『【未亜の奮戦記――寝坊の代償は大きいよ〜】 』

早春の雛菊　未亜（1055）

●朝はバタバタ
「う‥‥ん」
　障子から陽光が射す中、少女は布団の中で未だ夢の中だった。少し眩しいからか、未だ幼さの残る風貌は寝返りをうち、柔らかい枕に顔を埋めて安らかな寝息をたてる。
　――あれ？　鳥の囀りが聞えないなぁ
　いつも起きる時間には、小鳥の囀りが目覚まし代わりだ。未だ早いのかなと思いながら、ゆっくりと寝惚け眼を開く。
　――あぁ、布団の柔らかい重みが心地良い。もう少し寝て‥‥！？
　早春の雛菊　未亜は赤い瞳を見開いた。部屋に射し込む陽光と、いつも薄暗い筈の部屋がはっきりと瞳に映る。
「え？　えぇッ！？」
　一気に半身を跳ね起こすと、ちょっと寝癖のついた緑色の髪が揺れた。瞳は見開かれたまま、信じられないとばかりの表情で暫らく固まる。やがて――――
「ね、寝坊しちゃったの！？」
　寝惚けた思考を奮い起こすように呟くと、未亜はスックと立ち上がった。慌てて布団を畳み、寝間着を肩から落すと、パタパタと駆け出しながら畳んであった衣服を擦り抜け様に引っ掴んだ。着替えるのももどかしそうに、廊下を走りながら袖を通す少女の顔は必死である。
「急いでお店あけなくちゃ！　その前に掃除かな？　ああん、お昼が近かったら食事の用意もしなくちゃ‥‥と、と、と」
　階段に差し掛かった所で、未亜は足を縺れさせた。前のめりに倒れそうな状態を、器用に片足でバランスを取って一段二段と降りる。しかし、そんな恰好が長く続く訳がない。グラリと傾くと、眼下の階段が視界に迫る。
「ひッ、ひやあぁぁぁぁぁぁぁッ！！」
　悲鳴と共に激しい物音が断続的に続くと、埃が舞う中で、少女は衣服をはだけさせたまま、不様な恰好でうつ伏せに倒れ込んでいた。
　――教訓、慌てるのはよくない事だ。

●昼もバタバタ
　しかし、遅れた時間は戻ってはくれない。何とか開店まで漕ぎ着けたものの、昼になると怒涛の如き忙しさが津波のように吹き荒れた。
「はい、お蕎麦定食お待ちどう様でーす☆」
「未亜ちゃん、こっちの注文まだなんだけど」
「えっ？　ああん、ごめんなさい！　直ぐに出来ますから。あ、いらっしゃいませ☆　いま、お皿片付けますから、こちらの席にどーぞ♪　はい？　あ、お勘定ですね、ありがとうございます〜、いま行きますから待ってて下さいね☆　えぇ？　ご注文ですかッ？」
　或る者は注文を催促し、或る者は勘定を告げ、或る者は注文を入れる。そんな中で、新たな客が来店すれば、皿も片付けねばならない。何人もの客から声を掛けられ、未亜は四方八方に動き回り続けた。猫の手も借りたいとは、こんな状況を言うのかもしれない。
「えっとぉ‥‥シチューは後少し煮込めばいいからぁ、あ、お魚お魚！　あぁッ、肉じゃがお皿に移さなくっちゃ‥‥あつ！　わッ」
　厨房の中、熱い湯気に思わず仰け反った時だ。足腰が言う事を聞いてくれない事に気づいた。スローモーションのように体勢を崩す中、慌てて伸ばした手が掴んだのは布巾だ。その布巾が引っ張られ、上に運悪く乗っていた幾つモノ皿が宙を舞い、皿から解放された喜びを溢れさせた調理済の食材が踊った。
「ひっ！　ひゃあぁぁぁぁぁあぁッ！！」
　甲高い悲鳴と共に、厨房から皿が割れる乾いた音が次々と響き渡る。慌てて客が掛け込むと、シチューや肉じゃがに塗れた未亜が尻餅をついて涙目だ。流石に掛ける声が見つからず沈黙が流れた。
「ふえぇぇぇっ」
　――教訓、慌てるのはよくない事だ。

●安らぎはひとときだけ
　――ちゃぽんッ☆
　ようやく一息ついて、未亜は店内の温泉に浸かり、溜息を洩らす。
　少女が一人で切り盛りしているのは泊まり宿兼お食事処だ。和風な建物と持て成しがとても好評であり、未だ１２才の娘が経営しているという事で話題性もあった。
「ふぅ‥‥今日は大変だったなぁ。えっと、今夜はお泊りのお客様が１名いたんだよね。明日寝坊したら大変だ」
　温かい湯に疲れが癒えるように感じられ、少女は気持ち良さそうに瞳を閉じる。端整な風貌や細い肩が桜色に染まって来た時だ。
「う、うわあぁぁぁッ！！」
　静寂を打ち破る悲鳴が泊まり宿に響き渡った。
「えっ？　お客様！？」
　未亜は血相を変えて、一気に湯船から飛び出し、宿泊客の部屋へと駆け出した。ピシャピシャと廊下が濡れるのも気にせず、薄暗い通路を走り抜け、角を曲がり、ふすまを開け放つ。
「お客様！　どうなさいました！？」
　未亜の瞳に映ったのは、寝間着姿の若者が尻餅をついている後ろ姿だった。その前方の障子が開いており、外の夜風が吹き込む中、一匹の小動物が目を光らせていた。
「きつね？」
「きつね？　‥‥なんだ、小狐か」
　若者は震える肩を落とし、安堵の息を洩らす。
「すみません、眠っていたら急に物音が鳴り、出し、て‥‥‥‥」
　詫びながら背中越しに顔を向けた青年は言葉を失った。次第に頬が赤くなるのが、仄かに灯った明かりでも覗える。
「あの、どうか、なさい、ま、し、た？」
　あまりにも見つめられたままだったので、未亜は問い掛けながら、ゆっくりと視線を自分に落とす。刹那、瞳を見開くと言葉を失う。
「ひっ！」
　仄かな明かりに浮かび上がったのは、一糸纏わぬ生まれたままの少女の肢体だ。しっとりと濡れたままの若い躰は妖艶で美しく照らされていた。
　――ピシャンッ☆
　水滴が畳に落ちる音と共に二人は視線を交差させる。未亜は小刻みに身体を震わせ、顔を真っ赤に染めると赤い瞳を潤ませた。青年は慌てて口を開く。
「あ、いや、その」
　刹那、響き渡ったのは甲高い少女の悲鳴だった――――。

　――既に刻は丑三つ時。
　未亜は布団の中で帳簿を付けていた。枕で顎を支え、うつ伏せ状態の少女は顔色を曇らせる。
「あ〜あ、また赤字だよぉ。お皿いっぱい割っちゃったし、料理も台無しにしちゃったからなぁ。おまけにシチュー塗れにはなるし、悲鳴が聞えたから行ってみると‥‥」
　かぁっと未亜の顔が真っ赤に染まる。
「見られた‥‥ああん、ぜんぶ見られちゃったよ〜。恥かしくて朝食で顔合わせなれないよぉ」
　因みに若者の話によると――――
　どうやら障子を開けたままで床に着いたらしいのだが、突然、ガタゴトと物音が鳴り響き、闇の中に白い女のような影が浮かんだとの話だった。真偽は定かでないが、狐は化けるともいう。
　兎に角、逃げ出したかったが、青年は背中を向けたまま話してくれたので、蹲りながら聞いてあげた訳である。
「なんだよぅ‥‥あとから背中向けたっ、て‥‥ひど、いや‥‥」
　布団を目元まで被り、羞恥心の中で何時しか寝息をたてていた。
　――教訓、慌てるのはよくない事だ。
　うんと疲れたけど、朝はちゃんと起きれますよーに☆


●あとがき（？）
　毎度発注ありがとうございます。
　お世話になっています☆　切磋です。
　今回のごく普通の（？）一日、いかがでしたでしょうか？
　イラスト化できそうな見せ場（？）で構成させて頂きました（笑）。今回は「あまり」深読みする部分はありませんね。
　ええ、修正覚悟でしたら悪夢シナリオも歓迎しますよ★　お待ちしていますね。
　ふむふむ、彼女のエピソードは未定ですか。残念ですが、気が向きましたら、どんな旅を続けているか知りたいものです。
　それでは感想お待ちしていますね♪
　また未亜ちゃんに出会える事を祈って☆

PCシチュエーションノベル（シングル）

切磋巧実

聖獣界ソーン

2005年08月05日