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『【継承する為に体験すること】 』
門屋・嬢0517

 ――極限の恐怖心理による死の恐怖‥‥か。
 湯気に霞む白い天井を見つめながら、門屋嬢は頭にタオルを乗せて湯船に浸かっていた。
(親父の体験した極限の恐怖心理ってどんなだろう?)
 ぱしゃんと響く水音と共に、水滴が滴る細い腕を天に伸ばして見る。手を伸ばしても届かない現実‥‥。分からない事は書物やネットで調べれば大抵のものは知る事ができる。しかし、体験とは、文字通り体験しなければ手に入らないものだ。
 温かい湯は次第に思考を薄れさせ、まどろみに落ちそうになった嬢は、慌ててバスタブからあがった――――

 風呂からあがった嬢は、首からバスタオルを下げたまま、自分の部屋へと戻って来た。黒い丈の短いノースリーブシャツとショートパンツ姿の彼女は、座椅子に腰を降ろして胡座をかくと、未だ乾き切っていない黒いショートヘアをタオルで拭きながら、もう片方の手でパソコンの電源を当たり前のように入れる。
 起動音と共にハードディスクの耳障りな音が室内に響き渡り、読み込みが終わるまで、両手を支えに上半身を反らせて天井を見上げた。
「どうすれば体験できるだろう?」
 これでも心理学を学ぶ者だ。想像は簡単に出来なくも無い。しかし、それも単なるイメージに過ぎないのだ。
 ――ならばゲームはどうだろう?
 確かに最近のコンシューマーゲームは表現力の向上と共に、リアルに描写される。戦争を舞台にしたゲームもあるし、キャッチフレーズはリアルな戦場を体感せよ! だ。
 でも、彼女には分かっていた。
 TVゲームの中に極限の恐怖心理による死の恐怖は無いと。
 所詮はゲームなのだ。銃声が鳴り響き、周囲で爆発が次々に起きようとも、空気までは感じられやしない。硝煙の匂いも、爆風の痛みも、敵の放つ銃弾に込められた殺意と狂気ですら知る事は出来ないだろう。
 ――いっそ、ヤクザに喧嘩でも売ってやろうか?
 いやいや待て待て、自分は得物すら持っていないのに無謀過ぎる。まして嬢は19歳の若さであり、容姿も悪くはない。寧ろルックスもプロポーションも男を夢中にさせる魅力は十分だ。死の恐怖どころか別の恐怖を味わう事にもなり兼ねないではないか!
 ブンブンと頭を振って脳裏に浮かんだイメージを振り払うと、パソコンが既に待機状態なのに気付き、マウスを滑らせて検索に取り掛かった。赤い瞳が表示されては消えるモニターの文章を追う。
 ――極限の恐怖心理 死の恐怖。
 しかし、この検索では期待するヒット件数が無かった。
「悪霊と過ごした極限の恐怖? ドラッグによる極限の恐怖体験? いやヤバすぎるし‥‥恐怖体験アトラクション? ああん、違うでしょーに‥‥!」
 独り言を呟きながらマウスを動かしていた手が止まった。
 赤い瞳に映ったのは、勧誘のページだ。
「傭兵、募集中‥‥。今尚戦争を続けているUMEとヨーロッパの戦線に参加‥‥」
 ――これだ! 現実の戦争を体験できる手段だ!
 そう言えば、日系人が傭兵となり、各地の戦場に斡旋する民間会社があると聞いた事がある。これなら‥‥!!。
 ふと親父の顔が脳裏に浮かぶ。
「そんなこと親父に知れたら大目玉の説教じゃ済まないだろうな」
 はぁ‥‥と深い溜息。
『俺と同じ体験がしたくて傭兵に志願しただと!? おい、おまえは、それでも心理学者目指してぇのか!? これじゃあ、人を刺すとどんな感じか知りたくて人を殺しました と同じじゃねーか!! この馬鹿娘があぁぁッ!!』
 きっと強襲するに違いない叱咤と痛みを想像し、嬢はビクッと肩を震わせた。
「だめだめ‥‥迷惑の掛からない方法じゃなきゃ‥‥」
 ――もう一度整理してみよう。
 映画のプロファイリングなんかでも観る光景だ。頭の中を整理する事で導き出される答えがある。
 ――最も確実で、目的に近い事が誰にも迷惑を掛けずに出来る事とは何か?
 瞳を閉じて脳裏でイメージする。頭の中に、ネットの検索で表示された画面や、イメージしていたものが次々に浮かんでは消えた。
 ――ゲーム‥‥。
 リアルな体感のできるゲーム‥‥。
 彼女は瞳を見開く。
「サバイバルゲームだ! うん、極めて戦場の雰囲気をリアルに体験できるもの‥‥。これなら迷惑も掛からないし‥‥よしッ! 思い立ったが吉日ッ!」
 パソコンにしがみ付くようにキーを叩き、様々な情報を検索する。方法が分かれば手段を探すのに難儀しない。
 ――サバイバルゲームメンバー募集!!
「あった! サバイバルゲームメンバー募集! 制限時間24時間のモデルガン、ペイント弾使用のサバイバル。タッグマッチ形式でどちらか一方がやられたらその相棒もゲームオーバー。実戦さながらの戦闘! よっしゃあぁぁぁっ!」
 やや興奮気味に内容を声に出す。終いには片膝を立てて、勇ましくガッツポーズまで見せる始末だ。
 早速、嬢はメールで参加申し込みをするのだった――――

 ――当日。
「あ、あたしは門屋嬢、よろしくお願いします」
 予想はしていたが、サバイバルゲームに集まった者達は一癖も二癖もあるような連中ばかりだった。
 右に視線を流せば、バンダナを頭に巻いたM16の調整に余念のない者がいれば、白いランニングシャツの若者はグロッグを構えて試射に夢中だ。左に視線を流せば、GジャンにGパン姿で、べレッタを2丁所持している者いれば、何故かギターケースに大量の銃を用意している者もいる。まあ、異彩の放つ者ばかりではなく、普通の格好をした者が大半で、皆、礼儀正しいものだ。
(これは本格的だな‥‥)
 それでも目に付いて離れなかったのは、迷彩服に身を固めた現役軍人を思わせる男の存在だった。コルトガバメントのセッティングに鋭い視線を流して落ち着き払う姿は、プロを意識させるに十分だ。
「それでは門屋さん、メールで確認しましたが、初参加という事ですね? 私の銃を貸しますので好きなものを選んで下さい」
「えっと‥‥それじゃあ、これ借ります」
 彼女が銃を選ぶと、参加者達が群がり出す。皆、褒めてくれたりしながら専門用語が飛び交った。苦笑しつつも視線は何気に迷彩服の男を捉える。彼は、嬢に興味を示さず相変わらずだ。
「では、籤引きでタッグパートナーを決定します。各自、籤を引いて下さい。門屋さん、レディファーストって事で、どうぞ」
「えっ、あたし? それじゃ、お先に引かせてもらいますね」
 周囲の視線を一身に集め、彼女は籤を引く。後は我先にと奪い合うように籤が引かれた。多分に素人の少女を守りながら作戦を遂行するという、映画の如きシチュエーションを期待しているのだろう。
 しかし、誰もが肩を落としていた。
(あれ? あたしのパートナーいないのかな?)
 ザッ‥‥
 靴音を背後に感じ、ゆっくりと顔を向ける。瞳に映ったのは、あの迷彩服の男だ。
「デザートイーグルか‥‥。強力な銃だが、反動も強烈だ。実戦なら素人が使うものではないな」
 ――な、なに、コイツ!?
「おまえの事は嬢と呼ぶ。いいな」
 いきなり初対面で呼び捨てかい? だが『お嬢ちゃん』などと言われるよりマシだ。万が一、そんな呼び方をされていたら、喧嘩で鍛えた廻し蹴りが炸裂していた事だろう。
「構わないけど、あんたの事は何て呼べばいいのよ」
「それから、俺と同じように動け。いいな」
 ――聞いてないし‥‥。
「‥‥わかったわ」
 これが極限の恐怖心理を体験することになるか否か、今の彼女には知る由もなかった――――

<ライターより>
 この度は発注ありがとうございました☆
 はじめまして♪ 切磋巧実です。
 前後の中間とは難しいものですが、いかがだったでしょうか?
 今回のノベルは部屋で寛ぐ時の「がさつ」さと「江戸っ子」な感じを演出させて頂きました。口調に敬語を使うとありましたので、対人面では敬語を使いつつ、高圧な彼には敬語を忘れて‥‥みたいな感じです。
 楽しんで頂ければ幸いです。よかったら感想お聞かせ下さいね。
 それでは、また出会える事を祈って☆
PCシチュエーションノベル(シングル) -
切磋巧実 クリエイターズルームへ
PSYCHO MASTERS アナザー・レポート
2005年07月21日

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