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『 妲妃誕生 』
白神・空0233


 天から降り注ぐ太陽の光を浴びたのは久しぶりのような気がした。ただ高い天井から降る淡い照明だけでセフィロトの塔には昇る陽も沈む陽もない。時間の流れといえば時計やラジオ放送で感じ取れる程度のものだろう。
 時々はこうして陽光に体をあててやらないと、もやしにもでなってしまいそうだ、と、白神空は肩を竦めて歩き出した。
 少し前、面白い事があった。かどわかしに遭ったのだ。勿論、未遂である。その時は好みの男どもではなかったので気持ちよく返り討ちにしたのだが、後からふと気になった。自分を攫って得られる特典が、である。
 思い当たる節がないような、ありすぎるような。
 自分を攫おうとしたのは3人組のそれなりに手練の男どもだった。スリーマンセルという点から考えても組織的なもののように思われた。
 だから彼女はその組織のボスとやらに直接問いただしてみる事にしたのである。自分を攫って得られる特典を。
 理由は至って単純明快だった。面白そうだから。
 勿論、それだけではない。
 あまり考えたくない事ではあったが、空はセフィロトで痛感した事があった。
 力不足。第一階層でこのていたらくなのだ、この先上の階層を目指すなら戦力強化は必要不可欠だろう。構想はある。しかし地味な能力開発などどう考えたって自分の性に合わない。実践あるのみ。故に手頃な相手を捜していたのである。勿論、構想あってもその思った能力がすぐに発現するとは限らない。だから迂闊にヘルズゲートの中で試す前に、一度外で試してみたかったのである。
 歩きながら空は玉藻姫へと変化した。
 獣の嗅覚で自分を襲った連中の匂いを辿る為に。


 それは何ともマフィアのボスっぽい大邸宅だった。
 しかし裏社会には詳しい空が知らないような、であるから何れにせよ高が知れている。こんな映画にでも出てきそうなお誂え向きの屋敷など、そういうものに憧れたにわか者の似非くささ物語るだろうか。ならば叩きのめしたところで後腐れもない。
 セフィロトの塔が開かれて後、そこに眠る審判の日以前の遺物を求めて、良くも悪くも人が集まった。一発当てて急成長というのもありえる話だ。それに群がるハイエナ共も後を絶たない。これもその結果の1つなのだろう。
 空は玉藻姫を解くと、裏口に回るのも面倒で正面の門をくぐった。
 門から屋敷の扉まで50mほどの距離をゆったりとした足取りで進みかけると、すぐに番犬らしい犬が駆け寄ってきた。威嚇すような唸り声をあげて空を取り囲む。
 今にも飛び掛らん犬共に、空は妖艶な笑みを向けた。
 目だけが一瞬獣のそれを帯びただろうか。犬は怯えたように唸るのをやめて後退った。まるで恐怖に立ち竦むように動けなくなっている。
 普段は不法侵入の闖入者に飛び掛り、或いは肉を引き裂く番犬どもの、その醜態を訝しんで男どもが屋敷の方から数名駆けて来た。
 手には拳銃を構えている。
 玉藻姫でも天舞姫でもこれぐらいなら簡単に切り抜けられるだろう。けれどそれでは意味がない。
 空は変化もせずに目を閉じて佇んだ。
「何者だ!?」
 男達の誰何の声が飛ぶ。
 足の音から察して5人。距離にして10m足らず。
 一人が威嚇するように発砲した。
 空は玉藻姫に変化する時のESPを一点に集中するように自分の中でイメージしていた。集中力を高めるように額に指をあてる。
 玉藻姫の肉体変化はいわばボディESPの複合体のようなものである。筋力増加、敏捷力増加、知覚増加、肉体変化、ミクロ視覚、ミクロ嗅覚……。それらが複合的に混ざり合って獣人化するのだ。だから一度これらを分解し再構築を試みる。
 全身を覆おうとする獣毛を抑えこんで、増加する筋力を抑えこんで。
 目を開けた。
 突出したミクロ知覚が10m足らず先にいる男たちの細部の動きを捉え弾丸の軌道を予測する。トリガーを引くよりわずか早く敏捷力増加が弾を避けるように身を翻させた。
 しかしぎりぎりで躱したつもりが頬を掠める。流れる血を舌で舐めとって空は辛辣に口の端をあげた。
 更に鉛玉を撃ち込んで来る連中に後方へ飛びながら躱していく。死線ぎりぎりの極限状態に自分を晒して、無理矢理センサリティを高めていった。
 しかし、これではまだ足りない。
 相手の動きに合わせて弾を避けるばかりでは、避ける先がなくなった時に対処出来ないからだ。その上、弾が発射される前に動くのでは近距離ならともかくある程度距離が開くと回避先を追われる可能性がある。また今は拳銃だから躱す事も可能だが、ビジターキラーのバルカン砲は秒間100発の速さで弾を撃ってくるのだ。
 せめて弾幕を張れれば……。
 空は腕を前に突き出した。そこに防御壁でも張るように手を翳す。手の平に意識を集中した。神経系を通る微電流を外へ放出するイメージだ。自分を中心に球体を描くようにイメージして、その中へ力を集中する。
 弾が彼女の肩を掠めた。
 彼女はぎりぎりで躱しながら、何度もそこに壁を作る事をイメージし続ける。微電流を放出し蓄積して電磁結界のようなものを張る。
 やがて弾が止まった。
 彼女のイメージした場所で弾は止まっていた。
 それが彼女の想像通り電磁結界であるのかは現時点では判別出来ないだろう、もしかしたら他の人間が見ればPKバリアーと称したかもしれない。だが彼女は複合的にESPを使う事に長けていた。であるが故に、それは少し特異に見えたに違いない。いずれにせよESPは、その発現について殆どわかっていないのが現状である。無理に分類する事自体、ナンセンスなのかもしれない。
 弾が彼女まで届かなくなってしまった事で男共がたじろいだ。
 闇雲に撃ち続けた弾はすぐに弾切れになる。
 男たちは銃を投げ捨て肉弾戦に身構えた。逃げなかった事は賞賛に値するか。しかし自ら仕掛けられる者はなかった。
 空が動いた。
 今度は微電流を手の平に蓄積する事をイメージした。
 ゆっくりと手の平が青白い光を帯びていく。バチバチと電気の火花が散った。
 蓄積した電気エネルギーをエレクトリックPKに酷似していただろう。
 空はそれを高周波パルスにして手前の男の腹に叩き込んだ。
 瞬間、男の体が青白い光に包まれたかと思うと、その場に倒れた。
 空が次の獲物を求めるように他の男たちを振り返る。
 男たちはそれで血相変えて屋敷に走り出した。
「ちっ」
 空は小さく舌打ちした。かといって走って追いかけるのも面倒げに歩き出す。
 ともすればバリアーにより自分にまで届く事はないが屋敷から飛んでくるライフルの弾が鬱陶しい。何か遠距離でも仕留められる方法はないものかと考えた。だが、この距離でさっきのような放電を使うのは難しい。高周波パルスを飛ばすにも限度がある。
 空は試しに投げ捨てられた弾切れの拳銃を拾うとそれに向かって放電した。
 帯電した拳銃をスナイパー目掛けて投げつけてみる。
 攻撃はやんだ。
 スナイパーがどうなったのかは皆目見当もつかなかったがとりあえず空は満足げに屋敷の扉を開いた。
 がらんとした広い玄関に男が立っていた。
 顔は悪くない。
 むしろ綺麗な顔立ちの男である。
 彼女の悪いくせが首を擡げた。性別問わず美人は好きなのである。
 しかし男は有無も言わせずソニックブームを放ってきた。エスパーにはエスパーをと敵も思ったのだろう。
 空は先ほどの要領でバリアーを張りつつ跳躍した。
 衝撃波が壁を切り裂く。
 男は空が跳んだ先へPKフォースの光の球を叩き込んできた。
 それをぎりぎりでかわして間合いを詰めようとした瞬間、男の体がゆっくりと背景に溶けた。
「!?」
 光偏向と空が気付いた時には男に背後をとられた後だった。しかしそこは自分のセンサリティの内にある。
 反射的に後ろ蹴りを繰り出し、前へ跳んで間合いを開けた。
 互いに小さく息を吐く。
 男が再び大気に溶けた。
 空は目を閉じ集中するように額に指をあてた。ミクロ嗅覚で相手の場所を追いながら。
 もう1つやってみたい事があった。
 ボディESPの1つ血流操作。そこからある一定の成分だけを取り出して、全身に流れるホルモンバランスを意図的に制御できれば――。


 その実態は定かではない。
 何度も言うがESPはその仕組みについて殆ど解き明かされていないのが現状だ。推測によるところが大きく、その発現については多くの説を持ってはいたが、逆にどれも決定打に欠けた。それらを増幅するような道具が存在しない事も、それらを裏付けているともいえる。かろうじて存在する抗ESP樹脂ですら、その仕組みはおろか今となってはその製造法すらわからないのだ。
 だから、それが本当に彼女の考えた通りの法則に基づいて発現しているのかといえば多くの疑問を残す事になる。
 しかし結果だけをみれば彼女の考えとは一致していたようであった。
 気がつくと彼女は多くの少年少女に囲まれていたのである。
 先ほどまで戦っていた相手すら自分に従っていた。
 どうやら奴らは人身売買を行っていたらしい。奴らに捕まっていた少年・少女が逃げてきて空を囲んでいたのである。
 どうやって逃げられたのか。
 それは勿論、奴らが空に寝返ったからに他ならない。
 まるで彼女に心酔しているかのように、敵だった男どもが目をハートの形にして傅いていた。
「おかしいなぁ……」
 ホルモンバランスを意図的に制御している内に性フェロモンを垂れ流してしまっていたのだろうか。
 もしここに別の冷静な誰かがいたなら、それを五感操作と分類しただろうか。五感操作とは他者に偽情報を送り込むテレパス能力の事である。ともすれば、果たして彼女は自らの脳内のどんな情報をどのくらいの規模で送ったというのだろう。
「別に少年少女をたらしこうもうなんて、これっぽっちも考えてなかったんだけどなぁ……」
 空は首を傾げた。
 確かに、ほんのちょっぴり、戦っている相手の男の子を食べてみたいと思ったのは事実であるが。
 こんな予定はなかったんだけどな。
 空は困惑げに肩をすくめて、それから自分を取り囲む可愛い少年少女達に「ま、いっか」と呟いたのだった。

 結局、ここへ訪れた当初の目的がこの時点で綺麗さっぱり忘れ去られた事は言うまでもない。
 しかし1つのぱわーあっぷは成功したといえよう。【玉藻姫】で使っていた一連の複合ESPの分解と再構築。これによって得られた1つの戦闘形態は多くの可能性と美味しい副産物を齎したわけである。
 後に酒池肉林の故事から、この人型戦闘変異体は【妲妃】と名付けられた。



【大団円】
PCシチュエーションノベル(シングル) -
斎藤晃 クリエイターズルームへ
PSYCHO MASTERS アナザー・レポート
2005年06月28日

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