▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『+ 可能性に、惹かれ + 』
ルヌーン・キグリル2656)&マーオ(2679)



■■■■



 殺してやる。
 絶対に、殺してやる。


 自分の中に湧いているその憎悪。
 揺れる心の中で、灯火をあげて揺らめいて。


「こ……ろし……てや、る……」


 いつからなのだろう。
 いつから。
 いつから。


「ころ……してや、るッ……!」


 ぎりっと唇をきつく噛み締めると肉の柔らかさを通して、歯の感触がした。
 更に強く力を入れてぎりぎりぎりと音が聞こえそうなほど歯軋りを繰り返す。痛みを無視出来るほどの意思が存在していることに自分でも内心驚愕する。しかし、その『意思』はとても強く、発作衝動のように自分を動かした。


「ッ……――――、――――」


 唇をやっとの思いで開き、呪文をゆっくり唱える。
 身体に染み込んだ音の数々が緩慢に室内を満たしていくのが判った。一つ言葉を発せば空気が揺らぐ。灯りがふわふわ揺らぎ、部屋の中の影が異常に動いて視界をちらつかせていた。


「……ソー、ン……に、いるの?」


 もう一度、今度は先程よりも長く、そして高等呪文を呟く。
 幾度も。
 幾度も。


「……ッ、殺し、て……やる……!」


 対象は、人間であった自分をマンドレイクに変えた魔女。
 討伐隊に参加してた頃の自身の姿を思い返し、ほぼ同時に手を見た。そして、身体を見た。髪も見た、手で頬も撫でた。
 ああ、これは誰。


「許さ、な……い……!!」


 消えない。
 自分の中からあの魔女への怒り、憎しみが、消えない。この胸を焦がしているのは復讐の念。轟々と轟きをあげる度に胸が酷く苦しんだ、痛んだ。それら全てあの魔女に対してだ。自分に呪いを掛けたあの魔女に対してだ。


「絶対、に……許さな……いッ……」


 外は雨。
 まるで私の心の中みたいだなんて、冷静に自嘲する。雨が屋根を叩いて音を奏でる。さしずめ暗黒音楽のようにそれは忙しなく、そしてドロドロと腐食していく音楽。森の中に位置するこの小屋の中にまで水は入ってこないけれど、身体中に湿気が纏わり付くのを感じる。
 植物化が進むたびに人間では感じられない息吹、呼吸、そして自然界の細かな粒子を敏感に捉えることが出来るようになった。


 でもそれは決して望んでいない。


「――ッ、ぅ……」


 呪文を。
 呪文を。


 もっと早く唱えなきゃいけない。そしてあの魔女を殺す。見つけたの、あの魔女を。見つけたのよ、居るの、其処に、其処に、其処に。


 殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ。


 渦巻くその念は何処から溢れ出るのかしら。
 自分でも源流が判らない。でも、ある。其処に有る。


「殺して、やる……ぅッ!!」


 呪文はあと少しだった。
 本当にあと一節だけだった。たった、一言だった。それだけで殺せた。
 なのに。
 なのに。


「あの〜、すみません。雨が降ってきちゃったんで雨宿りさせてくれませんか?」



■■■■



 魔法は、発動されなかった。


 呪文が完成する直前、壁を通り抜けるようにして中に入ってきた少年。
 外見上では十四程度で、肩にすれる一歩手前まで伸ばした真っ直ぐで細い金色の髪、そして僅かな光を吸って輝いた鮮やかな緑色の瞳、そして朗らかに笑うその表情の柔らかさがとても可愛らしい印象を与えてくる。


 彼は室内に入ってくると、ほろほろと涙声でこう言った。「雨が降ってきたので、雨宿りさせて下さい」と。観察してみれば身体が濡れている様子は全くない。しかし、不快そうに顔を歪めている様子は本物。
 外を見遣れば何故か嵐と呼べる程度まで雨足が強くなり、そして風も物凄い勢いで吹いている。こんな中では流石に追い出すわけにもいかない。仕方なく、雨宿りの許可を出すと、彼はふんわりと笑い、そして「有難う御座います」と軽く頭を下げた。


 記憶の中で何かが引っ掛かり、口の中には言葉が詰る。
 もちろん雨のこともあるが、何より自分が彼をこの場所に置いても良いと思ったのには理由がある。その理由こそが今、私を動揺させている。
 彼は幼馴染ととてもよく似ているのだ。


「……名前、き、いて、いいかし……ら?」
「あ、これは失礼しましたっ。僕はマーオ、一時の時間ですが宜しくお願いしますね!」
「……マー……オ?」
「ええ、そうですけど……どうかしました?」


 ふと、頭の中で映像が流れる。
 口に出すよりも流暢に表現される過去の思い出。昔姉と自分とそして幼馴染の少年と駆け回った花園。花畑。色とりどりのお花が小さな足に蹴られて花びらを四散させていたあの景色が、とても懐かしく蘇る。
 耳を澄ませば、今でも聞こえるの。あの声が。


『ルヌーン! 早くこっちへおいでよ』
『まって、まってよー!』


 私は追いかける。
 姉を、そして少年を。
 そして。


『まってってばぁ、ねえマーオ!』


 その名前も、同じだった。


 お花畑の記憶は何て柔らかく私を包むのか。
 あの頃の私はとっくに居ないというのに、それでも覚えている限り自分は『ルヌーン』で居られる気がした。マンドレイクじゃない、人間の私だと証明してくれる気がした。


 バカね、と心の中で笑う。
 マーオはもう少年なんかじゃない。年齢で言ったら三十歳くらいになるはずだ。姿が似ているだけ、名前が同じなだけ。その偶然の確立がどれくらいあるかはわからない。でもきっとゼロではない。だからこれは懐かしさを運んでくる偶然なのよ。ただの偶然、なのよ。
 そうやって口を閉じていると相手を不安がらせてしまったのか、彼は首を傾げた。


「そう、いえ……ば。濡れて……ない、のね」
「あ、僕実は幽霊なんですよーっ。でも雨は嫌いだから雨宿りなんですよ」


 けろりん。
 人が聞けばそれは大層なことなのに、彼は別に問題視することなく言い放つ。その気軽さがあまりにもさっぱりとしたものだったので、私も何故かすんなりと受け入れてしまった。
 心の中にじんわりと何かが染みていく。
 じわり、じわじわじわ……。
 それは、『可能性』だった。


「しかもですね、記憶がさぁっぱりないんですね。」
「記憶……が?」
「はい。そりゃあもう見事にさっぱりと真っ白と有りません。でもほら……幽霊でしょう?」


 そう言って彼は手を真横にスライドさせる。
 その手は僅かに透け、向こう側の景色を見せ付けていた。確かに生きているものには出来ない芸当だと納得する。幽霊と対峙している自分は思った以上に冷静らしい。本来ならば悲鳴を上げていても可笑しくない状態。でも自分は楽しんでいた。彼との会話を、楽しんでいた。


 じわり。
 じわり。
 ああ、可能性だ。
 心に染み渡っていくのは、可能性なのだ。


「ねえ、君は? 君の名前はなんて言うの?」
「……ルヌーン……よ」
「ルヌーン……。そっか、良い名前だね!」


 ふんわりと、ゆっくりと心が軽くなっていく。
 笑い掛けられる度に重なる思慕。あまりにも懐かしくて、あの頃に戻りたいと心の中で訴える。幸せ一杯だった、あの時間に戻りたいと無意識に願う。
 やがて自分の中で渦巻いていた負の感情が消化されていくのを感じた。完全には消えることはない。でも少なくなっていく、紛れていく。


 やがて喧しいほどだった雨の音が少なくなっていくのを感じた。
 扉を開き、ゆっくりと身体を運ぶ。雨上がりの地面はぐちゅりと音を立てて凹む。しかし雷も轟いていたあの雨が嘘のようにさっぱりとした天気に変っている。太陽が凛っと存在し、雲の隙間から光が差し込んだ。雨にぬれた木々は自然光を吸って煌く。目に入ってくる痛いほどの明かりは、それでも心地良かった。


「雨、あがっちゃいましたね」
「そう……ね」
「……あのッ」


 隣に居たマーオが顔を持ち上げる。
 どうしたの? と首を傾げると頭の葉っぱが音を鳴らした。彼は一瞬唇をぱくっと動かす。何かを私に訴えようとしているらしいのだが、それを上手く形にしにくいといったようだ。焦らなくていいと言うように私は少しだけ待つ。彼はこくっと一度勇気を溜めるように頷くと、にっこりと笑いかけて言った。


「僕、君が凄く気になります」
「……どう、して?」
「どうしてなのか、僕にも詳しくは判らないけど……なんでかな、凄く懐かしい気分になるんだ。見覚えがあるって言った方が良いかな? うん、そんな感じッ!」
「…………」
「ねえ、お願いなんだけど。もう少しだけ、此処に居て良いかな?」


 緑色の瞳が私を見つめる。
 宝石のように光を吸って輝くその水晶体が私の姿を映しこんでいた。私は……笑っているように見えた。


 判らないと彼は言った。
 自分でも分からないけれど、懐かしくなる。それは、私も同じなの。同じなのよ、マーオ。貴方と話していると、憎悪が柔らかく包み込まれ、段々と温かい感情に切り替わっていく。これはなんなのかしら。なんなのかしら。
 ゆっくりと。
 ゆっくりと。
 変っていく心の中。
 貴方の存在は可能性なのね。貴方はもしかしたらの人なのね。もしかしたら……貴方は。


「……いい……わ」


 私は、あの頃のように笑っていた。



■■■■



 私は少しだけ笑うことを覚えた。
 彼に出会って、忘れかけていたものを思い出せるように、ゆっくりとほんの少しずつだけと笑うようになった。彼もまた私に笑う。私はそれに対して笑う。


 ただ、一つだけ怖いの。
 復讐しようと言う気持ちは少なくなったけれど、決して消えたわけじゃない。悪夢を見る度に心は萎縮するし、不安で胸がはちきれそうになる。だから決して許すことは出来ない。あの魔女を、許すことなど出来ない。


 でも。
 でもきっと。


「ルヌーン!」


 貴方が私を呼ぶ。
 今はその声が、私を柔和に包んでくれると信じたいわ。





…Fin






+++++

 こんにちは、蒼木裕です。
 いつもお世話になっておりますv さて、今回はふわふわ感を出したかったのですが、せ、成功していますでしょうか? マーオ様の純粋さが少なかったら申し訳御座いません;
 ではでは、発注有難う御座いましたv
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
蒼木裕 クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2005年07月15日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.