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『hold up 』
真咲・水無瀬0139

 硝煙の香りと銃声、怒号、五感に訴えかける現実を、この上なく慣れ親しんだ物と捉える……違和感。
「おーい……おーい?」
目の前でヒラヒラと手を振られ、真咲はハッと我に返った。
「なんだ」
しかし思考に沈んでいた事などお首にも見せず、傍らで共に身を潜める男を睨む。
「イヤ、結構命懸けの事態の筈なのに、お昼寝とは余裕だなと思って」
「寝てない」
思考に囚われかけた一瞬に気付いた相手に、軽く鼻を寄せて反論した。
「まぁ余裕があるのはいい事……ッと!」
壁を削り、予測不能な跳弾が掠めるのを、咄嗟に首を竦めて男が難を逃れる間に、真咲は身を潜めた壁、その角から銃身だけを出して器用に発砲した相手の肩を撃ち抜いた。
 その隙に転身し、人の気配のない方へ向けて走り出すに、肩を竦めたままの男は息を吐き出して冷や汗を拭った。
「そりゃそうと、ちょっと奥まで入り込み過ぎましたかね真咲さん」
「……お前が入り込めと言ったんだろうが」
不機嫌な真咲の言を、男は乾いた笑いで誤魔化す。
「そりゃ、こんな別嬪がフリーだから仕事くれっつったら、ねぇ?」
入れ食い、と己の審美眼の正しさに胸を張る男……真咲のマネージャーとして共に同じ建物に入り込んだ現行、相棒と称してよい相手だ。
 何せ、地下二階、地上五階、現在はとある実業家の本宅として機能する広い建物の中でただ二人、お互いだけが自身の味方である。
「お前の釣りは、餌を獲物に持って行かれるのか? このヘボ」
然れども、屋内で銃撃戦を楽しむ羽目になったのは、金になるからとこの仕事を持ちかけてきた男が現況である……『ちょっとした調べ物』をする為に、実業家の自宅に入り込む必要性がある、と真咲を売り込む形で入り込んだはいいのだが、少々行き過ぎた。
 目的の情報を奪取したはいいのだが、その際に男がセンサーに引っかかってこのザマだ。
「いーやッ、アレは絶対に真咲が引っ掛かった!」
男の不愉快な主張を受容れられる筈もなく、真咲はギロリと睥睨する視線だけで相手の口を閉じさせる。
 しかし、そのヘマを未然に防げなかった事を失態と感じ、自分を腹立たしく思っているのも事実だ。
 情報が置かれていたのは、ある意味セオリー通りに実業家の書斎……彼が裏社会の組織と通じている証拠を求め、私的な空間に忍び込むまでは計画通りだったのだが、情報が入って気が緩んだのか、見張りと口実を兼ねて同じ場所に居た真咲が、姿見に気を取られた隙に男が対人センサーに引っ掛かり、館内に常駐する警備に追われて今の状況を迎えている。
 ふと、鏡に映った己の姿……警戒を解かせる為の装い、身体の線を柔らかく包むシルクの黒は喪に服する者のようだが、それは唯一の色彩である紫の、済んだ瞳を際立たせる為の色。
 身に添う生地の質はいいのだが、動きを阻む感覚に覚える僅かな不快に気を取られる真咲に、男が軽口を叩きながら何気なく、書斎の椅子に腰を下ろした途端、館内に鳴り響いた警報の失態を知った次第だ。
 殴り倒してでも、椅子に座らせるのではなかったと今更拳を固めて見ても遅い。
 湧いて出るような警備員の動きに事後の対応に出るしかなく、苛立ちの舌打ちに真咲は思考を切り替える。
「……追い込まれているな」
「どんどお兄さん方も強面になってるしね」
まさしく多勢に無勢。
 その上、真咲が手にした銃は護身用に懐に隠せる程度の口径の小さな物だ。しっくりと来ない間に合わせの銃の、弾数も残り少ない。
「こんな時に」
溜息と共に吐き出された己の言葉に、真咲は眉を顰めた。
 こんな時……こんな事態を。
 打開する手段が、ごく身近にあったような気がするのは何故か。
 此処に居ない誰かが、傍らに居ればなどと。
「真咲さん」
間違いなく傍らに居る男の、苦笑混じりの声が思考を破る。
「そりゃデスクワークのが得意ですけど、俺もそんなに悪かないと自負してんですが」
眼鏡越しに真咲を見詰める眼差しが何処か遠いような気がするのも、気配がカチリと嵌るようなそれでないのも……些細な事だと己を誤魔化す。
 男が昔馴染みなのに間違いはない。吐き出す息に疑念を溶かした真咲は、人の声に耳を凝らし、気配に気を払う。
「でーも、そろそろ限界かなー」
傍らでごちる男の後ろ向きな……独り言めいた囁きを耳に、真咲は怒りを込めて振り返ると、背を護る形で居た彼の真っ直ぐな瞳とかち合う。
「弱音吐くつもりはないけど、キズモノにして返したら顔向け出来ないなとか、小心者の俺は思うわけでして」
「何を言って……」
数年来、それこそ知り合ってからずっと、行動を共にしてきた男の不可解な発言に、感じ続けた違和感が後押しされる。
 行動を共に。
 して来たその筈の期間の……記憶がない。
 長い期間、数え切れぬ程に経験してきた戦場を共にしたのは、共に在り、去り行き、新たに訪れた、仲間達の筈だ。
 真咲の凝視を受けて、男はほんの少し、笑って見せた。
「ミナセ」
己の名は、真咲であると。認識の中に欠けていた苗字を呼びかけられて動きが止まる……そう、何故忘れていたのか。
 自分には能力がある……銃などに、頼らずとも。
 意識を向ける必要もなく、死角となった廊下の角、その向こうに気配を殺して潜む警備の姿を『視る』。
 瞬間移動した真咲が、警備の背後を取って倒すに三秒も要さなかった。


「気分が悪い」
明確な不機嫌を態度と声とで現わした真咲が、銜え煙草を吹かすのに、男は苦笑する。
 真咲の能力で無事、難を逃れる事が出来たのはいいのだが、何故、息をするよりも安易なそれを忘れていたのか、そして、能力の使用を自制していた筈を今思い出して、真咲は不快この上ない。
「そう怒らずに」
男の窘めに眉間に皺を寄せる。
 場所はホテルの一室である……実業家の元から逃れ、潜伏先に選んだ宿は高級と言われる類の最上室、街に放たれるであろう追っ手がまず姿を潜めやすいスラムに向かうであろうを見越しての選択である。
 それにこのランクになるとホテルにつく警備も厳重で、生半可な盗賊や侵入者を許す事はない。宿泊客の安全を守るもサービスの内だ。
 ホテルの封筒と便箋を使い、デスクで何やら手紙を認めていた男がペンを置いた。
「終わったのか?」
寝室の扉を開け放し、ベッドに腰掛けていた真咲の隣に座り、男はかきこきと首を鳴らした。
「終わりました」
言って、真咲の傍らに放り投げられた煙草の箱から一本抜き取る。
「煙草は喉に悪いんじゃないですか?」
「仕事が終わったのに遠慮なんかするか」
苛立ちのまま吐き出す紫煙を、男は苦笑混じりに見遣る。
「それからその格好で胡座をかくのはどうかと」
「仕事でもないのに気を使えるか」
纏っていた服をだらしなく着崩した真咲に男は明確に笑った。
「それもそうか」
煙草に火をつけ……けれど口につける事はせず、ただ先端に灯る赤を見詰める男を真咲は急かした。
「仕事が終わったなら説明しろ。記憶がおかしいのはお前のせいだろう」
半ば断定的に決めつけた真咲に、男は肩を竦め……その動作は肯定を示すも同然なのだが、彼は口ではきっぱりと拒絶した。
「嫌です」
要求を鼻先で弾かれた、真咲の怒りが沸騰するより先に、男は真咲の目を覗き込むようにして顔を近付けた。
「だって直ぐに忘れるでしょ、水無瀬は」
そう、彼は元々苗字で呼びかけていた筈だった。認識の混乱に流されかけるも踏み止まり、真咲は至近の眼をきつく睨みつける。
「忘れる筈がないだろう……これだけ虚仮にされて」
唸るような断言に、男はまた笑みを深めるが、それは冷笑の類ではなく何処か寂しげな感情から発せられる物で、続く真咲の罵倒を奪う。
「忘れます、絶対」
これまたはっきりと言い切った男に反論しようとしたが、眼鏡を外した眼差しの、強さに意を絡め取られた。
 緑の瞳は邪眼だと、言い伝えられる。
 だが、この男に至ってはその迷信を実として体現する……人の意を操る能力者、至近でないとその力を発言させる事は出来ないが、時間をかけるだけその力は深く強く影響を与える。
「お前……ッ」
その意図を察しながらも視線を外せない真咲に、男は苦笑と……そして何処か安堵を秘めた表情で囁いた。
「さよならです、真咲さん」
 不意に塞がれた唇に、発した声が呑み込まれる。
 暖かく、柔らかな感触にぷつりと何処か糸の切れる感触で、意識が闇に落ちるのを止める事が出来ずに、真咲は眠りに落込んだ。


 殆ど部隊の私用と化している会議室に足を踏み入れた途端に、複数の声が唱和して真咲に押し寄せた。
「りいぃぃぃだあぁぁぁぁッ!」
中には自身も共に押し寄せる者もあり……その中で小柄な少女には抱き付く事を許し、大柄な男性陣は掌で頭を捉えて難を逃れ、と取捨選択も厳しいピースメイカー、ナインス部隊のリーダーは久しぶりに見る部隊の面々を見回した。
「リーダー、お疲れさんです。出稼ぎはどないでした?」
「疲れた」
きっぱりと言い切ったその一言に全ての想いを集約し、お土産はと囀る他の隊員を黙らせる。
 出稼ぎ……と隊員の一人が称したが、外部からの依頼で真咲一人が出る事はごく稀な事態である。
 昔なじみに特にと請われ……昔の貸しを返せと脅されたという説もあるのだが、わざわざ出向いた割り、手応えのない任務であったとしか言い様がない。
 何せ、任務中の記憶がないのだ。
 深い眠りから醒めて見れば、当の昔馴染みが任務修了結果と共に、任務中の記憶は秘密保持の為に消去したと告げられて記憶を辿る縁はない。
 至近、裸眼でないと発現しない、テレパスとしての彼の能力に催眠術を上掛けしたそれは強固であると知るだけに記憶を取り戻す術はないものとして報酬明細を受け取って帰路についた次第である。
「お疲れならお茶でもどないですか? あ、それともちぃとなり休まはります?」
パーテーションで区切った一画、仮眠室と称して寝具の持ち込まれた其処を示す気遣いに首を横に振り、さっと引き出されたパイプ椅子にどかりと腰を下ろす。
「それはいいから、不在時の報告……と、コレを事務局に持って行っておいてくれ」
ぽいと放り投げた封筒を胸で受け、取り落としそうになった隊員は、あわあわとしながらも床に落とす前にどうにか掴む事に成功する……が、なんの拍子にか封が解け、中に収められていた書類が床に雪崩れ落ちた。
「……リーダー」
ごろごろと懐いていた少女が、足下に流れてきたそれを見咎めて呼びかける。
「それを持って行くの? 事務局に?」
訝しげなその声に、疲労に閉じていた眼を開く……何だ何だと集まって覗き込む、隊員達と共に初めてその書類を、否、床に広がった写真の群れを見る。
「『皆さんで楽しんで下さい』、やって……」
そして封筒の中に残っていた便箋の、一文を読み上げた隊員に声を合図に室内を爆笑が包んだ。
 写真に納められたのは、漆黒のドレスを纏って清楚な……真咲自身である。
 楽隊を従えマイクを前に歌を披露していると思しきは何処か高級なクラブと思しき光景、しとやかな風情で寝台に腰掛け物思いにふけり、時に大きな鏡に向かい長髪のウィッグを整え……筋肉質ながらも細身の身体が可能にした艶姿に、笑いと賞賛の声が降り注ぐ。
「嫌ー、リーダーすげぇ別嬪!」
「出稼ぎってそういう意味?!」
「コレ一枚貰てえぇですか?」
「リーダー最高ーッ! 踊ってーッ!」
囃したてる声に、凍り付いていた真咲は瞬時に解凍された。
 小刻みに震える肩に合わせて、笑い声が、零れる。
「あの……野郎ッ!」
聡い女性陣が、真咲の椅子の背後にそれとなく移動する……が、写真に気を取られて笑い転げる男性陣の多くは真咲の笑みに気付かない。
「俺に何をさせやがったーっ!!」
怒りの念動力はその怒声と共に目の前に居る隊員達を薙ぎ倒した。
 後に火の七日間と呼ばれる、笑いへの報復の怖ろしさをそれぞれの身に刻みつける日々が、今ここに始まりを告げた。


 余談ながら。
 突如として現われ、魅惑的なハスキーヴォイスで人々を虜にしたクラブ歌手の謎の失踪が、しばし一都市を騒がせていた事を彼等が知る事はなかったと言う。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
北斗玻璃 クリエイターズルームへ
PSYCHO MASTERS アナザー・レポート
2005年07月04日

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