▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『『あの世もこの世も桃色マッスル』 』
オーマ・シュヴァルツ1953)&ルイ(2085)


< 1 >

 エルザード労働福祉センター。いわゆる『職安』である。
 相談員のいる窓口とは別に、目的別に求人情報を整理したファイルが並ぶ棚がある。その棚の周りの机は、職を探す人でごったがえしていた。
 椅子に座っても、頭の群れから肩がにょっきり飛び出す長身の男は、オーマ・シュヴァルツである。短髪の髪を立て、レンズの小さい眼鏡を鼻に乗せる。七色の派手な着物と、はだけた胸の刺青。そして裸の胸で揺れる大振りのアクセサリー。どこから見ても極道なのだが、実は彼は医者であった。
 医者イコール金持ちというのは、彼の場合当てはまらない。働けど働けど我が暮らし楽にならず。原因は、一言で言えば、嗜好が桃色筋肉マッスルということである。
 面白そうなことにはすぐ首を突っ込む。親分気質で、困っているヤツがいると、「おう、それならマイホームへカモンだぜ」と、気軽に面倒を見る約束をする。
 おかげで、トラブルに巻き込まれた際の借金は山積み。舎弟の人面草や霊魂どもは、遠慮なく飲み食いして、家計は火の車である。
 オーマは太い指で、求人のファイルをせわしなくめくる。
「病院の勤務時間外のバイトってえのは、なかなか無いモンだな。
 おっ。24時間ハンバーガー店!・・・ちっ、30歳までかよ」
 バイトを決めないと家に帰れない。玄関では、妻が大鎌を握って立っているのだ。誇張ではない。本当に仁王立ちで、鎌を振り回して中に入れてくれない。

「あにき、あにき!」
 舎弟の一人、居候の霊魂が、職安へと飛び込んで来た。手にはチラシを握っていた。
『もしかして、また、アレか?』
 オーマは、厭な予感に、ファイルを繰る手を止めた。
「おいら、今、中華料理店でメシ食ってたんですよ。デザートのフォーチュン・クッキーの中に、こんなのが入ってまして」
<アノ世もこの世もメラセクシー一筋・ゴートゥヘルマッチョ☆伝説の聖筋界桃色冥府バトル筋大会>。
 チラシには、蛍光ピンクのくねくねした文字でそう書かれていた。顔を寄せると何気にバターとアーモンドが香る。
「あにきぃぃぃ!」
 また一匹、窓の向こうから霊魂がチラシを振っているのが見えた。
「あっしが、『月刊・桃色アニキ』を買いましたところ、折り込みで入ってやした」
 同じチラシのようだ。
「オーマあにぃ!」
 そしてまた一匹。
「あたいが、エルザード城の門のところにぼんやり立っていたら、腰の曲がった白髭の老人が、『おまえをエルザード一の金持ちにしてやろう』と言いまして。あたいが、『金は、おべんちゃら野郎達にタカられて終わりだ。あんたは仙人だろう?あたいも仙人にしてくれ』と答えたら、このチラシをくれて、『わかった、テストをしてやろう。何があっても、言葉を発してはいけないよ』と・・・」
「ばっ。ばっか野郎〜、何故そこで素直に金を貰わなかった!」
 オーマの悲痛な叫びである。しかも霊魂、もう喋っちゃってるし。

 チラシの説明によると。
 ソーンの冥府で、ワル筋霊魂軍団がクーデターを起こした。ワル筋財閥は『ワル筋おピンク・マッチョメン・キャッスル・キングダム★』という企業を設立。今や冥府はワル筋の支配下にある。
 財閥の資金と組織の力で、彼らは冥府を掌握していた。コンピューター・ネットワークで霊魂達を管理し、毎日15時間以上労働させ、クレジットカードの支払いや、プライベートのコール情報までもデータベース化した。これでは霊魂らしい伸び伸びした生活ができない。隙を見て逃げ出した霊魂達が、現世のソーン王室に救済を求め、冥府の現状が明らかになった。
 ということで、王室主催の例の大会開催である。
 冥府ワル筋キングを捕えることができた者には、金貨一袋と、冥府最精鋭霊魂守護軍団の副賞が贈られる。金貨を抱えて帰れば、バイトが決まっていなくても、妻はオーマを家に入れてくれるに違いない。

 * * * * *

「オーマさんは、今回も参加なさるのね。楽しみです」
 エルファリアは、コロシアムの貴賓席で優雅に微笑む。白いドレスが、彼女の清楚な容姿とラブリーどっきんウッフンはーと。オーマは跪いて、「ご期待に添えるよう、筋肉マッスル・パワーマックスで桃色全開」と、手の甲に唇を触れる。 
 普段は閉鎖されているコロシアムだが、今回は冥府を映すオーロラビジョン(オーマが具現化サービス)が設置され、バトル参加者達の雄姿を観戦できることになっていた。チケットは完売だそうだ。王室も商売上手である。客席には、オーマを応援してくれるらしい、虹色ヴァレルのレプリカを着た者も目立つ。
『オーマ!(手拍子)、オーマ!(手拍子)、オレオレオレ、オーマ!』
 オーマ用の応援コールも声が揃っていて、嬉しい限りだ。
『オー、ルイ、ルイ!オレオレ、ルイルイ!』
 相棒のルイコールもある。オーマコールは野太い親父声ばかりだが、ルイのコールは若い女性が多い。
「王女様は、いつもながらお美しゅうございます」
 ルイが王女の手にキスすると、観客から「きゃー!」「いやーっ」という悲鳴が聞こえる。えらい人気だ。
「どういう風の吹き回しだい、おまえさんが進んで同行してくれるなんざ」
「冥府に興味がありますので。生きている間に覗けるなんて、面白そうではないですか?」
 ふふっと、悪戯っ子のように笑う。そして、笑ってズレた眼鏡を、素早い仕種で修正してみせた。

 フィールドの中央に、小さなステージが設置されていた。銀スパンコールのタキシードとシルクハット、蝶ネクタイ、尖った鼻ヒゲに目尻が吊ったメガネというファッションの司会者が、出場者を迎えて紹介するようだ。
 司会者は、握った拍子木を叩くと、ツイストを踊り出す。そして、オーマ達を招いた。男は、鼻にかかった声で歌った。そして、歌いながら名を尋ねた。
 オーマは頭を抱えた。このネタか・・・。


< 2 >

 ステージに設置された物質転移装置(扉に『冥府』と札が張ってあるだけ)を通りすぎると、そこは、真新しいビルの正面玄関だった。
「ここでしょうか。看板に、『株式会社・ワル筋おピンク・マッチョメン・キャッスル・キングダム★』と書いてございますが」
 ルイが、帽子を抑えて鉄筋のオフィスビルを見上げた。安易な展開であった。
「お、おい」
 美青年は、オーマが躊躇する間に、敵のただ中の建物にずんずんと入っていく。ビルの両脇には紺の制服の警備員が立つが、ルイが「おはようございます」と礼をすると、軽く会釈を返してよこした。堂々としていると、不審に思われないらしい。
 オーマは、彼の付き人のように、あたふたと後ろを付いて行った。床も壁も大理石仕様、ピカピカの受付フロアには、錦の着流しのオーマは居心地が悪い。
 ルイはまっすぐに受付嬢へと向かう。彼女達もワル筋なのだろうが、ユニフォームをきりりと着こなした美人揃いだ。
「面接試験にいらした方ですね?」
 まさか、正面玄関から社長を拉致しに来たとは思わないのだろう。美女達は、一見好感度の高いルイと対峙し、いい方に誤解した。
「はい、そうでございます」
『おい、ルイ、違うだろ。確かに俺はバイトが欲しいが、面接に来たわけじゃねーぞ』
 小声で上着の裾を引くオーマの手を、ルイは見えないようにピシャリとはたく。
「では、この番号札を持って、3階の第15会議室前のソファでお待ち下さい」
 オーマが、ルイに続いてエレベータホールへ向かおうとすると、両脇をがしりと警備員に掴まれた。
 受付嬢は、赤い唇に笑みを乗せてのたまう。
「極道の方は、申し訳ありませんがお引き取りください」
 エレベーターの扉が開き、ルイがニヤリと振り返った気がした。

 オーマは、玄関前まで引き戻された。ルイとオーマの胸につけられた隠しカメラで、今の出来事もコロシアムの観客に筒抜けなわけだ。
『ちっ、もしかして、ビルの中でルイだけが桃色大活躍ってことかぁ?』
 それは面白くない。賞金を二人で山分けする約束でも、ルイだけ活躍することを許せるハズがない。だいたい、自分は極道では無い。あの受付ねえちゃん、俺のどこをどう見たら極道に見えるんだ!

 ルイは、疑われないように、一度3階でエレベーターを降りた。だが、1階の案内板で、社長室が最上階の13階であるのは確かめてある。
 エレベーター前には、全階に警備員がいるようだ。非常階段で上がった方がよさそうだ。ルイは、第15会議室へ足を向けつつ、フロアの作りを確認する。目的の会議室の近くに洗面所があり、その横に非常階段を見つけた。会議室前のソファにはスーツ姿の青年達が10人ほど、背筋を延ばして待っている。
 ルイはその前を曖昧な笑みで会釈して通り抜け、トイレ側の廊下へと向かう。
「次の方」と、会議室の重い扉が開き、緊張の面持ちの青年がソファを立った。ルイがちらりと中を覗くと、面接官の姿が見えた。黒いタキシードとシルクハット、尖った髭と見たような眼鏡。
 拍子木を叩いてツイストを踊りながら、受験者に歌いながら名前を尋ねていた。
『こちらも、コレですか・・・』
 苦笑して、ルイは非常階段へと体を滑り込ませた。

 微かに息を上げ、ルイは最上階へ辿り着く。階段を昇りきると、そのフロアに、5人の警備員が立ちはだかる豪奢な扉が見えた。ルイは口許を歪めて微笑む。
 オーマが一緒だと、不殺不殺とうるさい。それに、ここは冥府。ワル筋どもは、どうせ一度死んだ奴らだ。ルイが、体を斬り裂こうが、浄化と称して抹消しようが、かまうことは無いではないか。

 追い出されたビルの前で、オーマは掌を天へ向ける。麻酔銃を具現化して、ぶっぱなして強行突破してやるつもりだった。
『おんや?』
 だが、冥界では、具現能力は使用できないようだ。
『くそう。じゃあ、これでどうだーーー!』

『地震、ですか?』
 ルイは壁にもたれかかった。扉の前の警備員も、膝を付く者、扉に寄りかかる者、頭を抱えてしゃがみ込む者。
 と、突然、13階の窓を、大きな目が覗き込む。周りが銀の体毛で覆われた獅子の顔だ。
「う、うわぁぁぁ!」
 ワル筋警備員たちは、悲鳴を挙げて逃げ出した。
『あの筋肉桃色オヤジ!』
 ルイは、非常口の扉にしがみつきながら、忌ま忌ましそうに歯噛みした。オーマが巨大獅子に変身したのだ。
 獅子が背の翼で風を起こすと、バリバリと窓ガラスが割れ、毛足の長い絨毯の上に散らかった。前脚でも屋上に乗せたのか、上から瓦礫が落ち始めた。天井が崩れて来る。
 社長室の扉が開いて、エルザード王を黒髪黒髭にしたような背広の中年が飛び出し、黒いワンピースのエルファリアに似た娘も続いて出て来た。社長令嬢なのか、秘書なのか。
「早く非常口へ!」
 警備員も社長も、ルイがいる階段の方へ迫って来る。
『・・・せっかく13階まで昇ったのですけれど』
 逃げないと、ビルが倒壊しそうだ。ルイは、今度は階段を走って降り始めた。まったく、何をやっても過剰な男だ。ルイは舌打ちして、冥府ワル筋達と階下へ向かう。肩へ帽子へと、小石がぱらぱらと雨のように降り注いだ。

 ルイ達が玄関を飛び出すのを待ったように、ビルは轟音と共に崩壊した。もう獅子は消えている。
「おう、大丈夫か、イロオトコ?」
 膝を付いて肩で息するルイに、オーマが手を差し出した。ルイは手を弾き、不愉快そうに唇を曲げて自力で立ち上がった。
「不殺の志はどうなさいました。従業員5千人を圧死させるおつもりでしょうか」
「いや、ちょっと脅しで窓ガラス割るだけの予定が。屋上にくっついてるポッチを(給水塔のことか?)、『何かなあ』って、軽く触ってみただけなんだが。手が滑っちまって」
 オーマは、髪を掻き上げながら、あっはっはと笑って誤魔化した。最上階のルイ達が逃げられたのだから、全員無事に脱出はできたようだ。転んで打撲や捻挫をした者は多くいたとしても。

 ビルがペシャンコになり、建物内のコンピューターが崩壊した為に、問題となっていたシステムも停止した。オーマ達は社長を捕えて、ロープで縛った。
「さ、ソーン現世へ帰ろうか。賞金と賞品が待っている」
 賞金をいただいて家へ戻れることに安堵するオーマだった。
 
 ソーンで用意されている金貨が、冥府専用であること。副賞の霊魂守護軍団が妻そっくりの性格で、全員大鎌を構えていることを、オーマは知るよしもない。


< END >
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
福娘紅子 クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2005年06月27日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.