瞳に幼さを残す彼女は、今日のこの“宴”の主役だった。
「ほう……馬子にも衣装とはこのことだ。随分と見事に化けるものだな…」
 まだやっと十五になったばかりの少女の小さな両頬が膨れ上がる。それを見てクックッと笑みを漏らすと、クラウレス・フィアートは少女の頭を撫でた。
「皆元気そうでなによりだ……聖都で村の噂を聞いた時は、さすがに気が気ではなかったからな…」
 二年前、騎士団に入って以来の帰郷である。もとより身寄りのほとんどいない彼は規定以外で休みを取ることもなく、その規定のわずかな休日さえも、彼は宿舎の庭で鍛錬に励んでいた。一日も早く『見習い期間』を終え、正式な騎士となる為に彼は、郷里の危機にも目を閉じたのだ(もっとも仮に帰郷していたとして、彼になにができるわけでもなかったが…)。
「しかし………減ったな…」
 視線を一巡させ、クラウレスは一言そう呟いた。狭い村であるだけに婚礼には、住人すべてが参加することが常だが、広場に集まったのはほんの数十人。しかもそのほとんどは若者や子供だ。
「ええ…あの病気でオトナはみんな、死んだり死にかかったりしたからね………けど、もう平気よ。安全だって、村長様達だって言っていたし…」
 そう言って微笑む少女の指が奇妙なほど白いことに気がついて、クラウレスはそっとその手に触れた。
「実際もう一月近くの間、誰一人病人は出ていないし。悪夢はもうすべて終わったんだって………なに?私の手がどうかした?」
 手首を握り締めたまま絶句するクラウレスに少女が首を傾げる。その顔に自分の身に起きている“変化”を知る気配はまったくない。
「何故………だ…?」
 クラウレスは呟いて、少女の腕をきつい力で掴む。
「…っつぅ……ちょっ…クラウレス、力が強い……」
「どうしてこんな身体になってるんだ…何故『奴ら』を受け入れるなんてことを……!?」
「ねえっ…ちょっと……腕が痛いってば…!!」
 腕を引いて訴える少女の声に、クラウレスは指先の力を抜く。自由になった手首をさすりながら、少女は刺々しい口調で話す。
「………もう、なに訳のわからないことを……」
 だがその声はクラウレスの耳にはかけらほども届いてないようだった。彼は右手を宙へと泳がせたまま、じっと周囲を見つめ黙っている。
「………違う…お前だけじゃなく全員が……」
 長い沈黙の後そう呟いて、クラウレスは少女の肩をつかんだ。驚いて目を丸くする少女に、クラウレスは厳しい口調で訊いた。
「聞かせてくれ、もう一度最初から………一月前いったい何が起こって、皆は病から解放されたんだ?」



―――ゴーン……ゴーン……ゴーン……ゴーン……
 日暮れ時を告げる鐘の音と同時に、辺りには夜の気配が満ち始めた。澄んだ空は群青から紺碧へそろそろと色合いを変化させて、血の色の夕陽が地平に沈み東の空に上限の月が昇る。
「そろそろか…」
 次第に深くなってゆく闇色にその姿を溶け込ませていくように、クラウレスは漆黒の上下を着てひっそりと教会に忍び込んだ。
 薄暗がりの中明かりもつけず、彼は手探りで建物を進む。聖堂の奥の小部屋の前まで着くと、クラウレスはドアノブへと手を伸ばす。しかし、鍵がかけられているのだろう。扉はピクリとも動くことはなくカチャカチャと軽い音だけが響いた。
「……………」
 うろたえる様子もなく、クラウレスは腰に差した剣を抜く。先端が槍先の様に尖ったカルドを扉の隙間に突き入れた。
―――ガッ……ガッガッ………
 鈍い音をさせながら、剣先が金具を破壊していく。鍵を砕き扉を開けると彼は、窓ひとつない小部屋に入り込む。
 扉を閉め部屋と外とが隔離すると、クラウレスは手燭を出し火をつけた。ポウッと淡い光が部屋に灯り、棚の中にしまわれた書物を照らす。それらは皆教会で禁じられた『邪法』や『異教』を記す禁書だった。
「……………」
 無言のまま棚にそっと近寄り、クラウレスはそのひとつひとつを見た。ボロボロの表紙に滲んだインク。綴じ紐はすっかり茶色く褪せて紙端はところどころ虫に食われている。
「………これだ」
 ぽつりと呟いて、クラウレスはある一冊を手に取る。漆黒の革表紙の表には、金打ちで大きく『禁書』と書かれ、それが本来持ち出し禁止どころか常人には中を覗き見ることさえ許されぬものであることを示している。
「すべてを消す『無』の器となる呪法……これで、すべてがなかったことになる…」
 ずっしりと重いその書を胸に抱き、クラウレスは教会を後にした。宴に沸く村人を避けるように、広場とは逆の方向へ歩いてゆく。
「これで………終わりだ…」
 紅い瞳に宿る光は、絶望と哀しみに昏く染まる。
「この村も私の命もすべて……だが、他に道は残されていない…」
 血の気の引いた肌は死人の様に、白く、冷たく凍え震えていた。
「人として生きることはもうできない……ならばせめて、私にできることは…」
 村の外れの森へと足を踏み入れ、クラウレスは胸の中の書を開く。
「私にできることはただひとつだけ………彼らを人として死なせることだけだ」



 願いは契約、契約は呪縛。願いを捨て契約を消すことでしかかけられた呪いは解きほどけない。だが、契約を交わした罪人(つみびと)はその相手である魔性の腕に堕ち、呪いは村を包み込み始めていた。
「魔に…なる前に……」
 浸食された魂は、いつしか自身の姿も魔に変える。そしてそうなってしまえばやがて彼らは、人間から狩られる存在となる。
 残された時間はもうあまりない。今はまだ人の形をしていても、彼らの身体はすでに死者のそれであった。彼らが人あらざるものになる時は、もはやすぐ近くまで迫っていた。
 虚無の術――『器』となる人間に、あらゆるものを閉じ込め消し去る呪法。『器』となる術者の命を奪い、その代償にすべてを無に帰していく。
「すべて……無に…」
 それがなにを意味するか、わからないような彼ではなかったが。
「……………」
 もうそれしか救う術はないのだと、クラウレスは記された呪文を紡ぐ。
 夜の風が森の樹々をすり抜けて、フワリと彼の髪を揺らしていった。

 闇の中、誰かの声が聞こえる。高くもなく、低くもないその声は、クラウレスの脳に直に響いていた。
 クラウレスは呪法を紡ぐ手を止め、伏していたまぶたをゆっくり上げる。紅き目が彼の周囲を取り巻く深い『闇』の存在を感知した。
「受け入れて……わたしの『器』になって…」
 夜闇より一段と昏さを増した深い『闇』が彼の身を包んでいた。それはまるで霧の様にゆらぎながら、『器』となる身体を求め幾重にも彼の周りに渦を巻く。
「お願い…受け入れて……わたしを消さないで………」
 縋るように叫ぶ声は弱々しく、それがもはや姿を保てぬほどの『消えかけ』の存在であると告げる。『影』も『触手』も持たない儚い『闇』は、おそらくあと『一撃』で消えるだろう。
「拒まないで…『器』をわたしに貸して……この『力』をすべてあなたにあげるから………」
 そう言って救いを求める声を、クラウレスはかつて知っていたような気がした。泣きそうな、今にも消え入りそうな、弱々しく儚い幼子の声。
「……『入る』がいい…この『器』の中に……」
 なぜ自分がそんなことを言ったのか、クラウレス自身にもわからなかった。同情か、あるいは『力』を得るためか。それとも他のなんらかの理由ゆえか。
 ただ、無視することのできない『なにか』から、背中を押されて彼は受け入れた。
 『魔』を喰らい負の力を糧とする、邪悪かつ強大な『闇』の力。『人』と『魔』の双方に恐れられる暗黒の力を持つ闇の騎士。
 人という『器』に『闇』を宿して、彼は新たな生命へ『進化』を遂げる。それは夜を支配し『魔』を砕く者、暗黒騎士がこのペルシャの最果ての森の中に生まれた瞬間だった。





闇が走る、はしゃぎ疲れ眠る村を。細く長い無数の闇の鎖が、魔を駆逐し村を廃墟へ変えていく。
 荒れ狂う漆黒のその鎖は、まるでなにかに憤っているかのようだった。怒り、暴れ、破壊し尽くす事で、哀しみから逃れようとするように。
 鎖はただすべてを奪っていった。夢も、過去も、幸せな現在も。そしてその向こうで待ち受けている残酷な未来の可能性までも……。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
香取まゆ クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年08月08日

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