▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『北の熱 』
橘・都昏2576)&数藤・明日奈(3199)


 きっと全て夏の所為だと、蛾が灯りに焦がれるような幻だと、そんな言い訳は断頭台。だって、この人にゆっくりと抱かれている。身体を、後ろから抱きしめられている。
 この人の腕の中で、目を細めながら、思う、どうして僕は、
 ここを強く望んでいるのか。
「……明日奈さんの、バカ」
 ――それは
「都昏君の、方ですよ」
 猫を愛すよう身を動かす癖に、愛されるよう委ねる癖に、二人の表情拗ねた風、
 幸せの表現、不器用な。

◇◆◇


 八月、夏休みの後半における少年は。
 きっと全て計算ずくで、百の中の九十九の当たりくじを引くよりも完全で、つまり余りにも解りやすい策略で――それでも思わざるをえない、この状況をどう判断すればいいのか、と。
 思わざるをえない、この状況、
「都昏君、おはようございます」
 何故、北海道の一人旅その始まりである飛行機の自分の座席、貴方が居るというのか。その疑問すら喉も心が凍り付いて出せないから、体内で思わざるをえない。さすれば真相は滝の直下より瞬時で解る、即ち、
 あの父と母め――あの、父と、母め
(夏休みも終りに近づく時の北海道旅行、祖父母の田舎への避暑、その時花屋にたたずむ目の前の彼女の姿が浮かんだけど、気晴らしには、いいか、一週間程度なら会えなくても、と)
 眩暈のように身体の力が抜けて、思わず肩をがっくり落とした、すると声はかけられる、都昏君、大丈夫ですか? と。ああ、ああもう、どうして気付かないんだこの人は、とてつもなく騙されている、偽画廊に一番送り込んではならない彼女。
 でも、一番、送り込まれてならない少年の名前は?
(良く考えれば父母の急用は、まさに狙い済ましたような。その時でも疑うべきだったし、それに、妹のあの態度、父が妹も友達との用事で行けなくなった時、妹が何か反論をしようとした時、……父が妹の口を塞いでいて、ああ、何故疑わない、何故)
 アナウンスが聞こえる、フライトへの準備。ほら、早くしないとって、優しいお姉さんの指示、身体はすっかり聞いてしまう。シートベルト、安全、楽しみですねという声、に、
(こうなる事を)
「……うちの親が、迷惑かけてすいません」
 絞り出すように。それは彼女の予想外、折角の好意に対して、何故謝罪なのだろうか? 初めての北の大地は、隣に貴方にいるとても楽しみなのに。そう、彼女は思っている。
 しかし、都昏の気分はブラックホールのように重い。両親のくだらない策略、……それによって彼女は、迷惑に巻き込まれてしまっていて。
 きっと、息子の引率をお願いできますかって、言ったんだろう。
 疑えばすぐ解る事じゃないか、なんで、(こうなる事を)
 疑わなかった――
「都昏君」
 声、に振り向いて、「気分、悪いんですか? ……飛行機が苦手だとか」
 なんて事のない彼女の言葉と仕草のはずなのに、どうして僕は、
「な、」どもるくらいに、「なんでも、ないです」
 冷静じゃなくなる。……って、違う、違う、そんな訳が無い、そんな訳ない!
 疑わなかったのは――
(こうなる事を望んでいたから)
 顔を真っ赤にして首を振る、明日奈の事になると、都昏の都昏という要素はどうにも狂ってしまう。そんな様の彼を見て、きょとんとする彼女は、
 幾日も前からこうなる事を望んでいた彼女は、
「シートベルト、締めましょうね」
 そういって未だなされていない安全装置を、横から装着させる。「っ」、って空気に近いけど、大変びっくりしたような声が都昏の喉から漏れて、固まってしまっているけど、明日奈は気付かずに、きっちりと終えて。


◇◆◇


 機内食、肉か魚という質問が無かった事を、ふと回想しながらバスで揺られている明日奈。北海道の道はとても広い、脇にすぐ、牧場があったりする。牛が草を食む上空はとても広くて、見ているだけで心が穏やかになる。来て良かった、全身で思う。
「……あ、都昏君、ほら」
 とても素晴らしい景色を見つけて、それを隣の少年に見せたくて、彼の方を向く。
「……」さて、
 数藤明日奈が唐突、都昏の頬をぎゅっとつねったのは、
「いたっ!? え……あ……明日奈さん?」
 こんな事をされるなんて思いもしなかった都昏は、思わず疑問系で聞いてしまい、実際、人の呼び方としては乱暴で、優しい彼女の行動ではないのだけど、それでもぎゅっとつねったのは、「だって都昏君、声をかけても反応しないで」ここまでは理由ではなく、
「……そこの女の子、ばっかり見てるんですもの」
 と言う訳で。
 勿論それは誤解で、ただ彼女の横顔を見て、重い気持ちが乱されてしまうから反対の方――確かに少女が居たけどそれを透過して――反対側の景色をみつめてただけで、
 ただ、明日奈の顔つきが、これもまた明日奈らしからぬ、どうにも、ほんの少しの怒りがあるようであって、言い訳は容易く謝罪に変換された。
「……ごめんなさい」
 そして明日奈とはいうと逆に素直にそう謝られると、何故自分がこんなムキになったのか、唐突に思い返して、なんだか恥ずかしくなって、
「こ、こちらこそ、ごめんなさい」
 結局二人して謝りあう。この行動からして、傍から見れば、どういう間柄か今一解らない。姉弟という言葉がすんなりと行きそうでも、それにしても敬語で喋りあうだろうか、
 ……勿論二人は、自分たちの間柄がどういうものなのかはおぼろげながらも、言葉以前の物としては知覚している。
 ただ言葉としては、“恋人”と謡うには、互いの気持ちはまだ肌に触れ合う程度な。雨ざらしにあったブリキのネジのように、ぎこちない。
 だからこそ都昏の両親は、仕組んだのだけど、そしてその企みは、
 バスを降りて、そこから徒歩で少しばかり、とうとう祖父と祖母の家に辿り着いた時の出迎えの言葉が、
「いやー若い男と女が二人で旅とは、都昏も成長したなぁ」
「なっ」
「本当にねぇ、さぁさぁ明日奈さんゆっくりしていってください、それはもう二人でゆっくりしっかりとねぇ」
「……おじいちゃん、おばあちゃん」
 北海道とはいえ夏であるから、の汗ではない、別の意味での汗を浮かばせて、都昏は確信する。父母の企みは、この祖父母にもきっちり伝わっていると。逃れられない運命。
 明日奈は迎えのセリフがどういうものか今一解っていなく、青空を背景にするに余りに相応しい笑顔を浮かべて、お世話になりますと会釈した。


◇◆◇


 さて、今一解っていなかった事だったのだが、解ってしまうのは早く、今日の夕食の準備として都昏の祖母を手伝い、縁側、北海道の日差し、茹でたりせずとも生で充分に甘く美味いとうきびの粒、器具でボウルへと落としていた時である。それはとてつもなく単純な言葉で、
「本当に、都昏もこんな立派なお嫁さんを見つけてきてねぇ」
「……え」
 もし都昏が祖父に連れられて、近所の人に物々交換に行ってるのでなければ、全力で否定していたであろう。だが彼はここに居なく、存在するのは彼女。
「そ、そんな」
 顔を真っ赤にして、
「お嫁さんだなんて、そんな」
 とうきびから手を離し、両手の掌を目の前で振って、
「わ、私と都昏君は、そんな関係じゃ、……だいたい年齢も離れすぎてますし」
 目をそらして、だんだんと声がぼそりぼそり、
「そ、その……」
 とうとう言葉も失くしてしまって、うつむきながらもとうきびの粒を、丁寧に。
「……まぁ、ここからは私の独り言じゃが」
 背筋をしゃんと伸ばして座った姿勢で、祖母が語るに、
「聞いた話じゃ都昏はのう、どうも奥手でなぁ、……だから是非、何処かのお嬢さんに大胆に迫って欲しいんじゃが」
「せ、迫るなんてそんな事出来ません!」
「はて、これは私の独り言じゃが」
 そう返されて、もう、プシューッて煙が出ちゃいそう。
「まぁ私が言うのもなんじゃがあやつはめんこいから、何処かの女子が見逃さぬか」
 ……他の、女子。
 そのキーワードは凄まじきNGで、……って、で、でも、私と都昏君は、
「これは独り言じゃないがのう、ぐずぐずしていると、……ふふん」
 ――二人の絆が細くないのも知っているけど、焚き付ける
 夏の熱じゃなく、心の熱で耳まで赤くしていた明日奈、迫るなんて決心が付く訳がない。……過去、無意識にそういう所為をしていたのは確かな歴史なのだけど、天然と意思は違うのだ。
 結局決断できるわけのない彼女、都昏と祖父が、数々の食材と、若い二人にあわせて近くのイタリア料理の居酒屋に注文していた料理を持って帰ってきた時、明日奈の反応はもうノートに書かれているように、祖母が何か吹き込んだというのが、都昏には明白であった。
 北の夕焼けを縁側から臨む頃に、少し早めの夕食、宴となる。
 この頃になると、父母の企みや祖父母のからかいに対する感情はあれど、都昏の心からは重い気持ちも失せていた。あれこれ考えたけど、旅であって、旅は楽しむもので、息抜きで、……だから宴はあっていい。騒がしいのは苦手だけど、喧騒を覆して、彼女と静かに語りあえるのなら、ただ、問題だったのは、
 これがほんの一口でも、酒宴となる事である。


◇◆◇


 ハスカップジュース、本来祖父母の田舎とは余りゆかりがないが、折角の北海道、バター飴と一緒に知人に送ってもらったらしい。食事には合うものといえないが素敵に美味しく頂く都昏、明日奈も同じものを飲んでいると思った。
 それがジュースでないのは直ぐに気付いた、明日奈が飲んでいたのは、同じよう送ってもらっていた十勝ワイン、アルコールは遠慮していた彼女に、こう騙してまで一口まで飲ませたのは、彼女の口から美味しい、の一言が漏れるのを祖母が予想していて。つまり、その言葉さえ聞けば、だったらもっと、と、じゃあちょっとだけ、と。
 こうして、すっかりワインに頬を赤らめる明日奈。……折角の旅だから、多少のアルコールはいいかと、未成年の少年はそう、他人事のように思っていた、のだが、
 祖母が何やら明日奈に呟いた、次の彼女の行動、
「都昏君も、少しいただきません?」
 え、と思った時にはもう遅い。――口につくワインの縁、優しい笑みとともに自分へ少し傾けられるグラス、反射的に飲み下されるワイン。犯罪行為が成立する、のだが、幸か不幸か都昏は淫魔であり人間でないのだから法律云々というものはでも彼はそういう自分が恨めしくいやというかああ、
「ちょ、ちょっと、二人とも!」
 すっかり、グラス一杯だけ飲まされた都昏、慣れないアルコールは早くも回ってしまって、その身体に、
 明日奈が楽しそうに寄りかかっていて。って、こ、この事態は、この状況は、
「全部父さんと母さんに言われたんだろ! ……何処、行くんだよ!」
 部屋の向こうへ、玄関への路へ、背中で後は若い二人でなんちゃらかんちゃらとばかり去っていく祖父母、酒を飲ませればどうにかなるなんて、甘い計画がすんなりいった表れなのか、その足取りは腹がたつ程軽く。
「待てっ……てば!」
 そう言って、追いかけようとしたけど、
 その時にはもう、腕に捕まっている。
 数藤明日奈に。
「あ、明日奈、さん……?」
 離さない彼女の柔らかい力、とうとう立ち上がりは抑えられて、それどころか、「ちょっと……、何、してるんですか」
 疑問を投げかけても抵抗が出来ないのは、お酒の所為なのか――
 都昏は明日奈の膝に乗っていて。明日奈は都昏を膝に乗せていて。お酒の所為なのか、それとも、意思なのか?
 ……それに答えを出してしまっては、きっと二人して酔いが醒めてしまうのだろう。だから、
「都昏君……って、」
 まずは明日奈、から、酒の熱と、感情の熱を頬に紅としながら、開けっ放しにした縁側からの風を受けつつ、
「モテるんでしょう……?」言いながら、彼の緋色の髪を、人差し指で弄る。拗ねたような、甘い音色。都昏の頭の中を酷く揺らす。
 心臓の鼓動がゆっくりと大きくなって、息も少し不自由で、だから必死に、祈るような気持ちで自分を静めて、鼓動をゆっくりと、息も整えて、
「……明日奈さん、だって」
 記憶、彼女の店の客、その内の男性、……どれだけの瞳が彼女に焦がれている事か。考えるだけで、……考えたくない。
 だって、と思いながら、
 あろうことか、彼女に身体を摺り寄せてしまう。
 それは、甘えである。
 ……最初は小さな驚きの彼女、次には応え、くすりと微笑むと、身の形を確かめるように、掌で彼の体をまさぐる。漏れてしまいそうな安寧の声を喉の奥に潰しながら、……笑わないで、って、小さな星のような声。
 だっておかしいですから、
 それって……ひどいです、
 それじゃうれしいから、
 うれしいってこうしてることが、
 つぐれくんも、
 、
 そうなんでしょう?

 明日奈さんのバカ、と都昏は言う。
 都昏君の、方ですよ、と明日奈は言う。
 それは熱がもたらした、二つの熱がもたらした、
 熱と、熱。


◇◆◇


 思い出というものは、
 例えば翌日、手を繋ぐよう眠りこけていた事を、祖父母に指摘された事であるし、
 自転車で二人して駆けるだけの事が、この地では極上である事を知る事であるし、
 川原、裸足を水の流れに浸して、心地よさに身を震わせる彼女で、
 それを見て、心がどきりとする少年で、
 ソフトクリーム、間接キスという壁がある事を知っている少年、気付いてない彼女、気付いてないから彼女はほらって言って笑顔でソフトクリームを差し出す、少年は結局、そっと一口、ああなんで僕がそうしてから、気付くんですか、そしてそれを言葉にするんですか。
 ……ここに来てから、少し、自分が変った気がします。その、つまらない事に。……で、でも都昏君が悪いんですよ? また人の話を聞いてないと思ったら、また女の子。
 誤解ですって言う少年の様子が必死だから、彼女は機嫌を直してまたくすりと笑って。例えば、思い出というものは、そんなやりとりをしながら着いた、
「ほら――」

 一面の向日葵畑。

 明日にはもう東京へ帰る日、北海道、最後の眩しい午後。
 視界の際に届くくらい、空の太陽を種にしていくつもばら撒いたみたいに、強く、強く、まっすぐに伸びている、とても元気な大輪の花達。背の高い黄金色、力が溢れている。
 植物達の声が聞こえる彼女にとっては、この場所はバスで窓を眺めていた時に素早く見つけて。
 きっと、会話しているのだろう。くるくると少女のように回りながら、向日葵に囲まれて。ああ、あの笑顔を、あの姿を、あの、心を、
 好きなんだろうと、当たり前に思った。
 あの場所を失いたくない、って、あの人を失いたくないって、願う自分。
 少し離れた距離、向日葵に隠れる彼女、声がするから場所は解って、そこをみつめていれば、悪戯のようにまた現れる。長い髪が季節に舞ってとても綺麗で、
 繰り返し、思う。
 失いたくない。
 夏の日、熱、北の自然、緩やかで、力強くて、
 笑っていて、
「明日奈さん」
 名前を、響かせたのは、それに応える彼女を、愛しくみつめるのは、
 失いたくない――ここに来た日の、腕の中の場所を、思い出しながら、
 都昏は、
 、
 不安、だった。


◇◆◇


 今までの時が、夏の所為でない事を願う、どうか熱の、
 二つの、熱ゆえである事を。
 確実に薄れゆく夏の中で、彼女の無邪気の前で、少年は祈っている。
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
エイひと クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年07月14日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.