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『炎帝は灼熱に惑う 』
夏軌・玲陽5454)&治貴・圭登(5466)

 そこはいつも暑苦しい太陽と一番近く、まるで空と友だというようにコンクリートの床を同じ厚さで焼き、鉄で出来た手すりに火傷を伴う熱を与えた。
 だが、夏軌・玲陽彼は自分の能力である人の心が見えてしまう、そんな状況を回避する為にこの屋上はどんな炎天下でも心の休まる場所だったのだ。今までずっと、自らの身体があまり汗をかかない事をいい事に、お洒落にも気を遣っていた彼がここを離れるきっかけ。
 ―――そう、親友であり、今まで何もかも玲陽の上を行き、信頼していたと心から思っていたかった相手、治貴・圭登が今日ここに乗り込んでくるまでは。

「最近随分サボりが多いじゃないか。 皆心配してるぞ…」
 屋上の床に汚れる事も気にせず制服を伸ばし、寝転んでいる玲陽は開口一番、そう言った圭登を目だけで見つめ鼻を鳴らすような声を漏らす。
「どうして俺なんかに構うんだ…? あの子と上手くいってるんだろ?」
 半分自嘲めいた口調で言い放つと、構わないでくれとばかりに転がっていた身体を起き上がらせ、圭登から目を逸らした。
 以前出会った生徒。玲陽を心配する声と圭登を想う声。二つに惑わされながら自分は思考回路を遮断される。恋という感情をまるでいつも上に居る圭登にいきなり奪われてしまったようで、笑顔が凍り、冷徹な口を微笑ませる事しか今は出来ない。

「上手くいっている? 何を言っているんだ…? ほら、玲陽」
 圭登が差し出した手を玲陽は振りほどく。嫌いではなかった筈なのだ、親友としてまるで暗示をかけるようにして過ごしてきた日々は決して。
「お前こそ、何言ってんだよ、かわいーじゃん? あの子」
 男に可愛い、も無いがそれもまた褒め言葉であり玲陽にとって一度は光となって見えた少年だ。それがここに、自分の隣に居ずに圭登の側に、まるで砂漠の幻影を見るかのように見えるのは苦しく。
「あーあ、俺。 狙ってたのになー…、まさか治貴のトコに行っちまうなんて」
 ようやく圭登と目を合わせた玲陽は悲しみとも、怒りともつかぬ、それでも笑顔だけを張り付かせて肩を竦めてみせた。
 圭登の暑さから来る汗がまるで雨を浴びたように濡れ、酷く傷ついたというように黒く艶のある髪から滴り落ちている。対して玲陽はその体質ゆえ、ふわり、と浮き上がるような茶色の髪をこの熱さだというのに時折来る風に遊ばせていて、まるで対極的だ。

「俺はお前から何かを奪ったのか…?」
 見詰め合った目が、玲陽を射る。それだけ汗を端整に整った顔へと流しながら、親友へ向ける圭登の声が怖い。このまま黙っていたならば、今まで意図的に聴く事を拒んだ心の声が聞こえてしまいそうだったから。
「ははっ、やめてくれよ。 そんなんじゃねぇって」
 この場だけは逃れなければならない。玲陽の心理はそれを必死に考えながら圭登の方へ向かった。
 相手は自分の次に出る行動は読めない、だからこそ今近づいて来た玲陽の顔を覗きこむ黒い瞳は、どうしたのかと問いかけているようで。

「おい、玲陽…ッ!」
 ぐい、と引き寄せた夏制服の白さと、一気に詰め寄った圭登の顔が大きく見え、そして触れる唇の感触と離れていく寂しい熱が愛しくも、悲しい。
「俺とこんな事しちゃったら…あの子が軽蔑するんじゃねぇ?」
 決して、圭登の事が好きなわけでは無いと、そう心で反復しつつも玲陽は離した唇を拭い、そして親友だった人間の横をすり抜けるように屋上から逃げる。

「―――ッ! おいっ!」

 階段の上で圭登が何かを言っている声がおぼろげに聞こえた。
 が、玲陽はただもう一度肩を竦め、屋上と同素材で出来た階段を下りながら、額を拭うのだ。かかない筈の汗という水滴を拭いながら、思うのはただ虚無感と焼けるような痛みだけで。



 サボりは常習犯、遅刻も常習犯。それでも玲陽はいつも炎天下の中、屋上に居た。
 晴れた空、曇った空、辺りの景色はなんでも見下ろせたかのように思えた場所は、先日の圭登との一件で行く事も叶わず、一人でただ別の場所に居たいと願うその心は自然と学校内の中庭へと向かって居る。
 四角い壁に覆われた緑、今までと違う、風景が見渡せるでもなく、ただ校舎の窓から逆に見下ろせるようにも見えるその場所は、最初こそ屋上とは違い、違和感があったものの圭登が顔を出さないという点では随分と玲陽の心を落ち着かせた。

 自慢ではないが、いつも身につけたセンスの良い淡い青色の羽のアクセサリーを指で弄びながら、ただ何も思わずに出来ることなら静かにしていたい。考える事を半ば放棄した思考はただ眠りと今までの圭登との関係はなんであったのだろうかという疑問だけ。

「おっ、サボり見っけ」
「?」
 突然、だった。いきなり以前の圭登と同じように明るい声をかけられ、びくりと背中を揺らせたが振り返った先には当の親友だった男ではなく、色黒くごつい体躯の男子生徒。
 玲陽に向けた言葉もさほど敵意があるわけでもなく、ただ単に興味がひかれるといった風で、なかなかに整頓された庭の木々を押しのけどっかりとした身体を屈託の無い表情と共にサボり常習犯の側へと下ろす。
「おまえ…誰だっけ?」
 馴れ馴れしいと言えば言葉は悪いが、こうやって隣に座っているとまるで相手が自分を見知っているといった風で、玲陽は訝しげに目を細めながら浅黒い肌の生徒を見やる。

「夏軌玲陽君の一、ファンです」
「ぶっ…」
 真面目に言っているわけではないのが口調でわかるが、本気じゃないわけでもないらしい。
 あまりにも突然な気の抜けた台詞に玲陽は今まで張り詰めていた空気を一気に崩してしまう。
良い意味で、案外こういう屈託の無い言葉は肩の力を抜くのには丁度良いようだ。
「マジで言ってないだろ?」
 口の端を吊り上げ、横目で生徒を見やれば、まぁ、確かにと思ったとおりの返事が帰ってきて、逆に玲陽の笑いのツボをおさえる。

「や、まぁたまたまへこんでそうな奴もいる事だし、声かけてみただけ。 邪魔だったか?」
 たとえ邪魔だと言っても気にしなさそうな彼の言葉を玲陽は少し考え、そして首を横に振る事で返事を返す。
 暫くぶりの友達という関係。相手はそう思わずとも玲陽にとってはあの日圭登との事があってからクラスにも顔を出せずにただ日々を中庭という場所で過ごしていたのだから、心が和むと言ってしまえば相手に失礼だろうか。
「そういうお前もサボりだろ?」
 いつもの調子が戻ってきて、口の端を人懐っこく吊り上げてみせればどうやら図星だったらしい、一瞬丸く見開かれた目は一度微笑み。
「当たり。 夏軌は勘がいいなぁ…」
「勘じゃなくてもこの時間にここに居ればわかるって」
 思わず笑い出しそうになる会話を頭を抱えながら笑って、玲陽はふと生徒の顔を覗きこむ。体躯も肌の色も全く違うというのに。
(治貴に似てるかもな…)
 そうやって一瞬、冷めそうになった心を振りほどき、この人物は彼ではないのだとまた口だけで微笑んでみせる。

「でもさ、お前どこで俺の名前聞いてきたんだ?」
 自己紹介した覚えは全く無い。確かに、以前から人見知りせずに友人を作っていた玲陽だから名前を知っている人間が多く居ても不思議ではないのだが、突然現れた人物に知っていると言われるとなんだか以前の自分まで知っていると言われているようで、少しだけ恥ずかしいという様に髪を掻く。
「うーん、有名な夏軌君だからなぁ…結構知ってる奴多いぜ? ホラ、結構スポーツ万能な方だろ、だから俺達の所でも噂になって…」
 訝しげに聞くわけでもないというのに、生徒は眉間に皺を寄せながら玲陽について語っている。どうやら彼自身、スポーツマンか何かなのだろう。自分の事を聞いているという事は大抵軽い、という嫌な噂かこの身体能力を生かして見せた大技の一人歩きするような噂くらいで。

「はぁん…お前、運動部かなんかだろ?」
 俺達、という事は少なからずこの生徒が運動に関する部活、或いはそういう団体に所属している事が理解でき。
「まぁな、ラグビー部。 夏軌の体系だとちっとばかり無理があるかもしれないが…それでも動きが良いって噂になってるぞ」
 にこり、とまた屈託無く微笑む姿はなかなかにして眩しく、久々に明るい気分になれた玲陽は、そりゃどうも、とふざけながらもこの好意的な言葉を受け取り、生徒へ向けた。

「じゃあ、俺。 夏軌玲陽、改めてよろしくな」
 久しぶりに微笑みのある会話、友人として言葉を発する事のできた人物に自然と自己紹介の言葉が出てくる。たとえ相手が自分の事を知っていようと、とりあえず、きっとこの生徒とは友達になれると玲陽は思いながらも自らより黒く、大きな手と握手を交わすのだった。



 玲陽に新しい友人が出来てまた元の生活が戻ってきつつある。いや、正確には元の自分を作らなければいけないような生活ではなく、もう少し、本当に少しだけであるが他人との接し方に自分を出せる。そんな生活。
 それもこれもあの屈託の無い浅黒い笑顔で、友人として付き合い始めて、ここまで玲陽が安心できる人間も居ないだろうと柄にもなく思ったくらいで。

「ねぇ、夏軌君ー。 なんであんなマッチョ君と一緒に居るのー?」
 周囲の反応は見た目の通り、圭登までとはいかないものの、女生徒の人気の的でもあった玲陽が以前の親友とではなく、ごついスポーツマンタイプの友人と歩くようになり、見た目の違和感があるという声ばかり。
「そりゃ、いー奴だからに決まってるだろ? 見た目で判断しちゃいけません」
 大抵そういう質問には内心飽きてはいるものの、元に戻った明るさと口調ですらりと交わし、玲陽はまた学校の中庭へと足を運ぶ。

 あの友人が真面目な所があるのか、最近は休み時間など開いた時間に待ち合わせをしてとりとめのない会話を楽しむ事にしている。勿論、サボりがなくなったわけではなく、時折互いを見つけあってはスポーツの話や玲陽の得意分野であるアクセサリーの選び方など様々な話題が飛び交った。
「ほんと、今日の授業は退屈だったなー…。 ま、午後はやっぱり中庭だろ」
 時折出る授業が終り、盛大な欠伸をしながら玲陽は中庭に向かう。
 当然、これからは昼寝か友人との会話に限る。勿論、その場所にあのマッチョがいるかどうかはわからないが。

「あ、おーい!」
 木陰であまり見えないが制服の色で男子生徒なのが分かる。顔は見えないがここ暫く中庭に来るのは玲陽と友人だけだったのだから今見えている人物もきっとあの生徒なのだろうと、つい嬉しくなった声が弾み、じゃらじゃらと音を立てるブレスレットをふりながらその方向へ歩き出していた。

「―――…玲陽」
「治貴…か、なんだ」
 暑さと正反対に、凍る瞬間。走るまでもなかったか、少し歩いただけで縮まるこの距離を少し行けば、あの大きな体躯ではなくもっとほっそりとした、そして何よりあの日屋上で見た黒髪が振り返り、同じ漆黒で玲陽を見ていたのだから

「それじゃ、俺授業行くわ」
 興醒めした、とばかりにふいと背を向ける玲陽の細い腕を圭登は掴み、今まで一度もそんな力があったとは思えないような強さで手首に掌を押し付ける。

「い…って…! 何すんだよ…」
 痛みから逃れる為に圭登の方を向き、なんとか離れようとするも、捻り上げられるようにして腕を捕まれどうにもならずに相手をただ見やる。その顔、目は以前のように汗で濡れてはいないものの屋上に居た時と同じ、何処か焦ったような視点は玲陽に向けられているというのに心は落ち着かず震える、手。
「暫く会ってないと思ったら友達が出来たんだってな?」
「っ…それがどうしたんだよ…。 俺が誰と話そうと関係ないだろ…」
 一瞬また掴まれた腕に力が入り、玲陽は痛みに眉を顰める。

「関係あるんだ」

 きっぱりと、はっきりとした声が玲陽の耳に、心に届いた。が、それが自らの読心の能力なのかはわからず、思い切り引き寄せられた身体はすっぽりと同じ細さだと思っていた圭登の身体に収まり、背が高く見上げる事しか出来なかった顔が自らの首筋に手を添えられ、上を向けられ。
「んっ……。 は…っ…!」
 柔らかい筈の互いの唇が灼熱を帯びて精神を焼き切る。
 痛みは無いというのに、怖くもないというのに、どうしてこんな行動に出ているのだろう。自分も圭登もそんな関係ではない筈なのに、している行為は矛盾していて何度か暖かいものを口の中で感じた後玲陽は潔く、親友だった人間に解放された。

「ばっ…か。 お前何やってんだよ…」
 手は離され自由だというのに、まだ圭登の方を向いたままの玲陽はどう言葉を紡いで良いのかわからずに空から刺す太陽を恐れるかのごとく腕を顔に当てる。

「わからない…」
 なんだよ、それ。と、自嘲めいた言葉を圭登に言い放ち、屋上の時と同じように背を向けた。
 わからないのは玲陽も同じで、焼き切った思考回路を繋げる為の作業はもっと酷く時間がかかり、今はまだ、この親友と話す気にだけはなれない。

「お前も暑さでやられちまったんだよ…」
 圭登の真意を掻き消すように玲陽はそう吐き捨てると中庭を後にした。

 きっと、午後の授業にもきっと出る事は出来ない。熱を持ったコンクリートが肌に直接火傷を負わせるように、今はただ、玲陽の熱も荒れ狂い、ただ人を、自らを傷つける材料にしかならぬのだから。




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東京怪談
2005年07月28日

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