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『『世界の果てまで』 』
オーマ・シュヴァルツ1953)&ジュダ(2086)


< 1 >

「オーマ先生。あたし、海を見てみたいよ。生きてるうちに、一度でいいから」
 その日、オーマ・シュヴァルツが最後の患者を見送り、診療室の片付けをしていると。窓辺の鉢植えが、抜けた歯をあらわに微笑みながら、難病の少女のようなことをのたまった。
 この人面草は、歯が無いだけでなく、眉毛もなかった。別に、癌治療の副作用で眉毛が抜けたわけではない。歯は、シンナーのやりすぎらしいが。
 目の下のクマは、病気でなく、マスカラとアイラインが溶けて汚れているからだ。今日の口紅はパール入りの群青色。健康体なのに、ここまで不健康に見えるヤツをオーマは知らない。
「あたいも」と、芸者霊魂がキセルを片手にしなを作る。粋に着物の背が抜けている。日本髪を結った首筋に数本乱れたおくれ毛が落ちる。
「ねえ、オーマの旦那。あたいも行きたいよ、海」
「行けばいいだろう。人面草と違って、お前ら霊魂は自由に外へ出られるんだ。エルザードの街を出て北へ行けば海に着くぞ」
 血液が付着したガーゼなどのゴミと、普通の紙屑を分別して廃棄しながら、オーマは芸者を適当にあしらった。
 芸者霊魂の攻撃に続き、髪ボサボサのオタク霊魂が、ぽつりと呟いた。
「ジュダさんと、海に落ちる夕陽が見たかったな」
「えっ・・・」
 オーマは作業の手を止めた。
 海、夕陽、恋。それはオーマの熱いハートの琴線に触れた。
 おおぅぅぅ、そうだった。こいつらは、恋する乙女!俺は常に、夢見るぷりてぃガールの味方ではなかったのかっ!
 しかも相手はジュダ。かつてオーマの親友だった、ハンサムでかっこよくて(気取っていてイケ好かない)あのジュダだ。可愛いナマモノたちの想いを叶えさせてやりたい(ナマモノたちにベタベタされてうんざりするあいつの顔を見たい)。
「よっしゃ〜、マッスルリゾート海だエレキだ若大将っ!俺にまかせとけ!」
 みんな、愛らしい声で歓声を上げた。芸者霊魂とオタク霊魂は手を取り合って踊り、バレリーナ霊魂もその場でスピンした。

 神出鬼没、どこに住んでいるかオーマにさえ明かしてくれぬジュダ。一緒に海へ行く為には、彼を捕まえなくてはならない。
 その夜、オーマは、ベルファ通りにある24時間営業の日焼けサロンの前に立っていた。何式だのアレ式だののマッサージ店や風俗の店が並ぶ猥雑な通りの一画だ。暗い街灯の下には娼婦や男娼が疲れたようにしゃがんでいる。
「海へ行く前に、こんがりマッスルきつね色ボディにしたいものだが。こんな店に入ってまで焼いてたと知れたら、カッコ悪いかもなあ」
 店のドアの前に佇み、ブツブツと独り言を呟く。
「人に見られたらダサダサだよな。特に、あの、ジュダに見られたら。何と言われるかわかったもんじゃない」
「呼んだか?」
 背後から聞き慣れた男の声がした。オーマはにっと笑うと、ガシリとその男の腕を掴んだ。
「海に行かないか、親友」
「海・・・?」
 温度の低そうな瞳が冷やかに細められた。ネオンの光を受けて、黒い瞳の色が変化する。いつも、どこを見据えているのか計れない目だ。諦観と静寂なる絶望。
 ジュダとは同じ世界からソーンへ来たはずだ。「はず」というのは、こちらでのジュダは、オーマの親友だった頃とは感じが違うし、埋められない空白もあるので確信が持てないからだ。だが、海のないあの世界を体験しているのは間違いはない。ジュダはソーンは初めての夏だろうし、海水浴の経験だってないと思う。
「貴様の家族は来るのか?」
 整った眉が歪む。彼は大勢でワイワイやるのは好きではなさそうだ。
「うちの奥様とお嬢様かい?いーや。余計なモンは誘わん」
 それは嘘ではない。限りなく騙してるに近いが、決して嘘ではない。オーマは自分に言い聞かせる。
「そうか。まあ、いいか。面白そうだ、付き合おう」
「そう来なくちゃだ!」
「わかったから、腕を離してくれ。お前、シマを荒らすポン引きと間違われるぞ。ほら、娼婦たちが睨んでる」
 オーマは慌てて手をほどいた。
「じゃあ、入ろう」と、ジュダは日焼けサロンの扉を押した。
「へっ?」
「海で生っ白かったらカッコ悪いんだろ?俺も付き合うよ」
 ああ、こいつは、やっぱり親友だったジュダだ。いい奴だ。オーマは胸が熱くなった。
 ジュダはオーマをからかう為によく姿を表わすので、今回もそれを狙ってここに立っていただけで、オーマは日焼けなどに興味はなかった。だが、ジュダの気持ちが嬉しくてオーマも後に続いた。

 そしてオーマは、ジュダから渡された飲み物を飲んで眠り込み、しかも、うつ伏せに寝ていたはずが、『誰か』に体を横にされた状態で焼き、半身だけ小麦色に焼けるというイロモノな状態になった。
「ちっくしょう、ジュダの野郎っ」
 目覚めたらもうジュダの姿は無く、彼の字でメモ書きだけが残っていた。
『明朝、病院の前で。約束は守るから、ナマモノは4人までにしてくれ』
 あいつは全てお見通しだったようだ。


< 2 >

 聖都エルザードの北側に、海岸線が広がっている。機獣遺跡やら魔物の棲む沈没船やら、怪しげな物も海底に秘めているらしいが、浜辺はいたって能天気な海の家と海水浴客で満たされていた。
 獅子オーマの背にしがみついて、病院の前からひとっ飛びでここへ着いた一行だ。
 浜辺の砂は銀色に輝き、色とりどりのパラソルや女性の水着が華を添えた。抜けるように空は青く、海は光を照り返す。太陽はジリジリと頬を焦がした。波の音と嬌声、子供のはしゃぐ声。浜辺は色と音に溢れ返っていた。

 いつもの姿に戻ったオーマが、シートとパラソルを抱えて場所を探す。鉢植えは別として全員で5人。かなりのスペースが必要だ。
「ここ、いいかな?」
 少し狭いかと思われたが、右の親子連れと左のカップルに断りを入れた。黒のビキニに錦の上着を羽織り、胸に刺青と大振りのアクセサリーを飾る大男。この頼みを、善良な市民が拒否できようか?
 二つのグループは、顔色を変えてささっと場所を空けた。今度は広すぎるほどのスペースができた。
「おお、すまんな」
「ねえ、あのおじちゃん、なんで二色なの?」
 子供が、半分日焼けしたオーマを指差す。
「しっ!見ちゃいけません!」と、母親が息子の頭をタオルで覆った。

 海にまで紙袋を下げて来たオタク霊魂はスクール水着、バレリーナはストラップレスのビキニ、芸者は日本髪姿で半袖Tシャツ膝までスパッツという水着だった。女人面草は、日射病予防に麦わら帽子を被らされた。パンク顔には死ぬほど似合わなかった。
 ナマモノ達は、『ジュダと海へ』とねだったからには彼にまとわりつくのかと思いきや。3人と1輪でかたまって、シートに寝ころぶジュダの方を見てはクスクスひそひそ、彼が髪を掻き上げれば『キャ〜』、ビールを飲み干せば『いやぁん』という具合だ。まあ、なかなか可愛らしくはある。
「ジュダ、おまえさんは泳がないのか?」
 下はバミューダを着用するものの、ジュダは長袖のシャツを羽織ったままだ。
「泳げないんだろう?」
「まさか」と、オーマの挑発を一笑する。
「いや、海で泳いだこと、無いだろう。プールや湖と違って、波は厄介だからな。海の初心者は、おとなしく砂浜でビールだけ飲んでればいいのさ」
「・・・。」
 ジュダの切れ長の瞳がジロリとオーマを睨んだ。
「初心者でも、貴様ごときに泳ぎが劣るとでも思っているのか」
「言ったな。競争するか」
「望むところだ」
 ジュダは立ち上がって砂を払った。
「ようし。あの、沖に見える丸い岩。あそこにどちらが早く着くかだ」
 オーマは羽織ったヴァレルを脱いでシートに投げ捨てた。だが、ジュダはシャツは脱がずに海水に浸かった。肌を人目に曝したくないのか。
「ジュダさまァ、がんばって〜」
 ナマモノたちの声援が飛ぶ。
「おいおい。俺のことは応援無しかよ」
『だってぇ』と、彼女達は笑っている。

 普通は遠泳は平泳ぎで行う。だが、二人とも普通では無い。ジュダがクロールのストロークで水を掻くと、オーマも負けずに泳法を切り換えた。両腕で同時に海水を切り裂く。
「初心者相手ならバタフライで十分だ」
「・・・。」
 ジュダも負けずにバタフライを始める。海でバタフライ。大馬鹿である。
 ジュダも身長は2メートル近くある。二人の大男がたてる水しぶきに恐れを抱いた周囲の海水浴客は、自分達の泳ぎを中断して逃げ出した。みんな、距離をおいて、二列の白い線をぽかんと眺めている。
 ジュダが、波をくぐるタイミングに苦労している。時々正面から波を被り、咳き込んでいた。シャツも肌に重くまとわりついているだろう。
 まだ岩は遠い。
「くそっ」
 ジュダが、シャツのボタンを外し、白い布を海底へ捨てた。波を受けぬよう、潜水に切り換える。息継ぎに顔を出した時にはオーマを抜いていた。
 ジュダの白い肩が見えた。奴は昨夜の日焼けサロンでも、胸は焼いたが背中は絶対にあらわにしなかった。左肩から背にかけての長い傷跡は、オーマが初めて目にするものだ。友として肩を並べた頃には無かった。
 ジュダには何故か、具現に必要なはずのタトゥも無い。オーマのようにヴァレルを纏わずとも、ジュダには反動も無いようだ。彼は『特別な者』なのか。
 オーマも、潜水に切り換え、ジュダを追う。

「なあ、おかしくないか?」
 疲労で重くなった腕を掻きつつ、オーマは水上に顔を出す。
「あの岩、離れて行くよな?」
 もう浜辺も見えぬほど遠ざかった所で、二人は泳ぎを止めた。
「貴様がへばったんで、そう見えるだけだろ?リタイアして戻っていいんだぜ」
 ジュダは冷めた口調で言い放つ。だが、呼吸はかなり乱れていた。元々顔の白い男だが、唇の色が変わっている。
 そう、岩は離れていた。そしてそれは実は人面岩・・・生命のある海の浮遊物だった。彼は、巨躯の男たちが鬼の形相でこちらに泳ぎ迫るので、怖くて逃げているのだ。
「ふざけるな。不屈のオーマ様パワフルスイミングを見せてやる。おまえさんこそ泣いて浜へ戻りな」
 オーマは、再び泳ぎ出した。
「バカ言うな」
 ジュダも岩を追う。
 
 海の日暮れは早い。オレンジの夕陽が海を眩しく照らしていた。
「おそいねえ、二人とも」
 ソフトクリームやパフェを食べながら、ナマモノ達は溜息をついた。だがクリームの甘みに心配もすぐに忘れた。

 沖では、三者が水しぶきのフーガを奏でる。
 泳げ、オーマ、ジュダ。世界の果てまで。


< END >
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2005年07月11日

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