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『うたたねデリバリー 』
ケヴィン・フレッチャー0486)&リュイ・ユウ(0487)
 診療所と言うのは、訪れる患者たちが不安にならぬよう、常に清潔に、そして心地よく過ごせるよう、計らっているものだが、その診療所もまた、同じ。都合で窓を潰し、自家発電の電力量が、南米の降り注ぐ太陽でも賄えないほどになっていても、だ。
「おーい、ヤブ医者。届け物だぞ」
 舞台となるは、『リュイ診療所』と書かれた建物。そこへ、箱にガラス瓶や、厳重に梱包された袋や、重たそうな機材なんぞを、山ほど詰め込んだ青年が、入り口の扉を蹴っ飛ばしている。手を使わないのは、箱を両腕で抱え込んでいる為だ。
 名前は、ケヴィン・フレッチャー。少し前から、なんでも屋稼業の傍ら、この診療所の手伝いをしている。今日は、医療用備品の輸送が、任務だ。
「留守か? ユウ! いるんなら、ここ開けてくれ。手ぇふさがってて、使えねーんだよ!」
 ヤブ医者と呼ばれたのが気に食わないのだろうか。そう思ったケヴィン、ムキになって声を張り上げるものの、まったく反応は無い。静まり返っている。
「ったく。約束くらい、きちんと覚えてろっての」
 仕方なくケヴィンは、そう言いながら、抱えていた荷物を置いた。居留守を決め込んでいるのか、本当にいないのかはわからないが、今日、荷物が来る事は、一週間前からわかっていた筈だ。勝手に上がりこんでも、文句は言われないだろう。幸い、手先は器用だ。
「あれ? 開いてる‥‥」
 長い髪に挿していたヘアピンで、鍵をこじ開けようとしていたケヴィンだったが、ドアは何の抵抗もなく、するりと開いてしまった。
「無用心だなぁ。誰か襲ってきたらどうすんだよ。おーい、ユウ? いるんだろー」
 エスパー特有の勘の鋭さで、中に人がいる事は、気配でわかる。そう言ってケヴィンは、さして広くはない診療所を、その主を探して、ドアを開けて行ったのだが。
「やっぱいるじゃん」
 程なくして、見付かったのは、診療所の奥の部屋。窓が無い為、うす暗いが、エアコンは外のスコール明けの冷えた空気を運んで来てくれる。適温と、心の休まる適度な環境があれば、人はどうなるか、と言うと。
「おい、起きろヤブ医者。こんな所で寝てると、風邪ひくぞ」
 ケヴィンが声をかけた相手。ヤブ医者だのなんだのと、酷い扱いを受けているのは、この診療所の主。名前は、リュイ・ユウ。本当は医療免許なんぞ持っていないのだが、医療システムの崩壊したこの地域では、それなりの事をしていれば、『先生』として認識されていた。
「んー‥‥」
 で、当の彼は、眼鏡をかけ、白衣を身に着けたまま、散乱する書類の中で、お休み中である。
「起きろってば」
 ケヴィンのセリフに、面倒くさそうに寝返りをうつユウ。まったく起きる気配がない。相当前から、寝こけているのだろう。机の上には、さめてしまったカフェオレが放置しっぱなしだ。
「ったく。こんなにしやがって。機密情報とか言うのだって、あるんだろ」
 散らかった書類をまとめつつ、そう言うケヴィン。
「これだけ騒いでも、まだおきねーのか‥‥」
 がさがさと盛大な音を立てたにも関わらず、ユウは目を覚まさない。
「よし、起こしてやる」
 その様子に、ケヴィンは持っていた書類の束を見て、悪戯っぽくと笑った。束にしたそれは、ちょっとした辞書くらいはある。
「ユウ! 夜盗の襲撃だぞ!」
 少しばかり大きな声で、書類束を後頭部に落としながら、そう叫ぶケヴィン。
「何っ」
 さすがにそれには、ねぼすけのユウも目を覚ました。が、人の姿はおろか、銃撃戦の音さえ聞こえない。
「よし、ようやく起きたな」
 悪びれもしないケヴィンの態度に、嘘だとわかったユウは、不機嫌そうな表情となる。
「何をするんですか。人がせっかく良い気分で寝ていたのに」
「アホ。今日は荷物が来る日だろ。昼寝なら、受け取ってからやれ」
 外に置きっぱなしの医療備品。主に配達仕事を任されているケヴィンとしては、このまま持って帰りたくはないのだろう。
「それくらいは運んでおいて下さい。こっちも忙しいんですから」
 だがユウは、それをちらりと見ると、倉庫代わりに使っている別の部屋を顎先で示し、そこへ運び込んでおけと暗に指示していた。
「こんな辺境の診療所が、なんで忙しいんだよ‥‥」
 一応、『診療中』の看板はかかっているものの、待合室には誰もおらず、聞こえてくるのは自然の声ばかりだ。
「今は昼間だからです」
 うちの患者は、昼間は動きませんから。と、ユウはそう言って、再びお昼寝モード。今度は、きちんと伊達眼鏡を机の上に乗せている辺り、長期睡眠が確定のようだ。
「だー! 寝るなって! おーい!」
「徹夜仕事で寝てないんですよ‥‥。ちょっと仮眠取るので、30分ほどたったら、起こしてください」
 備品を運び込んだケヴィンが、文句をつけるが、彼はまったく聞いちゃいない様子で、椅子にもたれかかる。
「そ、そりゃあかまわねぇけどよ‥‥。だいたい、こんな診療室で、なんで徹夜なんだよ」
 手術台も無い、簡素な診療室。サイバーベッドすらない状況なのに、どこで徹夜仕事をするんだろう。と、ケヴィンは疑問を直接ぶつけている。
「って! もう寝てるし! ちったぁ人の話を聞けよ!」
「うるさいですよー」
 だが、ユウはすでに、そんな話なんぞ聞いていない様子で、再びうとうとと夢の中へと落ちて行くのだった。

 とは言え、30分も放置されても、やる事など無い。備品を綺麗に並べ終わったケヴィンは、すやすやと熟睡中のユウを、不機嫌そうに眺めていた。
(気持ち良さそうに寝やがって‥‥)
 座る所がないので、机によりかかる彼。その上には、先ほど束ねた書類の束があった。
(そんなに難しい仕事なのかよ)
 そう思い、ケヴィンはその書類を手に取った。中身を確かめるように一枚めくって見る。
(なんだこれ)
 そこには、ドイツ語で医療用語が記されている。もっとも、殴り書きの走り書きが殆どなので、いくら手先が器用で、それなりに知識のあるケヴィンでも、まったく読めなかった。
(こんなのが、徹夜仕事の元なのかよ‥‥)
 理解不能な書面を、つまらなそうにぽいっと放り投げる彼。辞書が落ちる音にも似た衝撃が、部屋に響いたが、それでもユウは目を覚まさなかった。
(あーあ、暇だな‥‥)
 約束の時間まで、後10分。手持ち無沙汰になってしまったケヴィンは、診療室にあった薬棚を覗いて見るが、下手に手を出せば、後で何を言われるかわからない。ユウは、こうやって、すやすやと爆眠こいていても、目を覚ませば、口先では勝てない相手だ。
(なんで、俺がこんな奴の‥‥)
 嫌なら、やめりゃあ良い物だが、結局なんだかんだと言いながら、こうして手伝いにやってきてしまっている。 結局、ケヴィンはまるまる30分、殆どユウの寝顔を眺める事になっていた。
「‥‥」
 眼鏡を外し、だらしなく椅子にのびている彼。普段は、なんだかんだと気に食わない事も多いが、こうやって眠りこけている姿は、少々可愛くさえ思えた。
(っと、時間か)
 そうこうしているうちに、ようやく30分過ぎた。ずいぶんと長く感じながら、ケヴィンはユウの側へと寄った。既に、椅子からずり落ちそうになっている彼を、よっこいせと抱え起こし、声をかける。
「時間だぞ。起きろってば」
「ん‥‥」
 が、呻いたっきり、起きる気配がない。
「30分たったぞ。さっさと目を覚ましやがれ」
「うー‥‥」
 つつこうが声を張り上げようが、眠りこけているばかりだ。
(この野郎は〜‥‥)
 業を煮やしたケヴィン。机の上にあった書類を手に取ると、辞書並の厚さを誇るそれで、ユウのほっぺをぺちぺちと軽く叩いてみせる。
「さっさと、目を覚ましやがれ。この腹黒医者!」
「あー‥‥」
 書類の重さと、ケヴィンのパワーで、頬を叩かれて、彼はようやく目を開いた。ぼんやりとした寝起き顔のまま、じーっとケヴィンを見つめている。
「ようやく起きたな。ほら、椅子から落ちるなよ」
 彼が、そう言って身を離そうとした刹那である。
「ああ、ここにいたんですか」
 そう言って、二コリと微笑むユウ。そのまま、ケヴィンの腕を引き寄せ、抱え込んでしまう。
「はぁ!?」
 驚いたのはケヴィンの方だ。
(えぇぇぇぇぇっ!?)
 まるで、恋人を抱きしめるかのようなユウの態度に、表情が凍り付いてしまう彼。
(ちょっと待て! なんで俺がユウに抱かれなきゃならんのだ!?)
 あわてて、ユウの顔を伺うと、既に彼はまた眠ってしまっていた。しかも、大切なものを見つけて、安心したような表情で。
(こ、この野郎。寝ぼけてやがるな‥‥)
 彼にしてみれば、まったく見に覚えがない。記憶がない事をさしひいても、ユウに抱きつかれる覚えもなければ、恋人にされる覚えもなかった。
「んー‥‥。可愛い人ですねぇ‥‥」
 一方のユウはと言えば、ふにぃと甘えるようにゴロゴロと喉を鳴らしながら、すーすーとねこけている。
「この野郎。誰と間違えやがった! このヤブ医者! ぶん殴るぞ!」
 その姿に、頭に来たケヴィン。何とか目を覚まそうと、腕を振り上げる。
「くそ‥‥」
 だが、自分に抱きついたまま、すやすやとお休み中のユウは、まるで甘えん坊の子供だ。
「落ち着け。相手は寝ぼけて俺をどっかの女と間違えただけだ‥‥。他意なんてない‥‥」
 子供に振り下ろす拳なんぞ持ってはいないケヴィン。声に出して、自らにそう言い聞かせる。顔は、相変わらずふてくされたままだが。
「奴だって男だ。時には甘えたくもなる。うん、そう言う事にしておこう」
 きっと、夢の中では、好みのタイプを抱えて、いい目を見ている事だろう。現実が自分だと知ったら、大騒ぎになるだろうが、抱きつかれているこっちもいい迷惑なので、おあいこだと、納得させ、ケヴィンは抱きついたままのユウに肩を貸していた。
「ほらほら、風邪ひくから、こっちで寝てなさいね」
 口調が変わっているのは、出来るだけ自分だとばれて欲しくない為だ。ユウの事を思っての事ではない。単に、ばれたら自分に嫌がらせが及ぶ‥‥と考えての事だ。
「ん‥‥」
 すぐ側にあった診療台へとユウを転がすケヴィン。このまま椅子で夜まで寝こけていたら、あちこち筋肉痛になる事は、彼でも予想がつく。
 ところが。
(って、離せよ! てめぇっ!)
 寝かしつけたはいいが、ユウはまだ寝ぼけたままなのか、まったく離してくれない。逆に、バランスを崩して、彼の上に倒れこむ形となってしまう。
「いい子ですねー‥‥」
 そのまま、ぬいぐるみでも抱え込むかのように、添い寝させられてしまうケヴィン。
「だから! 俺はカノジョでも女でもないんだから、いい加減離しやがれー!」
「暴れないで下さいよー‥‥。治療ができないじゃないですかー‥‥」
 どんな夢を見ているのか、ぎゅうとしがみついた力は、異様に強く、まったく引き剥がせない。
(か、勘弁してくれー!)
 そのまま、診療台に引きずり込まれてしまうケヴィン。結局、夕暮れ時まで、昼寝につき合わされ、雑用の1つも出来ない彼だった。
 教訓:災難は予期しない時にやってくる。
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
姫野里美 クリエイターズルームへ
PSYCHO MASTERS アナザー・レポート
2005年07月05日

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