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『二重が螺旋の惑い 』
アルベルト・ルール0552


ライター:有馬秋人




「不味い」
大量のパスタを食した後、アルベルトは呟いた。
いや、味は悪くない。決して不味くはない。ただ、この膨大な量を食べてなお物足りないと感じる自分の体に危機感を覚えていた。
目の前の広いテーブルには、パスタが乗っていた皿だけではなく、その前に軽い気持ちで食べたクラブサンドの皿、根菜スープの大皿、野菜炒めの名残しかないプレートが存在している。そのどれもこれもが二人前以上あった。
巻きつけるものがなくなったフォークで皿の縁を叩き、ため息をつく。
「最近どうも……」
ESPを使った後の疲労度が上がっている。それを癒すかのように食べる量が増え、元々小食だった自分の変化に家族は目を丸くするばかりだ。
「原因はアレ、しかないよなぁ」
心当たりは一つ。
母親が、まともにヒトとして暮らせるようにとかけていてくれた能力制御と生命維持のプロテクトを外したからだろう。外さなくてはならないほどの強敵と遭遇しだしたとはいえ、こうなると知っていればもう少しゆっくりと外して欲しかった。何せ食べても食べても太らない。それどころか益々細くなったような気がして。
腹八分といったところだと自分の腹具合を確認したアルベルトは、けだるい体で立ち上がり、ベッドに転がった。
急に制御を外した反動か、どうやら体内バランスがおかしくなっているらしい。三日前から熱が下がらずこうしてベッドに転がるはめに陥っていた。元々遺伝子レベルからいじられている体だ、不確定事項に弱いのだろう。疲労感と食欲に影響が出ていた。
いくら回復力が並みでなくとも、内部からの異変には対応できない。常よりもだいぶ重い腕を持ち上げて、髪をかき上げた。
「食欲はあるんだから、そう困ったことにはならないと思うけどな…」
どうなることやら、とどこか突き放した感慨を零すと、アルベルトは引き込まれるように眠りの世界に落ちていった。




   ***




微かな不満が燻っていて、横にいる相手の胸倉を掴む。見あげた顔は見知った相手で、嫌いじゃない、むしろ好ましいと思っている人物だ。
何事にも懸命なところとか、見ていて微笑ましいなんて思ってしまうのだ。
けれど別に、迫りたいと思ったことはない、はずだった。
アルベルトは強烈な違和感を感じて自分に意識をあてた。まずは胸、何か重い。母親並みとは言わないが何故か結構な重量を誇りそうな胸が付随している。股間の部分はもう考えないことにして、後は腕の感触だろう。こう、なんだか柔いのだ。相手を掴んだ指先もなんだかふにふにしていて、そう、見ていて可愛いなぁと思う女の子そっくりな。
意識だけで狼狽し、自分の体を確認しようとするが、まるで分離したかのように体は動かない。それどころかまるで浮気責める女のように、相手に顔を寄せて不満を示している。
こんなものは悪い夢だろう。そう心の中で絶叫して、唇を寄せようとする体を制御しようとするが意識の糸が繋がらない。投射された映像でも見ている気分で、意識だけで額を押さえた。
(確かに、最近ホモだとか、両刀だとかっ、あらぬ噂を立てられたけどっ)
こんな夢はないだろう?
相手の男が慌てて距離をとろうとしているが、どうやら全力を尽くして引き止めるのか彼我の距離は縮まるばかりで相手の以上の焦りがアルベルトを襲った。男が嫌いとは言わないが、それはあくまでも友情でけっして恋情ではない。そう声を大にしていえるのに、この現状はいただけない。いただけないどころか勘弁して欲しい。
ましてや、迫られるならまだしも、自分から迫るなんて、冗談じゃない。




後十センチ。


後七センチ。

後五センチ。

後三センチ。
後………。

(うっ、わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ)

男と望んでキスしてたまるものかと言う不屈の意志が沸点を超えたタイミングで、水をかけられ目覚めたかのように、体が動いた。
「―――っ」
がばりと起き上がり口元を押さえる。
「ゆ、夢、か……」
ぜぇはぇと肩で息をして額に張り付いた髪を指先で払う。そして顔を俯け脱力して、不意に硬直した。
乳白色の隆起した胸が襟ぐりの広いシャツから覗いていた。
「…………」
硬直から離脱して、ばっと胸元をかき合わせる。
「嘘だろぉ」
発熱している原因は体内バランスが崩れているせいだと知っていたが、まさかホルモンバランスだとは考えていなかった。確かに、基盤となっている遺伝子は母親からのもので、絶対に変化しないとは言い切れない。
いや、でも、染色体レベルでは男だったはずだ。
「そういう病気があるってのは知ってるけどな」
セックスチェックでは男とでるのに、ホルモン分泌の関係で女にしか見えない人間もいる。その逆だっているだろう。けれど自分がそれに当てはまる日がくるとは思わなかった。
現実から逃避したい、とたそがれていたアルベルトは掴んでいたシャツの襟から手を離し、がくりと肩を落とす。その拍子に自分の胸に触れてしまい、弾力のある感触に、泣きたくなった。
「落ち着け、俺が、おふくろと同一遺伝子を持っていようが、両性有具だろうが、男だろっ。………でも、どうしよう」
たとえば恋人とか、恋人とか、せっかく付き合ってくれる気になったのに、自分が女だと無かったことされてしまうかもしれない。それは、かなり、もの凄く、悲しかった。
体が女でも意識は男なのだ。可愛い娘は未だに大好きで。
この体で相手してもらえるだろうか、と悲壮な顔でベッドに倒れこんだ。倒れたことで余計に作りが変わった部分を意識してしまい、顔を青くして枕に顔を埋める。
開き直るには時間が必要らしい。
「おふくろ〜」
困ったときの母親頼み、というのは些かならずとも格好悪いがこの際なりふり構っていられない。どうにかして欲しいと切実に思い、枕から顔を上げた。




   ***




枕から顔を上げた。汗をびっしりかいた皮膚から移動したのか湿った布地が気持ち悪い。
「………」
無言で自分の胸を覗き込み、まっ平らなのを知ると大きく息を吐き出した。
「……二度夢」
ぼそりと、かつて無いほど低調な声で呟くと、ナイトテーブルに用意されていた水入りコップを掴む。一気に飲み下し空になったコップを放ると、両手に顔を埋めた。
「…………さいっあく」
夢が潜在意識の願望だとか、そんなふざけたことを言うヤツがいたら今後は迷わずぶちのめす、そう意味のない決心をした後に浮かんだことはたった一つ。
「……ほんと、良かった」
男の体で。
彼女に振られずにすんで。
男に迫っていなくて。
色々な安堵が混ざりまくって、どう言えばいいのか分からないがとりあえず「良かった」と思ったのに嘘は無く。アルベルトは、心のそこから吐き出した科白に、何度もなんども頷きこれが現実だと確かめる。
この事態こそが夢で、女性化していた方が現実だとしたら、自分はきっと間違いなく泣き出すだろうと認めて、汗に濡れたシャツを脱ぎ捨てた。



2005/08...





■参加人物一覧

0552 / アルベルト・ルール / 男性 / エスパー


■ライター雑記


ご依頼ありがとうございました。有馬秋人です。
発注頂いた内容に思わず笑みを零してしまいました。
ご期待に沿えることができたのかどうか、甚だ不安ですが、楽しんでいただけますよう願っています。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
有馬秋人 クリエイターズルームへ
PSYCHO MASTERS アナザー・レポート
2005年08月08日

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