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『女王の騎士 -Knight of Queen- 』
ノエミ・ファレール2829

丘陵とした街道を越えて、山間にあるその村が見えた時。
日は山の向こうへと姿を消しかけ、闇に染まる空に紅の光を投げかけていた。
山岳に特有の―吹き降ろしてくる風が長い黒髪が煽られる。
白銀の鎧を身に纏った女騎士は旅の疲れも見せず、アハトの村へと歩いていった。

アハトの村に一軒しかない宿で用意されたのは南向きの角部屋。
洒落た丸太小屋の一室を思わせる造りで、珍しいことに円形の天窓があり、深海の蒼に染まる夜空がよく見える。
あまりに上等な部屋にとまどうが、豪快な笑い声を残して女将は階下に姿を消し、女騎士は大きく息を吐き、装備を脱いだ。
現れたのは鎧を身に纏うにはあまりに華奢な身体。年頃なら16〜7。まだどこかあどけなさが残り、幾分年よりも幼い印象を受けた。
が、空を思わせる青い瞳に宿った強い意志に一瞬気おされる。
彼女の名はノエミ・ファレール。
『絶望の世界』・イングガルド王国から来た『女王の僕』と呼ばれる四騎士の一人。精鋭中の精鋭である。
本来なら主たる女王の守護が第一の任務であるが、その主より『オペレーションケイオス』の使命を受け、はるばるこの地に降り立った。
『絶望の世界』は発達した魔法文明と国民の中から投票によって決まる『破滅の王』(現在は女王)を頂点とした体制によって、国内は安定し、一見すると何の問題もないように見える。
だが皮肉なことに、住人の大半が魔族であるがゆえ、生きる糧である『負の感情』が圧倒的に不足しがちなのだ。
そのため様々な異世界に介入して混沌をもたらし、『負の感情』を供給する。
それが『オペレーションケイオス』である。
介入される異世界にしてみれば迷惑極まりない話だが、ノエミ達・『絶望の世界』の者達にしてみれば死活問題で生きるための手段である。
が、魔族が主だった世界にあって、希少である上に純粋種である人間のノエミには『負の感情』など必要のないもの。
それでも、何の取り得もない自分を『僕』に任じてくれた女王のためにもなんとしてでもやり遂げなくてはならない。
ベットに横になりながら、主と故郷に思いを馳せていたノエミの目にふと天窓が映り、ちょうど雲の切れ間から銀色に輝く月が姿を現す。
『絶望の世界』の月は魔力を秘めた紅い衛星。発する光にさえも強大な魔力を帯び、内なる力を自然と感じ取れたものだ。
しかし、優しくも冷たい月の光に何の力も感じない。
「やはり違う・・・ここは。」
天窓に向かって手を伸ばし、ノエミは小さく呟いた。

村長から手渡された地図を頼りに、ノエミは鬱蒼と生い茂った木々の道を掻き分けながら『火竜の墓』へと急いでいた。
発端は今朝。
「へぇ、そりゃ本当かい?」
「ああ、なんでもアセシナートの連中が欲しがっってた、って言うんだ。まぁ・・・売る気はないがね。」
「いいお天気になりそうだね。どうだい?畑の方は。」
「それがよ〜このところ野菜の出来が悪くってさ。」
同じ客である商人たちの談笑やたわいのない村人達のやり取り。
一階にある食堂兼酒場でノエミは朝食を食べながら、ごく平穏な朝の光景を眺めていた。
変わることのない平和な一日の始まりに見えた。
慌てふためいた村人が飛び込んで来るまでは。
ばたん、と場違いな音を立てて、真っ青な顔をした―畑仕事を放り出してきたらしい―農夫が飛び込んできた途端、その場にいた一同の視線が一斉に集まる。
「何事だね?そんなに慌てて。」
初老の域を過ぎた―どこか威厳を感じさせる男が声をかけると、農夫は取りすがるように村中に響く大声であえぐように叫んだ。
「た・・・大変だ!!村長!!・・・か、『火竜の墓』からドラゴンゾンビが出やがったっ!!十年前みたいに村がやられちまうよっっ」
調理場から響く音だけが騒がしく響き渡る。
誰もが農夫のもたらした知らせに息を飲み、恐怖に彩られていく。
まるで水面にひろがる波紋のように、『ドラゴンゾンビ出現』の報は瞬く間に村中に知れ渡り、小さなアハトの村は大混乱に陥った。
「とにかく女子供はふもとの村に避難させよう。被害を最小限に止めるしかない。」
苦渋の表情で村長は広場に集まった村人に告げた。
怯えて泣きじゃくる子供や神に救いの言葉を唱える老人を支えて、足早に去ってく村人達の背を見送りながら村長その場に座り込み、頭を抱えた。
「・・・よろしければ、お話していただけませんか?何かお力になれるかもしれません。」
「ああ、宿にいた騎士様か。悪いことは言いません。貴女様もこの村を離れなさいませ・・・アハトはもう終わりです。十年前と同じですよ。」
慎重に言葉を選んで話しかけるノエミに憔悴しきった村長は力なく笑いながら、重い口を開いた。
十年前。アセシナート軍が実験を装って放った火竜の出現でアハトは壊滅的な被害を受け、村人達はドラゴンキラーを持った傭兵達らを頼み込み、やっとのことで火竜を沈黙させた。
「あれから十年・・・血のにじむような皆の努力でここまで復興させたというのに・・・あんな化け物と戦える者もおらん。あきらめるしか。」
両手で顔を覆う村長の姿をノエミは見るに耐えられず、意を決した。
「修行の身ではありますが、私も騎士のはしくれ。その退治・・・私が引き受けましょう。」
混沌をもたらすのが使命とはいえ、この状況を見過ごすことなどノエミにはできなかった。

木々の緑は突如として終わりを告げ、左右を切り立った崖に挟まれた剥き出しの大地と大岩が広がっている。
その―ちょうど中心に、奇岩に囲まれた盆地にそれはいた。
かつての荘厳さは失われ、どす黒く、大半の鱗がこそげ落ちた巨体と翼を持つ火竜の成れの果て―ドラゴンゾンビが姿を現した。
自分の十倍以上はあろうかという大きさに、ノエミは息を呑むが、奇妙なことにその額には不釣合いなまでに蒼く輝く水晶が埋め込まれていた。
低くのどを鳴らし、住処を探っていたドラゴンゾンビはノエミの姿を見つけると、狂ったように咆哮すると炎を吐き、襲い掛かってきた。
とっさに奇岩の影に隠れてやり過ごすが、振り下ろされる鋭い爪に岩は砕かれ、ノエミは盾で攻撃を受け止め、距離を取る。
たが、そこを外さず鉄球のごとき威力を持つ尾が襲い掛かり、攻撃に移ることができない。
(さすがに速いな。剣では届かないか・・・なら!!)
瞬時に決断を下すと、攻撃を剣と盾で防ぎ、素早く口の中で呪文を完成させた。
「インサニティ・ボルト!!」
解き放たれた力ある言葉に応じ、闇の魔法との合成によって暗黒の魔力を纏った漆黒の雷がドラゴンゾンビの身体を貫く。
この世の全てを呪う咆哮が響き渡り、ドラゴンゾンビは狂ったように前足を振り上げ、炎を吐き散らす。
あまりにすさまじい攻撃の前にノエミは防戦一方になりながらも、ドラゴンゾンビが炎を吐くために身をすくめた瞬間、ノエミはインサニティ・ボルトを打ち込んだ。
が、雷がドラゴンゾンビの身体に降り注ぐ瞬間。青白い光を帯びた半円球体がその身体を包み込み、インサニティ・ボルトを防ぎ、同時に一瞬にして傷が塞がっていく。
「なっ!?」
驚愕し、無防備になったノエミを逃さずにドラゴンゾンビの尾が直撃し、背後にある奇岩に叩きつけられた。全身を走る激痛に息がつまり、目の前が真っ白になる。
しかしそれは数秒のこと。防御力に優れた鎧と盾のお陰で意識を失わなわずにノエミは激しく咳き込みながらも、何とか体勢を立て直す。
「ほぅ、今の攻撃を防いだか・・・なかなかやるな。小娘。」
ごうっ、と風が逆巻いた後、ドラゴンゾンビの頭上に闇色のローブを身に纏い、髑髏の杖を手にした白髪の男が姿を見せた。
灰色の濁った瞳を爛々と輝かせ、楽しげ笑みを口元にたたえていた男の胸はアセシナート軍の紋章があるのに気づき、ノエミは表情を変えた。
「アセシナート軍の魔導師・・・いえ、ネクロマンサー(死霊術士)ですね!」
ノエミの問いに男は感心したように目を見開いた。
「その通りだ、女騎士。我は偉大なるアセシナートのネクロマンサーよ。」
愉快そうに男が地に降り立つと、ドラゴンゾンビは怒り狂いながらもその場にうずくまる。
誇り高き獣である竜にとって人に従うのは屈辱以外、何物でもない。
使い勝手の良い兵器として倒され、眠りについていた火竜はネクロマンサーの手によって無理やり目覚めさせられ、使われていたのだ。
アセシナート軍のために。
「なかなか良い腕前をしておったようだが、ここまでだ。やれ!!我が下僕・ドラゴンゾンビ!!」
ネクロマンサーの言葉に怒りと悲しみに満ちた咆哮で応じると、ドラゴンゾンビは再びノエミに襲い掛かる。
ノエミは愛剣『ベイオウルフ』に魔力を込めながら、巧みにドラゴンゾンビの鋭くとがった爪と炎を防ぎ、ネクロマンサーの動きを追う。
どんなにドラゴンゾンビを攻撃しても、召喚者であるネクロマンサーが無事である限り、何度でも回復させられるかもう一度呼び出され、倒すことはできない。
ならば、打つ手は一つしかないことをノエミは悟っていた。
反撃に転じてこないノエミの姿をネクロマンサーは諦めと取り、さらなる猛攻を加えるようにドラゴンゾンビに命じるが、致命的な一撃を与えられず、だんだんと苛立ちを露にしていく。
「なぜやれん!そんな死に底ない・・・さっさと倒してしまえ!!」
怒りを爆発させ、ネクロマンサーの注意がドラゴンゾンビに移った、わずかな隙をノエミは見逃さず、ベイオウルフに込めた魔力を一気に解放させた。
次の瞬間、ノエミの姿が掻き消えるようにネクロマンサーに迫る。
慌てたネクロマンサーが呪文を唱えようとするが、間に合わなかった。
「シャイニング・ディザスター!!」
疾風と化したノエミの剣から繰り出された雷光を纏った痛烈な一撃がネクロマンサーの全身を貫き、何事が起こったのかを理解せぬまま黒き彫像と姿を変え、そのまま一塊の灰として崩れ落ちた。
肩で大きく息をつくノエミの背後で、突如ドラゴンゾンビが咆哮をあげる。
額の水晶からドラゴンゾンビの全身は同じ色の水晶に変わり、金色の粒子を巻き上げながら、天へと上っていく。
ようやく道具から解放された火竜の咆哮に応え、天が迎え入れているように思え、ノエミはその姿が消えるまで見守っていた。

空が白み始めた頃、村の入り口で警備に当たっていたアハトの自警団は朝靄の中を歩いてくるノエミの姿を見つけ、歓喜の声を上げて出迎えた。
火竜の墓場で起こった蒼い光を目撃していた彼らは一昼夜、寝ずにノエミの無事を待っていくれたのである。
そんな彼らに感謝しつつも、ノエミは全てを話すため村長の家へと急いだ。
「そうでしたか・・・アセシナートの・・・いや、しかし貴女様がご無事で何よりでした。私達のために危険な目に合わせてしまい、本当に申し訳ありません。」
目を赤くした村長は小さく息をつくと、ノエミに向かって深々と頭を下げ、礼を言った。
村の危機とはいえ、騎士の修行を積んでいるとしても、通りすがりの―しかも自分の子供と年の変わらない娘を戦わせてしまったのだ。
ただノエミの身を案じることしかできなかった自分を村長は心の底から情けなく思っていた。
「いいえ、騎士として当然のことをしたまでです。どうかお気になさらないでください。」
ノエミの言葉に村長は深く感謝すると、懐から革袋を取り出した。
大人の握り拳ほどの大きさだか、軽くはない音が鳴り、ノエミは戸惑いを露にする。
「こんな形でお返しするのは失礼だとは思いますが、私達の気持ちとしてお納めください。」
恐る恐る中を見ると、小さな山間の村には決して少なくない額。
ノエミは思わず辞そうとしたが、村長に押し切られ、結局受け取ることになった。
礼を言ってノエミが村長の家を出ると、ちょうどふもとの村に避難していた村人達が家族や仲間と抱き合い、歓声を上げ、アハトの無事を喜んでいた。
彼らの笑顔にノエミは口元を綻ばせるが、どこか複雑だった。
課せられた『ケイオス・オペレーション』のために、今度はノエミがあのドラゴンゾンビのように人々に恐怖を与えるかもしれないのである。
(今、ここにある笑顔を今度は私が・・・)
かすかな痛みを覚えながら、ノエミはアハトを後にした。
自らに与えられた使命を果たすために。



PCシチュエーションノベル(シングル) -
緒方 智 クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2005年06月28日

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