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『人形(いもうと)遊び 』
海原・みその1388)&海原・みなも(1252)
●深淵の巫女姫
 くすくす、くすくすくす‥‥くすっ。
 みなもの耳に、誰かの優しく、甘い笑い声が届く。それが聞こえた瞬間、いつもの姉の艶やかな微笑みを思い出し、いつしかみなもは涙を流していた。
 人形になってしまう、直前に。

 ──ふふ‥‥やっぱり、みなもなら開けてしまうと思いましたわ。
 深淵と呼ばれる海底の、更に奥深くの海に。みそのの世界はある。
 豊かな黒髪をかき上げ、深淵の巫女はその姿を現した。愛する妹──いいや今は人形と化してしまったみなもの、その前に。
「みなも? だから言ったのに‥‥」
 そ、と手を伸ばす。今はもう色とりどりの布に閉じ込められてしまったその体に触れ、愛しげに囁いた。
 ──この手芸箱は、お人形を作りたかった少女とその人形の想いが込められているのよ。

●回想
「手芸箱に‥‥想いが?」
 久しぶりに姉の元へと訪れたみなもは、よく理解出来なくて首を傾げた。海をそのまま反映したような青い髪がその動きに従う。その様子を眺めていたみそのは、そう、と頷いた。
「この手芸箱の持ち主の女の子は、病弱で、長くは生きられなかったの。唯一人形作りが好きで、生涯に完成させたのは一体だけ‥‥」
 手芸箱に残る想いを語りながら、みそのは純粋な瞳で自分の話に聞き入る妹を眺める。心優しい彼女の事だ、きっと人形作りを諦めねばならなかった少女の心残りに同調しているのだろう。それを推測出来るからこそ。
 ──可愛い可愛いわたくしのみなも。あなたが苦痛に顔を歪ませ、泣き声を上げるその姿を早く見たい。
 きっとあなたはわたくしの罠に落ちてくれるでしょう。

「その人形は自分に込められた想いを知っていたから、少女の事が大好きだったのよ。いつも自分と一緒にいて欲しくて、傍に置いて欲しくて。‥‥けれど、少女は病弱で、ずうっと一緒には生きられなくて。いつまでも一緒に遊んでいたかったその人形は、悲しみの想いをこの手芸箱に残したの」
「‥‥可哀想」
「ふふ、みなもならそう言ってくれると思ったわ。‥‥あら、お茶菓子を忘れてしまっていたわね。ごめんなさい、気付かなくて」
 今そこでようやく気付いたように、声を上げるみその。みなもは『久しぶりにお姉様にお会い出来たのだから、気にしません』と言いかけたがまるでそれを拒絶するように、みそのは黒い巫女装束の裾をさばいて立ち上がった。
「少しここで待っていてね? すぐ、戻ってくるから」
「お姉様‥‥」
 同い年とは思えないその女性らしい後姿が遠ざかり、みなもは部屋に置き去りにされる。
 ──この、海深くに存在する静かな部屋で。お姉様は、たった一人で暮らしている‥‥。
 深淵の巫女といえど、妹の自分すら容易に来れない場所で、姉は一人で淋しくはないのだろうか、と思う。あたしだったら‥‥きっと、淋しい。
 しんとした部屋で、みなもは姉が置いて行った手芸箱を見た。
「きっとその人形も、大好きな人と一緒にいたかっただけなのね‥‥」
 中にあるのはやはり布やそれを裁断する鋏や糸なのだろうか、と。みなもはそっと手芸箱に手をかけた。

 カタン。
 軽い音を立てて開く箱。そして零れだす中身。
「えっ!?」
 ぎょっとするみなもの前で、意思を持った生き物のように布が箱から溢れ出す。その色とりどり、柄も様々な布は次第にみなもを取り囲んでいく。
「やだ‥‥何、やああっ!?」
 裁断用の鋏と思しきかなり大きなそれが、みなもに向かって襲い掛かる。怖くて眼を瞑ってしまったが、痛みはなく、ただひたすら布を裁断する音を響かせた。
「何‥‥? ちょ、きゃああっ!?」
 もう、叫び声は無意識だ。中学の制服が誰も掴んでいない鋏に切り取られ始めていた。目を見開くみなもの前で、鋏は容赦なくある程度厚みのある制服に刃を滑らせるように動く。
「やめて‥‥!」
 その鋭い刃先が自分に向かっている事に半ばパニックに陥り、力を使う事すら思い浮かばない。
 セーラーがただの布の切れ端のようになっていくのを涙ぐみながら見守り、自分の白い素肌が明らかにされていくのを黙って見ているしかなかった。
 カタン。
 再び箱が揺れる。中から無数の待ち針が浮き上がった。理解範囲外の光景に、みなもはただ目を瞠った。そして、その鋭すぎる先端が自分めがけて飛んでくるのを見止め。
「いっ‥‥やああー!!」
 少女はあらん限りの叫び声を上げた。

「ああ‥‥みなも、肌をあんなに見せて」
 茶菓子を取りに行った筈のみそのが、その異常な光景を前に恍惚と呟く。彼女の目には待ち針に刺し貫かれる痛みに悲鳴を上げ続ける妹の姿が映っていた。
 うふっ‥‥くすくすくす。
 妹が全身の痛みに泣き声を上げている時に、この高揚感は一体どうしてなのだろう。
 妹の、青い瞳が涙に濡れる度。痙攣するように長い髪が揺れる度。その白い顔が苦しみに歪む度‥‥わたくしは胸躍らせずにはいられない。
 豊満な胸をきゅ、と己が掌で包む。
「い、あ、あ、やめ、て‥‥あたしは人形じゃ、ないっ‥‥!」
 みなもの白く細い指が布で覆われていく。隙間から入る綿に、どんどんとみなもの姿は見えなくなっていった。
「みなもっ‥‥!」
 みそのが慌てた風を装い、すっかり人形へと変えられつつある妹の元へと駆け寄った。

「みなも‥‥聞こえる? あの手芸箱を開けてしまったのね‥‥」
 心配そうな声を装い、布の中へと消えてしまったみなもに手を伸ばす。指に触れた弾力は、完全に人形のそれであった。
 ──姉様。
 自分を呼ぶ声が聞こえるような気がして、みそのは愛しげに人形の顔を撫でる。みなもを取り込んだ人形の表情は苦痛と絶望に満ちていた。
「みなも‥‥あなたを助け出すためには、手芸箱に残る想いを浄化してあげなければ」
 そのボタンの目には自分は映っているのだろうか? みそのは指先でつついてみた。
「分かる? みなも‥‥あなたは少女に遊んで欲しかったお人形なの」
 ──姉様。
「仕方ないわ‥‥ねぇ、みなも? わたくしとお人形ごっこをしましょう‥‥?」
 ──ああ、姉様。
 愛しげに、そして愉しげに自分を撫でる姉の瞳は、これ以上ない程喜びに満ちていた。

●人形(いもうと)遊び
「そうは言っても、お人形遊びって何をすればいいのかしらね?」
 動かない妹を見つめ、可愛らしく首を傾げるみその。みなもは流せる筈などないのに、冷や汗が背中に伝うのを感じた。

「ほら、みなも。わたくしが食べさせてあげるわ」
 口を動かす事もままならないみなもの口にスプーンでおかずを運ぶ。もちろん噛む事など出来ないから、咀嚼を促すようにみそのが口付けた。
 ──姉様っ!
「あらあら、唇の端から零して‥‥仕方ないお人形さんね、みなも」
 みそのの唇からちろりと紅い舌が覗き、布製の頬と唇と顎を舐め取る。
 ──ね、さま‥‥。
「うふふ、みなも。愉しいわね‥‥」
 ──姉、様。
 あたしには人形でなくても、姉に逆らう事など出来はしないのに。

「‥‥ふふ、素敵ね、人形になっても柔らかい肌は同じ‥‥」
 ──姉様。
 動けない妹の布製の肌をつつーっと撫でる。瞬きも出来ないみなもは為されるがまま──それは人形の服を剥ぎ取られた後も。
「制服の下にこんな綺麗なものを隠していたなんて‥‥みなもったら、何て悪いお人形さん」
 胸元が大きく開いた、シルクの薄いドレス。青い瞳と青い髪を持つみなもによく似合った。その裾から手をしのばせ、その肌触りを堪能する。
「このドレスもいいけれど‥‥次はこっちの服を着てみましょうか?」
 ──ああ、また。
 何着目になるのか、部屋の中には既にに姉の物と思われるドレスが散乱している。
 疲れたとも口に出来ない唇、1ミリと上がらない腕、ドキリと跳ね上がる事のない体‥‥この瞬間、みなもはみそのの支配を逃れる事など出来ない。
「みなも‥‥安心して、悲しまないでね? きっときっと、あなたを満たす人形の悲しみは」
 ぷつん、と胸元のボタンを外す。その下はやはり布だったが、胸と思われる膨らみはちゃんとあった。当然だ、この中にあるのはみなもの体なのだから。
 す、と滑らかな布に沿って手を這わす。華奢な首から鎖骨、心臓のある筈の胸元へと‥‥。
「わたくしが、ちゃあんと消してあげるから」
 布製の耳はその愉しげな囁きをどういう思いで聞いているのだろうか。

●深淵の姉と陸の妹
 みそのの指先には未だに表情すら変える事のままならない人形があった。
 海の底の底、奥深い部屋での姉妹の遊びは何時間かけられたものか、気がつくとみそのの背には薄っすらと汗が浮いていた。どうやら遊びに夢中になってしまっていたらしい。
 ──ふふ、そろそろいいかしら。
 繊細な指がみなもの頬を挟む。力をゆっくりと流し込んだ。
「‥‥あ!」
 今まで力をかけて立っていなかっただけに、急にがくっと膝から崩れ落ちそうになるみなも。それを目を細めて上から眺め、みそのは優しく微笑んだ。
「みなものおかげで手芸箱に残っていた想いは浄化されたみたい‥‥あなたのおかげね」
「え‥‥じゃ、じゃあ、病気の女の子の想いも‥‥よ、良かった」
 長く人形にされていたせいか、中々立ち上がれないらしく、そんな目に遭っても心優しい妹は悲しみを残して死んだ少女を心配している。
 ──そこがたまらなく、愛しくて‥‥。
「みなも‥‥」
 今はもうすっかり温かみのある柔らかな頬に口付けた。
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東京怪談
2005年07月14日

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