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『【未亜〜拭い去れぬ記憶〜第八章『歯車』】 』
早春の雛菊 未亜1055)&白き天雷 千早(1802)

 ――血の匂いを感じた。肉の匂いもする‥‥。
 冷たい床の感触と、ぬめりを感じる液体はなに?
 全身を撫でるように流れて行く風はどうして?
 気持ち悪い‥‥気持ち悪いよぉ――――

●まどろみのなかで‥‥
 ぴくんッと少女の身体は跳ねた。
 緑の髪の毛から覗く耳に音が流れて来る。
 甲高く弾ける音、凛とした女の気合、獣のような咆哮‥‥。
 ――なに? なにが起きているんだろう?
 早春の雛菊・未亜は、赤い瞳を薄っすらと開く。
 ぼんやりとした視界は、何度か瞬きを繰り返すと鮮明に光景を映し出した。少女は瞳を見開く。
 ――地獄
 幾つもの人だったと思われる肉隗が転がっていた。
 鋭利な刃で切り裂かれた箇所から、ハミ出した赤黒いモノが散ばっており、血の水溜りが彼方此方に覗えた。そして、この惨状と共に鼻を付く悪臭が、大きなホールを包み込んでいる。
「な‥‥っ!」
 未亜は吐き気を感じて腰を捻る。床と重なっていた背中から、ツゥーっと液体が流れる気がした。少女は視線をゆっくりと、自分が先ほどまで仰向けに倒れていた床に向ける。
「‥‥血? やだッ!」
 驚愕と共に未亜は半身を起こすと、白い身体から誰のものとも知れぬ血がドロリと滴り落ち、ペタンと座った股下に池を作り出した。
 血塗れの身体を改めて見つめ、少女は自分が一糸纏わぬ姿だと気づき、端整な風貌に羞恥と恐怖を浮かばせると、慌てて身体を丸めた。
「未亜‥‥なんで裸だったんだろう?」
 周りの惨状と裸のまま血塗れの床で気を失っていた自分。身体が小刻みに震え出すと共に、記憶が脳裏に甦って来る――――

 ――お前には色々と働いてもらうがな。
 ――未亜さまには給仕をやって頂きます。
 ――‥‥どうぞ、お食べになってください
 ――ミアァァ‥‥ヨルはワレの刻ダァ! ズニノルナ人間ドモよ!
 ――闇に蠢く魔物よ‥‥その命の灯火を消し去ってくれる!

 ――私の店で働いたらどう?

「あっ!」
 未亜は瞳を見開いたまま勢い良く顔をあげた。赤い瞳に涙が潤む。
「思い出したよ‥‥未亜は‥‥みんなに‥‥殲鬼に‥‥ッ!!」
 ――私の店で働いたらどう?
 優しい微笑みを浮かべる黒髪の女性が記憶に浮かんだ。
「あの人がッ!」
 少女は気をしっかりと取り戻すと、耳に再び剣戟の音が聞えて来た。

●未亜を気に掛けてくれたひとだから
「クッ、何てタフな魔物なの!?」
 白き天雷・千早は、殲鬼に何度も切り傷を与えた筈だ。その証拠に彼女の倍はある大きな身体の致る所に刀傷が浮かび、鮮血が流れていた。それでも一向に魔物は倒れようとしない。
『ドウシタ? イキがアガッテルデワナイカ?』
 殲鬼は耳元まで開いた口を歪めて余裕を見せる。爬虫類のような紅い眼に映った女は、両手で長剣の切先を向けて身構えていた。肩が上下に揺れ、呼吸の乱れを明確に映し出す。
「ハァハァ‥‥そ、それは気のせいというものです!」
『フッ、ツヨガル女ワ嫌イデワナイゾ』
「この一撃で決めますッ!」
 気合も高らかに千早は床を蹴って駆け出す! 黒い瞳に映る殲鬼が迫って来ると同時、構えた剣を横へ流した。
 ――上から振り下ろすもダメ、突き刺すのも私の力じゃ無理なら!
「クッ!」
 ギリギリのラインでサイドステップを踏んだものの、殲鬼の鋭い爪の洗礼で僅かな肉が持って行かれ、女の肩口で鮮血が舞う。だが、動揺したのは魔物の方だ。
『カワシタダトッ!?』
「ええぇぇーいッ!!」
 千早は横に跳んだまま十分に腰を捻り、長剣の重みに自身の回転を加え、渾身の一撃を叩き込んだ。硬い皮膚が裂け、殲鬼の横っ腹から勢い良く鮮血が噴き出すと、咆哮のような叫び声が室内に響き渡った。
 その光景を目の当たりにし、未亜は顔を綻ばす。
「やったぁ! これで未亜は自由になるんだ♪ えっ?」
 忽ち笑顔が掻き消えた。同時に千早も表情に失望の色を浮かばせる。
「そ、そんな‥‥刀身は半分以上身体に‥‥はッ!?」
 殲鬼の豪腕が溜めを作ると共に、千早へと振り下ろされた。
 ――抜けないッ!?
「千早さんッ!!」
『ミクビルなァッ! ニンゲンッ!!』
 千早は素早く細腕を交差させる。だが、強大な拳はガードした身体もろとも容易く吹き飛ばし、彼女は床に叩き付けられながら滑って行った。埃が舞い、視界が曇る。
「千早さんッ!?」
「ダメです!」
 駆け寄ろうとした未亜を静止する声。千早は震える身体を必死に支え、立ち上がろうとしていた。だが、手足が軋み、身体の痛みが意思に反して自由に動けない。
「こ、来ないで、下さ、い‥‥私が、あなたを‥‥ひあぁッ!」
 殲鬼の右手は千早の長い黒髪を掴み、持ち上げた。反射的に痛みを逃れようと、髪の毛をワシ掴む手に指を持って行く。刹那、魔物の口元が歪んだ。
「きゃあぁぁぁッ!!」
 瞬時に左の手が千早を襲い、あっという間に両手の自由を塞がれた。必死に抵抗してもがくものの、身を捩るのがやっとだ。
『マダ息ガアルトワ気二イッタゾオンナ! サテ、ドンナ声デ鳴イテクレルカナ?』
 魔物の鋭い爪は、千早の顔からゆっくりと首筋へ下り、豊かな胸元を覆う衣服へと掛かる。
「な、なにを? や、やめなさいッ!」
 刹那、響き渡ったのは布の裂き切れる音と女の悲鳴だった。
『ヨクも! オレに! コンナ! でかい! キズヲ! クレタナッ!』
 次々に殲鬼の爪が放たれ、血の花びらが舞い散る中、宙吊り状態と化した千早の足元に鮮血が滴り落ちた。恐怖と屈辱、そして痛みで細い足がビクビクと戦慄く。
『コレでサイゴだッ!!』
 一直線に向けられる爪。このまま突き刺そうと構えたその時だ!
「ま、待って! ‥‥下さい」
 魔物の足に未亜は、小さな身体ごとしがみ付いた。殲鬼の爪先が千早の傷だらけの身体の前でピタリと止まる。
『ミィアァ〜ナンのマネダァ!』
「ち、千早さんを助けてあげて‥‥いえ、助けてあげて下さいッ!! 未亜を、どうしても構いませんから‥‥お願いです‥‥殲鬼、さま」
 未亜が手を組んで哀願すると、血塗れの裸体のままスックと立ち上がる。その足はガクガクと小刻みに震えていた。殲鬼は血塗れの肢体を舐めるように流して、舌なめずりして見せる。
『フッ、ミアよカワイイことヲいうデワナイカ』
 ズイッと顔を少女に近付けると、長い舌で未亜の身体に付いた血を舐め取った。
 ――う‥‥ん‥‥私は‥‥!!
 意識を取り戻した千早は床に転がされている事に気づく。なぜ、殺されなかったのかと疑問を抱きながら、女は痛みを堪えて半身を起こすと、甘美な少女の歌声が耳に飛び込んだ。
 ――未亜ちゃん!? まさか私を助ける為に‥‥
 未亜は舞い踊っていた。ゆっくりと揺れ動く時もあれば、激しく舞う時もある。緩急の中で少女は緑色の髪を揺らし、珠のような汗を舞い散らせていた。その表情は苦悶と恍惚の挟間を揺れ動く。身体を捻り、腰を振るダンスは、儚げでいて妖艶だ。
 ――今なら‥‥
 千早は息を殺して立ち上がり、傍に転がっている長剣に手を伸ばした。幸い、というが正しいかは分からないが、殲鬼は少女に夢中で気付いていない。
 ――このまま頭に突き刺せば魔物であろうとッ!
 長剣の柄を逆さに構え、殲鬼の背後で大きく振り被る。
「魔物よ! 滅せ‥‥ッ!!」
「ひぁッ‥‥千早さんッ!?」
 それは一瞬の差だった。
 振り下ろされる切先に殲鬼が気付き、そのまま横薙ぎに爪を振るうと、女の脇腹から鮮血が派手に噴き出し、血の花を咲かせたのだ。
「ち、千早さんッ! あッ‥‥」
 汗と血に塗れた未亜が硬直する中、大粒の血が落ちて来た。ゆっくりと視線をあげる少女が見たものは、顔面から剣先を覗かせ、裂けた箇所から血を滴らせる殲鬼の姿だ。刹那、滝の如く鮮血が噴き出し、魔物は絶命した。
「千早さんッ!」
 膝を着いてゆっくりと崩れた女へと未亜が駆け寄る。
「千早さんッ! しっかりして下さいッ! 千早さんッ!!」
 女は瞳だけを未亜へ向け、微かに微笑んだ。
「無事、なの、です、ね‥‥よかっ、た‥‥」
「千早さんが助けに来てくれたからだよ! 未亜、嬉しいよ‥‥未亜なんかを‥‥気に掛けてくれ、て‥‥千早さん? ダメだよ? 眠っちゃダメだよッ!」
 ズンッ、と、未亜が支える千早の背中が重く感じた。刹那、糸の切れた人形の如く女はゆっくりと崩れる。少女は何度も女の名前を繰り返す。声は次第に嗚咽へと変わり、穏やかな顔へ雫が零れ落ちた。
「そんな‥‥未亜と関わったから‥‥千早さん‥‥」
 ――やだよ! 千早さんを死なせたりしないもんッ!!
 ――未亜に力があれば‥‥未亜はどうなっても構わないからッ!!
 その時だ。
 少女の両手が温かい光に包まれた。未亜は咄嗟に光輝く手を千早の傷口へと当てると、次第に裂けた部分が復元してゆく。
「千早さん! 未亜、助けるからッ! ぜったい助けるからッ!」
 トクンッと千早の胸が鼓動を鳴らし始めるのを感じた。
 ――あと少し! 目を覚まして!
 スッと未亜の頬を撫でる手の感触。
 少女はその手を両手で握り、何度も千早の名を叫んだ。
 赤い瞳に、ゆっくりと目を開く女の顔が映る。
「ありがとう‥‥未亜ちゃん」
 二人は抱き合い、互いの無事を確かめた――――

●新たなる生活
 ――カランッ☆ と涼しげな鈴の音が鳴った。
 パタパタと少女が急いで駆け付ける。
 ドアの前には一人の男が佇み、店員が来るのを待ち侘びていた。
「いらっしゃいませ☆ お食事ですか? お泊りですか?」
 未亜は満面の笑みで来客を出迎える。

 ――数日前。
「どうしても行っちゃうんですか?」
 長い黒髪の女は微笑みを浮かべて振り返ると、瞳に不安を湛える少女が映った。千早は踵を返し、顔を見上げる未亜へ近づく。
「私ね、役目から逃げてこの店を経営していたの。でも、誰も守ることが出来ない自分に正直後悔したわ。だから、また戦巫女をやり直してみるの」
「でも‥‥この店は‥‥」
「勿論、私の店ですよ。だけど店長は未亜ちゃん、あなたに暫らくお任せしますから、頑張って下さいね☆」
 言いたい事は沢山あった。しかし、千早の決意と微笑みの中で、少女は不安感を飲み込んだ。未亜は元気よく頷いて見せる。
「はいッ! 未亜、頑張るから! 行ってらっしゃい‥‥帰りを待ってます」
「はい、行って来ますね☆」
 未亜は千早が見えなくなるまで何度も手を振り続けていた――――

「ふぅ、今日の営業は終わりっと♪」
 夜もすっかり更け、未亜は店を閉めて明かりを弱くする。
 今日も店は盛況だった。常連客も増えて来ている。
 明日の用意を済ませると、未亜は倒れるようにベッドへ崩れた。
「明日も‥‥きっと、忙しくなるぞ‥‥がんばら、な、く、ちゃ‥‥」
 少女はそのまま寝息をたてる。
 ――幸せだよ未亜‥‥まるで、夢、みたい‥‥
 未亜は幸福感と充実感につつまれながら眠る。
 少女は今夜どんな夢を見るのだろうか?
 幸福な夢? それとも悪夢?
 そもそも現実と夢の境界線はどこで引かれるのだろう?

 ――未亜に力があれば‥‥未亜はどうなっても構わないからッ!!

 少女は眠る。
 そして目を覚ますだろう。
 それは夢の中か現実か――――

 未亜〜拭い去れぬ記憶〜第八章 
 <END or ‥‥>


●あとがき(?)
 お久し振りです☆ ただいま。
 早速のご注文有り難うございました♪ 切磋巧実です。
 毎度ながら表現を変えさせて頂いた部分があります事を御了承下さい。いつものように深読みして補完しましょう(苦笑)。
 終演を迎えた第八章いかがでしたでしょうか? お約束通りPCを追加して頂き、物語をスムーズに描くことが出来ました。感謝です☆
 さて、この連作は或る意味『夢』というテーマで綴らせて頂いたって感じですね。とても現実的な夢を見てたりすると、現実と思って行動した事ありませんか? とんでもない流れになって、どうしようもない時に目覚めて、ホッとした事はありませんか?
 ――でも、本当に目覚めたのかなって疑問を感じたとしたら。
 ――実は未だ長い夢の中だったとしたら。
 未亜ちゃんが見ているのは夢でしょうか? 
 それとも現実でしょうか? 
 歯車とは新しい生活? それとも‥‥。
 その答えはお任せ致します。
 それでは感想お待ちしていますね♪
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
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聖獣界ソーン
2005年07月22日

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