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『『ただいま昼休み中』 』
オーマ・シュヴァルツ1953


< 1 >

『ただいま昼休み中。待合室でお待ち下さい』
 オーマ・シュヴァルツ医師は、病院の入口に札を下げると、白衣のポケットに手を突っ込んで表へ出た。
 ボードには、以前は筋肉言語で文が書いてあったのだが、「意味がわからない」と患者から苦情が出て、普通の言葉に変えた。オーマは「ちっ、何でだよ」と舌打ちした。『一般の人々には理解できない言葉』らしい。
「なんだよ。“ヴァラフィス”じゃあるまいし」
 そう呟いて、苦笑した。
『ヴァラフィス』。今となっては懐かしいシステムだった。

 昼食は自宅で取るが、その前に薬草店へちょっと買物の予定だった。消毒用の薬草が底をついたので、補充しないといけない。馴染みの薬草店では、「いつもの」で通る。
「おや、オーマ先生」
 時々病院を訪れる初老の婦人がドアを開けた。彼女は腰が悪くて、治療に通っている。薬草の処方箋も出しているので、この店の常連だろう。
「わあい、オーマ先生だ〜」
 老女は、いつも8歳の孫を連れていた。男児は、人懐っこい笑顔でオーマの白衣の腕に飛びついた。
「今日もオモチャを出してよ、『グゲン』で」
 待合室で子供は飽きて機嫌が悪くなるので、剣玉などの簡単な玩具を具現化してやることがあった。具現をしてやる時は、白衣の下にヴァレルを着ていた。オーマがいつも着る派手な着物・ヴァレルは、具現の際の反動を防ぐ、言わば防御の鎧である。だが、今日は暑いこともあり、白衣の下はアンダーシャツだけだ。診療室には掛けて置いてあるが、昼食前に薬草を買いに出ただけなので、まとって来なかった。
「すまんな、ぼうず。今はダメなんだ。病院に来た時、また何か出してやるよ」
「ちぇ、けち」
「先生になんてこと言うの。まったく。すみません」
 老女は孫の頭を押して、頭を下げさせた。
 彼女は事前に店に注文しておいたらしく、直ぐに包みを渡され、「では、お先に」とオーマに一礼して店を出て行った。
 オーマ達ヴァンサーが、精神の力で、欲する物を掌の上に現実化させる『具現』という力。本来は武器を作り出す為のものだ。
 鎧としてヴァレルという衣服を身につけるルールとは別に。ヴァンサーとして就任する際には、『ヴァラフィス』体得も義務化されていた。
 他人には・・・例えそれが同じヴァンサーでさえも、音も意味も聞き分けられない呪文のような言葉。
 それは、反動から身を守る為の『ヴァレル』と違い、具現を制御するものだ。反動を抑えると共に、力を強大にしたり弱めて使ったりという、自由自在に行使するのに必要な能力だった。
 オーマが居た世界では、理論上は、ヴァレルがなくてもコレさえあけばそう酷い反動は無いことになる。だが、ソーンで試すことはできない。ヴァラフィスは具現が駆使される世界でないと使用できない。ソーンのように具現に侵されていない場所では使えなかった。

 人は『言葉』という伝達の手段を得て、かえってコミュニケーションを希薄にさせたように思う。言葉を持たない動物達は、念を送ることで心と心を伝え合うが、人はすっかりその能力を廃らせてしまった。『文字』という数本の頼り無い線と幾つかの点に寄りかかって全てを伝えようとしても、隙間から心はこぼれ落ちて行く。
「はい、オーマさん、お待たせ」
 紙袋いっぱいの薬草を受け取る。野暮用も終わったし、さて、昼飯は何を作ろうか。


< 2 >

「オーマ先生!」
 先程の子供が、息を切らせて店に飛び込んで来た。瞳孔が開き、表情には恐怖を浮かべている。
「どうした?」
「ウルフが通りに居たんだ。おばあちゃんを・・・」
 環境の変化からなのか、郊外の山や森に棲む動物たちが、最近エルザードを襲うことが増えていた。午前中にも、野性の鷲の爪で怪我をした男性を診たばかりだ。

 子供に案内されて店を出た。通りを二つ三つ曲がった路地の行き止まりに、1メートル立方の木箱が幾つも積んである。馬ほども大きい黒狼が、激しく音を立ててその箱に体当たりしていた。獲物に向かう低い唸りと叫びを繰り返す。長い毛並みは昼の陽に不似合いに照り返し、興奮で尾が大蛇のように猛っていた。
「おばあちゃん、あの箱の隙間に隠れたの。でも、このままじゃ箱はすぐ壊されちゃうよ!」
 玩具をせがんだ時よりも切迫した強さで、男児はオーマの白衣の袖を引く。
 今、ヴァレルは無い。具現で銃を出すことはできなかった。
 飢えのせいか、それとも脳が侵されているのか、狼は狂ったように木箱を襲う。箱同士がぶつかり合い、大きく鳴った。面の中央では薄い木がしなり、亀裂が入る。早急に武器を具現しないと危険だ。
 唇を、忘れていた言葉が這う。無意識の行動だった。
「え?先生、何か言った?」
 子供がオーマを振り仰ぐ。他の者には、耳で聞いても聞き分けられない言語。音は音を成さず、単語さえも作らない。だが、『意味』を持つ言葉。オーマの厚い唇は、素早く形を変え続ける。祈りを込めて。
 しかし、体の奥は、何も感じない。精神が澄み渡り透明になっていくあの感じは、全くやって来なかった。
「ダメ、か。やっぱりな」
 ソーンで『ヴァラフィス』は使えない。わかっていたはずだ。
「ぼうず、おまえさんは逃げろ」
 仕方ない、肉弾戦だ。オーマは大きくため息をついた。
「だ、だっておばあちゃんが」
「ばーさんからこちらに注意を向ける。俺でなくぼうずを襲う可能性もあるだろ。おまえさんの方がウマそうだからな」
「ぼく、他にも冒険者の人、呼んで来る」
 子供は、自分が闘いの邪魔になる可能性を理解し、今来た通りを走って戻った。

「さて、と」
 辺りを見回し、風化した鉄のバケツを見つけた。
「素手で闘うより、無いよりマシだな」
 バケツの縁を握りしめる。足元の石を拾って、カンカン!と叩いて注意をそらした。狼はゆっくりとオーマに振り向いた。だらしなく開かれた口から赤い舌が垂れる。金の目がオーマを捉えた。
「ワン公、俺が遊んでやるよ」
 オーマは早く振りかぶって、眉間に石をぶつけた。狼は一度キャンと小犬のように鳴いたが、次の瞬間こちらへと前脚を蹴った。
 顔面というより目を狙って、バケツで殴りつける。狼の爪が白衣の衿をかすった。手応えは強く、鉄の容器はひしゃげた。狼も悲鳴を挙げ、一度バサリと地に落ちた。牙の間から凶悪な唾液が滴る。
 懲りずに、再度狼は飛翔した。今度はバケツを口の中に押し込む。バリバリと、鉄が破損する音と牙が折れる音が重なり合う。歯茎からこそぎとられた牙が、血と共に路へと落ちた。狼はガクリと前脚を折る。
 オーマもバケツの破片で掌を切った。血が白衣を汚した。この手では、午後は休診かも。
「森へ帰れよ。おまえさん一匹が人をあやめただけで、エルザード王は狼狩りを命じるかもしれんぞ。賞金目当ての奴らが森を荒らし、おまえら仲間の毛皮を剥ぐだろう」
 ペットの犬ではない。殆ど人の言葉など初めて聞くであろう、野性の狼だ。だが、オーマは、通じると信じていた。想いは、言葉がわかるかどうかではない。魂と魂なのだ。
「おまえさんが一時の空腹で我を忘れた為に、多くの仲間が殺されるぞ?辛抱強く探せば、まだ森に何かいるだろう?それに、刹那この街で飢えを癒しても、すぐに人に狩られる。そろそろ、剣を携えた奴らがここへやって来るだろう」
 狼の唸りが止んだ。もう瞳に狂気は無い。狼は立ち上がり、木箱に飛び乗ると、ひょいと塀を越えて向こう側の緑の中へ消えた。
『森に無事に戻ることを祈ってるぞ』
 その言葉は狼に届いただろうか。
「お〜い、ばーさん、大丈夫かぁ?」
 オーマは、木箱を一つずつどけながら、老女を探した。5つ目の箱の裏で、気を失ったところを保護した。怪我は肘の裂傷程度のようだ。

 肩に担いで病院へ連れて行く途中で、孫と数人の冒険者に出会った。子供は、祖母の無事を知って初めてわんわんと泣いた。オーマは、血のついていない左の掌で、男児の髪の毛をくしゃくしゃにして頭を撫でた。
「色々と偉かったな。病院に着いたら、何かオモチャを出してやるよ。一緒に遊ぼう」
 やはりソーンではヴァレルは手放してはいけない。夏用に、Tシャツ型かブリーフ型で姉に作り直してもらいたいと思うオーマだった。だが、洗濯することはあまり考えていないようだ。
 今日も空は青く、午後はシュヴァルツ病院は休診である。


< END >
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聖獣界ソーン
2005年07月11日

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