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『『決闘』 』
嵐・晃一郎5266)&シェラ・アルスター(5267)



「ここへ来てから、随分経ったよな」
 その日の夕食の片付けを終えた後、シェラ・アルスターが小さな声で呟いた。
「え?ああ、そうだな。細かい日数までは数えてないし、最初の頃は勉強やら生活やらに追われて、そんな事まで気にしてなかったからな〜」
 嵐・晃一郎は食器を棚に戻しながら、いつもの、のんびりとした口調で返事をした。
 二人が異世界からこの世界へとやってきて、一体どれぐらいたったであろうか。晃一郎はあまり良く覚えていない。少なくとも、一ヶ月以上は経過しているとは思っている。
 元いた世界の事故に巻き込まれて、敵組織に所属していたシェラと共にこの世界へやってきてから、なりゆきとは言うものの、彼女と二人で今こうして、共同生活をしている。
「今日の夕食は、この教科書に載ってた一番難しそうなのを作ってみたんだ。肉の焼き具合が、うまくいってたかな。シェラ?」
「まあ、まずくはなかった」
 そう答えるシェラの視線は、自分の方を向いておらず、何もない天井のあたりに向けられている。それに、声にもどこか違和感がある。まるで、考え事をしているから、料理の事なんてどうでもいい、とでも言いたげであった。
「明日の朝食は、シェラに任せようかな」
 それでも晃一郎は、明るい声を押し出しながらシェラに問い掛ける。
「そうだな、明日の朝は、私が」
 晃一郎はその時、シェラは一瞬だけ、かつての世界で見せていた、まったくの隙もない、緊迫感がにじみ出た表情を見せたような気がした。それは、今ここで自分と共に生活をしている同居人のシェラ・アルスターではなく、元いた世界で自分と戦いを繰り返した敵組織のシェラ・アルスターであった。
「私は先に寝るよ。それじゃあな、嵐」
 シェラはゆっくりと立ち上がると、あとは何も言わずにそのまま背中を向けて、自分の部屋へと入ってしまった。
「シェラの作った朝食、一応楽しみにしておくか」
 どうしてさっき、あんな顔をしたのか、と晃一郎は頭の中にシェラの表情を思い浮かべていた。
 ずっと戦いが続いていた世界からここへ来て、まずこの世界で大きな戦いがない事に驚いたものだ。いや、そう言ったら間違いであろうか。確かに、戦いがまったくないわけではないけれど、少なくとも自分達がいた世界よりはずっと平和だ。それはたぶん、シェラも同じように思っただろう。だからこそ、敵であったシェラともこうして、共同生活をする事が出来たのだ。
 ただ、改めて考えれば、シェラと自分は敵同士であり、友達やら同僚やら恋人やらとは違う。突き詰めれば、良くいままで何事もなく、自分と二人で生活できたものだと、思うぐらいであった。
「明日になったら、忘れてるだろ」
 けれど、シェラに対して完全にそう思えない自分があった。
 このまま考えていても仕方がないと思い、晃一郎も寝る事にしたが、ずっとシェラのあの表情が消えなかった。



 翌日、目を覚まして着替え、キッチンへ行くと、シェラがすでに起きて食事の支度をしていた。すでに食事は出来上がっているが、テーブルの上にパンが数個とミルク、野菜を切って並べただけの簡単なサラダが乗っているだけであった。
「いくら朝だからって、これじゃああんまりじゃないの〜?」
 晃一郎は笑顔を交えながら食器を洗っているシェラの背中に語りかけた。
「嵐」
 シェラが振り向いた。その表情はひとつの感情もなく無表情であった。
「ケジメをつけたいんだ」
 シェラのその言葉を聞いて、晃一郎の顔からも笑顔が消えていくのを感じていた。
「ケジメって、料理当番をちゃんと決めるとかー」
 それでものんびりとした口調で返事をしてみせる。シェラがどうしようとしているかは、何となく想像がついていたからこそ、余計にそうしたかった。
「私と嵐は敵だ。まさか、忘れているわけじゃないよな?」
 あまりにも真剣な表情に、晃一郎は黙ったまま頷いた。
「このまま過ごす事は出来ない。なあなあになったまま、いつまでもダラダラと過ごす事、私自身が許せないの!」
 まるで彼女の中に押し込まれていた感情が、一気に飛び出してきたかのようであった。
「分かった、シェラ。で、どうすればいい?」
 シェラの思いつめた表情を見て、いつまでののんびりと返事をしている程、晃一郎はのんき者ではない。自分自身もかつてまわりに見せていたような真剣な表情を浮かべ、シェラの返答を待った。
「私と決着を付けて欲しい。決闘だ」
「決闘を?」
 シェラの言葉の一部を、晃一郎は繰り返していた。
「そう。そして、負けた方が勝った方の捕虜になる。それが、私達の世界のルールだったはずだ。忘れているわけではないだろう?」
 晃一郎は再び頭を縦に振る。
「最近ずっとその事ばかり考えていた。昨日やっと腹が決まったんだ」
「そうか。シェラがそう言うのなら仕方がないな。だが、いくら今まで協力して暮らしていたとはいえ、決闘となれば話は別だ。手加減をするつもりはないぞ、シェラ」
「わかっている」
 晃一郎の言葉に、シェラが真剣な表情のまま返事をする。
「だけど、この場所で決闘をするわけにはいかないな。人気が少ないとは言え、ここは俺達の世界とは違う。どこか別の場所にしてくれ」
「いいだろう。どこか、人がいないところを」
 今度はシェラが頷いて見せた。
「ああ、そうだ、ちょうどいい場所があるんだ。この前、ごみを拾いに少し遠くまで足を伸ばした時に、繁華街のずっと郊外に廃墟があったんだっけ。昔は使われていたのかな。今は建物の骨まで見えているよ。あんなところなら、人なんて来ないだろうな」
「そうか、じゃあ、そこがいいな。決着をつける場所は」
 


 晃一郎とシェラは、決闘をする為の準備をそれぞれで済ませると、唯一、元いた世界から持ってきた格闘型機動兵器をバイクへと変形させ、決闘をするべく廃墟へと向かった。
 晃一郎が前を走り、シェラを廃墟へと誘導する。その間、二人は一言も言葉を交わすことはなかった。だが晃一郎は、シェラの性格からして、いつかこうなると思っていたのであった。
 そのシェラの性格も、共同生活をしていなければわからない事ではあったが。
 やがて晃一郎の視界に、廃ビルが姿を現した。そのビルのまわりにも、いくつかの建物があるが、皆すっかり朽ちてしまっていて、大きな地震でも来たら全部崩れてしまいそうであった。一部の建物は壁も崩れていて、中が丸見えになっている。
 どうしてここがこんな姿になってしまったのかはわからないが、捨てられた建物である事は間違いないだろう。
「ここがそうなのか。確かに、こんなところじゃ誰も来ないだろうな」
 バイクをとめ、あたりを見回しながらシェラが言う。
「さてと、嵐。覚悟はいいな」
 シェラは鋭い視線で自分を睨みつけてきていた。そんな彼女を見るのも、久しぶりであった。
「そっちから言い出した事だ。負けてもグズグズ泣くなよ」
「それはこっちのセリフだ!」
 シェラがそう返事をすると同時に、手のひらから無数の炎の弾丸を作り出し、晃一郎に向かって撃ちだしてきた。晃一郎は息をぐっと飲み込んで、その炎をかわし、避け切れないものは体から電撃の鞭を作り出して地面へと叩き落す。
 シェラが真剣な表情をしていても、でももしかしたら冗談かも、というのがどこか心の片隅にあったが、炎の攻撃を受け、そんな思いは一気に消えてしまった。
「手加減はなしだからな!」
 シェラは声をあげると、さらに炎を繰り出してきた。晃一郎がシェラから一歩離れ、反撃をしようと試みた時、後ろにも炎の壁が現れて、晃一郎の靴のかかとを焦がした。
「ふぇー、本当に本気だ、シェラのやつ」
 炎の壁は晃一郎を包囲していた。額から炎の熱で汗がにじみ出てくる。しばらくシェラの出方を伺おうと思っていたが、これ以上は危険だ。
「どうして反撃してこないんだ!嵐!そんなもんじゃないだろう!!」
 炎の壁の奥にシェラらしき影が浮かび上がっている。晃一郎はその影に向かって電撃を飛ばしたが、視界が炎で塞がり、しかもかなりの温度で汗をかき、目の中に汗が落ちてくる為、うまく標的を捉える事が出来ない。
 そのうち、自分を取り囲んでいた炎が徐々に迫ってきた。
「まずいな」
 考えている時間はなかった。このままだと、完全に炎に捉えられ、自分の体は骨まで溶かされるかもしれない。
 晃一郎は息を飲み込み、炎の壁に向かって突進した。肉が焦げ、体の所々に熱さが走る。炎の壁を抜け切り、地面を転がって服に燃え移った炎を消そうとするが、その間にもシェラはレーザー光線のような光の筋を、天から降らせてきた。服についた炎は消えたが、変わりに火傷の痛みが体に生じ始めている。
 晃一郎はその光の筋を避けつつ、シェラの後ろにある廃ビルへと目を向けた。
「そろそろ終わらせないとこっちも危険だな。遊びはこれまでだ」
 晃一郎は立ち上がると、シェラの姿をしっかりと視界に入れる。
「嵐!それとも、のんびりとした生活のおかげで、すっかり体が鈍ってしまったのか?」
 シェラが叫ぶ。
「シェラ!!この場所に来た時点で、もう勝負はついている!」
 晃一郎の声があたり一面に響いた。そして、シェラのまわりに火花が現れ、それが一気に数を増して、雷が地上に大量に降り注いだかのような勢いになり、シェラの体を次々に貫いた。
「うぁっ!?」
 シェラのうめき声と、電撃が弾ける音だけが響いていた。晃一郎は、シェラの攻撃を食らいつつも、そのまわりにある廃墟の鉄鋼やパイプ、落ちている鎖などに電流を走らせ、シェラにそれを一気に放電しぶつける機会を伺っていたのだ。
 シェラは晃一郎の作り出した電撃を大量にくらい、地面に倒れて動かなくなっている。大量の電気を体に浴びて、麻痺状態になっているのだろう。
 晃一郎は無表情のままシェラに近づくと、胸ぐらを掴んで彼女の腹を殴った。何度も何度も殴り、加えて蹴りも入れた。すでに決着はついていた。
 だが、手加減は最後までしなかった。それをすれば、シェラが納得しないと分かっていたからだ。シェラが力なくうな垂れ、呼吸も微かなものへとなった時、晃一郎は攻撃の手を止めた。もう誰の目に見ても、勝負はついていた。



 何かの音で、シェラは目を覚ました。
「うぅ」
 体中に痛みが走る。その痛みで、そうだ私は闘いに負けたんだと思い出し、とても気分が悪くなった。その音だけが響いているので、耳を澄まして聞いているうちに、それが何かを剥く音だと思った。
「これは、リンゴか梨か?ここは私の部屋か?」
 ゆっくりと上半身を起こした。
「あれ?」
 今、自分が倉庫の自分の部屋にいることと、体に巻かれている包帯の存在に気づく。まだ痛みはあるものの、止血は完全にしかも丁寧にされていた。
「嵐!?」
 シェラの横で、晃一郎が鼻歌交じりにリンゴを剥いている。シェラと視線が合うと、にこりとして皿に並べたリンゴを差し出してくる。
「これでも食べて。まだ無理するなよー、俺の攻撃、あれだけくらったんだからさ」
 その笑顔を見て、シェラはため息をついた。
「結局、決闘を挑んだ時点で私の完敗ということか」
「ま、お前より長生きしてるからな」
 自分がどれぐらい気を失っていたのかはわからないが、晃一郎の顔からは、あの時の緊迫した表情はすっかりなくなっていた。
 しかし、心の中で、悔しさはあるものの、それが昔のように真っ黒いものではなくて、負けてしまったものは仕方がないと、割り切れる自分が存在している事に気がついていた。
「これで、私はお前の捕虜だ。約束は約束だからな」
 ぼんやりと天井を見つめ、シェラが呟いた。
「ということは、元の世界に帰っても、とりあえずは一緒か」
「そうだな」
 晃一郎の問いかけに、シェラは口元に苦笑を浮かべつつ、小さく答える。
 そして、もう一度自分の体に視線を落とした。細かいところまで、きちんと処置されているシェラの体。どう考えても、この処置をした人物は1人しかいない。
 それを考えた時、恥かしさがこみ上げてきた。ある意味で、決闘に負けたことよりも、屈辱的かもしれない。いや、確実に屈辱的だろう。
「なあ、私の怪我を処置したのは晃一郎だよな?」
 もはや、晃一郎の顔をまともに見える事が出来なかった。シェラは手当たり次第に、そこいらのものを晃一郎に投げつけながら、顔が熱くなっていくのを感じた。決して、それが怪我による熱ではない事はわかっていた。
「この助平!出てけ!」
 恥かしさや悔しさや屈辱やらで感情が入り混じり、シェラは汗までかいていた。自分が怪我をしている事も、一瞬忘れてしまいそうであった。
「ま、シェラみたいな美人とずっと一緒ってのも、俺は嬉しいぜ?」
 それだけ言い残して、晃一郎は笑いながら逃げ去ってしまった。
「嬉しいものか、嬉しくなんか!」
 シェラは晃一郎がいなくなるのを確認してから、ベットへと座り込んだ。そして、そばに置いてあった晃一郎の剥いたリンゴに視線をやると、それに手を伸ばして、ゆっくりと口へと運んだ。
 男は今でも嫌いだ。だけど、晃一郎と一緒に生活するようになって、はっきりとはわからないけど、自分の中の何かが変わり始めているような気がすると、リンゴを口にしながらシェラは思うのであった。(終)



◆ライター通信◇

 いつも有難うございます、ライターの朝霧です!
 今回は二人の決闘の様子を書かせて頂きました。タイトルは余計な言葉をつけず、単純に「決闘」としてみました。最初はシェラさんが思い悩む様子を描きつつ、プレイング本題である決闘を挑むシーンへの流れを作ってみました。
 決闘のシーンは、なかなか細かい表現が難しかったですね(笑)火に対して電撃がどうやって反撃していくのだろうと、悩んでおりました。戦闘シーンはいつも頭を使います。そして、徐々に心を開いていくシェラさんの様子が、最後に出ていればいいなあと。嵐さんの最後のセリフも、何となく意味がありげですし、これから先が楽しみです。
 それでは、どうも有り難うございました!!
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
朝霧 青海 クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年07月19日

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