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『夏の転機 』
江戸崎・満1300)&弓槻・冬子(3769)


 日に日に強くなる日差しが肌を刺す。
 簾越しに差し込む光に江戸崎満(えどさき・みつる)は目を眇めた。
 そして、手元にある手紙に目を落とす。
 真っ白な横書きの便箋には先日満が訪れた後にあった事などがしたためてある。
 そして、その中の一文に目を止めた。
『来週近くの集落で夏祭りがあります。是非江戸崎さんもいらっしゃいませんか?』
「夏祭り、か……」
 蝉の鳴き声が江戸崎の呟きをかき消すように一層大きな声で響き渡る。
 満は丁寧にその手紙を折り直して封筒に戻し引き出しの中の漆塗りの平らな文箱に入れる。
 その箱には同じ様な封筒が何通もしまい込まれていた。
 その封筒の差出人は全て『弓槻冬子(ゆづき・ふゆこ)』となっている。
 毎月彼女の入院している白樺療養所へ通うのと平行して、出会った春先から手紙でのやり取りをしていたのだ。
 満は文机の上にある卓上の小さなカレンダーに小さく丸印をつけた。
「なぁに、その印し?」
 いつの間にか満のすぐ後ろに養女が立って満の机を覗き込んでいた。気配すら感じ取っていなかった満は慌てて机の引き出しを仕舞う。
「そんなに慌ててしまい込まなくても人の手紙をこっそり覗き見するなんてお行儀の悪い事はしないのに」
 日差しと同様に日に日に養女のからかいも増えるのだが、満はあえてそれを無視してただ鹿爪らしい顔を取り繕った。


■■■■■


「あら、江戸崎さんいらっしゃい」
 白樺療養所へ着くなり顔見知りの看護士に声をかけられた。
「弓槻さんのところへ行くのはもう少し待っていたほうがいいんじゃないかしらねぇ」
 なんだか含みを持たせたその台詞に満は少し首を捻りながらも、ロビーと兼用になっている共用フロアにある椅子に腰掛けてしばらくの間時間を潰すことにした。
 すると冬子の方から姿を見せた。
「どうですか?」
 満の前まで来た冬子がくるりと回って見せる。
 いつも緩く結んである長く艶やかな髪はすっきりとアップにまとめられていて白く細い項が出ている。
「よく似合ってますよ」
 何か眩しいものを目にしたかのように目を細める。
「久しぶりに来たから自分で帯が上手く結べなくて」
 本当は満が来るまでに用意しておくつもりが思ったより手間取って結局看護士に手伝ってもらったのだと冬子はすこし恥ずかしそうな笑みを浮かべる。
 自分も浴衣で来ればよかったかなと思った満にすっと渋茶色の浴衣が手渡された。
「え?」
「せっかくなんで江戸崎さんの分も用意してもらったんです」
 満が浴衣を受け取るのを見つけた看護士は、
「ほら、江戸崎さんぼーっとしてないで早く着替えて着替えて」
と、空いている部屋へ満を追いやる。
 満が振り向くと、冬子が小さく手を振っていた。
 そして、促されるまま浴衣を身につけた満は冬子の案内で夏祭りの会場へと向かうことになった。


 ゆっくりと冬子に合わせるように歩を進めて2人が夏祭りの会場になっている集落の小さなお社に着いた頃にはすっかり夜も更けていた。
 提灯に照らされた境内にそう多くはないがいろいろな夜店が並んでいる。
 りんご飴、金魚すくい等、昔ながらの屋台を2人は眺めて歩いた。
「昔、娘とそろいの浴衣を来てこうして夏祭りを見て回ったんですよ……あの子、食べきれないような大きなりんご飴を持ってニコニコしてた」
 幼い少女の金魚の尾びれのような兵児帯を絞めた浴衣姿を見て、冬子は娘を思い出して少し寂しげな表情を浮かべた。
 静かに冬子の話を聞いていた満だったが、
「冬子さん、ちょっと待っていて下さい」
と言って、少し冬子の側を離れると5分もしないうちに、べっこう飴と赤い金魚が2匹入った袋を手に戻って来た。
「はい。浴衣のお礼というには少なすぎますけど」
 それを受け取った冬子が嬉しそうに微笑むのを見て満は胸を撫で下ろした。
 あんな寂しげな顔を冬子にはさせたくない。その一心だった。
 それから再び歩き出した2人だったが、満は冬子がどこかぎこちなく歩いている事に気づいた。
「冬子さん、ちょっとこっちへ」
「え?」
 そう言って、満は冬子に有無を言わせず人の流れの邪魔にならないようにお社の縁側に座らせ、自分は冬子の足元にしゃがみこんだ。
「見せて下さい」
 満は冬子の顔を見上げる。
「足、痛いんでしょう?」
 じっと満に凝視されて観念したように冬子は右の足を満の前に差し出した。
 満はなるべくそっと冬子の細い足首に手を添えて、下駄を脱がす。
「やっぱり……随分我慢していたんでしょう?」
 親指と人差し指の間が赤く擦り切れているのを見て満は眉を顰める。
「ごめんなさい」
 怒っているわけではないのだと、ただ――上手く言葉を選べなくて満は黙るしかなかった。
「しっかり捕まっていて下さいね」
と断ると満は冬子を抱き上げて鳥居をくぐり、社の側にある小川の岸に冬子を下ろした。
 汚したほうの右足を少し水に浸らせている間に、満は慣れた手つきで鼻緒を緩め、
「これで少しは楽になると思いますよ」
と下駄を履かせた。
「ありがとうございます。なんだか、江戸崎さんには迷惑をかけてばかりですね」
 そう言った冬子の言葉を受けて、満は首をゆっくりと振る。
「迷惑だなんてそんな風にいわないで下さい」
「でも―――」
 そんな冬子の言葉を遮るように、満は意を決して告げた。
「貴女を守りたい」
 満の告白に、冬子は驚いた顔をしたが、
「私は、只護られるだけの女じゃないですよ」
と微笑みながら答える。
「其れは分かっています。でも、俺は貴女の力になりたい」
満の真剣な眼差しに、冬子はなんと言えばいいのか――束の間2人の間に沈黙が落ちる。
「……暫く考えさせて下さい」
といった冬子の真摯な瞳に満は頷いた。
 其れに気付いたのは冬子が先だったのか、満が先だったのか、ふわりと向かい合う2人の間を小さな光がふわりと通り抜けた。
「あ、――蛍」
 いつの間にか、蛍の群れがゆっくりと2人を取り囲むように淡い光を放ちながら舞っている。
 しばらく、2人はその幻想的な光景をただ黙って眺め続けた。
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遠野藍子 クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年07月26日

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