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『あちこちどーちゅーき 〜一夜ノ夢〜 』
桐苑・敦己2611

 夜の帳も既におり、諸国津々浦々自由気ままに旅を続ける桐苑・敦己は電車から降りた田舎道を殆どこの旅のように気ままに、悠々と歩いてきた。途中、何度か分かれ道に入るもそれはそれ、手にした古いコインを弾き表なら右、裏なら左と本当に適当に歩いてきたのだ。

「参ったなぁ…」
 そんな風に歩くのがいけないのか、それでも野宿生活も板についてきた敦己は今ここに広がる田園だらけの風景をぐるりと見渡し、ため息をつく。
 野宿の場所を探そうにも、まさか田園で人様が耕している場所を荒らすわけにもいかない。ならば民家を訪ねるか、或いは適当に場所の取れる所を探すしかないのだから。
「とりあえず民家は無いようですし、場所ですね」
 ちらりと見ても、ずっと奥の方まで視界を凝らしても明り、人の気配などはせず、この田園は誰が耕しているのだろうと不思議に思う程、人の気配は無く、だからといって廃村の禍々しい雰囲気も無い。



―――と。

「ねぇ、あんたぁ、ちょおいと暇かい?」
「えっ…」
 この状況下まず無いであろう艶のある女の甘ったるい声が敦己の後ろから這いずるように聞こえ、あまつさえいきなり手を握られる感触が広がる。
「あんただよォ、ちょおいと、しっかりしておくれぇよ…」
 ぐいぐいと手だけを引っぱられ、恐る恐る後ろを振り返ると稀に見る美人。白く陶器のような肌を肩まで晒し、髪は今時に見かけない簪を用いた結い方。何よりその美貌を引き立たせるのは肌に似合わず血の如き紅と艶やかな引き摺りの着物か。

「しっかりも何も貴女こそそんな格好で…ええと…」
 この女性が幽鬼の類だという事はすぐにわかる。冷たい手が敦己の掌を撫でるたびに気味の悪いような、だが甘い誘惑にも似た寒気をもたらすからだ。
 が、ここで振り払わないのは矢張りこの女から殺気という物が感じられないからか、寧ろ好意的に擦り寄ってくるのだから別の意味で恐ろしい。
「この格好の何処がおかしぃん? ね、ね、だぁんな、ちょいと寄ってかないかぃ?」
 敦己の顔に背伸びをしたかと思うと息があればかかりそうな程の微笑みが襲う。

「寄って行くって…ここには何もありませんよ…」
 この幽鬼、殺意が無ければ大丈夫かと肩の力を一旦抜いた敦己は彼女の言う『寄って行く』に反論を返す。いくら幽霊が出ました、とはいっても見える風景が変わるわけでもなく、目の前には未だに田園が広がるのみなのだから、ため息の一つは出る。
「やぁっだ、ここやなくて、あっち。 旦那の後ろの小道にいーぃところがあるから、ねぇ?」
 独特の好色が放たれる言葉に色々な意味で頭が痛くなってくるが、何より一番なのは『良い所』であり、この女の格好、言葉遣いからするに敦己にとっては良い所では到底無さそうだ。

「やだ! 行きたくないと思ったん? ちょおっとで良いのよ。 ね? 旦那の寝床くらいは用意してあるからねぇ、どうだい?」
 この幽鬼、心が読めるのかと思う程軽く敦己が寝床を探している事を指摘してくる。
(まぁ…何もしないなら…はぁ…)
 がくり、と肩を落とし、ちらりと横目で女を見やれば上機嫌で煙管などを吸っている。人の気持ちを知らずにそうしている所を見ると余程暇なのか、敦己が気に入ったのか。
「寝床を貸して頂けるなら行きます。 けど、寝床が借りたいだけですよ?」
 俺は。と強調して言葉に出せば、知ってるよぉ、とまた甘ったるい声が紅の口から発せられた。

「わかってるよォ。 信用もしちゃくれないなんて、いけずぅな旦那やねぇ」
 女は自ら後ろの道に敦己を案内しながら腕を絡ませる。その行動の一つ一つが信用ならないというのに、何故かやめる事無く続く道を下駄のカラカラという甘い音で繰り返す。
その先に見えるのは小さくも盛大な光。月までとは行かないが、星が地上に落ちてきたような色を発する場所が森の真ん中に堂々と輝いていて。
「あそこ…こんな所に宿があったんですか?」
 確か駅を降り、コインで道筋を決めたとはいえこんなに大きな場所ならば敦己の目にも止まった筈だ。

「一夜の夢、みせたげるから、ささ、だぁんな…」
「うわあっ、だ、駄目です! そんな事!」

 どうしてこの女はここまで妙な解釈が出来る言葉を発するのだろうか。光と要約できる建物はまるで映画に出てくるような遊郭の形をとっており、あちらこちらに見えるのは赤い牢、ちろちろと燃える炎は蝋燭の光。
 ただし、その艶やかな景色の中に居るのはこの幽鬼と敦己だけ。

「あっははは! そない驚かんでぇな、ちょおいと昔にもどった気分やったん、くつろいで?」
 どうやら女も自らが幽鬼である事を存分に承知した上、敦己をこの場所に呼んだらしい。少し古めかしい廊下を歩み、一番奥の部屋に辿り着くと襖を開け、どうぞと招き入れる。
 当然、布団は一つ、枕は二つなわけであるが、女は言葉こそ艶があるものの、本当に善意で敦己の側に居るだけらしく、警戒を解くようにして手荷物を床に置くまで文机でまた一つ紫煙をくゆらせるだけだった。

「昔、ですか?」
 あらかた女性の好色から落ち着いて、幽鬼の方を見やれば少し微笑んだ茶の瞳が煙管をカンカンと鳴らし灰を捨てる所で。
「そう、むぅーかぁーし。 ねぇ旦那、なにもしない約束はするけぇ、一応宿代に一つお願いを聞いてくれへん?」
 敦己の問いを上手くはぐらかすようにして女はすすい、と布団の上で正座をしている男に、縋るが如く近寄ってくる。
「だ、駄目です! ぜった…」
「なぁに、あたいの膝枕を楽しんでもらいたいだけやけど…それも…だぁーめ?」
 一瞬また変な好色の混じった事を言われるのかと引いた敦己だったが、目を伏せた女の睫毛に溜まった雫の悲しい事かな、それにたかが膝枕、もしこの世に何か未練があるのならそれくらい聞いてやっても罰はあたるまい。

「膝枕、してもらうだけで良いんですね?」
 怪訝な瞳で眉を顰めつつ訪ねると、今まで臥せっていた顔がぱあ、と明るくなりさも嬉しそうに何度も何度も頷いて見せた。
「そうそう、横になって膝枕させてくれるだけでええの。 あたい、それだけが目的やったん、変な事はせぇへんよ」
 言っている事は本当のようで、冷たい膝に頭を乗せると女は敦己の顔を覗きこみながら、その艶とは正反対にまるで童女のような無邪気な微笑みで何度も膝の上の頭を撫でる。
「冷たい…ですね…」
 女の膝も着物越しだというのに冷たく、敦己をまるで赤子をあやす様に撫でる手も矢張り冷たい。
 夏の夜、蒸し暑さからすればこれはかなり心地よいのだが如何せん、周りに人が居ればどんな反応を見せただろう。

「ほんに、あたいも冷たくなってもぅて。 あの人がいつもうれしそぅに言うてくれた暖かさはもう無いんょねぇ…」
 静かに女は敦己の顔を見、悲しそうに微笑んだ。外気が赤い格子から流れ眠りを誘う。
「あの人、ですか…」
「そう、あたしの『良い人』。 売られる前はやさしぃしてくれたんやけれど…あそこから逃げ出して待っても、ただ…穢れもの扱いされるだけやったぁ…」
 ふう、と女はため息をつき、目を閉じた。その眉には涙なのか光が溜まり、流れ落ちそうな程の悲しみがとって見える。
(遊郭、ですか…)
 売られた、逃げた、だけれど待つ者も居なく帰って来たこの女はどうしたのだろうか。生きる術を失い自害したのか、最後にはまた良い人が現れたのか。敦己は冷たく細い指先に何も問うことが出来ずただ発せられる悲しみに耳を傾けた。

「旦那は良い子ぉね。 あの人とちょおぃと似てるかもしれへんけど…違うお人やもんね」
 だから自分達の幽鬼の国にも連れて行く気は無いのだろう。敦己はこの歳で良い子、も無いだろうと思いつつ。
「でも、いつか会えますよ。 貴女の良い人に」
 静かに無くなっていく意識は眠りの合図。それを見ているのか、女は一本取られたわ。と今までに無い微笑みと幸せに満ちた表情で消えていった。

 もし、この先、この女が成仏し、以前の良い人に出会うのか、それは敦己にはわからなかったが、それでも出来ることなら別の男と輪廻の輪をくぐって幸せになって欲しいと思う。
 時代の荒波に呑まれたとはいえ、必死で愛する人のもとに戻った女を穢れと呼ぶ男よりも、きっと何があっても共に生き抜いてくれる人間が居れば良いと心から思うから。
全ては女次第、敦己がどうする事も、どうしてやる事も出来ないのだが、ただ、今だけは少しだけ幸せを願って一夜の眠りにつくのだった。



 朝日というのは常に眩しすぎる。ここ最近は夏の刃物のような光が敦己にも降り注ぐから、ついつい汗にまみれた白いシャツをぱたぱたとさせながら、まだ眠たい目をさするようにして上体を起こす。

「どげぇした、都会モン! こげな廃墟にねむりこけてー、宿無しやったんか?」
 突然に降りかかった声は昨夜の女のものではなく、しわがれた老人の声で、敦己が眠っていた場所も、もう殆ど腐り果てた廃墟の床であり、眩しい太陽の光がここまで刺すのは朽ちた壁から届くそれであったのだ。
「あ…いえ、この辺に宿が無かったので…―――野宿を」
 老人は農作業をする道具を肩に担ぎ、趣味の悪い手ぬぐいを何度か汗の滴る顔にあて、敦己の顔を眺めていたが、こんな廃墟に居るしかも田舎の人間とは思えない服装に暫し口を閉ざした後。

「んだぁ、野宿っても農家がその辺にあんべぇ。 都会モンは恥ずかしがりぃだぁな」
「えっ…」
 自らの荷物を持つのも忘れ、老人を押すようにして外の風景を眺めてみれば、昨日はどこをどう見ても目に入る事は無かった民家が数軒、その古い姿を晒している。

「んだ、ここいらぁは昔ぁし遊女に売られた女がようおったって、コレの噂もよぅ聞くしなぁ……おめぇさん、もしかしたら化かされたんかもなぁ」
 これ、と両手をぶらぶらさせる老人はつまり『幽霊』の事を言いたいのであろう。確かに、昨日の女は幽霊であり敦己もそれを知った上で一夜の宿という申し出を受けたのだ。

「お金で人が売られていく…悲しい話ですね」
「んーだぁ、今のわげぇモンにはあんまぁ、わがらんがね。 どれ、おめぇさんも寝起きじゃろ、俺ンとこの飯でも食うてゆっぐりしてげぇ」
 木々に遮られ、また風でその日差しを露にする光。今見ているのは紛れも無く太陽のもの。

 だが果たしてあの女はこの太陽を見る事が出来たのか、夜の蝋燭の光だけを頼りに儚い蝶のように消えて行ったのではないかと思うと少し悲しく、敦己が少しだけでもと共にした彼女との時間に、あの夢のような赤い格子から覗く光が意識の中に何度も、何度もちらついた。


「やぁっだ、旦那ぁ。 あたいが居ないからって、泣いちゃあ、あかんよォ…?」


終幕

PCシチュエーションノベル(シングル) -
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東京怪談
2005年08月02日

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