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『「ダイヤモンドの子供達」 』
海原・みあお1415
 
 夏である。
 例え台風が一週間と空けずやって来ようと、天上が真っ白な雲に覆われていようと、7月は分類『夏』なのである。
 まして今年は熱い。『記録的な猛暑』『今年一番の暑さ』を気象庁は何度も更新させている。
 いや、実際に更新しているのは太陽と、夏の空気である。
 太陽になった気分で、空から地面を見下ろしてみようか。
 そうすると見えてくる。東京のある地、ある場所。そこに輝くまるでダイヤモンドのような場所が。
 聞こえてくる。
 子供達の歓声が。

「ひゃっほお! いっちばあん!」
 ザバアーン!
 水しぶきを豪快に跳ね飛ばして、さらしに褌の小さな身体が水に沈む。
 ぶくぶくぶく‥‥泡が浮かんで1・2・3秒。
「ぷはあ! 皆、早くおいでよ。気持ちいいよ〜〜」
「こら! 海原さん。先生の言う事をちゃんと聞かないとダメですよ。プールはちゃんと体操をしてからゆっくりと。事故にあってからでは遅いんですからね」
「‥はい。先生。ゴメンなさい」
 自分が悪い事をしたと、解っているので素直にみあおは顔を水につけた。一応、頭を下げているのだ。
「解ったのならいいです。せっかくのプール開きです。皆さんで楽しみましょう。ゆっくり水に入って下さい。足から静かに。心臓を脅かさないようにね?」
「は〜〜い!」
 良い子の一年生達は先生の言う事を良く聞いて、ゆっくりと身体に水をかけ、足からそっと水に入った。
「気持ちいい〜♪」
「冷たくて楽しい!」
 皆、大はしゃぎである。
 お約束の水かけっこに、貝拾い。水潜り。一年生の水泳フルコースを楽しんだ後は、広々としたプールで思う存分遊び始める。
 今日は小学部一年生のプール開き。プールはほぼ貸し切り状態だ。
 プールと、呼んだがそう呼ばれることに一部の人間は疑問を感じるかもしれない。
 流れるプール、ウォータースライダー、遠泳用長距離プールに、飛び込み台もある上、周囲に熱帯の植物が植えられているここが本当に学校のプールなのだろうか? と。
 全天候対応型屋内熱帯プール。ダイヤモンド・マリンは学園が誇る水泳施設である。
 どんな時でも熱帯の楽しさを味わえる。本当は体操の必要も無いほど、温度調節などには気を遣われているが、そこはまあ、やはり小学生である。
 基本は守らないといけないな〜と、沈めた口で息を吐き出しながら、ふと、みあおは気が付いた。
(「アレ? 何してるんだろう」)
 薄褐色の肌をした同級生が、プールサイドのやしの木に背中を付けている。
 スカーフを頭に被り、長袖のまま、水の中で楽しげにざわめくみあお達を見つめていた。
「ねえ? どうしてあの子、泳がないの?」
 少しシックで、でもロココ調の飾りの付いた水着で泳ぐフランスの少女に聞いてみた。
 彼女は最近入ったばかりの転入生、少女はみあおの質問に、軽く一瞥してああ、と頷いた。
「彼女は中東から来たからでしょ。肌や髪を人前で異性に見せちゃいけない、って聞いたよ」
「ふ〜ん、そういう国もあるんだ‥‥」
 みあおは頷きながら彼女に目をやる。
(「どこか寂しそう。一緒に泳ぎたいんじゃないのかなあ?」)
 そんなことを考えた時だ。
 バシャン!
 一際大きな水しぶきが跳ねて、彼女を叩く。
「キャアア!」
 甲高い悲鳴に子供達の視線がそちらにむく。少女に向かって水を弾いて飛ばしたのは‥‥アメリカ系の男の子達だった。
「宗教上の理由なんて、すかしてさ! どうせ泳げないんだろ?」
「冷たいシャワーをどうぞ! ってか! ほうれ!」
「ヤメテ‥、オネガイ、ヤメテ!」
 まだおぼつかない日本語で彼女は、目元を手で隠す。まるで泣き出しそうで‥‥。
「止めなさい。貴方た‥‥みあおさん?」
 先生が動き出すより先、みあおの身体が動いていた。
「こら! 弱いものいじめなんて、許さないよ!」
 素早くプールサイドに登り、彼女の前に立ち‥‥、気合一閃。
 驚きに口をあんぐり開けた二人の足元に向けて、飛び膝蹴りをかます。
 水で直撃こそはしなかったものの、足元の水を叩きつけられて二人は足を取られて、背中から水に倒れこんだ。
「何するんだよ!」
 とは、彼らは言わなかった。夢中になっているときには気付かないが‥‥彼らも上に立つ者を親にもつ子供達。
 自分のしたことの醜さに、顔が蒼くなる。
「宗教とか、外見とか、人がどうしようもないことをなじるのって最っ低だって、解るよね」
 腰を褌に当てたまま仁王立つみあおの銀い瞳に射抜かれて、ふたりはつつと頭を下げる。
「ゴメンよ‥。親父がイライラしてて‥八つ当たった」
「‥‥、イイヨ‥アリガトウ」
 彼女が目元と顔をスカーフで拭って微笑む。
 その笑みは美しくて、柔らかくて‥‥水に住む子供達全てを笑顔にした。
「今度一緒に泳ぐ方法ないかなあ」
「彼女とも一緒にできる水遊びしようよ」
「服を着たままで泳ぐ、古式泳法って無かったっけ」
 皆が顔をつき合わせて相談する、さっきまで仲間はずれだった、たった一人の為に。
 教師はそれに口を出さなかった。子供達の自主性を‥‥見守る。
 アメリカもイギリスも、フランスも、スペインも日本も。
 大人になったら何故かなくしてしまう、大切なもの。
 それに気付けなかった彼らに嬉しさとほんの少しの寂しさを持ちながら彼女は子供達を見つめていた。

 得意のシンクロナイズドスイミングを披露したロシアの少女がふと呟いた。
「ねえ、彼女も水に入れてあげられないかなあ〜」
 水着の騎馬戦をやって、水中バレエなんかもやって見せて、でも、やはり彼女は見ているだけだから。
「あ! そうだ。ねえ、泳いじゃダメ、って言うんじゃないんだよね。肌を見せて、髪を見せてダメ。ってことなんでしょ?」
 みあおは、彼女に向かってそう、聞いた。
「‥‥ウン‥‥。でも、フクキタママ、ムリよ」
「なら、ちょっと来て!」
「えっ? ナ・ナニ??」
 水着から!マークのように飛び出したみあおは彼女の手を強引に引いて更衣室に連れ込んだ。
 自分のバックを取り出してきて、自分の胸に撒いていた白い布をはらり、と落とす。
「ナ、ナニスルノ?」
 顔を赤くして目元を押さえる彼女にみあおは白い包帯のような布をぐるぐるぐると、巻き始めた。
「これ、さらし、っていうの。ただの白い布だからいろんな形に巻けるんだよ」
 まるで‥‥古い映画のミイラ男のようになった、彼女は笑う。
「一人じゃないから、一緒にみあおもやるから、ね?」
 戸惑うような、躊躇うような顔を彼女は浮かべるが、やがてそれ以上の笑顔が彼女を動かす。
「それ、カシテ。ジブンで、やるカラ‥‥」
「うん!」
 ほら、ここをこうして‥‥。
 お互いに手足に布を巻いて、頭にスカーフのように縛って。
 楽しそうな声が、更衣室の外まで響いて‥‥、扉をノックしかけた影は、そのまま去って行った。

「そうでしたか‥‥」
「とても、楽しそうでしたよ」
 教師の訪問を受けたその男性と女性は、静かに微笑んだ。
「このご時世です。いろいろな意味で迫害や非難が我々に注ぐのは仕方が無いのですが‥‥。ここなら大丈夫のようですね」
「ええ、一応お預かりしていましたが、子供達は自分から彼女の為に考えたんです。誰一人、笑う子はいませんでしたわ」
 他の子供達のように明るく可愛いものではないが、特別な長袖水着をどうしてもの為に、親は用意していた。でも、そんな気遣いも無用のようだ。
 相手を認め、尊重し、共存の方法を考えていく。
「世界中が‥‥その子達のような人ばかりなら、戦争も起こらないのですがね」
「ええ、そうですね」  

 今日も、ダイヤモンド・マリンに子供達の歓声が上がる。
 誰もがただの子供になって‥‥。
 水のしぶき、皆で手を繋ぎあう子供達の笑顔。
 夏の太陽の下、それはダイヤモンドよりも美しく、眩しく輝いていた。 
PCシチュエーションノベル(シングル) -
夢村まどか クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年07月29日

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